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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
35/129

35 「シレーナ ―屋上」

 

 気持ち悪い。吐き気がする。


 本校舎9階。最上階は図書室になっており、加えて屋上テラスが備わっている。

 午後の風に亜麻色の髪をなびかせ、私はそこにいた。


 この眼鏡(・・)外してしまいたい(・・・・・・・・)


 そんな衝動に駆られたのは久しぶりだ。


 2メートルはあるだろうフェンスにもたれかかり、前かがみになって口を押えることで、何とか今の自分(・・・・を保っている。


 「ハア…ハア…っ!」


 昨日の抱擁といい、殴った時といい、どうしてかタカヤのことになると、心臓にある何かがグドグドと鳴り暴れだす。

 “締め上げられる”や“打ち付けられた”という表現以上に暴力的で、恐らく私が知ることなく成長した、もしくはどこかに忘却した、あるいはさせられた、未知数的嫌悪的感覚。そうとしか表現できない。


 今日だってそうだ。


 タカヤが教室に入った途端の、慰め合戦。


 反吐が出た。


 それまで彼に話しかけたことのない連中が、こぞって「大丈夫か」と声をかけてくる。

 本人は何ともない感じで受け流していたけど、私からすれば、耐え難い茶番劇に見えて仕方がない。


 今回の事件では、タカヤは確かに、悲劇のヒーローになり得るだけのバックストーリーを持ち得ている。その上、全校集会も開かれた。

 大方、タカヤに面識のない連中は、その“悲劇”をただ、共有したいに過ぎない。丁度、見ず知らずの俳優が死去した時、悔やんでもない「お悔みトーク」をツイッターに流すように。


 自分はその悲劇が起きるまで、対象の外にいた。にも拘らず、死んだ途端に手のひらを返して、あたかも自分が最初から対象の中心にいて、その伝記を後世に伝えるブックマンと誤解している。ミーハーとは違う…単純に言おう。ただの蛆虫だ。悲劇という死体に群がる蛆虫だ。


 そんな連中を、仕事で、個人的に、私はずうっと見てきた。

 

 いつ見ても、吐き気がする。


 私はタカヤを極力見ないようにして、席に座ると、更に遮るようにして次の授業の教科書を開いた。


 何故かって?


 このまま見ていれば、タカヤにさえ吐き気を催しそうだったからだ。


 だってそうだろ。この話の通りなら、タカヤは“死体”…いえ、まだ(・・)死んでいないから、“死体”ではないか。もう、死んでいようがなかろうが、死体は死体だ。そんなものに沸き立つ蛆虫を、それ全体を心地よく見れるわけがない。


 ……その点に関して言えば、私はまだ全てを捨てきれていない。失敗作だ。


 その気になれば、私は蛆のわいた死体を抱きかかえられる、キスだってできるし、幾度も捨ててきた処女さえ捧げられよう。


 でも、今は駄目だった。どうしてか、タカヤだけは。



 ……畜生! 今も気になって仕方ない!



 悲劇に群がる連中は、いつも見ているから、どうとも思わない。これは“はず”ではなく確定事項だ。


 だとすれば、元凶はサホガワタカヤ。


 しかし、あの男の“悲劇”も、どこまで続くか。良くて“喜劇”。そう終わってくれれば……まただ!また私は、タカヤを意識して……畜生、どうしてだ! どうして!


 エルにも、チイにも、ハフシにも抱いたこともない、ファースト・インパクト。


 この感覚は何なの? どうなってるの? 誰か答えて。でないと…私がもう…。


 とにかく落ち着かなきゃ……落ち着くんだ、シレーナ。

 深呼吸を三回。そして手持ちのタブレットから音が鳴った。


 「時間か」


 ◆


 「シレーナ?」


 屋上に貴也が着いた時、シレーナはタブレットを片手に、何やら話をしていた。

 ハッと、こちらを向いた後、彼女は肩から息を抜く。


 「タカヤか」

 「何やってんだ?」


 覗き込むと、分割された画面にエルやハフシら、昨日今日出会った面々が映し出されていた。


 「テレビ会議みたいなものよ。タブレット端末のカメラを使って、遠隔で会議をしているのよ」

 「ふーん…でも、なんで、俺がのけ者に?」

 「この会議は、導き出された事実を“確認”するだけの場にすぎないわ」

 「確認って?」 


 言っている意味が、貴也には理解できなかったが、それをシレーナは冷ややかな目で見る。


 「ラオ、彼は?」

 ――多分、寝てるか、忘れてるか。


 「ふぅん。いいわ。じゃあ、タカヤも確認した、その情報を」


 ――分かった。俺とメルビン、タカヤは衣川駅の監視カメラを調査したんだ。だが、大方の動画は鉄道公安隊が押収して、残っていたのは、それほど重要でない映像の山だった。メルビンが気付くまでは。


 メルビンは、分割された画面の中でも、何故か顔を隠した。


 ――ま、まぐれさ。

 「その映像ってのは?」


 画面が、問題の防犯カメラ映像に切り替わる。


 ――場所はホームの端にある電灯に設置されたカメラで、映っているのは53号列車だ。この一番奥、電車から降りてきた人影に注目してくれ。



 見ると、その人影は、階段へと向かう人ごみから外れるや否や、頭に何かを被って、乗車する人ごみに紛れた。割り込むように前へ前へ行っているのが分かる。



 「これか」

 ――ええ。しかし、この映像を拡大して見ると。


 「……ふぅん。これで事件はほとんどつながったわね。こっちも、さっき学校側に確認を取ったわ。伊倉カナ殺害当日、彼女に関しての問い合わせの電話は、彼女が電車にはねられたという第一報が入るまで、全くなかったってね。

  こいつなら、学校に問い合わせなくても、彼女の家を知ることのできる立場にある」


 「でも、待ってくれよ。この人が犯人だとして、動機は何だ? それに、どうしてユーカを殺したんだ?」


 この当然の質問に、シレーナは黙りこくった。

 無論、画面上の誰しも。


 「シレーナ?」

 「…一旦、席を外すわね」


 そう言うと、ホールドボタンをタップ。タブレットを傍のベンチに置いて、彼の方を見た。


 「あの駐車場で答えが聞けなかったから、これが最終宣告になるわ」

 「えっ?」


 「タカヤ。これから私たちは、リッカー53と対峙する。無論、奴はあなたの恋人を殺した人物……君は、これから明らかになる事件の全てを冷静に判断し、私情を挟まずに真実を見極めることができると誓える?」


 チャペルで神父が投げかけそうな言葉。否、それにしては少々過激だし、この2人の間に所謂“愛”は無い。


 差し出された右手は、正に貴也へのファイナルアンサーであった。

 

 シレーナの側に行き真実を受け止めるか、それとも…… 


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