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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
44/129

44 「追跡」

 挿絵(By みてみん)

 

 PM5:59

 ケルビン地区

 国道23号線


 ラッシュ時刻も重なり、交通量が多くなってきた片側三車線の大型道路。

 そこを、アイアンナースが赤色灯を光らせながら疾走していた。

 車内では無線が、緊迫した状況を知らせていた。


 ――至急、至急。G24から市警本部。現在車両は、国道23号を南下。グランツ港方面へ逃走中。

 ――市警本部了解。

 「大変ッス。こっちに来るッス!」

 助手席に座るサンドラは、無線を聞きながら慌てふためく。

 「落ち着きなさい」

 と、ハンドルを握るハフシは冷静に国道を走り続けている。

 白い巨体は、流れに乗ってゆっくりと。

 「このアイアンナースは、軍用車と、ほぼ同じ頑丈さ。仮に突っ込んできたって、向こうが粉砕されるだけだよ」 

 「でも、どうやって、あの車を止めるんッスか? 車にはシレーナ先輩のバディが乗ってるんでしょ? 人質になって」


 それが、一番問題だった。


 警察としては、人命優先は絶対として動くだろう。それが建前だとしても、本音も、強制的にこちらへと回帰するだろう。

 列車内連続通り魔の正体が現職警官。これだけでも落第点なのに、更に9名の警察官を射殺し逃走しているのだ。プロ野球なら上位浮上不可能なほどの借金。それまでの借金も合わせれば……御上は、この事件を満塁ホームランで片づけるなんてバカなことは考えていないだろう。ポテンヒットで点を獲得できれば、それだけでも御の字だ。

 そのポテンヒットこそ、人質を生きたまま助け出す。


 (だが、そうなれば必然的に……)

 

 その時、ハフシのスマホが鳴った。

 ワイヤレスで、イヤホンマイクに着信が入る。

 「ハフシ」

 ――私よ。


 耳に届いたのは、“聞きなれた”声。


 「シレーナ?」

 ――グレイプニルが解かれた。

 「!!」

 その一言で、全てを察した。


 やっぱり。


 「わかった」

 その一言は、今まで以上に重みを帯びる。

 「今、どこです?」

 ――“セイソウ”の準備。そっちの様子は?

 ハフシが口を開こうとした瞬間


 「先輩!」

 助手席のサンドラが正面を指差す。


 向こうから迫る青い赤色灯。その先頭をダークブルーのBMW Z4が猛スピードで迫ってくる。

 前方は交差点。進行方向は赤で、左右を車が行き交う。

 「スピードを落とせ…事故る前に…」

 ハフシの呟きも空しく、スピードをそのままに、Z4が交差点へと迫る。

 横からの刺客に気づいたのは、信号待ちの車。左端のレーンに停まるタクシーが、危険回避のため歩道に乗り上げスペースを作る。

 幸運にも、直前で全ての信号が赤。交差点は無菌室となった。

 通過するZ4。ハフシの視界から消え去るのに数秒といらなかった。その後をパトカーが追いかける。

 次いで交差点にアイアンナースが進入。


 「舌噛むなよ! サンドラ!」


 ギアを入れ替え、ブレーキ、アクセルを調整、ハンドルを切りながら、眼帯少女は巨体をドリフトさせ交差点をUターン。アクセルを踏み込み、Z4の後を追う。

 緊急走行のパトカーを追い越し、アイアンナースがZ4の背後に付く。


 「車は依然、23号を南下してる。今、奴の後ろに付いた」

 ――了解。

 「どうする? このままじゃ、港に追い込まれる前に事故っちまうぜ」

 話す彼女も、実のところ話なんてしたくない。

 相手は80を軽く超える速度で走っている。

 1台、また1台と一般車を抜き去るたびに、心臓がフリーズしていくのが嫌でもわかる。


 「シレーナ!」

 ――今、どのあたりを走ってる?

 「ラルーク南遊園バス停を…通過っ!」

 ――すぐに市道15号線と交差するわね。

 「それがどうしたの?」

 ――好都合ね。車を箱の中に閉じ込める。奴を仕留める(・・・・)には、それしかない。

 瞬時に出た言葉を、ハフシは容易に理解できなかった。


 だが、その理由が分かった。


 すぐに、公の警察無線から指示が出た。

 ――市警本部から各移動。逃走中のBMW。これを「トークンモール・コデッサ」に誘導し、閉じ込める。国道23号ならびに市道15号付近の各移動は、ルート上の交通整備。コデッサ地区の警官はトークンモールの客の避難誘導。これを最優先で行われたい。

 「えっ? そこって、ショッピングモールじゃないッスか。 んなとこに突っ込ませて大丈夫ッスか?」

 驚くサンドラに、シレーナは言う。


 ――トークンモール・コデッサは、約10万平方メートルの敷地面積を持つ、グランツシティの中でも指折りの巨大ショッピングモールよ。それに、場所は市郊外。暴走しても被害は最小限に抑えられるし、マスメディアが来るまで、時間を稼げる。

 「ということは……」

 ――そうよ。ハフシ。

 すると、シレーナの声はイヤホンマイクから、警察無線へ。


 ――シレーナより“M”へ。全体への通達の通り、奴をトークンモールへ誘導、店内に閉じ込める。現在アイアンナースが、奴を追尾している。エル、メルビン。あなた達はトークンモールへ先行。残りは奴を箱の中へ追い込め。

 すると、エルが無線で話す。

 ――なるほど。今回の任務は牧羊犬か…オーケイ。任せときな。

 ――頼りにしてるわよ。

 そしてハフシ。

 「シレーナ。タカヤは、どうする気だ?」

 ――さあね。

 「さあ、って…あなた」

 ――彼はもう、こっち側の人間よ。どうなろうと、知ったこっちゃない。

 すると、無線で地井が聞く。


 ――シレーナ。何をそんなにイラついているの?


 ――……。


 ――シレーナ?


 ――とにかく、時間がないわ。“私たちの仕事”をしましょう。


 そう言うと、無線を切ったシレーナ。

 ハフシも、感じていた。

 無機質に近い返答。彼女が“いつもの”状態になっていることを差し引いても、タカヤの言葉が出た途端に、まるで力づくにボールを打ち返したような、粗暴な雰囲気が根底に感じられた。


 (そう言えば、今日の電車の中で、タカヤに投げかけた言葉も、同じような棘…)


 しかし、あれやこれやと詮索している時間は無い。

 「先輩!」

 サンドラの叫びに、ハフシは我に返る。

 Z4に煽られた一般車が分離帯に衝突。2車線を塞いだ。

 「くっ!」

 とっさにハンドルを切り、衝突は回避できたが、Z4は尚も車を追い越し逃げ続ける。

 また一台、事故を起こした。Z4の強引な割り込みにブレーキをかけた軽トラに、後続のセダンが追突。積んでいたビールケースがフロントガラスめがけて降り注ぐ。

 それでもスピードを緩めない。

 破砕しボンネットから流れ落ちるビールを踏み、轍を残すアイアンナース。ハフシが歯を食いしばりながらハンドルを切り交わしていく。


 片目が眼帯で覆われているにもかかわらず、凄い瞬発力と洞察力である。


 「サンドラ、市道との交差ポイントまでどれくらいだ?」

 「もうすぐッス!」


 彼女らの頭上を、青い行先案内標識が過ぎていく。


 夕焼け空を反射する、青いそれが。

 

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