26 「捜査開始」
「どうして?」
言っている意味が分からなかった。
53号列車で連続列車内通り魔事件を起こした。だからリッカー53なのだ。
「言い方が悪かったかしら?
53号列車内で凶行に及ぶ必要。言い換えるなら、この列車で女の子を襲うことに何の意味があるのか?
だってそうでしょ? 毎回同じ電車で犯行を重ねていれば、警察の目が日に日に厳しくなっていくのは見えていること。それなのに何故、53号列車で女の子のお尻を切り裂き続けたのか。
今日だってそうよ。警察がいるのならば、降りて、後続の列車を狙えばいい。その方が警察を混乱させられるどころか、女子生徒の乗車率も、朝早くに住宅街を疾走する53号列車より多いはず。
それなのに、この53号列車に執着した理由……」
「理由なき、ってやつかもよ。昔流行っただろ? “サイコパス”ってやつ。無差別に猟奇的に人を殺す系の人間。奴らに殺人の理由を求めたって、理由なんてないさ」
それに反論したのは、地井だった。
「いいえ。もしサイコパスなら、彼らは自分たちの理論に従って犯行に及ぶものなんです。だから社会性や倫理観から外れていても、彼らには彼らの“理由”があり、それに則って罪を犯す。それが、言葉では“理由がない”と証言していても、意識下では必ず理由がある。それが言語化できていないだけで……。
この世に、理由なき犯罪など、絶対に無いんです」
心理学を語る、淡々とした口調で。
「もしかしたら、この捜査はリッカー53が、どうして53号列車を狙って犯行を重ねているのか?この当たり前のように見えて、当たり前でない事実から見ていく必要が、あるのかもしれないわね」
「あっ、シレーナ」
控えめに手を上げながら、メルビンが声を上げた。
「もしかしたら、53号列車に犯人はいなかったんじゃないかな?」
「そう思う根拠は?」
「シレーナに言われて、逃げる乗客をずっと見ていたんだけど…どこにも、犯人らしき人はいなかった」
「成程」
うん、うん。と頷き納得するシレーナに
「はあ?」
と声を上げたのは、お決まりの彼
「それで納得するなよ。見逃しているかもしれないだろ」
「いや。彼に限ってそれは無い」
断言。
「どうして?」
シレーナは言う。
「メルビンは、瞬間記憶の持ち主よ。言うなれば人間ビデオカメラ。眼に入る情報を全て記憶し、脳内で再生、他の物事と比較できる。彼の記憶が間違っていたことは今まで一度もない」
そんなバカな。
口から出かかる前に、地井が独り言のように放ったのは
「all mirage. Magic of persona.」
「えっ?」
「伊倉ユーカさんが、貴也君に行った最後の言葉よ」
「“全ては蜃気楼。仮面の魔術”」
そう訳したエルは、ハッと
「まさか!?」
「全ては蜃気楼……目撃情報は、全て嘘?」
「しかし、今までの被害者も、犯人の目撃情報と同一の証言をしていますよ?」
ラオの言葉に、ハフシが反論した。
そう、ユーカが残した言葉“all mirage”が、犯人の姿が蜃気楼―つまり虚像であると解釈すれば、今までの被害者の証言は何だったのか、と言うことになる。
「じゃあ、犯人は煙のように消えるってことを指しているんじゃないか?」
貴也が言うと
「それは警察も関知している事象よ? 今更伝える必要あるかしら?」
とのシレーナの反論。ぐう正論。
「となると、この言葉はやっぱり、後の言葉とセットなのか?」
「仮面の魔術……仮面がリッカー53を指しているとして……」
エルの言葉に、全員の思考が停止。
ユーカの残した言葉を、今回の事件、そして一連の犯行と照らし合わせても、何も見えてこない。
「ここで議論しても時間の無駄ね。ラオとメルビン、タカヤは53号列車停車駅、全ての防犯カメラ映像のチェック、チイとハフシは被害者へ話を聞きに行って。私とエルで、もう一度この事件を一から洗うわ」
『了解』
シレーナの指示で散開したガーディアンたちは、それぞれの場所へと向かっていった。
エルから鍵を受け取ったラオはロータリーへ。タカヤとメルビンが乗ったのを確認するとパッソを発進させる。
「3人別れよう…自己紹介が遅れたね。俺はラオ。こいつはメルビン。シレーナと同じ班のガーディアンだ」
「同じ班? でも、2人とも制服バラバラですし、俺たちと学校違いますよね?」
「まあ、そのあたりは落ち着いたら説明しよう。今は急ぐ方が先だ」
一方、入れ替わるように新畷駅に置いてきたはずのアイアンナースが、ロータリーに入ってきた。
運転席にはハフシと同じ制服を纏った、別の女の子。
くせ毛なのか、毛先が外側にハネたミディアム程度の赤髪に、黒い瞳。ハンドルを握る手はしなやかさの中にたくましさが内包されている。体育会系のような雰囲気は出ている。
「全く、人使いが荒いッス」
「そうぼやかないでよ。頼りになるのはお前だけなんだから」
「また、そのセリフっすか?」
「クローニヒス・ケーネのケーキスフレ。奢るわ」
ハフシがシートベルトを装着したと同時、彼女の愚痴が瞬間停止。
次に出てきた声は、喜びに浮いていた。
「どこまでもついて行くッス! ハフシ先輩っ!!」
「うん。同級生なんだけどね…とにかく、病院に向かって」
「イエッサー!」
ギアを入れ替え、アクセルを全開に、アイアンナースはロータリーを飛び出した。
出会いがしらのパトカーも、驚いて急ブレーキをかける程。
彼女の名はサンドラ・ノエル。
ハフシと同じ聖トラファルガー医科大学付属学園の生徒で、ガーディアン。ついでに同級生という人物である。
「さて、皆行ったわね」
全ての車が出払ったロータリーで、シレーナは背伸びをして見せる。
だが、その横に立つエルは、この少女の思惑を探り当てようとしていた。
というより、深い思考すら必要なく、それは脳内に到達した。
佐保川貴也だ。
お上からシレーナとのバディを組まされ、その上、マトモな事件捜査をしたことすら皆無な人材。にも拘らず、彼女が貴也を自分ではなく、ラオたちと行動させた訳。
「で、どうすればいい? ビッグ・ボス」
「エル。あなたはこのまま駅に残って、捜査を続けて」
「お前はどうするんだ…最も、そいつがタカヤを自分の元に置かなかった理由なんだろうが」
シレーナは、あの暗い目をした。あの…。
「エル。実は私、この事件について、犯人の目星はある程度までついてきたし、何故尻にナイフを刺して喜んでいた変態がコロシをしたのか、それも推理できる。でも、証拠は何一つない。
なにより、私の推理が全て仮定の域を脱した時…タカヤには残酷な事実を突きつけることになるわ」
「そんなの、ガーディアンの通過儀礼みたいなものだろ? 事件に残酷な事実は付き物だぜ? お前らしくもないじゃないか」
エルの言葉に、シレーナは首を左右に振った。
「今の彼に、それを乗り越える度胸は無い。いえ…最悪の場合、私が手を下さなきゃいけなくなるかもしれない」
「それって、どういう訳なんだ!?」
流石に、その返しは予想していなかった。
“シレーナが手を下す”。
その言葉は、彼女と仕事をしても尚、慣れることのないアレルゲン。
「事実か虚構か、今から署に行って確かめるわ。まだ、乗客の事情聴取しているわよね」
「多分な」
「後は任せたわよ」
シレーナは手を振りながら別れると、傍に停まっていたパトカーの警官に二言三言話すと、車に乗り込んで駅を後にした。
「手を下す…」
シレーナの言葉を復唱しながら、エルはテールライトを見送るのだった。
できれば、虚構であってほしい。
彼自身、知っているハズだった。
そんな希望は、ネットカフェのジュースより甘く薄すぎる代物だと。




