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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
52/129

52 「事の終わり from貴也」

 

 翌日。


 正直、俺は学校に行きたくなかった。そこには2つの理由があったからだ。

 1つは伊倉ユーカ。俺のかつての恋人。

 何せ彼女は一夜にして、悲劇の天使から漆黒の悪魔へと変貌して見せたのだから…。

 まあ、先ずはマスメディアの公式発表に基づいて、この事件の顛末を説明することにするとしよう。


 ◆


 シレーナの“処刑”から2時間後、首都オパルスにある警察庁から公式発表が行われた。

 内容は、ケルヒン東署での銃乱射から始まった一連の事件の犯人は、鉄道公安隊第13班のナギ・フロスト警部補及び、ボブ・スタータ巡査長であること。

 動機は、かつて自らがおこした不祥事によって誘発された精神疾患と、それに伴う妄想であること。

 ナギ容疑者は人質を取った後、妄想からボブ巡査を殺害。車を暴走させトークンモールに籠城、事態は危険と判断した市警が特殊部隊を突入させ、銃撃戦となり射殺したこと。

 という3点だけ。イージーノートやシレーナの話どころか、リッカー53事件すら公表されることもなく、警察上層部がいつものように、誰に向けてか分からない謝罪をしたことで、事件は解決した事になったのだ。

 まあ、当然だろう。リッカー53から始まる一連の真実、それ以上にイージーノートの存在が明るみになれば、警察の不祥事どころの騒ぎではなくなる。この国の政府機関から犯罪組織まで、全てがフルーツバスケットの如くすげ替わる。そうなればこの国は、ある意味テロやクーデター以上の混乱に見舞われるだろう。あぶないものには蓋をと、誰かの頭を犠牲に保身を貫く。どの時代、どの国でもお上がやりそうなことだ。

 現に、13班全員には自宅謹慎と部署異動が命じられたそうだからな。確実な口封じだ。


 しかし、問題はそこじゃない。


 伊倉ユーカの黒い部分は、イージーノートの事を差し引いても流出する可能性は充分にあった。

 シレーナだって、ユーカの情報を外部の生徒から手に入れたんだから、その話が情報網に乗って拡散するのは必然的だ。

 生徒たちの持つ非正規且つ水面下の情報網。現代社会の闇とも呼べるべきそいつは、CNN以上の情報量と迅速さで各個人に匿名で伝達される。カストリ雑誌以下の内容と信憑性を伴って。そして、受け取った個人は、これを混ぜ合わせ、あるいは盛り上げると、ご近所に回覧板でも渡すかの容易さで、見ず知らずの他人に、伝言ゲームを開始する。際限ない伝言ゲームを。

 だからって、悲劇の主人公という立場から転落するのが嫌だとか、そんな子供っぽい理由でいっているんじゃない。

 彼女について、心無い声をかけてくる奴が、恐らく大勢いるだろう。あることないこと、たくさんの噂が、瞬く間に学校中を駆け巡るだろう。


 善悪関係なく、死んだ人間を、これ見よがしに嬲り倒す連中。俺はそんな奴が一番嫌いだ。

 

 ◆


 その予想は的中した。

 昨日よりもきつい憐みの眼差しが、容赦なく突き刺さる。

 “好奇”や“嘲笑”と言ったものが入っているのは間違いなかった。

 被害妄想。そう思うだろうが、教室に入る前に知らない奴から、こんな言葉をかけられたら、どう思う?


 「よう。お前、ガーディアンだよな。 どうせ、お前も相棒と寝たんだろ? どんな感じだった? 教えてくれよ」

 「大変だったな、ガーディアンさんよ。あんなビッチに付き合わされてさ」


 中には「かわいそうに」と言いながら、腕に抱きつき胸をこすってくる女子生徒もいた。

 ぼったくりバーの並ぶ歓楽街か、ここは…おっと、この比喩は年齢に対して分不相応だったか。

 教室でも、同じようなもんだった。授業中、そこにいることが辛くてたまらなかった。


 しかし、この学校が、ここまで腐っていたということを感じた時、俺の中に空しさがこみ上げてきた。


 俺はユーカと共に、この学校を良くしてきた、守ってきたと思ってる…それが欺瞞でも構わなかった。


 だが、見てみればどうだ? コイツは欺瞞よりひどかった。


 昼休み。少し歩けば、あそこでパシリ、こちらで喫煙。生徒指導が1人1人を回って恫喝しても足りないくらいに。


 ああ、そうか。俺はずっと水瓶を守ってきたんだ。その中には悠々と泳ぐ魚がたくさんいると信じて。それが蓋を開ければ、死んで体が膨張し、ハエのたかった魚であることを嫌でも確認してしまった今、そのハエが自分の顔の周りを飛んでいると知った今、俺は欺瞞すら叶わなかったことに絶望しているんだ。

 十文字館ガーディアンは解散した。もう、あの時のような平和が来ることもないだろう…否、いてもいなくても変わらなかったのかもしれない。

 死んだ魚が爆ぜるのも、そう先の話ではないかもしれない。


 でも、そう考えると、俺とユーカのしてきたことが、ある種の抑止力になっていたってことだろう…いいや、そうでも思っていないと、心が張り裂けそうだ。


 そんな中でも唯一の救いは、悪友を含む男女数名は、昼飯やアニメの話と、いつもと変わりない会話をしてきてくれたこと。それが一番うれしくて、心に沁みわたった。 


 

 そして2つ目はシレーナ。

 今日、彼女は学校を休んだ。


 あんだけのコトをしたんだから。彼女も疲れたに違いない。

 そのうち遅刻でもしてやってくるだろうと思って、シレーナの机をそれとなく観察した。

 でも、日が沈むまで、その机に変化が起きることはなかった。

 ケータイにかけても出ないし、メールすら音沙汰なし。SNSという若者の利器を使えればいいのだが、如何せんアカウントを知らない。


 あの眼…あの姿…彼女が、都市伝説の正体であることを、今でも若干信じられずにいた。


 それでも、信じられるものは1つだけある。


 メルビンや地井の様に、俺にだってそれとなく能力は持ってる。


 彼女は、根っからの悪人じゃない。人を殺せるような人間じゃなかったはずだ。


 なのにどうして、シレーナと言う少女は殺人許可証を持っているのか。どうして彼女は人を殺すのか。


 それが、まだ分からなかった。 俺は、それを彼女から聞きたかった。

 二次方程式や現在完了形の使い方以上に、それが気になって仕方なかった。


 でも授業中、俺はふと、気になることを思い出したんだ。

 亀裂の入った瞳を向けらた時に感じた、あの雰囲気。俺は、どこかで同じものを味わっている。


 この学校に入学する前、いや、それ以上、もっともっと前に。

 それが何だったのか、結局思い出せずに、一日が終わった。


 シレーナ。君は一体、何者なんだ…。


 ◆


 夕方、帰宅途中にメールが入った。

 昨日話した、アナスタシアとか言う女性から。


 ―――明日午後2時、警察庁へ参上せよ―――


 果たし合いじゃないんだからさぁ。

 明日は土曜日。休日返上で首都への小旅行が決まってしまった。

 まあ、街をぶらついて好奇の目に触れられるよか、ずうっとマシか…。


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