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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
32/129

32 「核心へ、確信へ」

  

 AM10:48 

 ラルーク分署裏 


 セブンパッセンジャーにもたれかかっていたシレーナの視線が、一方向に向けられた。

 昨日、衣川駅で見送った旧型乗用車ー三菱 デボネアが、エンジン音を響かせて姿を現した。

 完全に停車した車に、シレーナが近づくと開口一番

 「例のモノは?」

 「おいおい。私はピザ屋じゃないんだからさ」

 「失礼。今度電話するときは、間違わないように電話帳を書き換えておくわ」

 運転手は、助手席の茶封筒をシレーナに手渡した。

 すぐにそれを開けて、中の書類を引き抜く。

 10枚ほどはあるだろう、用紙を斜めに読み始める。


 「それくらいなら、本庁のデータベースにアクセスして――」

 「相手に感づかれたら、厄介だ」

 「おい、まさか…」

 目を丸くして驚く彼に、シレーナは淡白に返した。

 「ええ。十中八九、犯人はコイツで間違いないわ。でも、それは伊倉殺しでの話で、通り魔に関しては、確固たる動機はまだ推測の域を出ていない―――ん?」


 シレーナは3枚目の書類に目を止めた。

 「イナミ。これは、どういうこと?」


 彼女が目を止めたのは“謹慎処分”の文字。


 「ああ。半年前、彼は勤務中にわいせつ事件を起こしてね。まあ、結局のところ事故だったみたいだけど、それで1週間の謹慎処分になったんだ」

 「わいせつ事件? 具体的には?」

 「乗り合わせた女子生徒のスカートがめくれ上がっていてね、それを指摘したところ、女子生徒は騒いで彼を痴漢として捕まえ、駅長室に引っ張っていったんだ。どうやら乗り込んだときからそうなっていたみたいだが、当の本人は頑なに“スカートをめくられて、お尻を触られた”と言っていてね。オマケに何人かの乗客が、露出された下着を彼がずっと見つめていたと証言したんだ。で――」


 運転手―イナミは、その先は言った通りだとアイサインを送る。


 「成程」

 「今、監察官聴取が行われているが、今回の処分も、この謹慎も視野に入れて出すみたいだ…私も、その聴取に行く予定だったのを、無理矢理飛び出してここにいるんだ」

 「…異動ですか?」


 話を聞く気はないみたいだ。

 いつもの事だ。イナミは話す。


 「そうなるだろう。良くて分署の庶務課か交通課辺りじゃないかね?」

 「ふぅん」

 更に資料を読み込むと

 「中毒、依存症なし。精神面において、強迫的な一面アリ…か」

 そう呟くと、シレーナはイナミに言った。


 「監察官にお伝えください。警察の面子を重視して、結論を急がないようにと」


 「何が言いたい?」


 「それこそ犯人の思うつぼ…とだけ言っておきましょう」


 すると、ハフシは目頭を押さえた。

 「まさか…まさか、な。考えたくはないが…」

 「彼が犯人と考えると、全ての辻褄が合うんですよ。悪ければ、彼の傍に共犯者がいるかも」

 彼は窓から顔を乗り出して、シレーナを見上げた。


 「確実に上は、お前を動かすぞ。シレーナ。急がなければ、お前が彼を“処分”する事になるぞ」


 イナミの言葉に、彼女は微笑する。

 そして言い放つ。

 「前にも言いましたよね? そのための私ですから、って」

 その眼は群青―と言うより日没の青空にも似ていた。地平線に太陽が消える、その瞬間の青空に。

 「それでは」

 茶封筒を手に、彼女はデボネアから離れる。

 それを手に、振りながら

 「これは厳重に処分しますので」

 「どこへ行くんだ?」

 「学校ですよ。ちょっと寄り道をしてね」

 「いい心がけだ。しかし、寄り道とは一体どこだね?」

 「駄菓子屋ですよ。朝食は糸引き飴って、昔から決めてるんでね」


 そう冗談を残して、手をひらひらと振りながら、警察署に消えたシレーナをイナミは見送った。

 これから起こるであろう事態を、まるで曇天の空を見上げて雨を心配するかのように。


 ◆

 

 同時刻 ラルーク総合病院


 テラスを出て、病室へ戻るハフシと地井。

 「成程。シレーナちゃんの推理ね…」

 「最も、先輩はこれから物証を探すみたいだけど」

 「問題は」

 「ええ」

 互いに顔を見合わせた。


 『この真相に、彼は耐えられるか』


 それはシレーナと同じ結論。

 「少しか彼を見ていないから、何とも言えないけど、愛する…いえ、愛していた女性の正体を知った時、彼がそのままの状態を保てるとは思えない」

 「チイに同感だ」

 その時、麗子のいる廊下で話し声が聞こえてくる。

 どうやら、捜査員たちだ。

 相手はケータイで、しかもスピーカーにして会議をしているよう。

 「全く。ケータイはデッキで使えっての」

 小言ながら憤るハフシ。

 よく聞くと、電話から聞こえてくる相手は―――

 「ナギ警部補か?」

 「確か彼、本庁に出頭しているハズでしたよね?」

 「ああ。リッカー53事件のほとんどが、彼が捜査中に起きていたからな。それに、今回の騒動だ。監察官も黙っちゃいないだろ」


 そんなナギ警部補は、薄く四角い情報機器越しに、部下から事件の報告を受けていた。

 「現場ゴミ箱より押収された凶器ですが、DNA鑑定の結果、複数人物の血液が検出されました。一連の列車内無差別通り魔事件の凶器である可能性が高いですね」

 ――指紋は?

 「検出されませんでした」

 ――フードの方は?

 「市場に大量に出回っているジャケットのフードです。頭髪、皮膚片等は検出されていません」

 ――手がかりゼロか…ラルーク駅の防犯カメラは?

 「ボブが回収して科警研に。解析の真っ最中かと」

 ――犯人が映っているとしたら、53号列車が到着して、下り列車が出発するまでの間だ。そこに注目させて調べさせるんだ。フードのないジャケットを着ている可能性があるしな。

 全員が声を合わせて、了解と言うのが正解な場面。


 それを由としない者が、背後から声をかけた。


 「すみませんが、場所を変えていただけますか? この辺りは携帯電話の使用は禁止ですよ?」

 ハフシがそう説明すると、その場にいた捜査官は蔑んだ目をし、笑みを浮かべながらその場を去った。

 「分かりましたよ。眼帯看護婦さん」

 そう残す者も。

 彼らの姿が完全に消える前に、地井が口を開く。

 「嫌な人たちね」

 「駅より先に学校に行きなさい。“私たちにモラルを教えてください”ってね」

 「同感」


 ただ…


 「やっぱり引っかかるな」とハフシ

 「ん?」

 「いや。昨日エルに調べてもらったんだけど、防犯カメラ映像の回収も、全てボブ・スタータって捜査員がやってるんだ」

 「何者なの」

 「元情報捜査課の捜査員だよ。三年前、RMTの絡んだ反社会勢力の一斉摘発の際、一部構成員に情報を流して見返りを貰おうとしたんだ。この時は未遂であったことから部署移動―まあ、左遷ね。それを食らって花形部署から鉄道公安隊に送られちゃったって訳」

 「今でも問題が?」

 「三年前かららしいけど、金銭問題を抱えている節がある。まあ、今回の事件に関係あるかは分からないけど」


 刹那。


 ゴロロっと病室のドアが開けられ、中からサンドラが現れた。

 「あ、地井先輩、大変ッス!」

 「サンドラ? いつからそこに?」

 驚くハフシ

 「今さっき…それはいいとして、早く」

 その表情は、じっと見ていなくても「緊急事態」という四字熟語が浮かび上がってきそうなほど、切迫していた。

 2人が中に入ると、麗子が身体を小刻みに震わせ、治療していた看護師が「大丈夫よ。落ち着いて」と言いながら、背中をなでていた。

 「せ、先生…」

 地井は床にしゃがみ込み、麗子の目線に合わせた。

 恐怖を感じているのは、。素人でも分かる。

 差し出した右手を、麗子は両手でがっと掴み、そして底から絞り出すように訴えた。

 「い、いました…いました…」

 「誰がいたの?」

 「…ち…ちか…ち…痴漢さん…あの時の痴漢さんです!」


 まさか、リッカー53が!?


 「ハフシ!」

 地井の一声に、ハフシは病室を飛び出した。

 パアンとドアを響かせて。

 残った地井は、自身の身体を近づけ頭を撫でながら、看護師に鎮静剤を注文した。

 「サンドラ。君は病室に」

 「了解ッス!」

 律儀に敬礼をすると、今度はゆっくりと扉を閉める。

 2人きりになった病室。

 「怖い」と連呼する彼女を、地井はただ優しく撫でていた。

 最初は、この異常事態に、麗子をどうにか落ち着かせなくてはと考えていた地井だったが、先ほどまで自分が見ていた光景を巻き戻した時、あることに気づいたのだ。

 病室前の廊下は行き止まりで、病室の前には鉄道公安隊と分署の事件担当捜査員がいた。誰かが偶然を装って病室前を通過することは考えられない。第一、声をかけるシチュエーションすら思い浮かばない。

 だとすると、声を聞いたのは、あの電話の時か。

 しかし、麗子が襲われた時…ガーディアンの人間を除けば、あの車両には、1人しか警察官が乗っていないのだ。


 (そうか、彼が…彼がこの子を!)


 彼女には見せないように、その震えた体を抱き、鋭い眼光をドアへと注ぎ続ける地井。

 赤髪の少女しかいない、その扉の向こうを…。


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