25 「推理」
AM7:37
ラルーク駅
負傷者の手当ても終わり、駅の外ではメディアの対応に追われる警察官たち。
ロータリーから、救急車がゆっくりと出ていく。もう、重傷者がいないためだろう。
一方の駅構内でも、鑑識による捜査が続いていた。
駆けつけた刑事に、事件の一部始終を話し終え、散らばっていたガーディアンの面々が集まった。
被害の少なかった8両目、そこにシレーナ達はいた。
「不覚でしたね。まさか、ノーマークだった区間で犯行に及ぶなんて」
そう、暗い声で話し始めたのは地井だった。
「今更起きたことを、どう言っても仕方ないわよ。それで被害者の傷が癒えることも、犯人が見つかるわけでもないのだから」
「そう…ですね…」
シレーナの冷たい励ましの言葉を、顔に浅い切り傷を負ったハフシが、慰めるべく温かくフォローする。
「元気出してチイ。君のプロファイルは完璧だったんだから」
その時だった。
「シレーナ・コルデー!」
フルネームを明らかに怒りの混じった声で叫ぶ。
その主は、ナギ警部補だった。
顔を引きつらせて近づくや否や、シートから立ち上がったシレーナを指さして言った。
「よくもやってくれたな! これで、今までの地道な捜査の苦労が水の泡になったよ。もうリッカー53は、この電車に近づかない。次はどの電車のどの女の子が狙われるか分からなくなった」
「責任を転嫁する相手を間違えていませんか?」
シレーナは冷静に返した。
「事件発生直後、電車内で叫んだのはあなたですよ。その一言で、車内はパニックになり、この事態を引き起こしたんです。携帯している無線を使えば、こんなことにはならなかったはずではありませんか?」
すると、ナギは言った。
「じゃあ、君は気づいていたのか? 君のすぐ近くに、目撃情報と合致した人物が乗り合わせていたことに」
瞬間、シレーナ以外の誰もが、ナギの言葉に衝撃を受けた。
「どうして報告してくれなかったんです?」
強く言い迫るハフシに、彼は言う。
「妙な素振りをすれば気づかれる。だから何もしなかった。様子をうかがっていたんだ。それを、この馬鹿女がふいにしちまったんだよ。ちょこざいと無線を出し入れしていたもんだから、犯人に気づかれたんだ」
すると、ナギの同僚、三室捜査官が車両に入ってきた。
「ナギさん! リッカー53のものと思しきナイフが発見されました!」
シレーナ達にも衝撃が走った。
「なんだと? どこでだ?」
「向かいの下り線ホームに設置されたゴミ箱です。血が付着した状態で、ジャケットの黒いフードに包まれて捨てられていました。恐らく血は被害者のものと」
ナギは首を左右に振り
「下り電車は?」
「上り53号列車到着後、混乱したホームを鎮静化する名目で、下り18号列車、百華行準急を次の衣川駅まで走らせています」
「衣川駅の防犯カメラのチェック、大至急だ」
「了解」
三室が去ると、ナギはため息を吐いて言い放った。
「これでまた、凶悪犯が野放しになったな。ああ!?」
唐突に威嚇した彼の矛先は、無論シレーナ。
それでも、彼女は銅像のように表情一つ変えない。
ナギも、シレーナのそんな雰囲気に負けたのか、冷静になって話し出した。
「奴は、俺の因縁の相手なんだ。凶行のあった日全て、俺は53号列車に乗って、奴を捕まえようと必死で捜査した。でも奴は、今までどんなに目を光らせていても、煙のように現れてか弱い乙女を傷つけては、また煙のように消える。襲われた女の子は、どれだけ怖かったことか…。
私の警察官生命をかけてでも、なんとしても捕まえたい。犠牲になった女の子の無念を晴らしてやりたい。その想いで今までやってきたんだ」
「……」
「もう、奴を追えなくなった。この一件で犯人は、53号列車から離れるだろうし、この騒動で私にも何らかの処分が下るだろう。
ガーディアン・シレーナ、1つの船に船頭は多くいらんだろう? ガーディアンとしての権利を言う前に、少しは頭で考えて行動しろや」
「……」
「あの署長の言うとおりだったようだね。君達のやってることは、所詮警察ごっこなんだよ。とっとと辞めちまえ」
吐き捨ててホームへと出ていってしまった。
静まり返る車内。
すると
「今のところ、分からないのは3つ――」
「シレーナ!」
口をはさんだのは、貴也だった。
「どうしたの?」
「もう、やめないか?」
「…」
「ナギさんも言っていただろ? しきりに無線を使っていたシレーナの行動が、今回の行動を引き起こしたって。所詮、俺たちには無理だったんだよ。こんな大それた作戦」
「…」
無論、ハフシ達も黙りこくる。
「それにさ、俺にも非があるんだよ…あの時、逃げる犯人を見逃していなけりゃ、こんなことにはならなかったんだよ。もう、いっそのこと自分がナイフの前に立って止められていれば…彼女は…」
瞬間
ドゴッ!
昨日の逆。
シレーナが貴也を殴り倒したのだ。
突然のことで、彼には理解できない。無論、ハフシ達も。
「おい、シレーナ!」
肩を掴んだエルの手を振り払い、床に倒された彼に近づく。
「タカヤ。何故私が殴ったか分かる?」
「…」
口元の血を拭って、彼女を見上げた。
瞬間、シレーナは怒鳴った。
「私の口から同じことを二度も言わせるな! とやかく言っても過去は変えられない! お前がナイフの前に立っても、犠牲者が増えるだけだ。“IF”を出し合って、失敗を舐めあって全て解決するなら、警察はいらないのよ! 無論、アンタも私もね!」
「ごめん…」
「謝る暇があるなら、早く立て。そして考えろ」
シートに再びに座ったシレーナ、反対に立ち上がった貴也。
今度は、彼がシレーナを見下ろす。
「私はね。八つ当たりであなたを怒鳴ったんじゃない。そこは理解して」
「分かってる。署長の時がそうだったから。君は何も表情を変えずに堪えていた……強いね。シレーナ」
「……」
そう微笑んだ貴也に、シレーナは目を逸らした。
「それから、この際だから貴方には言っておくわ…私たちは、絶対に失敗などしない。そのために組織され、動いているのだから」
言われても、その意味は分からなかった。
全員は口角を上げたり、軽く頷いているのだが…。
「さて、話を元に戻そうかしら。今のところ、分からない点は3つ」
深呼吸を1つ。シレーナは話を再開した。
「1つは、どうして衣川~ラルークで犯行に及んだのか」
「単純に考えられるのは…プロファイルの裏をかいた…」
とメルビン
「そう考えるのが普通ね。でも、相手は駅の構造から乗客の年齢層まで、北百合線の特徴を熟知した人物よ? 私たちの存在に気づいていたなら、どうして5号車で犯行に及んだの?
リッカー53は、犠牲となる女子生徒に痴漢行為をした後、ナイフでお尻を刺す手口を取っている。相手を物色する時間、そして痴漢に及ぶタイミングを計る時間も考慮すれば、決して短時間でできる犯行じゃない。とするならば、犯人は私たちの存在を衣川駅に到着する以前から気づいていたことなる。衣川~ラルークで犯行に及ぶなら、先頭に近い車両に乗り換えるんじゃないかしら? それに第一、警官が乗り込み自分を探していることを、相手が分かっていたなら、どうして犯行を中止しなかったのかも疑問ね」
すると貴也が言う。
「我慢できなかったんじゃないか? ほら、ちいちゃんも言っていただろ? 連続性のある性犯罪の場合、犯行を重ねることに大胆に、且つ制動が効かなくなるって」
「確かにね。でも、今回車内には私を入れて3人の捜査員がいたことになるのよ。それでも、やろうとするかしら?
痴漢がレイプと言った、他の性犯罪と違う点の1つとして、被害者が声を上げれば、その時点で加害者が瞬時に特定され、逃げ場がなくなると言う点が挙げられる。大人しそうな性格の子を選んで犯行に及んだとしても、その子が声を上げないという保証はない。
今回の犯人は、先に脱出経路を選んでから、絶対声を上げることのないターゲットを選んでいる、ある意味質実剛健な一面があるわ。そんな犯人が衝動だけで痴漢に及ぶかしら?」
「それは…」
言葉を濁したところで、彼女が続ける。
「2つ目に、どうして駅にとどまって、凶器を捨てたのか。
今までリッカー53は、犯行に使ったモノは全て持ち去っている。それを再び使用するといった行動を起こしている。なのに、どうして凶器を捨てるような真似をしたのか」
「追い詰められていたから」とハフシ
「ならば、駅のホームで捨てた理由は? これだけの惨事になったんだから、駅が封鎖されるのは時間の問題だし、犯人としては、警官が来るであろうその場から、一刻も早く立ち去りたい心理が働くでしょう。にも拘らず、リッカー53は跨線橋を渡ると、反対のホームに向かい、そこで凶器をフードに包んで捨て。直後に来た下り電車に乗って、衣川駅に引き返した。
フードから頭髪や皮膚片が見つかれば、DNA鑑定されて一瞬で身元がばれてしまうのよ。捜査を遅らせ自分の身を守るなら、犯行現場から遠い場所に、発見困難な形で凶器を捨てるのがセオリーってものよ。監視カメラすらかいくぐってきた、化け物みたいな犯人が、こんなヘマをするとは思えない」
「じゃあ、何故犯人は、こんな真似を?」
「それを考える前に、最後の謎よ」
貴也の方を見て、言う。
「3つ目はなんだよ?」
「どうして、53号列車なのか」




