47 「監獄―舞台は揃った」
樹木が等間隔に並ぶバイパス。造成された新興住宅や昔からの町工場を流しながら、2台は走り続ける。
牽制のためかジグザグに走るZ4。後続もまた、体を激しく振りながら。
「チッ! 目障りな野郎だな」
すると、ナギは懐から拳銃を取り出した。
ボブから奪ったS&W。
それを貴也に差し出した。
「撃て」
「え?」
状況が呑み込めない貴也。するとナギは、拳銃で彼の頭を2度、3度と殴打した。
「後ろの車を撃てっつってんだよぉっ! 早くしろぉ!」
額から血を流しながらナギを睨む貴也は、ゆっくりとリボルバーを受け取ると、ナギは助手席側の窓を開けた。
「早く撃てよぉ!」
怒鳴るナギ。これ以上刺激すれば、どうなるか分からない。
選択肢はなかった。
窓から体を乗り出して箱乗り状態になった貴也は、左手で車の屋根を掴みながら、銃をアイアンナースに向けた。
◆
「あ、貴也先輩が出てきたッス」
その様子はサンドラとハフシも―――そして、自分たちに向けられた銃口も。
「何を考えてるんだ! アイツ!」
パァン!
乾いた音が1つ。
銃弾は一直線に車のエンジンめがけて飛んでくる。だが軍用車に近い装備を施したアイアンナース、ボンネットで銃弾が跳ね上がり、ハフシの眼前で再度弾き飛ばされる。
「危なかった…防弾ガラスじゃなければ死んでたぜ」
「どうしたんッスかね」
「頭から血が出ている。恐らく脅されて、銃を撃ってるってところか。手にしてる銃もリボルバーだし」
「よかったッスね。この車防弾車だから、いくら撃ちこまれても平気ですし」
と、言ってる傍から、また一発フロントガラスに撃ちこまれる。
「そう悠長なことも言ってられないぜ。イナミさんによると警察署で奪われたショットガンには、少なくとも後5発は残ってる。それを撃つように強要された時…」
「どうなるんッスか?」
心配するサンドラに、彼女は言った。
「あのテの銃は、両手で撃つもの。まして実銃に関して触れたこともない素人が、暴走する車からショットガンを撃つなんて、危険極まりない行為。最悪、銃の反動と車の挙動でバランスを崩し、地面に叩き付けられる可能性がある。
Z4は軽く80は出してる。このスピードで落ちたら、最悪死ぬな」
ハフシは左手を過ぎ去る標識を見た。
間もなくトークンモール・コデッサだ…と、いってるうちに、方舟のような巨大で横長の建造物が見えてきた。
地上3階。220の専門店街と、4300台を収容できる駐車場を有する、グランツシティ東部域で最大規模のショッピングセンター。
考えている時間は無かった。
ハフシは車を減速させ、Z4と距離を取ると、無線を取り上げた。
「エル。アクシデントが起きた。駐車場に進入次第、数発、牽制弾を撃って」
――オーライ。ところで、どのあたりを走ってる?
「すぐ近く!」
――……見えた。よし!
前方を走るZ4のテールライトが長く光る。
バイパスを護送車が封じていた。この先は強制的に、駐車場進入コースしかない。
ハンドルを左に切り、遂に目的地へと誘い込んだ!
◆
「なんだ…連中、こんなとこで俺たちを仕留めるつもりか」
第二出入口からトークンモールへ迷い込んだナギは、その状況を理解できないでいた。
だが貴也は別だった。彼らは自分に垂れた説教は、単なるご高説に留まらなかったということだ。シレーナ達はここで何かを仕掛けてくる!
「まあいい。ここで暴れれば…」
ナギは考えていた。駐車場に車がいるということは、このショッピングセンターにはまだ大勢の人がいる。暴走して客を轢き殺せば、警察も手が出せまい。そんな冷酷な考えを持っていた。
ここは正面入り口の裏手。このまま店内を突っ切れば、大勢の利用客を殺すことが可能だ。
「引っ込みな!」
箱乗りで拳銃を構えていた貴也の足を引っ張り、彼を再び車内に戻すと、アクセルを踏み込み、ショッピングセンターへと一直線に車を向けたナギ…刹那!
パリン!
助手席側のサイドミラーが破砕。立て続けにボンネットに銃弾が撃ち込まれる。
「銃撃か!」
夕陽が隠れ始め、人間を照らす陽が電灯へとバトンタッチ。
路面が、建物が、一斉に白い光に照らし出されていく。
壁に吊るされた企業ロゴ。それを映す電灯が、狙撃種の正体を照らしだした。
「あれは……」
こちらに向けられた銃口。そいつは3階の立体駐車場から狙っている。
「ライフルっ!」
ナギはすぐにハンドルを右へ切る。
駐車された車を盾に、狙撃種から遠ざかろうとしたのだ。
だが右側。駐車スペースを挟んだ向かいのレーンを
「んだとぉ!」
先ほどまで背後にいたアイアンナースが、同じスピードで並走していた。
サイド・バイ・サイド。
意識しなくても、視界に入り込む白いボディと赤いランプ。
小バエの様に、鬱陶しくて仕方ない。
色とりどり、多種多様な自動車が前から後ろへ、猛スピードで流れていく。
一方で左側を壁となり走っていたショッピングセンター。その建物が途切れた。
実はこの建物、滑らかなL字状になっており。車はその直角外側を走っていたのだ。建物はここから左に曲がっている。
Z4はブレーキを思い切り踏み込んで、駐車場内を左折。再び建物伝いに走っていく。
「あのスピードで巨体だ。追いつけはしないぜ…はァ!?」
ルームミラーを見たナギ、そして貴也は絶句した。
追いつけはしないとコンマ数秒前まで高をくくっていたアイアンナースが、駐車スペースをショートカットして左折したのだ。そこにあった車を跳ね飛ばして。
ひっくり返し、押し出し、車体の頑丈な旧車を大破させるほどの勢い。それでもアイアンナースは無傷で獲物を追いかける。
流石に、怪物にも似た恐怖をナギは覚えざるを得なかった。
「バケモノかよ、アイツは」
だが、後ろに気を取られていると。
「ああっ!」
「イエローフラッグ」
ヘッドライトを照らし、黄色いパッカードがこちらに迫ってくる。
エルの運転するイエローフラッグだ。
逃げ道は1つ。この先の四つ辻しかない。右に曲がれば三本ある通行レーンの一番端。この辺りに出入口は無い。左に曲がればショッピングモールの入口。
(このまま逃げ回っても、市警が待ち構えてたら一巻の終わりだ。それなら、客を人質にもっと逃げ延びてやる!)
ナギはハンドルを左に、ショッピングセンターの方へ。
出入口の自動ドアを次々になぎ倒し、ガラスのシャワーが出迎える中、車は店内に進入した。
直後!
「一体どうなって…」
ナギは、その状況をすぐには理解できずにいた。
店内に人はいなかったのだ。まるで神隠しでも起きたように。
照明は磨き上げられたタイルに乱反射され、専門店はシャッターも降ろさず、営業していた状態のまま放置。至る所にカートが置かれ、傍のカフェはテーブルにコーヒーや食べかけのクロワッサンが。
方舟というより“幽霊船”だ。
異様さにブレーキをかけたZ4。そのスキール音が店内に響く。
そのうえ振り返ると、今入ってきた扉のシャッターがゆっくりと下りているではないか。
「おいおい、どうなってるんだよ!」
動揺するのは犯人だけとは限らない。
貴也にとって、これはミステリーツアー以外の何物でもない。彼女たちの行動は、この時点で、否、もうかなり前の段階で予測不能のモノとなっていたからだ。
「シレーナ、何を始める気なんだ…」
◆
ゴオン!
大破した自動扉を残し、今さっきZ4が突っ込んだ出入口がシャッターで閉じられた。
そこにヘッドライトを照らしだす2台の車。
アイアンナースからは、足元がフラフラなサンドラと、イヤフォンマイクを手にしたハフシが降車。
「だめ…もう限界ッス…」
「そんなに荒かった? ボクの運転」
「いつも言ってるけど…荒いとかそう言う次元じゃないッス」
車にもたれかかりながら、ゼエゼエ言うサンドラを不思議そうに見るハフシ。
この様子では、百年経ってもサンドラの心情は理解されないだろう。
「メルビンの奴も、しっかり仕事したみたいだね」
腰に手を当て、シャッターを眺める彼女に、停まっていたもう一台の車―イエローフラッグから、エルがライフルを片手に降りて歩み寄る。
チェイタック M200―L。ガーディアン専用弾を使用するオリジナル仕様に加え、エルの使いやすいようにアクセサリーが施された、彼専用の銃だ。
「全く、アイツも人使いが荒いぜ。狙撃したらすぐ車を駆れ、だなんて」
「ぼやかないの。それだけ期待されてるって思えばいいじゃん。ガーディアンの中でも一流の長距離狙撃手、エルドラドさん」
ハフシのおだてに、軽く首を傾けるエル
「で、次はどうする? お医者さんよ」
「暫くは静観だろうね。これから先は彼女の舞台。VIPしかご覧になれない、人生最初で最後の乱舞なんだから」
そう言うハフシに、サンドラは言う。
「でも、貴也先輩はどうするんッスか? あの人は執行対象じゃないはずッスから」
「彼女の事さ。きっと何かを考えているに違いない。これはボクの勘でしかないけど、彼女は何があっても貴也を殺さない…例え“チップ”で精算できるとしても」
◆
同時刻
3階の立体駐車場。シャットアウトされた店内に来客がやってきた。
スロープを登りきった車は、独特のぐぐもったエンジン音をさせながら、ゆっくりと進む。
ワインレッドのケンメリGTR。そう、あの車だ。
――こちらメルビン。檻の扉は下ろしましたよ。
「店の中に人はいないな?」
――はい。市警と共に確認しました。中には犯人と貴也君だけです。
「そう…」
ケンメリは、人のいない駐車場を徘徊し、とある場所へと辿りついた。
利用客スペースから死角になっているそこには、巨大な荷物用エレベーターが1台、設置されている。
少女は車を降りると、エレベータのボタンを押した。ゴウンと音を立てて、箱がゆっくりと登ってくるのが音で分かる。
このショッピングセンターの2階には、欧州車を扱うディーラーのサテライトが置かれている。その関係で自動車を出し入れするため、車一台が余裕で入ることができる大きな箱になっているのだ。
扉がゆっくりと開くと、少女は車に戻りエレベーターへゆっくりと、ワインレッドの車体を押し込める。
所定位置に停まると、背後で扉が閉まりゆっくりと下へ。
2階に到着。
扉が開くと、そこは専門店街裏手で大量の荷物が積まれていた。ケンメリGTRはバックしながら、それらを絶妙なハンドルさばきで避けていく。
観音開きのドアを突き破り、ケンメリは絨毯の敷き詰められた専門店街ゾーンへ到達した。
2階は吹き抜けとなっており、その両端に通路と商店。そして互いの通路が連絡橋でつながっているといった形だ。そして建物両端は1階にスーパーマーケットやホームセンターがある関係で、1階と同程度の面積が取られている。
Z4のエンジンとスキール音がこだまする中、その少女は車をゆっくりと走らせ、吹き抜けから1階を見渡せる場所にケンメリを停めた。
ドアを開き、右耳にしたイヤフォンマイクのスイッチを入れる。
「スマイルよりハフシ。たった今、店内に入った。そっちは?」
――上場、誰もいないよ。
「了解」
――それから、貴也君を助け出すことを忘れるなよ。君の白い殺人許可証は、奴1人だけを指しているんだから。
「それくらいわかってる。人質如きに“チップ”を投げ捨てるほど、私は御人好しじゃないから」
そう言うと、イヤフォンマイクの周波数を変える。
「聞こえるかしら?」
――もう入ったの?
今度は別人、艶やかな女性の声。
「不満? ミスを犯せば、私を異常者として始末できるから?」
――そう言う意味で言ったんじゃないわよ。あなたに死なれちゃ、私たちが困るのよ。あなたほど立派に執行を行える人間はいないもの。
「人間……ニンゲンねぇ……」
少女は口元に笑みを浮かべた。まるで、その言葉が滑稽と言わんばかりに。
「こんな“眼”を持った生物を、果たしてニンゲンなんて高貴な名前をつけていいもんかねぇ」
――姿かたちは人間だ。それでいいだろ。
「忘れたのか、ミセス・アナスタシア。ワタシはあの時から、いや、全てを捨てられたあの時季…もっともっと前の時期から、自分をニンゲンとは認識していない。それは今も、これからも……いいえ、この眼がワタシというものの先を走り、精神を切り捨てた時こそ、ワタシは真に人間ではなくなってしまうのかもな」
――シレーナ。
「さて、哲学の時間は終わりだ。ID1423、コードネーム“スマイル”。これより執行を開始します」
群青の裸眼に、亜麻色の髪。全てのボタンを外し、前をはだけたブレザーと、ノーネクタイ。
今までとは全く様子も雰囲気もちがうシレーナ・コルデーが、そこにいた―――。




