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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
49/129

49 「決斗は生鮮売り場で」

 

 「…あー、いっつーっ…」


 目を開き、足を見下ろし、顔や腹をまさぐって、周囲を見る。

 車は間一髪、激突を免れたのだ。

 そこで初めて、自分が生きていることを実感できた。

 「ハア…助かったァ~神様、仏様、サマンサタバサだよ~」

 深く息を吐きながら、心からの一言を漏らす。因みに、サマンサタバサに深い意味はない。

 隣では車窓のない窓にもたれかかってナギが呻き、ショットガンがリアウィンドウから突き出している。

 さっきの銃撃戦からして、あの中に入っていたのは1発。フォアエンドを引かずに車に乗ってくれたために、あのスリップで誤射が起きずに済んだのだった。

 運転席側が台座にぶつかったものの、車にダメージはなく、幸いにもオブジェがこちら側へ崩れてくることもなかった。


 だが、生きている喜びをシートに体をしずめて喜ぶわけにはいかない。


 そう、貴也は人質なのだから。


 「い、今のうちに…」

 ナギの意識が、まだはっきりしていないことを確認すると、貴也はゆっくりとドアを開けて、外に出た。


 そこにはエンジン音をさせながら、シレーナのケンメリが獲物を傍観するように停車していた。

 早足に車の方へ向かう貴也を確認して、シレーナは初めて車を出た。


 「シレーナ!」

 「フン、やっと出てきたか、貴也」

 メガネをかけず、ノーネクタイの制服で出迎えたシレーナ。

 「そんな言い方は無いだろ。お前が押し出…し…」


 いや待て。


 今さっきは、恐怖のドライブから解放された喜びでいっぱいだったが、冷静になると何か変だ。


 ファーストコンタクトの時とは違い、口に笑みを浮かべている。


 メガネをかけていないのに、出てきた人を貴也だと認識できていた。


 それに口調も――。


 「どうした貴也」

 「おまえ…目が悪いんじゃ…」

 「……」


 さり気なく、疑問の一端を聞いてみた。


 しかし、シレーナは黙ったまま、何も答えようとしない。


 おかしい。さっきまでのシレーナじゃない!


 「で、あの男は? 死んだか?」

 「えっ?」

 彼女の口から出てきた言葉に、彼は耳を疑った。

 「死んだかって聞いてんだ。どうなんだ」


 動揺が走る。


 俺も、風のうわさ…というより、男子共の昼下がりの話題として聞いた程度だった。新発売のゲームソフトがクソゲーだったやら、エロ動画サイトを閲覧したやらの下ネタと同程度のレベルで。

 そんな都市伝説、にわかには信じられなかった。「信じるか信じないかは、あなた次第」…んなもんあり得るかいな。その意見をぶれることなく持って、世間話に花を添えていた。


 でも、今眼前には、その都市伝説が、ほぼ確信と言う状態で貴也を見ていた。貴也に問うていた。


 じゃあ、彼女が…? 


 「佐保川貴也!」

 「あ、ああ…死んでないとは思うよ。ウーウー唸ってたし」

 「そう…」


 遠慮がちに、貴也が口を開いた。

 「あ、あのさシレーナ、き――」


 「この場から消えなさい」


 「え?」


 「ここから消えろって言ったんだ」


 人の言葉を遮っておいて、こいつは何を言い始めるんだ!

 「別に取って食ったりはしないよ。ただ少しだけ、どっかに隠れていてほしい。そう言ってるんだ。その方がお互いに幸せでいれるからさ」


 「彼を…殺すのか?」


 その言葉に、一瞬彼女の眼が淀んだ。


 底が見えないくらい濁った川の様に。


 貴也の頭を離れなかった西園の言葉、それが脳裏に食らいつき離れなかった。

 それが眼前で具現化しようとしていた。最悪な形で。


 「どうして…そんなことを聞くの?」


 質問で返された。はぐらかすことはできたが、あの眼…その前では、どんな冗談も通用しないことは本能的に理解できた。

 でも、本当のことは口が裂けても言えない。

 噂を聞いたから。君はかつて、大勢を殺したことがある、と……言ったらどうなるか想像もつかない。

 「そ、それは…」

 貴也が言葉を濁した、その瞬間!


 「伏せろっ!」

 「うわっ!」


 シレーナが叫び、貴也を押し倒した途端、銃弾が頭上を通過。

 Z4車内から目が覚めたナギが、自身のオートマを手に撃ってきた。

 その一発が、シレーナの肩を掠めた。が、彼女は苦痛の表情も浮かべず、まるで論理的とでもいうべき冷静さで状況を確認した。

 服が破れ血がにじみ出た部分を見ると、彼女は貴也の襟を掴んで引きずり、脱兎の如き速さでケンメリの背後へと移動した。

 その間にも銃弾は車に向けて撃ちこまれる。

 「馬鹿が。こっちもアイアンナースと同じ、特殊防弾にしてあるんだ。撃ったところでびくともしないよ」

 ショルダーホルスターから銃を抜き、ケンメリの影からシレーナのクーナンが声を上げた。

 互いに銃弾を撃ち込み、銃声が、硝煙が、薬莢の落ちる音が、フロアーに立ち込める。

 だが、ナギは最中に、銃を撃ちこみながら車を動かした。Z4はクタクタの車体を振り、スーパーマーケットの方へと消えていった。

 「逃がすか!」

 車の影から転がり出たシレーナ、だが!


 「!!」


 Z4が動いた衝撃で、オブジェが揺らぎ始めた。


 テッペンが前後左右に回り始め、遠心力が大きくなると、遂に塔は傾き始め、大量の箱とボールがこちらめがけて迫ってくる。

 シレーナは瞬時に車に戻るのは危険と判断、眼前のブティックへと走り込んだ。

 その勢いに、ブレーキをかけ止まる間もなく、ハンガーに架けられた服をクッションに、台もろども転倒。直後、オブジェが崩壊した。人の顔ほど、否、それ以上の大きさがあるであろう箱やボールが、フロアに面した店舗を転がり回り、展示してあったマネキンが宙を舞ってショーウィンドウへ突き刺さる。


 倒壊したオブジェの残骸が動き回る音、そいつが止んだのを確認したシレーナは、台を蹴り上げて起き上がり、頭にかかる服を投げ捨てて店先へと歩いた。

 「派手に崩れたもんだ。購買意欲より先に、人の神経刺激しやがって」

 大掛かりで季節外れのツリーは、ものの見事に彼女の視界を遮っていた。向こうに停まるケンメリと、うずくまっている…と願いたい貴也がどうなっているか。全く黙視できない状態だった。

 「生きてるか?」

 「ああ。なんとかね。この声が俺の亡霊じゃない限り」

 オブジェの向こうからの声は、確かに貴也だ。

 「心配するな。ワタシはそう言った類は信じていない」

 「ならよかった。しかし、よくもまあ、こんなモン立てたもんだよ…お立ち台のつもりか? これは」

 足音の後、オブジェの先端から、まじまじと倒壊したそれを見る貴也が姿を現した。

 「テッペンに人気DJ(ジョン・ロビンソン)でも立っていたのなら、そうだったんでしょうけど…つか、歳いくつだよ」

 「いや、お前こそ…まあ、そんな話は置いといて、ここからどうすればいいんだ? シレーナ」

 「さっきも言ったっ通りよ。ここから動かないで」


 そう言いながら、シレーナはクーナンのマガジンを取り出し、新しいものに取り換えた。


 「ここからは…私の仕事だから」


 そのまま車が消え去った方へ歩き始めたシレーナの後姿を、彼は無言で見送るしかなかった。


 恐らく、あの銃も実弾だ。そして容赦ない攻撃…嫌な予感というやつが、彼を頭の先まで包み込んで離さなかった。


 ◆


 「な、何だってんだ。この野郎…」


 再びナギは、Z4の中で独り言をつぶやいていた。それも体を小刻みに震わせながら。

 車は逃走したのち、スーパーへ進入。精肉コーナー付近で停車していた。


 「あの女がスマイルだったなんて…畜生」

 そう、彼女が自分に銃を向けてきた。そこから辿りつく結論は、たった一つだ。

 「お、俺が殺されるってことか…俺が一体何をしたっていうんだ!」

 自分の行いを棚に上げ、車内で叫んだ彼は、咄嗟にあることを思いついた。


 「そ、そうだ。彼女を殺せばいい。たかが女一人……いや、殺せなくっても、彼女に逮捕してくれって懇願すれば…そうさ。なんやかんや言っても、所詮は多感な年頃の女の子。涙を流して許しを乞えば、情けをかけてワッパをかけるに決まってる。その後は精神異常を叫べばいい。精神鑑定をごまかして数年我慢すりゃ、すぐに娑婆に出られる。ちょろいもんだぜ。ヘヘヘ」


 その時、ナギのケータイが鳴った。

 番号には見覚えが、否、ものの数十分前にかけてきた死神の声。


 ――やっと追いついたぞ、ナギ。

 彼は周囲を見回すと、体を低くして話し始める。

 「ちょ、ちょっと待てよ。人質は開放した。それでいいじゃないか」

 ――そんなもの、元から算段には入ってないんだよ。言っただろ? 死刑を執行するって。

 「おいおい、少しは冷静になれよ。この国は腐っても法治国家だ。ただの女学生が制裁を与えようだなんて――」

 ――ただの? ふぅん。アンタにはワタシがただの女学生に見えるんだ。驚きだね。ナギ、アンタがワタシと長電話したところで、状況は何も変わらない。この巨大な檻の中で、お前は死ぬんだ。列車内通り魔“リッカー53”としてな。


 感情のないシレーナの声。どうしてなのか、感情を逆なでされているような感覚に襲われる。

 この矛盾たるや。


 「ふざけるな…俺は殺されるようなことはしていないはずだ」

 ――もういい。お前とこれ以上話をする気はないよ。


 だが、ナギは気づいた。

 自分が最後の切り札を持っていたことを。


 「いいのか? お前が探し当てたコイツがどうなっても」

 彼が懐から出したのは、女物の手帳―そう、イージーノートである。

 「俺やボブ…いや、死んだ女の犯罪を立証できる唯一の代物だ。さあ、こいつを返してほしければ――」

 ――別にいいさ。そんなノートくれてやる。

 「へ?」

 拍子抜けした声が出でしまった。


 まさか!


 彼は中身を確認した。


 白紙、白紙、白紙、白紙、白紙、白紙。


 最初から最後まで何も書かれていない、サラッピンの手帳だった。

 「まさか。最初っから偽物を?」

 ――残念だったな。最後の切り札が消えちまってさ。

 その瞬間、ナギは怒りのあまりノートを真っ二つに裂いて叫んだ。

 「上等だ、この野郎。人をなめやがって。殺せるもんなら殺してみろ!」

 ――ああ。お望み通りに。前を見ろ。

 「前だと……!!」


 身体を起こしたナギ。


 そこにさっき(・・・)まで(・・)いなかったもの(・・・・・・・)を見つけて、狼狽した。


 正面、鮮魚コーナーへと下る通路。

 紺のブレザーとホルスターを脱ぎ、白いワイシャツとスカートというラフな姿のシレーナがそこに立っていた。


 ――さあ、時間だ。ナギ。アンタの夕暮れの…。


 イヤフォンマイクをそっと押さえながら、彼女は車へ向けて左手のクーナンを差し向けた。

 冷たい眼差しを添えて。


 「上等だぜ」


 ナギはケータイを車外に放り投げ、車のエンジンを始動。彼女を威嚇するようにアクセルをふかし上げる。

 スーパーの生鮮品売り場の決斗。2人の距離は大きいものの、たかが知れている。

 どっちかが怖気づけば、それが雌雄を決する。

 ボロボロになったヘッドライトが、彼女を映し出し、シルバーの銃口が、歯ぎしりする男を捉える。

 足でペダルを押さえるたびに、メーターの針が上へ上へ押し上げられ、ゆっくりと下がっていく。

 それに反して、引き金にかかる指に力が入ろうとするたびに、彼女の口角が上へ上へ引っ張られていく。


 彼女を、車を包み込む殺伐とした空気。


 ロケットスタート!


 クラッチをつないで、白煙と共に切り裂かれた不安定な均衡。

 加速されていくZ4に、フロントガラスへ迫る彼女の姿。

 徐々に迫っていく車のボンネットに、シレーナの足は動揺も畏怖もせず、ただそこに2本、直立不動。


 「いーひひひ、死ねやー!」


 ナギが勝利を確信した直後。


 ビシッ!


 一発の銃弾がZ4のフロントガラスに撃ちこまれた。大きなクモの巣を作ったそれは、貫通してナギの右頬を掠めた。


 「う…うわあああ!」


 視界が遮られた上に、正確に狙撃された恐怖。


 ナギは反射的に右へハンドルを切った。

 それは自滅とも呼べる最後。


 刺身や干物の置かれた保冷台にぶつかると、宙へ舞い上がった。

 銃を構えたままのシレーナ。ナギは彼女の姿をスローモーションに捉えながら、消えていった。

 彼女の背後を掠めたZ4は半回転。着地点にあったカート台を破壊し、氷水に浸された鮮魚を一面にぶちまけると、屋根をこすりながら疾走。


 デッドエンド。


 保冷台に横滑りした車体がぶつかり、ようやく停止した。


 再びスーパーの中を流れる沈黙。


 氷と魚にまみれ、仰向けになったZ4が唸ることは、二度となかった。



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