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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
42/129

42 「人質」

 

 「ナギぃっ!」


 そう叫び、イナミが背広下のショルダーホルスダーから愛銃、スプリングフィールド オペレーターを取り出す前に、ボブはズボンのベルトに挟んでいたS&W M36を取り出し、傍にいた刑事2名を撃った。

 眼前にいた刑事の右太ももを撃ち抜くと、次いで隣の刑事の心臓を、至近距離で撃ち抜いた。

 「くっ!」

 互いに銃口を向き合わせたとき、イナミ側の手勢はもういない。

 太ももを撃たれた刑事がぐぐもった声を上げ、その横でもう1人が、血だまりの中に倒れ即死。

 「悪いね。俺も警部補も、決められた射撃訓練はぬかりなくやってるもんでね」

 「そんな模範生なら、警察学校で習わなかったか? 拳銃を同職の仲間に向けちゃいけないってな」

 「忘れちまったぜ。それに、もう遅いぜ。殺しちまった後に言われてもなぁ」

 敵を減らして、ボブはご機嫌のようにうかがえる。

 一方のイナミも、貴也のブレザーの襟を掴むと、こちらに寄せ、銃口をダイレクトに脳天に当てるのだった。

 「こっち来いや」

 おびえた彼は、ご丁寧に両手を上げ降参。

 しかも不幸なことに、貴也は銃を持っていない。と言うより、生徒会の延長線上のような事が中心業務だった彼に、銃なの無用の長物。

 どうやっても、貴也に反撃のチャンスはなかった。


 「さて、これで形勢逆転だな」


 「それはどうかしら?」


 突然の声。


 見ると、さっきまで意味不明のダメージを食らっていたシレーナが立ち上がり、両手で黒光りする銃を構えているではないか。

 その銃―H&K USPは、華奢な彼女の手の中に納まるには若干大きいように見える。


 「ほう…いい銃だ。前から思っていたが――」

 「……」

 「おまえ、一体何者だ?」


 ナギが彼女と最初に会った時から抱いていた疑問をぶつけても、シレーナは黙ったままだ。

 「普通のガーディアンなら、持ってる銃は警察の正式採用銃をベースにした、ガーディアン改造タイプのはずだ。グロックやベレッタみたいにな。

  だが、お前の持ってるUSPは、基本的に軍隊に採用されている銃だし、俺の記憶が正しければ、この国の軍隊が採用しているハンドガンは、USPじゃない。お前……ただのガーディアンじゃないな?」

 「!!」

 イナミは一瞬、眉を動かしたが、シレーナは何ともなく彼に銃口を向けている。

 人質に取られている貴也も、遅ればせながら、そのことに気づいた。


 (まさか、西園が言っていた噂…)


 シレーナへの猜疑心が、芽のように出てきた彼を横に、2人の会話は続く。

 「そんなこと、お前に話してどうする? ナギ」

 先ほどまでと打って変わり、冷えた言の葉が吹きかかる。

 「ん?」

 「もう“警部補”付けは終わりだ。今のお前は、無防備の女の子と、1人のガーディアンを手にかけた、ただの犯罪者よ」

 「撃てるか? にわか警官風情のガーディアンが」

 すると、シレーナの人差し指がゆっくりと、引き金に掛かる。

 「試してみる?」

 「ふん」

 「知ってると思うけど、ガーディアンの銃は特殊な弾丸を使っているわ。性能、見た目、無機物への威力は実際の弾丸のそれと大差ないけど、一番の違いは“人を殺せない”こと。ただ、気絶級の痛みを味わうことにはなるけどね。

  そんなに気絶したいなら、やってあげましょうか?」

 ナギは唐突に笑った。文字通り可笑しく。

 「この状況で、そんな拳銃が役に立つと思ってるのか?」

 「……」

 「さあ、撃ってみろよ。気絶する前に、俺はこの銃の引き金を引く。倒れたときには…分かるよな?」


 相手も、引き金に指をかけた。

 「なら、彼を離しなさい」

 「その代わり、イージーノートをこちらに渡してもらう」

 「なにっ!?」

 腐っても、ナギはイージーノートの抹消をしたいようだ。もう、犯行が明るみになっているにも関わらず。

 そのイージーノートは、彼女の腹部。スカートに挟んだまま。

 ボタンをすべて外したブレザーが風になびき、ピンクのノートが見え隠れする。白いシャツを背景に。


 「ダメだ、シレーナ! 渡すんじゃない!」

 イナミが叫ぶ。

 「お前は黙ってろ!」

 「君も見ただろ。その中身を。そいつが、この国の治安のために、どれだけ大事なものなのかを」

 「うるさい! さあ、渡せ! 今すぐにでも、コイツの脳みそをヤードセールにかけてもいいんだぞ?」

 「やめるんだ、シレーナ!」

 瞬きすらせず、一点を見たまま微動だにしていなかったシレーナ。


 瞬間、彼女は目を閉じると、両手を解いて、天へ上げる。

 右手にUSPをひっかけて。


 「わかった …分かったから…」


 降参の様子に、ナギは笑みを浮かべ、ボブの方を見た。

 彼もまた然り。


 「シレーナ!」と声を殺すナギに

 「人命の優先。これが私の答えです」

 「おい…」

 「ご心配なく」

 左手をスカートに挟んだノートへと伸ばし、それを見たナギが顎をクイッと動かして、合図を送る。

 イナミに銃口を向けながら、ボブが後ずさりを始める。

 ノートをナギの足元に置き、ゆっくりと背後へと、距離を開けていく。

 近づくボブに、遠のくシレーナ。

 シリ…ジリ…と、靴が床を擦る音だけが、響き渡る。

 遂に彼がノートの傍まで来た。男が持つにはそぐわない、ピンク色のそれを取り上げ、丸めてズボンのポケットにしまった。


 「さあ、彼を解放して」


 「いいぜ……お前が死んでからなぁ!」


 悪党らしい捨て台詞。

 グロック17が彼女の元に伸ばされ、銃声が響き渡る。

 「チッ!」

 舌打ちを1つ。彼女はUSPを握りながら、近くの室外機の陰に隠れた。銃弾は彼女を掠め、床や室外機に命中する。

 一方のイナミの方へは、ボブが銃撃を始める。

 体を屈め、出入口裏に隠れた。

 「畜生! ボカスカ撃ちやがって!」 

 ぼやくイナミは、踵を返しすぐさま反撃開始。

 スプリングフィールドの撃鉄を起こし、引き金を引く。

 「があっ!」

 ボブが弾丸の装填をしている隙を狙って狙撃。右肩に命中し血しぶきが、夕陽の空に上がる。

 その場に倒れ、傷口を押さえる。

 「クソっ! 畜生っ!」

 だが、問題はシレーナだ。


 (タカヤがいたんじゃ、反撃できない。ったく、あのバカっ!)


 「もういい! ボブ逃げるぞ!」

 叫び声とと共に、出入口へと向かい始める2人。

 ボブは死んだ刑事からグロック25を奪うと、イナミへ向けて撃ちまくる。

 援護射撃を受けている隙に、ナギは貴也を引っ張って出入口へ。太ももを撃たれた刑事にトドメの2発を撃ちこむ。


 隙に、シレーナが右手でUSPを構え、走りながら室外機から飛び出す。

 バン、バンと乾いた音がこだまし、銃弾がナギめがけて飛んでいく。しかし、扉に被弾。気づいたナギは振り返って銃を向ける。


 「やめろっ!」

 とっさに人質になっていた貴也が両手で、ナギの銃を掴み上げた。


 パァン!


 乾いた音に、シレーナは咄嗟に床へ伏せ、銃弾は彼女の頭上を通過していった。

 だが、力比べはナギの勝利。

 貴也を振り払い、顔面にパンチを一発。鼻血を吹き出し、ひるんだすきに彼を引きずりながら建物内部へ通じる階段へと、姿を消した。


 「くっ!」


 銃を降ろしたシレーナに、イナミが近寄る。

 「どういうつもりだ! 犯人の要求に一存で応じるなんて、お前らしく―――」

 「ご心配なく。あのノートは偽物です」

 「偽物でも、奴らの手から――は? 偽物?」

 シレーナはあっけらかんとするイナミに、こう続けた。

 「実はさっき、ユーカの家に向かおうとしたとき、ヘンな車に尾行されたんです。エルに頼んでナンバーを調べてもらったところ、車はボブ捜査官が所有する自家用車でした」

 「つまり、ボブは君を尾行して、イージーノートを強奪しようと?」

 「事故直後に荒らされた彼女の部屋に、あのイージーノート。だから連中は、ノートのためになら強硬手段に出る可能性があるって考えたんです。

  まさか、刑事2人を射殺する程に、あのノートが欲しかったなんて、思ってもいなかったけど」

 「どうする?」

 「こっちは守備どおり行動します。大至急、市警本部に連絡してください。彼らは既に3人も殺している。この先、怖いものなしと言わんばかりに、罪を重ねるでしょう」

 「分かった。で、本物のイージーノートは?」

 「チイに頼んで、スイートクロウに」

 それを聞くと、イナミは胸を撫で下ろしたが、シレーナは冷たく続けた。


 「あの時、今すぐにでも撃ってよかった。でも、彼はもう“こっち側”の人間。ヘマをやって死ぬなんて不名誉な歴史は作りたくない」

 「お前…」

 「私はこのまま、彼らを追います。後を頼みましたよ」

 そう言うと、再び銃を構え、出入口から屋内へ。階段を駆け下りていく。


 階下では悲鳴と、銃声。

 「やりやがったか」

 廊下は地獄絵図そのもの。

 肩や足を撃たれた警官が、うめき声を上げて転がっている。

 至る所に血が飛び散り、ボブのS&Wだろう、薬きょうが落ちている。

 足を撃たれ壁にもたれかかっている警官に近寄り、話を聞いた。

 「突然、ナギ警部補が…私たちに…」

 「彼らは?」

 「エレベーターで…下に…」

 そう聞くと、彼女はエレベータへ。

 扉の横のスイッチ。傍にあるモニターは、箱が地下一階へ降りたことを示していた。


 (確か地下一階には、資料庫と押収品保管庫。奴ら、保管庫の銃を強奪する気か!)


 顔をしかめ、それでも彼女は突き進む。かつて警官だった2人の元へ。

 エレベーターの傍から、戦場へと伸びる階段を勢いよく下りながら。


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