43 「グレイプニルを解き放て」
カシャンっ…
ショットシェルを押し込み、新しい弾を装填。フォアエンドを引くと、即座に射撃。
それをボブは歩きながら行っていた。何故なら、上司のグロックは人質に向けられたままだからだ。
彼の手に握られたショットガン―ウィンチェスター M1897は、先日、この警察署が20発の弾と共に押収した銃器。
「へへっ」
「道を開けろ!」
大音響の銃声と共に、壁や扉を粉砕。ゆっくりと一般受付、その先の正面玄関へと歩いていく。
警官はパニックを起こした一般人を屋外へと避難させる一方で、銃を向け投降を促す。
「止まれ! 銃を捨てろ!」
だが、それは無駄と言うものだ。
「ど、どうせ俺は死刑だ…死刑なら…何人でも殺していいんだ…」
血走った目をしながら、ボブは引き金、フォアエンドと、機械的に手を動かしていく。
四散する破片に当たり、1人、また1人と警官が制服を血で染めていく。
うめき声をあげる者もいれば、苦悶の表情のまま動かない者も。
「狂ってる…狂ってやがる…」
その光景を見ながら、貴也は呟くことしかできない。
「フン。俺たちが捕まらなけりゃ、それでいいのさ。所詮、人質がいれば、警察は何もできやしない」
しかし、3人ともまだ気づいていない。
背後から、シレーナが迫っていることを。
まるで狼のよう。つま先に重心を置いて走りながら、両手で構えたUSPの引き金を引く。
規則正しく鳴り響く2発。
「うおあああっ!」
それがナギを掠め、ボブの左肩を砕いた。
「クソっ!」
貴也の襟首を掴みながら、振り返ったナギはグロックを撃った。
刹那!
シレーナはジャンプ! 前転を繰り出しながら部屋の中へ。そのまま、背を屈め走りながら受付カウンターへ。
「畜生っ! 肩の骨折りやがった! あのアマっ!」
「たかが骨折だろ、立てっ!」
肩を押さえながら転げまわるボブを怒鳴る。
瞬時に、鋭い気配を察する。コンマ1秒前までなかった、その殺意に満ちた眼光。
シレーナのUSPがこちらを向く。
「なめんなよぉ! 学生フゼイがぁ!」
グロックの反撃。
カウンターを弾丸が跳ね上がる。
「くっ」
カシャン。
突然の音に、彼女の耳が反応した。
弾倉を捨てた。
片方は痛手を負っていて、ショットガンを放てるようには見えない。
シレーナは、ブレザーのポケットから手鏡を取り出すと、カウンター越しにそれを掲げた。
瞬間。
互いに頷いたと思えば、ボブが片手で、こちらにショットガンを向けてきた。
一発、装填済みなのか!
とっさに鏡をしまった直後
「シレーナ! 俺のことはいいから撃て!」
「黙らないかっ!」
体を乗り出して叫んだ貴也の脚を、ボブがバット・プレートで叩き上げる。
「あぐっ」
足を押さえて崩れた彼を、ナギは床を引きずりながら玄関へ向かう。
自動ドアが開いた時、カウンターから何かが飛び出した。
手鏡。
「子供だましがっ!」
すかさず、そちらへボブがM1897を放つ。
傍の公衆電話が、幾片の欠片となって四散する。
それを待ったと言わんばかりに、シレーナがカウンターから飛び出してきた。
スカートをなびかせ、左手一本で軽く飛び越えた彼女の眼は、彼らをしっかりと見ていた。
捕捉。そう言わんばかりに。
床を転がりソファの陰に隠れたシレーナに、ナギは銃弾を撃ち込みながら、叫ぶ。
「ボブ! 車を持ってこい!」
言われた本人は、玄関近くの駐車スペースに停めてあったBMW Z4に乗り込むと、エンジンをかけ、ハンドルを右に回し、車を大回りさせて玄関前の階段に横付けした。
「警部補、回しました」
「お前は怪我人だろ。助手席に行け」
「はい」
エンジンをかけたまま、運転席を出て、助手席へ車の背後から回り込んでいた、その時。
パン、パン、パン。
乾いた三発の銃声の直後、アスファルトに転がっていたのは、胸から赤黒いものを流すボブの姿だった。
「どう…して…」
「目障りなんだよ。墓穴掘りやがって」
ナギは急いで貴也を引きずると、銃を突きつけながら座るよう指示。それを見届けてから、彼は虫の息のボブの元へ。
「けい…ぶ…」
しゃがんでボブのズボンから、イージーノートを回収すると立ち上がり、一瞬の躊躇もなく部下の脳天に向けて引き金を1回。
「ふぉっ!」
鼻の上に穴を開けられた彼は、かっと目を見開いたまま絶命。
新たなマガジンを装填し、シレーナが出てきたとき、既に遅し。
ボブが乗り込んだ車に射撃を行うが、スピンターンを決めた車は、そのまま警察署を後に、猛スピードで国道を疾走したいく。
その後を、市警のパトカーが1台、また1台と追いかけ、署内から飛び出していく。
ショルダーホルスターにUSPをしまったシレーナ。その時、彼女のスマートフォンがラプソティ―・イン・ブルーを奏で始める。
「シレーナ」
画面をタップしながら電話に出た彼女。
「“テミス”より“スマイル”。“アルカナ15のグレイプニルを解き放て”。繰り返す、“アルカナ15のグレイプニルを解き放て”」
夕焼けが、微かに漆黒に染められ始めた。
立ちすくむ制服姿の少女は、ゆっくりと眼鏡を外した。
その眼が捉える世界がぼやけることはない。否、かけているとき以上に残酷なほど“よく見える”。
「ヤー」
短く放ったその言葉、今まで以上の冷淡さを帯びていた。
言うなれば、そう……全ての命を一瞬で奪う、吹雪のように…。




