epilogue 「セルリアン・スマイル」
コンクリートの配管をむき出しにした地下駐車場。
無機質の極みと言っていい空間に、ハイチューンのエンジン音が反響して、漆黒のそいつは現れた。
キャデラック CTS-V。
コルベット用のスポーティーなV8エンジンを搭載した、セレブリティ漂う4ドアセダン。
建物の玄関口に横付けすると、そこに立っていたスレンダーなスーツ女性が、ゆっくりと後部ドアを開けた。
中から現れたのは背広姿の男。
彼は車から降りても、スマートフォンを片手に、話をしていた。
「どうだった?…そうか、そうか。じゃあ、全ては順調と言う訳か」
「ええ、私も正直焦ったわ。まさか、彼があの子の眼を見るとは思っていなかったからね」
執務室の机で、電話に答える女性。
二つ折の携帯電話を片手に、愛するチェを心ゆくまで吸っていた。
「…お前さんに知らせた通りだよ。あの子は彼を殺さなかった。それも本能的にね……そうだ、コイツは大変な脅威だ」
「ああ、確かに。そいつは由々しき問題だ」
男はエレベーターを降りると、廊下を真っ直ぐに歩き、磨りガラスの扉へと向かう。
1つ目をくぐり、先ほどとは違うスーツ姿の女性が座る机の横を通ると、2つ目の磨りガラスへ。
傍の機械にカードを滑らせ、慣れた手つきで番号を入力する。
「将来的に、そいつが最大の障壁として、我々に立ちはだかることになるかもしれない…貴様は事の重大性が分かっているのか?」
「ああ、分かってる。分かっているさ」
女性は煙を吐くと、タバコを持つ手で頭を押さえた。
煙は上へ上へ。
「公式な記録をたどれば、奴は1938年以来の確認体…いや、アメリカ国防総省の見解では1966年7月以来…他の見解や記録を辿れば、まだ出てくるだろう。
兎に角言えるのは、コイツは半世紀を経て現れた、純粋な確認体。貴重な存在であると共に、我々には脅威となる存在だということだ」
女性は、タバコの灰をポンと灰皿に落とし、口にくわえる。
「しかし、このチャンスを逃せば、次は無いかもしれない。これは千に一つか、万に一つかの、とてつもない事態と言っても過言ではない…どうする? 手を引くか?」
「冗談を。計画に修正も中止もない。丁度いい狼煙があがったんだ」
高層階にあるそこは、簡素なようで近未来的な―言うなら「アイ・ロボット」にでも出てきそうなくらいスタイリッシュな部屋だった。
音楽もなく、喧騒も届かない部屋で、人の流れを俯瞰しながら、彼もまた煙草を出した。
イギリス製の煙草「DEATH」。
骸骨があしらわれた真っ黒なパッケージから取り出した煙草に、ジッポライターで火をつける。
「問題ない。始めよう、我々の満願成就のために。我々の明日のために…そうなれば、我々共通の“コード”が必要だ。彼女が“スマイル”と呼ばれているのと同じように」
「それなら、いいものがありますよ。私がずうっと前から考えていた“コード”が。世の中の、そして彼女の“群青”を貫く、とっておきの“コード”が」
「…ほう…Well well.そいつはいい」
「気に入っていただけたかしら」
「無論だ。我々の“蒼い未来”にとって過不足ない例え」
「では、そうしましょう」
「そうだ。それで行こう」
「計画名は…」
「スマイル…」
『セルリアン・スマイル』
Smile1 Fin




