表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
28/129

28 「その探偵、カウンセラーにして…」

 

 ダーダネスト・バローダ区 

 ラルーク綜合病院。

 

 被害に遭った女子生徒が搬送された病院である。

 正面口にアイアンナースが停車。

 ハフシと地井は、車をノエルに任せて病院綜合窓口へ。

 聖トラファルガー医大付属学園生という肩書と、地井の持つカウンセラー資格のお陰だろう、普通なら門前払いのところを、すんなりと通過。

 被害者はバイホ女学園1年の牧野麗子。応急処置が終わり、現在は506号室にいるとのこと。

 ただし


 「面会はお断りしているのですが…」

 5階。ナースステーションで、看護師から柔らかく断られた。

 「そこを、何とかできませんが?」

 「すみません。警察の方にも説明したのですが」

 ハフシが何とか押してみるも、やはり…。


 「どうかしたのかね?」

 後ろから、初老の男性医が現れた。看護師が説明する。


 「それが、先ほど運ばれてきた患者さんに面会したいと」

 「警察にも言ったが、今はできない」

 ハフシが、IDを見せた後で聞く。

 「聖トラファルガー医大付属学園ガーディアンのハフシです。失礼ですが、あなたは?」

 「ウィリス・アドラー。運ばれてきた女の子の担当医だ。兎に角、彼女は今、安静にしていなきゃいけないんだ。だから帰りたまえ」


 今度は、地井が押してみた。

 「精神的なものですか?」

 「ん?」

 「私も、彼女を見ました。傷の程度も出血量も、大事に至る程ではありませんでした。そうなると面会を謝絶しているのは、彼女の精神面を案じての対応ですよね?

  年頃の女の子が身体を弄ばれた。その事を警察の事情聴取で聞かれれば、羞恥とフラッシュバックで、彼女の心にさらなるダメージを与えかねない」


  男性医は、顔をしかめて聞いた。

 「君は一体…」


 「申し遅れました。私、臨床療法士の地井春名と申します」

 そう言って、一枚のカードを取り出した。


 臨床療法士、平たく言えばカウンセラーの国家資格。それを証明する免許証がこれである。

 金色の光沢に、国の心理学会公認マーク。しかも、臨床療法士はこの国にある、心理カウンセリングに関する唯一の国家資格なのである。

 心療科で働く医師でも、この資格を持つ者は少ない。

 医師も認めざるを得なかった。

 眼前にいる、まだ10代の女の子が、一人前の腕前を持つカウンセラーだと。


 「私を、療法士として彼女に面会させてはもらえないでしょうか? それに、同年代の女の子でしたら、心を開いてくれる可能性もあるはずです」


 ウィリス医師は、暫く無言で地井を見ていた。

 何せ、ひょっこりと現れて、自分はカウンセラーだと言ってきたんだから。

 しかし、彼女が言う事も一理ある。現在、病院の心療科にいる女性医師は、別のクライエントとのカウンセリング中なのだ。


 「…分かった。ドアの外に看護師をつけておく、患者さんに負担がかかると判断した段階で、出て行ってもらうが」

 「感謝します。家族の方は?」

 「オパルスからこっちに向かっている、直に到着するだろう」

 

 ◆


 「あのウィリスって医師、心理面にも配慮が行っている…今時の医者にしては、いい人ね」

 「チイ、君って一体…」


 ナースメイド姿に着替えたハフシは困惑を後ろに、地井は病室へと歩みを向ける。


 彼女はフッと笑うと

 「ガーディアンのペイは安いしぃ、探偵業も不安定だからねぇ。だ・か・ら、副業だよぉ」

 とおっとりとした口調で喋るも、その足はしっかり。

 「まあ、ぶっちゃけ。心理療法士とかぁ、心理カウンセラーって名乗ってもいいんだけどぉ。あれって、資格じゃないから信頼薄いんだよねぇ」

 「で、わざわざ取ったの?」

 「そうだよぉ~」


 感嘆するハフシは、地井の背中がどこか大きく見えた。自分より背がちっこいのに。

 廊下を通ると、背広姿の男が3人、固まってきつい眼差しを2人に送った。


 (あんな人たちを送られちゃ、相手もたまったもんじゃないな)

 心の中でハフシは呟く。


 廊下の角を曲がりながら、地井は制服の上から病院で借りた白衣を羽織る。

 その背後から、背広の1人が歩み寄ってきた。

 「おい、ガーディアンが何の用だ?」

 見覚えがあった。ナギと同じ班の鉄道公安隊捜査員。

 すると、地井は言い放つ。


 「ここにガーディアンはいませんよ」

 「なんだと?」

 「私たちはカウンセラー。彼女の心の傷を治しに行く。それ以上でも以下でもない」

 すると、背広男は返す。

 「ふざけるな。そんなの後回しだ。今は、犯人の―――」

 「担当医の許可は取ってあります。文句がおありでしたら、そちらに言っていただけますか?」

 再び歩き出した地井は、吐き捨てられた言葉を拾ってしまった。


 「傷だ? 所詮女だ。感じていたに決まってるんだ」


 瞬間、2人の目が暗くなった。

 「反吐が出るわね」

 「ああ、全くだ」

 「男のステレオタイプ…よくあんなので、公安隊が務まるわね」

 「あんなのだから、犯人を捕まえられないんでしょ」

 目的地が見えてきた。


 <506 牧野麗子様>


 病室ドアの前で止まり、互いに深呼吸。ゆっくりと扉を開いた。

 「失礼しまぁす」

 個室のベッドでうつ伏せになっていた少女は、振り向くように地井とハフシの姿を見た。

 「誰ですか?」

 「初めまして。臨床療法士の地井春名と申します。牧野麗子さんね」


 笑顔で、名刺を取り出した彼女に少女―麗子は普通に接した。


 「2人とも警察の方じゃないんですか?」

 「ええ。どうかしましたか?」

 すると、彼女の視線がゆらいだ。

 「いえ…今日の事件って、あの…世間を騒がせている通り魔の犯行なんですよね…だったら、協力しないと…」

 ハフシにも分かった。

 枕を握る手が震えている。

 (この子、無理して…)

 麗子はか弱く、笑顔を見せた。

 「多分、病院側の配慮ですよね? カウンセラーさん。私は大丈夫ですから、警察の方を―――」

 その手の甲に、地井はそっと右手を添えた。

 「辛かったでしょう」

 「えっ?」

 「私もあなたと同じ年頃の女の子よ。貴方の抱えている物が分かるわ」

 一つ一つの言葉が、優しく彼女を包み込むように出てくる。

 そこに、いつものおっとりとした口調も、事件を考察するときの“普通の”口調もなかった。

 しかし


 「…けないじゃい」


 「どうしたの?」

 顔をそむけた麗子が何かを呟いた。

 聞き返すと


 「アンタなんかに、私の辛さが分かるわけないじゃん!!」


 地井の右手を振り払い、ヒステリックに叫びあげた。

 その眼からは涙が。

 「電車の中でお尻撫でられたことがありますか? 刺されたことは?」

 「……」

 「誰ともわからない手が、私の身体を弄って…逃げたくても逃げられなかった。怖くても、こんな恥ずかしいことが分かったらって思うと叫べなかった。

  今でも、あの男が耳元でささやいた言葉が、油のようにこびりついて、拭えないんです…。

  そんな思いをしたことがあるんですか? 綺麗ごと、並べないでください!」

 小さな心の中に押し込めていた感情。

 一気に吐露した少女は、枕に顔をうずめて嗚咽を漏らし始めた。

 「あの男って…」

 彼女の口から飛び出した言葉に、焦燥感にも似た感情が沸いたハフシだったが、地井が振り向き、視線で“やめなさい”と、制止。

 再び、彼女の方を向くと

 「麗子さん」

 「帰って!」

 枕でぐぐもった叫び。


 すると地井は、そっと手を添えた。


 「分かるのよ。私も…あなたと同じだったから」

 「…!!」


 麗子は、添えられた手に違和感を感じた。


 冷たい。


 いや、体温の問題ではない。言い得て妙だが、それは無機質的な冷たさでもあった。

 彼女はその手を、腕をゆっくりと触っていく。


 「…義手?」


 地井は頷いた。


 「私はね、昔、ある事件に巻き込まれて左腕を失ったの。あなたと同じように、学校に行く途中にね」

 「えっ?」

 「左腕だけじゃなくて、両足の骨もボルトで何重にも固定されていてね、もう自分の骨と筋肉の力で立ち上がることすらできないの。

  事件の後の私は、表面上は何もなかったかのように、明るく気丈に振る舞っていたわ。でも、それは仮面の私に過ぎなかった。心に傷を負って、自分の中に閉じこもっていたわ。叫ぶこともできなければ、泣くこともできなかった。

  死んでしまいたいと思って、病院で出されるお薬を貯めていた時もあったわ」


 「そんな…じゃあ、どうやって…」

 麗子が身体を乗り出して地井に問う。

 彼女は、微笑んで言った。


 「今のあなたと一緒よ。

  お話を聞いてくれる人がいたの。楽しかったことも、辛かったことも、なんでも話せる相手。

  全てを曝け出した後、心の中にあった闇が、すーって抜けて行った。身体の回復も、そこから早くなっていったと思ってる」

 部屋の壁にもたれかかっていたハフシが、そっと目を閉じた。

 「今度は私が、みんなを助ける番。そう思って、私はカウンセラーになったの。身体にも心にも大きな傷を負った。だからこそ、相手の事も理解できる。だからこそ、解決できる道を探すことができる」


 「地井…先生…」


 「だから、私に聞かせて。あなたの心の声を」


 そっと、右手を添えた。


 温かい右手。


 瞬間、麗子の目が潤み、地井の胸に顔をうずめると、泣き始めた。

 ぐぐもっているが、それは正に心のヒビ―彼女の隠していた辛い感情の吐露だった。

 そんな麗子の髪を、彼女は優しく撫で上げた。


 「苦しかったでしょうに。こんな小さな体で……急がなくていい。ゆっくりと、私と一緒に、あなたの“傷”を治していきましょう」

 地井の瞳が、やさしく彼女を包み込む。

 そんな最中、ハフシのケータイが鳴った。

 頷くジェスチャーを地井に送ると、早足で部屋を飛び出し、ロビーからテラスへ。

 数名の入院患者が、日向にいる中、ナースメイドが電話に出た。


 「ウィ?」

 電話の相手は、シレーナだった。


 ――そっちはどう?

 「チイ先生の、やわらかカウンセリング講座。第一章終了ってところですかね」

 ――流石、チイね。そこいらのニワカ療法士と訳が違う。

   ってことは、彼女から証言は、まだ得ていない訳ね?

 「断片的にですが、分かったことが1つ。彼女は、犯人の声を聞いています。

  最重要容疑者を集めて、声を聞かせれば、てっとり早く済むんじゃないかと思うんですが?」

 ――そうだけど、今の段階じゃ難しいでしょうね。

   地井のカウンセリングが序盤を脱したということは、彼女の精神は不安定な状況よ…襲われた彼女、声を上げて泣いていた?

 「ええ」


 ハフシは持ち手を右から左へ変えると、テラスにもたれて景色を眺めた。

 手前に新しい家々が並び、少し遠くには旧市街の名残。そして右側奥手には、エルサレム顔負けの、コンクリートの巨大な壁で囲まれた区画も見えた。


 ――それなら、ワンちゃんありそうだけど、餅は餅屋。チイの意見を伺わないとね。

 「で、本題に入ってくれませんか? 先輩。世間話をするほど、暇じゃないはずですし、私も“笑顔の壁”を見続けるのは飽き飽きしますから」

 ――へえ~。そっから見えるんだ。まあいいわ。

   実は、伊倉ユーカに関して面白い情報を得ることに成功したわ。

 「チイが昨日、いろいろと調べたんじゃなかったんですか?」

 ――ええ。してもらったわよ……もしかして、見たのね。ナプキンの内容。

 「一連の事件の洗い出し、伊倉ユーカの身辺調査。そう書いてありましたよ」

 ――変なところで、あの子、天然なんだから…まあ、いいわ。結局は皆で共有する情報だし。

    結果から言わせてもらえれば、どこにでもいる模範的なガーディアンね。成績優秀、品行素行にも問題なし。同性異性両方から親しまれているし、朝礼すら一回もサボったことがない完璧な女の子だったわ。

 「だったら…」

 ――でもね。その後、彼女には追加調査をしてもらったのよ。

 「なんですか?」

 ――小ビンよ。

 「小ビン?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ