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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
53/129

53 「加入」

 

 首都オパルスからグランツシティまで、そう遠い距離ではない。

 車なら中央高速を使って約1時間。


 しかし、車を持っていない貴也は、鉄路でオパルスを目指すことにした。

 免許証がないわけじゃない。ただ、使い慣れない物は手にしたくない性分なだけである。

 首都の中央駅 ロイヤルタクトへ向けて、国鉄の快速電車が幹線を疾走する。

 この国の首都を走る国鉄に、純粋なオパルス駅は存在しない。中央駅がオパルスの名前を冠していないのは、ローマの中央駅がテルミニという名前なのと理はほぼ同じだろう。

 クロスシートから眺める車窓からは、青空が広がっていた。彼女の眼と同じ群青の空が。

 結局、今の今までシレーナと連絡は取れずじまい。他のメンバーに聞きたくても、連絡先を知らないし、スイートクロウに行くには時間がなかった。


(シレーナ、どこへ行ったんだろう)


 ◆


 PM1:21。


 呆然と流れる視界がゆっくりと動きを緩めた。気づけば住宅や田園が広がった郊外の風景は消え、ビル群が見えていた。

 幾本のホームという寄り木に小鳥が停まる。

 小鳥は扉を開き、人を吐き出し吸い込み、再び旅立つ。それを何遍も繰り返す。

 貴也を乗せてグランツ駅を出た快速電車は、定刻通り終点のロイヤルタクトへ着いた。

 そこから徒歩で20分の場所に、官庁街が広がっている。

 その中で、ひときわ目立つ新しいビルが警察庁。

 受付でアナスタシアの名を出すと、すぐに彼女のオフィス前まで運ばれ、気づけば重厚なドアの前に立っていた。

 「失礼します」


 絨毯が直詰められ、ひときわ豪華な調度品が目を引く彼女の執務室。煙草を隠す香水の匂いに包まれて、サンディブロンドの彼女は姿を見せた。

 「いらっしゃい…約束の5分前とは、殊勝なことだ」

 「ありがとうございます」

 「座りながらだけど失礼する。私はアナスタシア・アドミラル。これから、あなたの上司となる人物だ」

 彼女は少し腰を浮かして、貴也と握手を交わした。

 「佐保川貴也です」

 「適当なところに、腰を掛けてくれ」

 そう言われ、彼は応接用ソファに腰を掛けると、彼女は別の方向へと、足を運んだ。

 棚の上に、ステンレスのコーヒーメーカー。

 「さて、昨日は大変だったね。もう平気かい?」

 「はい」

 「それは良かった。今回呼び出したのは、事件の経過をもう一回話してもらうとか、そんな馬鹿げた話じゃない。伊倉ユーカの死で、十文字館からこちらに移ってくる新入りクンの顔を見たくてね。

  …砂糖とミルク、要る?」

 貴也の「いえ」の声を聞き、彼女はコーヒーメーカから注いだブラックを2つ手に、貴也の向かいに座った。

 「食堂から取り寄せることもできるんだが、如何せん、ここのコーヒーは食堂も捜査課も水っぽくて飲めたもんじゃない。だからこうして、応接用のコーヒーは自分で入れるようにしている」

 と誰も聞いていないコーヒーの経緯を話してから、ブラックを一口。

 しかし貴也は緊張からか、水面に浮かぶ自分の顔しか見ていない。


 「…あのー、アナスタシアさん?」

 「“さん”は抜かしてもらって構わないよ」

 「シレーナとバディを組むってことは、彼女と同じ班に所属するってことですよね。でも、シレーナは十文字館にボックスがあるのに所属していなかった。それ――」

 「それどころか、君が出会ったガーディアン全員、自分の学校のガーディアンに所属しているどころか、捜査官として存在していないことになっている」

 貴也が聞きたい部分を当ててしまった。

 「あのー、それって…」

 「分かってるんだからね。君がIDを使って、シレーナ達の情報にアクセスしようとしたことぐらい」

 ギクッという擬音を使うには絶好のタイミングではないか。

 片付けのどさくさとはいえ、やはりバレていたか。それが警察上層部なら猶更。


 「好奇心ってやつは、しっかり管理していないと、自分を滅ぼすよ…まあいいか。君も、その一人になるんだからな」

 「へっ?」

 突然の展開に、貴也の思考が追いつかない。


 「地井春名以外、君が出会った子たちは、正真正銘ガーディアンの捜査官だ。地井君は、いろいろと厄介なところがあるから省略するが。

  彼らは、私たち警察庁と教科省の意向によって、その存在を伏せている状態にある」


 「どうして、そんなことを?」

 アナスタシアは、カップを手にして、こう言った。


 「貴也君。君がこれから所属する部隊はね。シレーナがガーディアンになった直後、彼女を中心にして設立した、半独立公安組織なんだよ。

  栄光や喝采どころか、組織名すら与えられない。その存在を知るのは、警察庁を含めた、政府内のごくわずかな人物。私を含めて、彼らはシレーナ達の班をこう呼んでいる。“(エム)”と」


 「エム?」


 「そう、“無(mu)”のMだ。市警、国警の管轄すら関係なく、危機的且つ重大なガーディアン事案に介入し、必要とあらば交戦する」


 その説明を受けて、貴也は納得した。

 今回の事件でシレーナ達が、これだけ大掛かりな捜査を行えた理由。彼らがガーディアンの、否、警察組織の中でも異端且つ特別な存在だったからなんだ、と。


 しかし、それと共に一抹の、と言えば削りすぎだろうが、貴也は不安を覚えた。


 「こんな私に、そんな重大な役回りが務まるんでしょうか…」

 アナスタシアは彼に告げた。

 「少なくとも、君の精神面や行動力は、評価ポイントが高い。それに…君の過去も」

 瞬間、彼の目がシレーナと同じように、少し暗くなった。

 「伊倉ユーカの死、その真相を前にしても、若干の動揺はあったにも関わらず、こうして取り乱すこともなく平然としている」

 「貴方は、私を試しているんですか?」

 「そんな無粋な真似はしないさ。時々やってしまうのさ。人の神経を逆なでしてしまうこと、そいつが玉に傷でね。

  まあ、何だ。君の冷静さと分析力、精神面。それを評価して、私は君をMのメンバーに抜擢する決心をしたと、こういう訳なんだ」


 そう言うと、彼女は貴也の眼を見た。


 「佐保川貴也。今からの辞令に、紙面などという、くだらない物質も慣習もない。一度しか言わないからよく聞け。

  本日午後二時を以て、佐保川貴也、君にM班転属を命じる。尚、登録上は解散後、別の班には所属せず、捜査官としての登録を抹消したこととする。以上だ」


 「えっ?」

 それはつまり、シレーナ達の班に入れってことか?

 今から? あんな危険な現場に?


 ガーディアンになった以上、危険は覚悟の上だけど、それでも話が急すぎる。


 「待ってください!」

 一方的な話で混乱した貴也が、身振りを交えながら話した。

 「一方的過ぎませんか? 私はまだ、イエスともノーとも言ってません。少し考える時間を下さいよ」


 ダアンっ!


 突然、アナスタシアは2人の間を隔てるテーブルを蹴り上げたのだ。

 飲みかけのコーヒーがぶちまけられ、衝撃で斜めに動いた。

 貴也の身体がびくつく。


 「残念だが、君には選択する権利はない。M班はシレーナがリーダーで、シレーナを頭脳に動くが、その最高顧問とも呼べる監督係は私で、人事もまた、私に一任されている。佐保川貴也。私は、リッカー53事件における君の結果を考慮し、私の判断で入れた。そして、この人事は、例え政府が人権を盾に、撤回を要求したとしても、取り消すことができないものだ。

  分かるか?…この意味が…。

  私の判断に介入する権利など、お前にはない! 断ると言うなら、それなりの実績を叩き付けてから言え! たかが“警察ごっこ”風情が偉そうに…。

  これっきしのことで迷っているようならな、佐保川。お前の命、すぐにもぎ取られるぞ!」


 語気を強め、怒鳴り、彼を牽制する。


 そこに、さっきまでの穏やかな表情は無かった。


 眼光を光らせて、貴也をにらむアナスタシア。


 萎縮し、何も話せなくなっていた。


 「それに、私たちが相手にするのは、ガーディアンでも手をこまねくような連中ばかりだ。過去には殺人鬼を逮捕したし、ギャングと銃撃戦もやった。これまでの“警察官ごっこ”とは訳が違う。時間を与えれば、お前たちを含めて、大勢の市民、生徒が死の危険にさらされる。だから我々は、すぐにでも行動しなければいけない。言っている意味、分かるな?」

 貴也は頷く。

 「もちろん。経験のない君を、そのまま実践に入れる程、私は鬼畜じゃない。明後日から3日間、集中訓練をしてもらう。訓練と言っても、ガーディアンスクールで基礎能力は身についているハズだから、そいつにツバを付けたような簡単なものだし、教官も腕のいい人を用意している。心配はしなくていい」

 「……」


 「貴也君。私がここまで熱を持つのはね、君や君の家族のような悲劇を、これ以上起こしたくないからなんだ。異常という前置詞が、“犯罪”から消えて随分になる。こんな檻に入れられる前、私も現場を駆けずり回った捜査官だった。汚いものは何でも見てきた。“最期の事件”も、そうだ……私はね、シレーナに、M班に、その最後の希望を託したいと思っている。犯罪の根絶と、人間としての心の回復。それが私―アナスタシアが彼女たちに託すものだ」

 「……」

 それでも、彼は握り拳を膝に置いて、視線を下へ逸らしている。


 「ああ、大切なことを言い忘れていた。君の履歴書を見させてもらったよ。ガーディアンに入りたい理由…」

 すると、貴也は顔を上げた。

 「いいじゃない。久しぶりに、心の底が震えたよ。君みたいな芯のある子は久しぶりに見た。

  君の志望動機を叶えるのに、このM班は適材適所だと思ってる。多少、酷な道のりになるかもしれないけど。

  もし、どうしても駄目ならば、その時は仕方ない。別の班を探すことにしよう」


 そう言って、アナスタシアは立ち上がると、穏やかな顔と右手を彼に向けた。

 「どうだ?」

 「……」

 しばらくの沈黙の後


 パシッ!


 貴也は力強く、彼女の手を取った。

 「やります!」

 しっかりと率直な眼光を、アナスタシアに向けて。


 確かに、いきなり命を削りあう現場に出向くのは怖い。正直に言えば。


 でも、貴也はその手を取ることを決めた。 


 自分の叶えたい“理由”のために…それよりも、彼女の事を知りたい。そのために…。


 というより、その理由を並べる前に、彼の根底にはあったのかもしれない。今の“風紀委員的業務”に対するフラストレーションが。


 「よしっ!」

 アナスタシアは、彼の手を引いて立ち上がらせる。

 「シレーナと同じ学校にいるなら、後は彼女に諸々を任せるか…集中訓練については追って指示する。その期間は公休として、学校に申請する。出席日数や学習量に関しては心配しなくていい。その時間も別個に用意してあるから」

 「はい」 

 「っと、まあ…今日のところは、これくらいかな? 訓練が終わったら、また顔を出してもらうことになるけど。他に質問がなかったら、今日はこれまでで。

  悪かったわね。怒鳴ったりして」

 貴也の頭を撫でると、彼女は元の執務机に戻っていった。


 「2つほど…少し気になることがあるんですが」

 「何かしら?」

 「1つ目は、イージーノートについて」

 「あれねぇ…」

 アナスタシアは言う。

 「回収はしたけど、どこにあるかまでは言えないわ。何せ、あの女子力満載でキャピキャピなノート一冊で、この国が空前の大混乱に陥る危険があるんだから」

 「キャピキャピって…見た目によらず、オバサンなんですね」

 「失礼な。私はこれでも…まあ、その話は置いておいて。近々、極秘の省庁間会議が開かれる予定だよ。このノートの今後の処遇についてを決める、ね。それが決まり次第かな、イージーノートがどうなるか。

  気になるの? 彼女の遺品だから」


 「いえ。今回の事件の大きな…遺産と言ったらオーバーかもしれませんけど。気になったもので。

  ユーカの事でしたら、何とか心の決心はつけました。あの優しい笑顔は心の奥底に仕舞っておくことに決めました。恐らく、この先、彼女は皆が飽きるまで痛めつけられるでしょう。それをどうすることも、私はできません。ならば、彼女が見せた笑顔を―それが例えまやかしであったとしても、私は心の中に置いて、前に進みたい。そう思っています」


 彼の言葉に、アナスタシアは三度頷いた。

 「で、もう一つは?」

 「シレーナの…事なんですが」


 そう言いかけて、口をつぐんだ。

 何か引っかかるアナスタシア。

 「何かあったのか?」

 「それが…」

 「確か、ナギを殺す瞬間を見てしまったんだったけ。その話?」

 「違います」

 「じゃあ、何?」


 重い口を、貴也は開いた。


 「あの眼」

 「ん?」

 「シレーナの、あの眼。亀裂がいっぱい走った…」


 すると、彼女の顔色が変わった。

 目をゆっくりと見開き、まるで怖いものでも見聞したかの如く。


 「まさか…あの眼を見たのか?」


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