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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
24/129

24 「Wrong Train Runnin'」

 

 一瞬の静けさ。


 電車のモーター音しか聞こえない、混雑した車内。


 それはすぐに消え去った。


 車内のあちこちで悲鳴が上がった!


 「逃げろっ!」

 「たすけてくれーっ!」

 どこに犯人がいるか分からない。

 乗客たちは周りの人を押しのけ、踏み倒し、隣の車両へ逃れようと必死になっていた。

 ハイヒールで手を踏みつけられるサラリーマン

 「あああああっ!」 

 押しのけられ、手すりに頭を強打する男子学生

 「はぐっ!」

 足元の部活鞄に足を取られ転んだOLの後ろから、どんどん倒れてくる人々。

 「痛い痛い痛い!」

 まさに、阿鼻叫喚。

 シレーナは横になった女の子に覆いかぶさり、かばうのに一生懸命。貴也やハフシ、捜査員の声も空しく、恐怖は隣の車内にも伝染する。


 挿絵(By みてみん)


 そんな中で、シレーナは無線を取り出した。

 ――メルビン! 応答して!

 「シレーナさん!」

 ――次の駅に停車してドアが開いたら、乗客の中から不審な人間を見つけなさい。貴方の能力なら、それができるはずよ。

   リッカー53は、先頭車の方へ移動したはずだから。

 「分かりました。ですが、次の駅って……」

 シレーナが気づいた時には、電車は減速を始めていた。


 次はラルーク。北百合線でも特異な構造をした駅だ。


 (マズい! 犯人を逃がすどころの騒ぎじゃない!

  恐らく先頭車両の乗客は、今、ここで起きている事態を知らない可能性が大きい)

 何も知らず降車した人々の背後から、パニックになった群衆が押し寄せてきたら……。

 やれることは、1つしかなかった。

 「やむを得ない」


 ◆


 ―――乗客の皆さん。こちらは鉄道公安隊の三室です。

 スピーカーから流れた声に、先頭・最後尾側の乗客がざわつく。

 ―――車内で緊急事態が発生したため、この電車は次のラルーク駅にて運転を中止いたします。尚、電車が停車し扉が開いても、すぐには降車せず、落ち着いて鉄道公安隊の誘導に従ってください。

 パニックを懸念したシレーナが、鉄道公安隊の無線に乱入し、全車両の捜査員に指示を出したのだ。

 リッカー53の出現を全車両の乗客に伝え、潜入した捜査員の指示に従って順番に降車させる。

 ホーム上での二次災害を防ぐに、もうこれしかない!



 挿絵(By みてみん)

 

 ダーダネスト・バローダ区

 午前7時14分

 53号列車 ラルーク駅入線


 新畷側が若干カーブした島式ホーム、東ドーラ側に架かる跨線橋にしか改札がない、とても特異な地上駅。

 既に駅には連絡を済ませており、駅員の誘導で53号列車に乗るはずだった乗客は新畷方面行の電車が発着する、向かいの3・4番線ホームに移された。この時間帯、都心から住宅街へ向かう下り線を利用する乗客は、上り線より少ない。

 時間がない中で緊急の措置だった。

 なのでこの上り線、1・2番線ホームには誰もいない。朝の光景としてそれは、日常からかけ離れたものだ。


 空しく流れる電車接近のアナウンスと、2番線に進入するツートンカラーの車両。


 減速……完全停車。


 ドアが開かれると、4~6両目の乗客が籍を切ったかのようにホームへあふれ出し、一目散に駅の出口へと走る。

 「邪魔よ!」

 「どけ!」

 押しのけ、転び、悲鳴と罵声が飛ぶ。人間の本性を丸出しにしながら。

 その様子を、7両目から出たメルビンがじっと見つめていた。

 まるで定点カメラのように。

 あふれ出る恐怖に、髪の毛で隠れた彼の目はじっと。


 全ての波が治まった時、ガラガラの車内には荷物が散乱し、刺された女の子を除いて4名の乗客が倒れていた。誰もが血を流している。

 貴也の姿もあった。人の波にもまれ、反対側のドアに叩き付けられていたようだ。

 「いっつー…シレーナ、大丈夫か?」

 起き上がると、頭を軽く左右に振りシレーナのもとに歩み寄る。

 彼女も起き上がり、外れかけた眼鏡を整えながら彼を見上げた。

 「ええ。この子も無事よ。貴方は?」

 「何とか生きているみたいだ」


 ◆

 

 一方、エルの運転するパッソが、市警のパトカー数台を引きつれ、駅前ロータリーに滑り込んだときには、パニックとなった群衆が落ち着きを取り戻そうとしていた。

 「畜生、遅かったか」

 駅出口には、階段で転んだ人だろうか数名がうずくまっていた。

 彼らの介抱と、駅周辺の封鎖を市警に頼むと、エルは改札を抜け、プラットホームへ。

 ようやく先頭と最後尾の乗客を誘導し始めていた。ベンチには負傷した捜査員が座っていた。

 遠くから、救急車のサイレンが聞こえてくる。


 ホームに佇むメルビンに、声をかける。

 「メルビン。どうだった?」

 「それらしい人は、いなかった」

 「お前らしくないじゃないか? ちゃんと見たのか?」

 するとメルビンは言った。

 「公安隊の捜査員が最初に車内で見つけた…。とすると、あの目撃証言通りの格好をしていると睨んで、見ていた…」

 すると、シレーナの声が聞こえてくる。

 「エル!」

 車内に入り、彼女を見つけた。

 被害者の返り血だろう。白いシャツが真っ赤に染まっていた。

 「すまん、シレーナ。間に合わなかった」

 「了解。先ず、この子を緊急搬送。話はそれからよ!」

 「わかった…あ!こっちです!」

 エルが叫んだ先。階段を駆け下りる救急隊員の姿が、そこにはあった。



 この事件で、乗客34人、捜査員2名が負傷。

 被害を受けた女子生徒は、ダーダネス・バローダ地区との境目にあるラルーク総合病院に搬送された。

 外傷は全治2週間。


 結局、リッカー53はパニックの雑踏に紛れて、またもや姿を消してしまったのだった。


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