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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
57/129

2 「初任務」

 挿絵(By みてみん)

 木曜日

 PM5:21

 グランツシティ中央区 凱旋門タワー付近


 あの事件が終わってから、まだ1週間しか経っていないという事実に、佐保川貴也は驚いていた。

 新しい研修が、意外にもハードだったからかもしれない。

 それでも、彼は改めて時の残酷さを痛感している。こうやって人々は痛々しい出来事を風化させていくのだろうと。


 「どうだった? シレーナ・ブート・キャンプは」

 「二度と行きたくない」

 「ハハハッ! 同感だね」

 貴也は今、エルドラド―通称 エルの運転するパッカードに乗ってシティ中心部を走っていた。ショップやテラス、帰宅途中の学生たちから目を戻すと、片側3車線の大通りの先に、大きなガラス張りの門が見えてくる。

 フランスの凱旋門をモデルにして、新進気鋭の建築家が作ったボナパルトビル。通称「凱旋門タワー」だ。

 ツインビルにはショップやオフィス、学習塾が入っており、両棟をつなぐ最上階はちょっとした展望室とカフェが併設されている。

 本家のそれと似せるように、ビルの周囲はロータリーとなっており。南北に貫く―貴也たちが走っている通りは、ビルの地下をくぐって通り抜けることが可能なように設計されている。合流がとても厄介だが。


 「なんにせよ、洗礼は受けたんだ。これからは俺たちの一員って訳だ。歓迎するぜ。

  あっ、敬うとかそういうことは、俺たちの班では無しで。いいな?」

 「ふつつかものだけど、よろしく」

 と、微妙に間違っているような挨拶をしている間に、車はロータリーに入った。

 「ただ、まだ分からないんですよね」

 「何が?」

 「M班ってのが、一体どういう場所で、どんなことをするのか」

 すると、エルは言った。


 「まあ、簡単に言えば広域捜査だね…FBIみたいなもんって言えばわかりやすいか」


 「FBI?」


 「そう。M班はガーディアン版FBIさ。学校や部署、警察すら関係なく、凶悪で異常かつ、その担当管轄では限界となる事件を扱い、必ず解決に導く。国警じゃあ、国内のニュースを賑わせる程の事件に、必ずM班の影ありとまで言われてるらしい」

 車は、ロータリーを抜け、5本ある通りの1つ、ルーラ通りに入った。


 「シレーナもか」

 「元々、彼女が作った班だからね」


 「じゃあ、知ってるのか?」


 貴也はそれとなく聞いてみた。

 シレーナが、殺人を許された唯一のガーディアンであること。警察と教科省が死刑対象とした犯罪者を、彼女が処刑していることを…。


 「シレーナが、殺人許可証を持ってることだろ? 知ってるよ。M班の人間は」


 「え?」

 間抜けな声が出てしまった。

 皆、知ってるの?


 「そうじゃなかったら、こないだみたいに、君を助けられなかっただろ」

 「ああ、確かに」


 「でも、彼女が実際に人を殺すところは、俺たちでも見てはいけないことになってる。君が聞きたいのは、それだろ? M班に入る際、シレーナと約束させられた事柄の1つだからね。

  “私が人を殺す瞬間は、例外を除いて、誰も見てはいけない”ってな」


 「どうして?」


 「よくは分からないんだ。これに関しては、知っているのはシレーナとアナスタシア長官の2人だけ。教科省や国警のお偉いさんでも知らない話だそうだよ」


 そう言われて、彼は思い出した。

 シレーナが人を殺す瞬間は、どんなに金や地位を持っている人間でも、見ることはできない。と…


 「警察筋に流れている噂じゃあ、彼女はM班を作る前、実際に人を殺したそうで、その時の記憶が蘇るからとか、ガーディアンになっての初任務で関係ない市民を誤って殺してしまったからとか、諸説あるけど。本当のところは、ハッキリしていない。

  でも、やましいことはしてないでしょ。殺人許可証って言っても、バンバン人を殺していいって免罪符じゃないんだから」


 「殺人許可証?」


 「それも知らなかったのか?」

 とエルがキョトンとなった。


 「彼女は、表裏真っ白のカードを持っているんだ。丁度、ホテルのカードキーみたいなのをね。そいつが殺人許可証なんだ」

 そいつは初耳だ。当たり前だが。

 何せ、土曜日に警察庁を出た後は、スイート・クロウでお茶をしながら、地井に改めて挨拶し、店にいるメイドと顔合わせ―する必要あるのか、イマイチ分からん―をして、カモミールを味わい、時刻は夕方。そのまま、シレーナの愛車で家まで送ってもらった。

 その間、仕事の話は一切なし。

 なので、M班もシレーナも、聞くこと全てが初耳なのだ―といったら大げさだろうか。研修やアナスタシアから聞かされた話もあるから。


 「まあ、最初っからなんでもかんでも、頭に入れようとするな。徐々に慣れていけばいい。徐々にな」

 エルが窓の外を傍観する貴也を、横目で見たその時、無線が声を上げた。


 ――こちらG34。ボナパルトビル周辺を走行中の移動、ありますか。

 エルは、目を丸くしていた貴也に、「取れ」と顎を振った。

 慌てて無線を取った彼は、ぎこちなく。

 「こちら…何号車ですか?」

 すかさず、エルが声を上げた。

 「こちらM05“イエローフラッグ”。現在、ボナパルトビルからルーラー通りへと走行中」

 ―――グランツ中央駅西口前において現認したひき逃げ車両が、ボナパルトビル周辺で消息を絶った。至急、捜査願いたい。

 「M05、了解。車両とナンバーを」

 ―――ナンバー、GRA16―C33155。赤のトヨタ セリカ。

 「了解」


 エルは答えると、貴也に道路へと目を配らせるよう指示を出し、無線を引き取った。

 片手で無線を掴みながら、夕刻の混み合う市街地で、ビンテージカーを転がす。


 「M05より市警本部。G34の要請により、当該車両の捜査に入る。概要を送れ」

 ―――本部了解。概要、当該車に至ってはステープ・ラー通り付近で消息を絶った模様。尚、状況に至っては応援のG9が、マル被の負傷を確認。よって当事案をひき逃げとして捜査しているもの。

 「当て逃げではないのですね」

 ―――こちらも負傷を確認した。当て逃げではない。

 「M05、了解」


 無線を切ると、貴也は言った。

 「ステープ・ラー通りって、反対方向ですよ?」

 「オッケー、地理に関しては上々だな。俺たちにとって地理は最も必要な武器だ」

 口元をにやけさせながら言うと、エルは急ブレーキを踏み、分離帯の切れ目から反対車線へ。すぐさまロータリーに戻る。

 「エル、さっきどうして“当て逃げか”なんて聞いたんだ?」と貴也

 「被害者の死傷如何で、ひき逃げか当て逃げかが違ってくる。無論、それに伴う法律も、刑罰もだ。俺たちの様に警察として動くものは、迅速で正確でなければならないのさ」

 「ほー…」

 黄色い車体が、再び日光を纏ったビルの足元に戻ってきた。


 「エル!」

 咄嗟に貴也が叫んだ。


 正面。

 ロータリーの中を、赤のトヨタ セリカが走ってるではないか。

 しかも、ナンバーが同じ。


 「ビンゴ! タカヤ、久しぶりのカーチェイスとしゃれ込むぜ!」

 楽しそうにエルは、ハンドル横のレバーを引っ張る。

 屋根の一部がパカッと開き、赤いシングルランプがせり出すと、古風な手回し式サイレンの音色と共に、光り始めた。

 「その無線、ボタン押せば外部スピーカーになるから」

 「停止命令…ですね?」


 ―――そこのセリカ、路肩に寄せて止まりなさい。

 無線をスピーカーに切り替えて、貴也が叫ぶも

 「ほうら、やっぱり」

 セリカが他の車の間を縫って、通りに突っ込んだ。

 強引な割り込みに、あちこちからクラクションが聞こえてくる。

 中には急ブレーキをかけ、間一髪、衝突を回避した車も。

 「あっぶねー…」

 「タカヤ、お仕事」

 「は、はい…こちらM05、赤のセリカを発見しました。現在、シザー通りを北上中!」

 イエローフラッグも後に続き、シティ中心部から北へと伸びるシザー通りに突入。

 年季すら感じさせない、軽やかなハンドルさばきで次々と車を追い抜いて行くのだった。


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