4 「眼帯の迎え」
ケルヒン地区
衣川駅。
数多のランプが乱反射するロータリーに、一台のタクシーが到着した。
右足の革靴がアスファルトを踏み掴むと、車内から現れた制服姿のシレーナ。
紺色のブレザーの中で、胸元の赤いネクタイが主張する。
何よりオーバルフレームの眼鏡が、彼女の華奢で瀟洒な姿を綺麗に保っていた。
彼女は周囲を見回すと、停車する緊急車両の中に見慣れた車を見つけた。
「アイアン・ナース」
いかつく大きな白い車体に青のラインと「EMERGENCY」の文字、屋根には赤色灯が、前後2つずつ、合わせて4つ。バンパーは白と赤の警告帯。一見すると救急車に見えるが、この国の救急車は白い車体に赤いライン。そしてベース車両に絶対、米軍車由来のハマーH2など用いない。
隣に停車する市警のパトカー、ヴァンテンプラ・プリンセスという小型自動車だが、それが一層小さく見えてしまう。
「ふうん、ハフシの奴も来ているのね。私も、少しは知識あるのに」
「ボクがいたら、何か不都合でも? シレーナ先輩」
背後で声をかけたのは淡い水色のナースメイド服姿の少女。金髪ショートに左目を隠すゴスロリ調の眼帯。ボクという言葉から、一瞬美少年が男装しているのかのように見えてしまう。
彼女がハフシ―ハフシ・マリアンヌ・エクレアーノ。こう見えて医科大学付属学園の学生だ。
「文句があるとしたら、あの図体デカい車ね。品がないから、別のに変えたらどう?」
「余計なお世話です。そういうあなたも、時代遅れの旧車を転がしているじゃないですか」
シレーナは右手をひらひらと振りながら
「私のは名車。お分かり?」
「分かりません」
ハフシはふくれっ面で答えた。
「貴方たちいるなら、私、帰っていい? エルから御呼ばれがかかったから、てっきり彼らだけかと思って、駆けつけたのに」
「先輩たちの班には、医学的なメンバーはいないでしょ?だからボクたち、聖トラファルガー医科大学付属学園のガーディアンが呼ばれたのです」
「ふうん。遠いところをご苦労様」
そう言って彼女はあくびを一つ。
「寝起きですか?」
「分かってるでしょ? こう見えて、朝は苦手なのよ」
するとハフシは微笑した。イタズラに。
「それでしたら、今度血圧でも測ってあげましょうか? 低血圧は肌に悪いですよ」
その顔を横目で見ると、シレーナは言った。
「やめとく。あなた、絶対私を実験台にする気でしょ?」
「人類への大いなる投資と言ってほしいです」
「不味いドリンクが、人類への投資? まあいいわ、与太話はここまで。状況は?」
シレーナは首を駅の方に振って見せた。
途端、ハフシの目が濁る。
「ひどい有様ですよ。どうやら電車が駅に進入してきてすぐに……」
「頭なし? それともバラバラ?」
「後者です」
「ふうん。となると、電車が自分の傍に来る前に、線路に落ちたのね」
「恐らく。今更あなたには言う必要はないと思いますが、人身事故による遺体の損傷程度は大きく分けて2つ。それによって簡単ではありますが、被害者がどういう状態で電車と接触したのかが分かりますからね」
2人は駅の方向へ歩きだした。
「そう。頭がなく、それ以外の身体が無事である場合、被害者は電車に飛び込み、線路に落ちる前に電車と接触した可能性が高い。そうでなく、身体がバラバラの場合、線路に落下してから電車と接触―つまり轢死の可能性が高い」
「苦しんだでしょうね……あ、ごめんなさい」
何かを思い出したかのように、ハフシは頭を下げた。先を歩くシレーナに。
背中の少女は告げるのだった。
「何が? ……言ったでしょ?私には分からない。いや、“忘れた”の。だから、今の謝罪は意味を成さない」
追い出されたサラリーマン、学生の波をくぐり、シレーナの前に非常線のイエローテープが待ち構える。
「待ちなさい」
くぐろうとするシレーナを制止する警官に、ため息交じりに手帳を取り出す。
黒い学生手帳を横開きにして見せる。
「ID1423。シレーナ・コルデー、臨場します」




