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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
33/129

33 「ロード」

 挿絵(By みてみん)


11:36 

 ケルヒン地区 百華


 電車で通った場所を、シレーナは別の交通手段で移動していた。

 ワインレッドのケンメリGT-R。

 既に運転を再開した花菱鉄道で、遅ればせながら車を回収した彼女は、再び車を衣川方面へと転がしていた。

 正午近くの、静かな住宅街を突き抜ける道路。


 ワイヤレスでつないだケータイ。貴也にダイヤル。

 「タカヤ?」

 ――あ、シレーナ。いいところで。

 「どうした?」

 ――衣川駅ホームの防犯カメラに、気になる人物が映ってるのをメルビンさんが見つけたんだ。

 「それで?」

 ――画像が荒かったから、メルビンさんの知り合いに送って処理してもらったんだよ。そしたら…

 興奮気味に話す貴也の声が遠ざかる。


 実は、さっきから後方からの視線が気になっていたのだ。


(誰か、この車を追いかけてる?)


 「悪い、タカヤ。話は後で聞く。それと、学校へ行く準備をして。後で拾って、そのまま送る」

 ――え? 今、捜査の真っただ中だろ?

 「2日連続で休んでちゃ、他の奴が心配するだろ? それに、あの学校のガーディアンとして、最後の仕事が残っているでしょ?」

 ――最後の仕事…。

 「いいわね。じゃ」

 電話を切ると、すかさずサイドミラーを見た。

 積み荷を満載した軽トラックの陰で、最初は良く見えなかったが、その後ろ。センターラインをはみ出しながらこちらを伺う車が見て取れた。


 (あの車か?)


 ダークブルーのBMW Z4。彼女の知り合いに、あんな車を運転している人物はいない。


 (誰かしら?)


 再度、トラックの陰からフロントが覗く。

 瞬時にシレーナは、ナンバープレートを読み取った。

 「GRA22-A2311…オーケイ」

 すぐさま、左手でケータイをブラインドタッチしながら、アクセルをふかした。

 前方には信号、青から黄色に変わった。

 片側2車線道路を横切る横断歩道と、押しボタン式の歩行者信号。

 ケンメリが通過した直後、信号は赤に。

 だが


 「!!」


 Z4が加速。軽トラを追い抜き、横断しようとした老婆を跳ね飛ばさん勢いで、堂々の信号無視。


 呆気にとられたシレーナの手に、力が入った。

 「さて、ついて来れるかしら?」

 ギアを切りかえ、ケンメリは前方を走る一般車を次々と縫うように追い越す。

 それは無理にではなく、まるでワインレッドのマタドールが踊るように。

 高速なのに静寂。神業と言っても過言ではないだろう。

 背後で、クラクションが響く。

 ルームミラーをちらっと見る。


 Z4の強引な割り込みで、横を走っていたワゴン車がパッシングを送る。

 「フッ、下手ね。これなら振り切れそう…」


 そんな中、電話がつながった。

 「エル? 大至急、調べてほしいナンバーがあるの…ええ、そうして。今運転中でね……GRA22-A2311。ダークブルーのBMW Z4の持ち主を調べてほしいの…よろしく」

 通話を終え、ルームミラーを見る。

 丁度建物の角から曲がってきたミニバンと、直進する別の車で2車線が塞がれ、前方には交差点。今まさに路線バスが1台、右折しようとしているではないか。

 その上Z4は、その2台の後ろときた。


 (チャンス)


 丁度、信号が赤に変わり右折優先の信号が点滅した。


 矢印に従い、交差点を曲がる路線バス。


 シレーナはスピードを上げ、わざと直進レーンから右折、横目でバスを見ながら速度調節を行う。

 動く壁に隠れながら、相手に気づかれることなく、Z4のドライバーから姿をくらませることに成功したのだ。


 挿絵(By みてみん)


 曲がりきると、速度を上げてバスの前に。


 しばらく走った先に、広い駐車場を持つコンビニを見つけ、そこに車を入れた。

 走ってきた方向から死角になるように。


 しかし、1分、2分と経っても、あのZ4の姿は見られない。

 「上手くいったわね」

 彼女は1人微笑し、車を再び走らせるのだった。


 ◆


 ――気づかれただと?

 「はい。申し訳ありません」


 先ほどの交差点から、5キロほど離れた場所にあるスーパーの駐車場。

 そこにZ4が停まっていた。車内では、運転手がケータイを片手に会話していた。

 スーツを着た30代くらいの男の顔は、蒼白に近かった。


 ――まあ、いい。あの子から目を離すな。今朝、電車に乗ってきたときから嫌な予感はしていたが。

 「お言葉ですが、彼女も所詮ガーディアン。こちらから潰すことも可能だったのでは?」

 ――無理だろう。

 「なぜです?」

 ――彼女と最初に会ったあの朝、私でも対応に困る、あのバカ署長を一発でねじ伏せた。

   その時の目を見た瞬間分かった。何物にも動じない強い意志と覚悟…いや、それはただの“目くらまし”だろう。あの子は…あの女は必ず食らいつくすはずだ。俺たちが牢屋に行くまでな。

 「おおげさじゃありませんか?」

 男は鼻で笑った。

 ――いいか、何としてもお前は、彼女を…シレーナ・コルデーを見つけ出せ。恐らく彼女は“物証”を探しに行ったはずだ。

 「…イージーノート…ですか?」

 ――シレーナがそいつを見つけ出したら、俺たちは終わりだ。

 「勘弁してくださいよ。だったら、あなたがやればいいじゃありませんか」

 男は、イラついた口調で話す。

 一方的に指示を出す、相手に対し。

 「貴方はビョーキなんですから、せいぜい1年くらいで出てこれるじゃありませんか。私はどうなんですか?」

 ――元はと言えば、お前から出た錆だろ。だったら、お前が尻拭いをするんだ。それが部下ってもんだろ!

 「ふざけるな! アンタの指示で俺は、何でもしてきた。アンタの犯行を隠すためにビデオを捨てたり編集した。被害者の証言だって幾つも捨ててきた。

  でも、今回ばかりは、もう限界です。アンタが、あんなことをしたばかりに」

 ――口を動かす暇があれば、早く探せ。あのノートが見つかれば、お前の人生も終わりだぞ。

   元犯罪者の再就職ほど、死にたくなる所業は無いからな!

 相手はブツリと電話を切る。


 男はシートにもたれかかり、両手で顔を覆うと深呼吸を1つ。

 エンジンをスタートさせるのだった。


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