30 「証言」
「そんな、まさか!」
突然の大声。ハフシは我に返ると驚く周囲を見回して、再び電話へと。
「じゃあ、伊倉ユーカが死んだ理由って…」
――そうだとすると、全ての辻褄が合うのよ。
「だとして、その証拠は、どう見つけるんです? 彼女は手帳や書類を一切処分しちゃったんでしょ?」
――ええ。焼却場に入るギリギリ手前で、収集車を止めたけどね。結局、一切合財裁断されて、生ごみと一緒に和えられていたから、そこに事件の核心が書かれていたとしたら、後の祭り。
「だったら――」
――でも、私の仮説が正しいのなら。その証拠は、まだ残っているハズよ。あの部屋に。
「警察も、ましてやシレーナ先輩、あなた自身が既に調べてたんですよ?」
――それでも見つかっていないのなら、それは調べたんじゃない。ただの家庭訪問よ。
「……」
――兎に角、これから少し調べたら、タカヤと学校に戻るわ。
ガーディアン解体の処理もあるし、なにより、彼をこれ以上拘束すれば、あらん噂を立てられる。
目につかれることが、一番困るのよ。私としてはね。
「分かりました。でも、調べるって、彼女の部屋をですか?」
――いいえ。犯人…リッカー53の身辺調査よ。
「えっ?」
ハフシは耳を疑った。
「確かに、あの状況では犯人と思しき人物は1人しかいません。ですが…」
――凶行に至る動機が見当たらない。
彼女の考えていたことを、シレーナは言い当てる。
「ええ」
――それを調べるんじゃない? 絶対、データベースにあるはずだし。相手は今“向こう”にいるハズ。
じゃあ、午後3時に、全体会議を。そこで、この先の方針を決めるわ。
「了解」
ハフシは電話を切ると、病室へと戻っていった。
入ると、泣きはらした麗子と、その横に座る地井が目に飛び込んだ。
「大丈夫か?」
「うん。今から話を聞くこと」
麗子は地井に聞く。
「彼女は? ガーディアン?」
少し黙った地井だったが、ハフシが首を縦に振った。
「ガーディアンであり、医者だよ。心配しないで。強引に聞き出すとか、そんなことしないからさ」
あくまで今回は、地井のカウンセリング。カウンセラーとクライエントの間に、第三者の介入はご法度。
ハフシは傍観するのみだ。
一拍置き、麗子が話し始めた。
「あれは、電車が衣川を出たと同じころでした。突然、後ろにいた人が私のお尻に触れたんです。最初は混雑していて、不意に当たってしまったんだろうって思ったんです。でも、違いました」
「不意に当たったんじゃなかったのね?」
「はい。その人は私が振り返って確認した後、手で下着の上からお尻をなで始めたんです。鳥肌が立つのが嫌でもわかりました。しばらくお尻をなでた後、その人は突然、手を放したんです。
ばれたと思って、手を引っ込めたのかと思いました。でも違ったんです。
今度は、冷たく尖った物が、私の太ももから上へと伝う感覚が走ってきたんです」
瞬間、ハフシは疑問を抱いた。と言うより、全ての報告書に共通する疑問と言った方が正しい。
つまりリッカー53は最初、素手で女生徒の下着を触った。しかし、そこからどういう訳か、ナイフに持ち替えて凶行に。
実はこれまでの被害者も、最初は素手で、そしてナイフ。しかも素手の際は肌には一切触れていない。それどころか――
「今思えば…そう、まるで肌に触れるのを避けているようでした」
「避けていたの?」
「はい。撫でるのも…今思えば…」
麗子の言葉が詰まる。
見ると、下唇を甘く噛んでいる。
一連の犯行が、この少女にどれだけの負担をかけているのか、嫌でも思い知らされる。
心情の吐露でも、まだ足りないくらい深く…。
「休憩しましょうか」
「いえ。大丈夫です」
地井の提案を断り、彼女は続けた。
「今思えば、相手は下着のラインをなぞるように…下着以外に触れないように撫でていました。そして、ナイフを持った途端、荒いと言うのか…肌まで触り始めて…」
麗子の勇気ある告白、しかし、ハフシと地井には犯人像を混乱させる元となってしまった。
(どういうことだ? 犯人はチイの言うとおり、ある種の潔癖があるってことか? だったらなぜ、痴漢行為に及んだんだ?)
(となると、犯人には病理的な性的嗜好が? でも…)
麗子は話を進める。
「暫く、お尻をなでまわした後、その人は突然に後ろから声をかけてきたんです」
「その人が声をかけてきたの?」
「はい。図太くて、腹の底からぐぐもった感じの男の人の声で“辛いよね。とっても苦しくて、息もできないよね”と話しかけてきたんです。私の気持ちが分かっているなら、早く解放してって気持ちでしたけど。その後、“大丈夫。今、解放してあげるから”と言って、私のお尻を…」
再び言葉に詰まる。
地井の反対側へ顔を背けた。
「ごめんなさい」
涙声。これ以上は限界だ。
「いいのよ。よく話してくれたわね。辛かったっでしょう」
地井にそう言われ、彼女の右目から一筋の涙が流れ出た。
誰かが、ドアをノックする。
見ると女性看護師が2人。傷の具合を見る検査の時間と言う。
「検査が終わったら、また、少しだけお話しましょうか」
地井はそう言って、ハフシと部屋を出た。




