21 「合流―百華駅」
同時刻
ワルタナと百華の間には5つの駅があり、それを快速特急は最高速度で走り去る。
そのワルタナから数えて4つ目の駅、白苑駅付近の交差点を小型自動車が通過した。
4ドアのハッチバック型コンパクトカー。シルバーのトヨタ パッソだ。
実はこの車、捜査車両としてガーディアン所属校1校に対し1台、捜査車両として貸し出されている。
それを運転するのはエル。
53号列車より先行し、被害が発生した際に駅へ先回りするため、彼は車を走らせていた。
校外から都市中心部へと走る、典型的な幹線道路、国道445号線をひたすら南へ。
共通捜査車両なため、ハマーやパッカードのように、特別な名称は無い。車体前方両ドア下部と、トランクに小さくナンバーが振られている。
「075からシレーナへ。鉄道の旅は、いかがかな?」
――今度の乗るときは、指定席を予約するわ。
「ハハハ。そいつはご愁傷様ってやつだな」
――現在地は?
シレーナのジョークに、笑いを飛ばすエルは、ハンドルを片手に無線へ。
「白苑駅を通過して、百華北口駅に向かってるよ。そろそろ一般道が混み始める時間だ」
出発した時は車がまばらだったが、片側2車線道路は今にも渋滞しそうな交通量だ。
トラックのケツに貼られた「スピードを出さず、安全運転を心がけます」のステッカーが、何故か目について仕方ない。
◆
一方の53号列車は、まだ幾らかの空白スペースがあるものの、車両定員より少し多い乗客数、といった感覚に見える。
鞄を肩にかけたまま、というのができないくらいの混雑だ。
シレーナはドアの方を向き、イヤホンで音楽を聴いている…ように見える。
「百華駅への、人員配備は?」
彼女はイヤホンのコードが合流する留め具にカモフラージュされている、小型マイクに向かって話しかける。
――できたよ。結局アイツ、来れないみたいだ。昨日見舞ってきたよ。熱は幾分か下がっていたけどね。
「扁桃腺の腫れじゃあ、仕方ない。となると、配置人員は」
――2名。ラオとメルビンだ。
実は、彼女の音楽プレイヤーには、無線機能が搭載されており、これを使ってエルと話をしていたのだ。
この無線付き音楽プレイヤー、ガーディアンの標準装備の1つで、無論、ハフシや貴也も所持している。
マンツーマンから、最大10人規模まで通信可能だ。
――そっちは、どうなんだ?
「今、カンタバラ駅を通過。今のところ、目撃証言に合致する人物も、怪しい人物も確認できない」
――了解。こっちは百華駅での無事が確認され次第、出発する。
「了解」
通信を終えると、シレーナは辺りを見回した。
新聞を読むサラリーマン、スマホをスワイプするOL、テストでもあるのか単語帳をめくる男子学生。
女子生徒の姿も見えるが、怯えていたり、泣いていたりと異常事態は起きていない。
いつもの日常だ。
次いで、仲間の位置を見る。
貴也の姿は確認できないが、ナギは目と鼻の先。電車両ドア中間部分に陣取っている。
ガクンと、電車が減速を始めた。
――間もなく、百華、百華です。この駅で後ろに4両を連結し、10両編成で運転いたします。
電車は無事に、百華駅ホームへ入線した。
しかし、53号列車は全体の3分の1程度を走破したに過ぎない。いわば、ここからが本番と言う事なのだ。
百華駅は静かな郊外駅で、かつて緑花木卸売センターが付近にあったことが、この駅名の由来である。
現在は緑も豊か、国内でも「すみやすい街」として毎年上位に挙げられる。
電車の扉が開き、数名の人が降りた直後、ドカドカと乗客が入ってくる。
シレーナは流れに乗って、いったん外へ。
ホームでは電車最後尾で、駅員が赤い旗を振っている。それを合図に、留置線に止まっていた空っぽの電車が入ってくる。
その頃、彼女はホームで2人の男と話をしていた。
1人は濃い肌色のアジア系、もう1人は目元を隠すほどの緑色の髪の青年。
「昨日、ハフシを通じて、指示を出した通りよ。ラオ、貴方は増結した電車の先頭第2ドアに」
「オーケー」
アジア系―ラオが答える。
「メルビン、貴方は第4ドアに」
「分かりました」
落ち着いた、というより若干暗い感じで答えたメルビン。
2人とも、ガーディアンでシレーナの信頼する仲間である。
「あ、それと、無線は周波数47で設定しておいてね」
「現れますかね?」
そう問うたメルビンに、シレーナは言う。
「現れたら御の字よ。事件は一気に解決。私たちは暇でやかましい学校生活へ戻れるんだから」
「やだなぁ…できれば……静かに過ごしたい」
「解決しなくても、私の無線と調査の嵐よ」
「それも嫌だ……」
渋々、と言った感じでメルビンはラオと共に、電車へと乗り込む。
一方の警察も、各車に1人ずつ捜査員を配置。ナギ班とは別の班から応援として回された面子である。
ガコン!
大きな音と共に、空気の抜けるシューという音が、盛大に漏れる。
ブレーキを解除した際に聞こえるものだ。
後ろ4両の連結が完了した。
その後、がら空き電車の扉が開き、大勢の乗客がガーディアンと鉄道公安隊捜査員を巻き込みながら、なだれこむ。
座席は一瞬で埋まり、次いでドア側、手すり付近と、空間心理とパーソナルスペースに基づく人間論のセオリー通りに、車内が埋められていく。
「こちら、シレーナ。各員、状況報告を」
音楽プレイヤーを取り出し、周波数を変えると、シレーナはマイクに話しかける。
――6両目第2ドア、ちいちゃん。異常なしです~。
――4両目第3ドア、ハフシ。今のところ異常なし。
――5両目第1ドア、貴也。異常ありません。
次々と返ってくる、異常なしの応答。
「了解。でも、気を引き締めるのはこれから。第一区画も半分とは言っても、全体的にはまだ3分の2の運転区間が残っている。時速80キロで失踪する鉄の箱を、あの亡霊の留置場にしてやりましょう!」
そう言い放ち、電車に乗ろうとした。
(亡霊……そう言えば、どうして彼女はあんな言葉を残したのかしら……)
◆
午前6時45分 百華駅出発
次は衣川。
昨日、全てが始まったあの駅。




