5 「BLOODY」
規則正しく並ぶ改札機の上には「調整中」の文字を広げて沈黙を守る電光掲示板が吊り下がる。閉じられた門をくぐると、無菌室と化した階段を駆け上りホームに。4本の線路が走る島式ホーム、本線上り2番線に当該列車は止まっていた。
県境からグランツシティへ南北に走る大手私鉄、花菱鉄道北百合線。クリームと淡いピンクのツートンカラーの車体が、そこにあった。車体の所々に微かだが赤い点が飛び散る。
ホーム上には警察官と駅員が。先頭車に近い場所では、鑑識であろうスーツ姿の男が、白い手袋をしてズタズタに裂かれた紺色の通学鞄を持ちあげ、カメラを持った別の鑑識員がそれを撮影。終わると大きなビニール袋に鞄を突っ込み、傍にあったジェラルミンのケースに入れ、封をした。
線路上では警官と駅員、本社から送られてきたであろうスーツ姿の職員数名が足元を見回したり、懐中電灯でホームや電車を覗いて、線路の状況を確認している。
遺体らしき担架も見えないからして、もう撤収済みか。いや、バラバラになったなら担架すら無用か。
「エル!」
ホームにシレーナも見慣れた人物。同じ仕事仲間であるそいつはクリーム色のブレザー姿。八頭身に緑色の髪。無論染めたものではないし、カラフルな髪色が普通なご時世だ。ここまで見れば、世の女性は首ったけになりそうだが。
「やっと来たか。遅いぞ」
「貴方が早いのよ。そもそも、あなた北百合線の近くに住んでないでしょ?」
「テル・ナに行ってた」
「朝から射撃ですか……」
呆れるように放つ言葉。
「最も腕は、君に負けるけどさ。実銃を撃てるのは、あそこしかないからね」
この男はエルドラド―通称エル。彼もシレーナと学校は違うがガーディアンである。
「概要は?」
「事故発生は今朝の7時02分。衣川駅2番線に進入した新畷発東ドーラ行の快速特急に女子生徒が飛び込んだ。飛び込んだのはホーム中央から少し先の、丁度前から5両目が停車する場所。運転手が慌てて非常ブレーキをかけるも既に遅し。列車は女子生徒を轢いて9メートル走行、停止」
「快特は10両編成だから、かなりのスピードが出ていたはずね」
「ああ。女子生徒は即死。遺体も無残な姿だったさ」
「死んだ女子生徒の身元は?」
エルがポケットから、袋に包まれた生徒手帳を出した。
「反対側の線路に、これが飛んでいた」
シレーナが受け取る。
瞬間、彼女は自分が呼ばれた意味を察した。今手にしているのは紛れもない。シレーナの在籍する学園の生徒手帳なのだ。
手帳カバーの皮に付着した血は乾いてシミになり、変形したまま元に戻ることもない。
開くと、血で染まった顔写真と名前が記されたIDカードが出てきた。写真には金色のマークが上から押されていた。
「伊倉ユーカ。十文字館学園2年。ペンと剣が交差した金のマークがついているってことは、やはり、ガーディアンだ。IDナンバーは3417」
「お門違いね。私は母校のガーディアンから隔絶されているのよ。忘れた?」
「だとしても、存在ぐらいは知っているだろ?」
「一応ね。あそこのガーディアンって言っても、名ばかりよ。十文字館自体、治安の悪い学校じゃないし、仕事と言ってもお悩み相談くらい。まあ、平たく言えば自称自警団ってところかしら・・・ん? 待ってよ。じゃあ」
エルは頷く。
「十文字館のガーディアンは2名。今回、事件だと訴えているのは、もう1人のガーディアン、佐保川貴也だ」
「サホガワ…タカヤ…」
「携帯していたIDから本人と確認できた」
瞬間、彼女はメガネを外し、目頭を押さえた。
「どうした?」
「……同じクラスの奴」
「本当か?」
「嘘言ってどうするのよ」
そう言いながら、彼女は眼鏡をブレザーの胸ポケットに挟んだ。
「つまり、彼から話を聞き出してくれ……と?」
「ハフシが聞いたが、何も話そうとしなくてね。同じ学校の生徒である君なら……早く聞きださないと、警察がとっとと片付け始めちまう」
「どうやって聞き出す? 同僚が電車に轢かれたのよ。普通の人間なら、話したくもなくなるでしょうに。そこにガーディアンだからって文言は通用しないわ」
「それを無視せざるを得ないのが、俺たちの仕事だろ」
すると、シレーナは彼の胸元を掴んで引き寄せた。
その眼に数秒前のような生気はない。
「そうじゃない。ワタシが行くってことは、他の女子が慰めに行くのとは訳が違いうってこと。それをアンタは理解しているのエル」
冷たい言葉で耳にささやく。
「そのつもりさ。君があの男と同じ学校で幸運だったぜ」
「幸運? それはどうかしら?
あの男は今から、この“ワタシ”の尋問を受けるのよ。ボロボロになった彼の精神が、どこまで持つか」
シレーナはため息をこぼすと、掴む手を放す。
目を閉じた瞬時、冷酷さは彼女から消えていた。
「それに轢死したのは女性で片方は男。だとすれば……まあいい。早く終わらせて、モーニングにでもするわ。電車の方は?」
引っ掛けていたメガネを、片手で振りながら開くと、そのまま耳へと引っ掛ける。
「先頭車の処理が終わっていないそうだ」
「現場検証には時間がかかるってことね。バディに連絡して分署と鉄道警察隊を説得できないかしら?運転再開の指示を出すのを、もう少し待てないかって」
「やってみよう」
「で、サホガワは?」
「アイアン・ナースに乗ってる」
「了解。最後に一つ」
ホームを歩き、シレーナから遠ざかっていたエルが振り返る。
彼女は顎を電車にクイッと振って
「この電車、何時に新畷を出た?」
「6時08分だ。それが?」
「……いやいい」
そう言うと、シレーナは来た道を引き返し、階段を一段一段と降りていくのだった。
瞬間、エルは見た。
彼女の瞳の、かすかな濁りを。
「どうやら、厄介な事件になりそうだな。それにしても、怖い女だ。シレーナってやつは」




