27 「Bad」
ラルーク分署。
グランツシティにある所轄署には、数字表記と地名表記の2種類があり、それがごちゃ混ぜになっている状態だ。というのも、数年前から数字表記では分かりにくいという市民からの声が多く、市警察が新規建立、あるいは改修した警察分署から随時、地名に則った署名に変えているのだ。
このラルーク分署も、元々は57分署で、今でも入り口には(57)と表記が残っている。まるで地下鉄のように。
去年耐震補強等の改修が完了した新品同前の署内、その2階にある大会議室には、事情聴取のため多くの乗客が待っていた。
犯人逮捕に躍起になっているとはいえ、如何せん人員が足りない。
静かに待つ者や、会社、学校に遅刻の電話を入れる者、通りすがりの地域課の捜査員を怒りのはけ口にする者と、朝から何とも賑やかなものである。
シレーナはすぐさま、その中から目当ての人物を見つけた。
会議室―ではなく、その横の取調室から、今まさに出てきた2人の少女。電車の中で下品な口調で話をしていた彼女らだ。
「成程。カリナ学園の子ね。だとするならば…」
そう言うと、彼女は廊下の陰に隠れネクタイを解くと、ブレザーのボタン、ワイシャツのボタンの上3つを外し、ブレザーの襟に金色のバッジを取り付け、スカートを内側に折り込み、太ももがあらわになる程に丈を短くした。
「あー、かったる…」
「でもさ、私たちラッキーだよね。変態野郎にケツ犯されかけたんだぜ?」
そう言うのは、ショートヘアーの女生徒
「それにさ、あのパニック。ドアの傍にうずくまっていて正解だったわ」
染めたのが丸わかりな茶髪の女生徒が、そう返した。
「でしょ?あの時私が、叫んでなかったら、アンタ大ケガよ」
「叫んだっけ? お前」
「あくしろよ、ってな」
「ケツ犯されただけに? マジウケるんですけど~」
大笑いしながら、階段へと向かう角を曲がった、次の瞬間
ドンッ
ショートヘアーの彼女が、出会いがしらに、別の女子生徒とぶつかった。
舌打ちを1つ。
「気をつけろや!」
すると、向こうも言い返す。
「アンタもね」
その言葉に、ショートヘアーのオツムが“キレた”。
眼前にはシャツをはだけさせ、短いスカートをひるがす、見た目からして不良全開の少女が立っていた。
「は? やんのか? テメエ」
明らかに臨戦状態というショートヘアーに、毛染めの彼女が言った。
「やめなよ! 警察署の中だよ」
「上等じゃねーか。おい、表出ろや。あ?」
もう、言葉自体が凶器になっている。
「聞こえねーのか? 表でろっつってんだよ!」
ブレーザーの襟を掴み上げたとき、その金バッジが目に入った。
瞬間、さっきまでの威勢は吹き飛び、狼狽の様相を見せる。
「お、お前…西校の生徒か」
「そう見えるんなら、そうじゃないのか?」
「フン。西校には知り合いが多いが、テメエみてえなの、見たこともねえ」
「あっそ。だったら表に出てタイマンでも張るか? 困るのはアンタたちの方よ」
「うるせえ。サツに戻る前に息の根止めてやる」
すると、その少女は言った。
「息の根を止められるのは、アンタじゃないの? 折角の停戦協定を水の泡にしちまうんだからな。知ってるのよ? アンタの学校のバカ男子共が、ウチの学校の生徒をリンチしたんだろ? 両腕が紫色に壊死するまで。
何とか手打ちにこぎつけたみたいだけど。
さあて、私がボコられたら、どうなるかしらね?」
「…」
さっきまでの威勢がウソのように、黙りこくってしまった。
「もう一度言うわよ。やれるもんなら、やってみな」
しばらく睨んでいたショートヘアーは、乱暴に襟から手をのけた。
「命拾いしたな」
そう言い捨てて去ろうとしたが
「待ちなさいよ」
階段を下りかけた2人は、振りかえる。
少女は壁にもたれかかって続ける。
「アンタに聞きたいことがあるのよ」
「は?」
「私ね、あの電車に乗ってたのよ。アンタの近くにね」
「それが、どうした?」
少女が続ける。
「昨日、衣川駅で死んだ女の話、とっても面白そうじゃないの?」
イタズラな笑みを浮かべて
「教えてよ。その話」
ショートヘアーが言う。
「お前が聞いて、何の得がある?」
「そうね。トイレの与太話の種にでもするわ。
アンタにとって、そう悪い要求じゃないハズよ。アンタは私に話のタネを提供する。私は今起きたことを黙っておく。どう?」
相手も、フッと笑い。
「分かったよ。保険として一応、お前の名前、聞かせてもらうぞ?」
「ニーナ。ニーナ・アンカレッジ…と言っても、学校追い出されちゃったけどね」
そう答えた少女は、服装やノーグラスであるところを覗いて、どう見てもシレーナ・コルデーその人だった。
「で、何の話が聞きたい?」
シレーナ…もとい、ニーナは口を開いた。




