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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
48/129

48 「その少女、降臨」

 「どうなってやがんだ! クソッタレ!」


 1階ホームセンター前でZ4は停車していた。

 店内は無人。その上、全ての出入り口にシャッターが閉まっているのだ。

 客を轢き殺して警察を牽制するどころか、自分が袋のネズミになっている。

 「市警の連中、特殊部隊でも入れるつもりなのか? だが、ここまで大掛かりにする必要がどこにある?」

 ハンドルにもたれかかり、周囲を見回すナギ。

 店の陰に誰かがいる。通路の向こうに銃口が。そんな妄想にも似た焦りが、自分の視界に映るモノを猜疑心と言うフィルターにかけまくっている。

 もう、自分の視界全てが信用できない。

 彼らが何を考えているのか分からない。


 その時だった。


 「!?」

 ナギのケータイのバイブが、ぐぐもった音を上げながら震えだした。

 こんな時に誰から?


 見ると、それは知らない電話番号だった。


 多分、市警の交渉班かなんかだろう。

 そう思いながら、通話ボタンを押して耳に当てた。


 「もしもし」

 ――ナギ・フロストか?


 第一声は高圧的。

 相手は若い女性―それも10代くらいのあどけなさが残る。

 鉄道公安隊で若い女性の相談を、嫌と言うほど受けてきたから分かることだ。そしてあの女たちも、そんな声だったから――。


 「誰だ?」

 ――名前なんて、どうでもいい。

 「カッコつけてんじゃねーよ、キザ野郎が。どうせ、この男を救うための交渉役だろ。だったら早くシャッターを開け……」


 ――フフッ…フフフフフフ…。


 ジョークを言った覚えはない。相手は声を押し殺して笑い始めた。


 「なにが可笑しい?」


 そして


 ――交渉? アンタに慈悲を与える奴が、まだこの世にいるとでも思ったのか?


 「なん…だと?」

 ――この先、アンタには猶予も自由も、時間すら与えられない。もし享受できるとしたら、それは終焉以外の何物でもない。

 「訳の分からん事をほざくな。おちょくるのもいい加減に――」


 刹那、彼女から出た単語に、ナギは狼狽を隠せなくなった。


 ――スマイル…この言葉に聞き覚えは?


 「スマイル…だと…っ!」


 彼も聞いたことはあった。

 ただの都市伝説と、あの時は嘲笑した。


 酒が入っていたからかも知れない。大きな駒を手に入れられて悦に入っていたからかもしれない。

 でも、その単語は確かに聞いた。その単語が示唆する啓示も。

 そう……犯罪がバレた頃、いつぞやか、ボブが言っていた、あの噂(・・・)


 「“スマイル”…この言葉に狼狽し怯えるのならば、そいつは二度と太陽を拝むことはできないだろう」


 ――また、その“スローガン”ねぇ…嫌いなんだけど、言い得て妙だから否定はできない。

 「な、なにを言って…っ?」

 ――もし、エラスムスが生きていたら、もうちょっとマシなキャッチフレーズを生み出してれただろうなぁ。この名前がもつイメージと矛盾する、未確認殺人者のね。

 「ま、まさか、お前っ!」


 ――ご名答。アンタも警官なら聞いたことがあるだろうよ。「ガーディアン」の中で殺人が合法的に許されている生徒が、たった1人だけ存在している。その「1人」とは、今こうしてアンタと話をしている、このワタシ。言い換えれば、この声の主が“スマイル”なのさ。


 「あ…あ…」

 言葉を失い、脂汗がにじみ出るナギ。

 電話の声が聞こえない貴也にとって、只事ではない事態が起きていることは容易に理解できた。と言うより、出来ないとおかしい。


 ――ナギ・フロスト。列車内連続傷害事件、及び11件の殺人容疑で……アンタに死刑を執行する。


 「し、死刑…そ、そんな…」



 ――恐れるな。少しだけ早く、お前に“夕暮れ”がやってきただけだ…。



 そう言うと電話は切れ、血相を変えたナギがウィンチェスター・ショットガンを手に、車を降りた。


 「どこだーっ! 出てこーい! このっ、亡霊めがぁーっ!」


 叫びながら銃を乱射する。

 洋服に穴が開き、ショーウィンドーが割れ、2階通路のガラスが降り注ぐ。

 ショットガンに装填した弾を撃ちつくし、肩で呼吸を整えるナギ。


 カチャ…と、硝子を踏んだ音が耳に届いた直後、確かに感じた!


 怯えた子犬を見下ろす影。


 その気配に、ナギはゆっくりと振り返る―――


 「お、おまえは…」

 「シレーナ!」


 ショットガンで大破したフェンス越し、ブレザーをなびかせ、そこにいたのは2人もよく知る人物。


 シレーナ・コルデー。


 だが、その顔に眼鏡は無く、心なし眼はいつもより輝いているように見えた。何より手にはテクノアームズ PTY MAG‐7。


 「いつものシレーナじゃない…。それに、あんな銃どこで…」


 車内で傍観する貴也も、その異様さは目を疑う。


 「お前か! お前が“スマイル”なのか!」

 「……」

 口を開くこともなく。まるで銅像の様に、そこへ突っ立つ。

 「おい、聞こえてんのか?」


 「人質を放せ」


 開口一声。


 「は?」

 「そいつを放せと言ったんだ」

 だが、ナギは笑う。

 「口開いて、何喋るかと思えばそれかよ…いいぜ。お前を殺してからな」

 悪党らしいアクション。


 だが、彼がまやかし(・・・・)のウィンチェスターを構えるより早く、シレーナのMAG-7が動いた。


 ダンッ!…ダンッ!


 「ひいっ!」

 右手でフォアエンドが素早く引かれ、連射の嵐がナギを襲う。

 構えるより逃げることを選択した彼は、傍のブティックの商品棚へと隠れる。

 店先に置かれたTシャツが焦がされ舞い上がるたびに、銃右側面から排出されたショットシェルが絨毯を転がっていく。

 全弾撃ち終わると、顔色を変えず慣れた手つきで、背中とスカートの間に挟んでいたマガジンを取り出し、右手で装填。フォアエンドを戻す。

 空のマガジンが1階に転がり落ちる音がフロアーにこだまする。


 「冗談だろ。あのショットガン、実弾じゃねーか! どういうからくりだ? ガーディアンは実弾の所持を禁止されているハズじゃねーのかよっ!」


 ぶつくさと文句を垂れながら、ショットシェルを装填すると、フォアエンドを引き深呼吸。

 棚から飛び出し乱射しながら、Z4へと走る。

 一方のシレーナも、敏捷な動きで弾丸をよけながら彼と同じ方向へ動く。左手で引き金を引きながら。

 互いに引き金とフォアエンドを順々に引き、そして薬莢が落下する。

 シレーナの一発が車のヘッドライトを破壊するも、ナギは車に乗り込み急発進。彼女の足元へと消えていった。

 すぐさまシレーナは、MAG-7をその場に捨て走り出す。


 「マダマダ、コレカラ!」


 ◆

 

 「クソッ! チクショッ! これは一体絶対なんのジョークだってんだっ!」

 恐怖から激高するナギは、車を壁やカートにぶつけながらドリフトし、ショッピングセンター内を走り続ける。

 「おいっ! あの女はなんだ! さっきとはまるで別人だぞ!」

 「知らねーよっ!」

 溜まっていたものが遂に爆発した。貴也が最大音量で怒鳴り散らす。

 「こっちが聞きてーよっ! アイツとは昨日バディを組んだばかりなんだよっ!」


 だが、確かにナギの言うとおりだ。銃や眼鏡の有無を引いたとしても、彼女はさっきとはまるで別人の印象を受けた。そう…しいて言うなら――


 「フン。使えないガキだ。まあいい。こうやって走っていれば、あのショットガンじゃ――」


 ガシャァァン!

 頭上で鳴り響いた破砕音。


 もう、起きること全てが恐怖を通り越してギャグに見えてきた。


 正面の2階連絡通路。そこを突き破って、シレーナのケンメリGTRが、盛大なジャンプをかましてきた。大きな店舗案内盤を台にして。


 普段なら見えない車の側面を晒しながら、こちらに降りてくる鉄の塊。


 挿絵(By みてみん)


 「ひいいっ!」

 どんな人間でも、車がこちらめがけて降ってくる様を見たら、情けない声が出るもんだ。

 ケンメリはZ4の屋根をかすって着地。惰性で体勢を立て直しながらスピンターンを決め、追跡開始。

 その白いタイルに黒い轍を残しながら、甲高くもぐぐもったエンジン音を奏でていく。


 ワインレッドの魔物(レッドキャップ)が獲物を捕らえるまで、時間は要らなかった。

 その後姿に食らいつくと、そのまま追い越さず速度を保つ。


 「もう追いつきやがった」

 前方にL字カーブ…と言うより、その場所が開けたイベントスペースとなっている。路面がタイルから絨毯へと変わる。進行方向左に専門店街。言わば大きく緩やかな左カーブ。

 ブレーキを踏みながらハンドルを切り、再び専門店街通路へ戻るZ4。だが―――


 「冗談だろ!」


 そう声を上げたのは貴也だった。


 イベントブースに入る前の直線。突然、ケンメリがドリフト走行を始めた。スピードがノッたまま、車を横にし、路面の違う場所へ突っ込もうと言うのだ。


 更に。


 バンッ! バンッ! バンッ!

 と立て続けに3発の銃声と衝撃。


 (まさかシレーナ。ドリフトしながら銃を!?)


 貴也の読みは正解だ。

 彼女はドリフト走行に入る前、左手でクーナンを抜くと、それをハンドル向かいのインパネへと放り車体を横に。安定したところで右手を放し、銃を取り瞬時に照準を定め狙撃。

 弾はいずれも、リアガラス周辺を正確に撃ち抜いていた。マグナム弾の威力故、リアガラスは一発で粉砕されたが。

 更に絨毯の上に入り、ケンメリの挙動が怪しくなると、シレーナは拳銃を持ったまま、両手でハンドルを操り、バランスを整えながらカーブを抜ける。その顔に一切の焦りはなく。


 「いかれてやがるぜ、あの女っ!」

 口にする余裕があるわけもなく、追いついたシレーナは再びクーナンを手に車上射撃を始める。

 繰り返される攻撃に、Z4の尻は銃痕だらけの無様な姿を晒して走り続けていた。

 だが、一番危機感を持っていたのは貴也だ。今の精神状態では、ナギがいつ事故を起こしてもおかしくはない。そうなれば無事では済まされない。


 助かる方法はただ1つ。車の速度が緩んだ瞬間、飛び降りること。


 貴也はナギに気づかれないよう、前後をさりげなく見ながら、チャンスを伺い始めた。


 (あるとすれば、車が建物の端に到達したとき)


 だが


 「撃て! こっちも撃つんだよ!」

 再びナギは狙撃を要求。こちらにショットガンを突きつけてきた。

 「さあ、やれ!」

 片手がおざなりになったチャンス。シレーナは車内の様子をどう見切ったのか、ケンメリをZ4の背後にぴったりとつける。ハンドルよりショットガンへとナギの神経が行き、車のタイヤが微妙に曲がった瞬間、シレーナがつま先でアクセルをちょいと踏み込み、Z4のバンパーを突っついた。


 「うわあっ!」


 サーキットでもあくどいやり方として嫌煙されるバランス崩し。車体が横滑りする中、中央玄関が迫ってきた。

 円形に作られた吹き抜け。その中央には巨大なボックスと涼しげなボール、そしてカジュアルな服装のマネキンで出来た塔がそびえたつ。

 「クールバーゲン」なる看板がテッペンにくっ付いていたが、そんなのは関係ない。


 このままでは、車は塔に激突する。


 シレーナはそれが目的だろうが、こっちはたまったもんじゃない!

 ただハンドルを握り、今の状況を傍観するナギを見て、貴也は歯を食いしばりながらサイドブレーキを引っ張った。

 最近のBMWは、サイドブレーキが電子制御になっていて、レバーではなくボタン式になっているのだが、このZ4はオプションなのだろうか、レバーを用いた手動式になっている。


 「止まれェーっ!」


 タイヤが悲鳴を上げながら、今度は車が回転を始めた。

 遠心力が彼の身体を外へ外へと引っ張る。

 それでも、彼は放さない。


 「こんにゃろぉーっ!」


 貴也の目に、最後に映りこんだのは黒い服のマネキン。それが彼には死神に見えてしまった―――。


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