46 「ヒート・チェイス」
立体交差付きの大きな交差点を右折、市道15号に入っても尚、激走するBMW Z4。
市警の交通規制が間に合い、パトカーが県道を封鎖。車は強制的に市道に入ったのだ。その市道も交通規制が行われ、一般車はごく少数。
「一体どうなってやがる」
その様子に、ナギは不穏なものを感じ取ったようだ。
「それに、どうして救急車まで俺を追ってるんだ」
「あれもパトカーですよ」
と貴也が口を挟むと、ナギは怒鳴る。
「黙れ!」
口をつぐんだ彼を横に、ナギは自分に言い聞かせるように
「大丈夫だ。奴らも人質がいれば、手も出まい」
そう、ぶつくさ言い始めた。
「どうだろう…」
貴也も、また然り。
これまで―といっても出会ってから、そんなに時間は経っていないが、シレーナのこれまでの行動を見る限り、人質がいるからと手加減をするとは思えなかった。それに、人質は貴也自身―つまりガーディアンなのだから。
セオリー通りなら、この後警察が起こしそうなアクションは2つ。パトカーをぶつけてくるか、スパイクトリップでタイヤをパンクさせるか。
もしかしたら、背後のハマーが強引に追突してくるかも――。
「ここではっきりさせておきましょうか。
佐保川貴也。貴方が異動して配属された場所、つまり私とバディを組んだってことは、今まで学んできたガーディアンとしてのマニュアルも、学校で教わったルールも全て通用しない世界に身を投じることになるという事よ」
不意にフラッシュバックしてきた、シレーナの言葉。
そう。あの話が本当なら、否、本気のはずだ。それに……。
(シレーナ。君は本当に人を殺したのか? あの綺麗な群青の瞳に、鮮血を映したのか?)
◆
「アイアンナースより、レッドキャップ。15号第8交差点通過。これより行動を開始します」
――了解。
ハフシは手練れた様子で無線を切り替える。
「ラオ。準備は?」
――いいよ。君の後ろに追いついた。
バックミラーを見ると、市警のパトカーに混じって赤のトヨタパッソが走ってるのが見えた。
「よし。挟撃準備」
更に無線を切り替える。
「Mより後方を走る各移動。誘導作戦のため、逃走車を挟みこむ。G45は車両前方、G19は後方から車を挟み込んでください」
――了解。
無線の直後、三菱ランサーエボリューションをベースとした市警パトカーが1台、アイアンナースを追い抜き、Z4の前に躍り出た。
それを確認すると、アイアンナースはアクセルを踏み、Z4の右へ、パッソが左へと張り付き並走。
2台無きあと、そこにランエボパトカーが迫る。
4台で、Z4を囲みこんだ形だ。
自動車を使って逃亡する犯人、しかも人質がいるとなると、制圧するステップはケースバイケースではあるのだが、簡単に言えばこうなる。
先ず、車両の即時停止。これは言うまでもないが、大事なのは、そのあとの犯人制圧と人質救出。何せ自動車も1つの密室だ。停車したはいいが、そこから籠城されると事態は悪化の一途を辿る。教科書的な方法を用いるとすれば、相手の車を四方向から抑え込む。対テロ警察部隊がよく行う方法だ。
次に犯人の制圧。犯人がどの座席に座っているかで銃撃の射線は異なってくる。そのため、制圧部隊はどの射線で犯人を狙撃するかを瞬時に見極めなくてはならない。
更に、制圧に当たっては、そのまま犯人を銃撃とはいかない。窓ガラスの破壊が必要になってくるからだ。ガラスを銃弾でぶち破っても、そのまま直進するわけではないし、その上四散したガラスで車内の人間が怪我を負えば、二次被害は免れない。
以上の事から、ハフシ達は4台で車を押さえた後、サンドラが窓ガラスを割り、すかさず背後へ回り込んだハフシがナギを銃撃、車外へ引きずり出す――と、貴也は考えていた。
読者諸君にも経験があるだろう。暇で死にそうな授業中に、この学校がテロリストに制圧されたら、どう戦うか脳内でシュミレーションする。あれと大差ないことだ。多分。
(まあ、衝撃には備えておくか…でも、コイツが銃を俺に突き付けたら…)
シュミレーションなのに、一瞬よぎる恐怖。
貴也が顔を外へ向けると、そこにはパッソのハンドルを握るラオの姿が。
それに気づいたラオが、軽く手を振ってきた。人差し指をピンと立たせて。
ただの勘だった。貴也は察した。
(これは、捕まえるための挟撃じゃない!)
すると、前後を走る市警のパトカーが減速し、どんどん距離を詰めてきたのだ。
青いランプを光らせながら、銀色の尻が眼前に迫ってくる。
「囲まれてたまるかっってんだ!」
瞬間、ナギがZ4のアクセルを踏み込んだ。
タックルを受け、バランスを崩したパトカー。挙動が大きくなっていく。
遂にスリップ!
「のわっ!」
咄嗟に急ブレーキを踏んだラオ。正面にはこちらを向くパトカーの姿。左にZ4、右に分離帯。逃げ道もなくパッソが正面衝突! 前面部が大きく変形する。
「ラオ!」
その様子に、顔がこわばったハフシが急いで無線を掴んだ。
応答がない。
「ラオ先輩!」
ルームミラーを睨んだ。
ランエボに隠れて、煙が立ち上がるだけで、車が見えない。
「返事してくれ、ラオ!」
――なんでか知らないけど、生きてるよ。
その言葉に、ハフシの頬が緩んだ。
「怪我はないか」
――ああ。だが官用車がおじゃんだ。嫌なんだよなぁ、始末書…俺はいいから。奴を追いかけろ。
「オーケー!」
ギアを入れ、アクセルを踏み込むと、囲いから逃げたZ4を追いかける。
「もうすぐ、バイパスの入口ッス!」
サンドラの言葉通り、すぐに見えてきた。
この辺りは、20世紀末まで巨大な紡績工場が置かれていたエリア。その跡地を2003年ごろから順次造成し今に至る。
眼前に見えてきた丁字路。ココに接するバイパスは、紡績工場内の専用道路を拡張して作られたものである。
市道を壁となり塞ぐ市警のパトカー。中にはガタイのいい護送車も紛れ込んでいる。
「うおっ!」
アスファルトから煙を上げて減速するZ4。パトカーの壁は越えられず、ハンドルを切って左折。バイパスへと入っていく。
ここから道路は3車線から、片側1車線となる。
一方、後ろでは。
「サンドラ、舌噛むなよ!」
「えっ? またッスか!?」
スピードを緩めず、思いっ切りサイドブレーキを引くと、ハンドルを切りドリフトしながら丁字路に突入。その姿に警官も退却する。
白い体がスキール音を響かせている様は、どんな奴でも恐怖を感じざるを得ない。
崩れた体勢を、アクセル全開で立ち直らせて、また走り始める。
「…先輩。貴也先輩より、私の方が死にそうなんッスけど…気のせいッスよね?」
窓に顔を張り付けながら、そう話すサンドラに、ハフシは涼しい顔。
「いいじゃん。ユニバーサルよりずうっとエキサイティングなんだからさ」
「…もう十分ッス」




