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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
30/129

30 「証言」

 

 「そんな、まさか!」


 突然の大声。ハフシは我に返ると驚く周囲を見回して、再び電話へと。

 「じゃあ、伊倉ユーカが死んだ理由って…」

 ――そうだとすると、全ての辻褄が合うのよ。

 「だとして、その証拠は、どう見つけるんです? 彼女は手帳や書類を一切処分しちゃったんでしょ?」

 ――ええ。焼却場に入るギリギリ手前で、収集車を止めたけどね。結局、一切合財裁断されて、生ごみと一緒に和えられていたから、そこに事件の核心が書かれていたとしたら、後の祭り。

 「だったら――」

 ――でも、私の仮説が正しいのなら。その証拠は、まだ残っているハズよ。あの部屋に。

 「警察も、ましてやシレーナ先輩、あなた自身が既に調べてたんですよ?」

 ――それでも見つかっていないのなら、それは調べたんじゃない。ただの家庭訪問よ。

 「……」

 ――兎に角、これから少し調べたら、タカヤと学校に戻るわ。

   ガーディアン解体の処理もあるし、なにより、彼をこれ以上拘束すれば、あらん噂を立てられる。

   目につかれることが、一番困るのよ。私としてはね。

 「分かりました。でも、調べるって、彼女の部屋をですか?」

 ――いいえ。犯人…リッカー53の身辺調査よ。

 「えっ?」


 ハフシは耳を疑った。


 「確かに、あの状況では犯人と思しき人物は1人しかいません。ですが…」

 ――凶行に至る動機が見当たらない。


 彼女の考えていたことを、シレーナは言い当てる。


 「ええ」

 ――それを調べるんじゃない? 絶対、データベースにあるはずだし。相手は今“向こう”にいるハズ。

   じゃあ、午後3時に、全体会議を。そこで、この先の方針を決めるわ。

 「了解」

 ハフシは電話を切ると、病室へと戻っていった。


 入ると、泣きはらした麗子と、その横に座る地井が目に飛び込んだ。

 「大丈夫か?」

 「うん。今から話を聞くこと」

 麗子は地井に聞く。 

 「彼女は? ガーディアン?」

 少し黙った地井だったが、ハフシが首を縦に振った。

 「ガーディアンであり、医者だよ。心配しないで。強引に聞き出すとか、そんなことしないからさ」

 あくまで今回は、地井のカウンセリング。カウンセラーとクライエントの間に、第三者の介入はご法度。

 ハフシは傍観するのみだ。


 一拍置き、麗子が話し始めた。

 「あれは、電車が衣川を出たと同じころでした。突然、後ろにいた人が私のお尻に触れたんです。最初は混雑していて、不意に当たってしまったんだろうって思ったんです。でも、違いました」

 「不意に当たったんじゃなかったのね?」

 「はい。その人は私が振り返って確認した後、手で下着の上からお尻をなで始めたんです。鳥肌が立つのが嫌でもわかりました。しばらくお尻をなでた後、その人は突然、手を放したんです。

  ばれたと思って、手を引っ込めたのかと思いました。でも違ったんです。

  今度は、冷たく尖った物が、私の太ももから上へと伝う感覚が走ってきたんです」


 瞬間、ハフシは疑問を抱いた。と言うより、全ての報告書に共通する疑問と言った方が正しい。

 つまりリッカー53は最初、素手で女生徒の下着を触った。しかし、そこからどういう訳か、ナイフに持ち替えて凶行に。

 実はこれまでの被害者も、最初は素手で、そしてナイフ。しかも素手の際は肌には一切触れていない。それどころか――


 「今思えば…そう、まるで肌に触れるのを避けているようでした」


 「避けていたの?」

 「はい。撫でるのも…今思えば…」

 麗子の言葉が詰まる。

 見ると、下唇を甘く噛んでいる。


 一連の犯行が、この少女にどれだけの負担をかけているのか、嫌でも思い知らされる。

 心情の吐露でも、まだ足りないくらい深く…。


 「休憩しましょうか」

 「いえ。大丈夫です」

 地井の提案を断り、彼女は続けた。

 「今思えば、相手は下着のラインをなぞるように…下着以外に触れないように撫でていました。そして、ナイフを持った途端、荒いと言うのか…肌まで触り始めて…」

 麗子の勇気ある告白、しかし、ハフシと地井には犯人像を混乱させる元となってしまった。


 (どういうことだ? 犯人はチイの言うとおり、ある種の潔癖があるってことか? だったらなぜ、痴漢行為に及んだんだ?)


 (となると、犯人には病理的な性的嗜好(フェティシズム)が? でも…)


 麗子は話を進める。

 「暫く、お尻をなでまわした後、その人は突然に後ろから声をかけてきたんです」

 「その人が声をかけてきたの?」

 「はい。図太くて、腹の底からぐぐもった感じの男の人の声で“辛いよね。とっても苦しくて、息もできないよね”と話しかけてきたんです。私の気持ちが分かっているなら、早く解放してって気持ちでしたけど。その後、“大丈夫。今、解放してあげるから”と言って、私のお尻を…」


 再び言葉に詰まる。

 地井の反対側へ顔を背けた。

 「ごめんなさい」

 涙声。これ以上は限界だ。


 「いいのよ。よく話してくれたわね。辛かったっでしょう」

 地井にそう言われ、彼女の右目から一筋の涙が流れ出た。

 誰かが、ドアをノックする。

 見ると女性看護師が2人。傷の具合を見る検査の時間と言う。


 「検査が終わったら、また、少しだけお話しましょうか」

 地井はそう言って、ハフシと部屋を出た。


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