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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
18/129

18 「夜」

 首都オパルスからグランツシティまで、そう遠い距離ではない。

 車なら中央高速を使って約1時間。

 片側三車線の道路を、シレーナの車が疾走していた。

 この国では、16歳から自動車運転が可能である。その際には十数年前に、免許証と統合された戸籍照明カードの携帯が必要になるが。

 辺りも暗くなり始め、空は赤と黒の境界線を造りだしながら沈んでいく。

 前を走るテールライトを追いかけるようにそいつは走る。

 今では、古臭いスポーツカー。

 ワインレッドの体は、持ち主と人馬一体のよう。

 丸いヘッドライトは、獲物を睨むが如く。


 ニッサン スカイラインGT-R KPGC110。


 サーキットタイプと銘打ち、若干197台しか生産されなかった伝説の日本車である。

 あの時の感情の謎を解くことができないシレーナは、更にアクセルを踏み込んだ。

 エンジンが唸りを上げ、前を走るトレーラートラックを追い抜く。

 製菓会社の車なのだろう。側面に描かれた笑顔の子どもを横目で見ると、またイライラがぶり返してきそうだ。


 「チッ」

 気分を変えたい。


 シレーナがカーラジオをいじくる。

 スピーカーから流れてくるMOON CHILD/ESCAPE

 「いい選曲だ」

 狭い空間に大音響で走り回るそれは心地よく。車はテールライトを追いかけることを止めた。

 右端の追い越し車線にのると、スピードを上げ前を走る灯を追い抜いて行く。

 クーペが、トラックが、ビンテージカーが、次々と後ろへ吸い込まれるように、視界から消えた。


 ◆


 山間部のトンネル区画を過ぎ去り、騒音壁に囲まれた風景が現れると、1つの看板が過ぎ去る。

 グランツインターチェンジ。シティ郊外を走る中央高速の出入口。

 ここから少し先には、シティ中心部を走るグランツラインと交差するジャンクションがある。

 分岐を左に、車は料金所を抜けて、一般道へ。

 既に陽も暮れて、街灯が道路を照らす。

 そろそろ夕餉時だ。


 シレーナはウィンカーとハンドルを切り分け、国道沿いのコンビニエンスストアに入った。

 実は警察庁を出る前、地井から連絡が入った。

 貴也は既に帰宅。赤煉瓦倉庫に残っている者は誰もいないとのこと。

 駐車場に停車しエンジンを止めると、シレーナは財布の中身を確認し車を降りた。

 眩しいほど明るい店内。天井を反射させるピカピカの通路の上で、彼女は首を動かし、やがてトイレの方へ歩いた。

 この店舗はATMを、マルチコピー機と共に、トイレ横のスペースに置いている。

 カードを差し込み取引を開始した瞬間、彼女の顔が引きつった。

 「…またか」

 

 残高 8,035,138


 シレーナは手元のボタンを押し、タッチパネルに触れた。

 ガガガという機械音の直後、紙幣投入口からお金が出てくる。

 引き出した三千円と共にカードを財布にしまうと、今度は買い物カゴを手にした。

 コンビニブランドの麦茶2本、フライ盛り合わせ弁当、サンドイッチを次々と放り込むと、最後にスイーツコーナーのエクレアを1つ―――


 「……」

 2つ。


 店から出た彼女は、車に乗り込むと、家を目指して車を走らせた。

 約10分で到着。コンクリート造りの6階建て。


 2階。204号室。


 ドアを開け、照明をつけると、殺風景な1DKが彼女を出迎える。

 大きな家具はベッドと冷蔵庫と万年炬燵。フローリングには小さなテレビが無造作に置かれ、部屋のあちこちに本が積み上げられている。

 言ってはいけないのだろうが、年頃の女の子の部屋とは思えない住まい。

 サンドイッチを冷蔵庫に、弁当を炬燵に放ると、ブレザーとネクタイ、スカートをクローゼットにしまい、シャツの首元のボタンを緩めた。

 それから、座って麦茶を一口。弁当に手を付ける。

 蓋を開け、白飯、フライ、小鉢を頬張る。


 レンジで温めず、冷たいままのそれを。


 満腹中枢を刺激するために。


 ◆

 

 シャワーを浴びて、湯気も香るバスタオル姿で出てきた彼女は、思い出したようにブレザーの内ポケットから辞令を取り出した。


 「佐保川貴也…ね」


 眼を炬燵に移す。

 スマートフォンが緑色の光を点滅させて、何かを訴えている。

 それは地井からのメールだった。


 ―――頼まれた件、調べましたので報告します。

   それと、貴也クン、もう辞令のコトしってますよ。


 「仕事が早いわね。チイも、アナスタシアも」

 画面をスワイプさせ、内容を読みながら、口でエクレアの封を切る。

 「ふぅん……すると……」

 今度は右手に持つ四角いそれを、耳元に当てて。

 「もしもし、タカヤ……ええ、辞令ついでに初仕事よ。明日の朝5時、タカヤの家に迎えに行くわ」

 ――朝五時?日の出でも拝みに行くのか?

 「まさか?私たちが拝むのは、リッカー53の化けの皮よ。今夜は寝て備えなさい。じゃあね」

 通話を終え、ベッドに放ると、シレーナは両手でエクレアを持ち、ゆっくりと口に運んだ。

 カスタードの甘みが口の中に広がる余韻を、楽しみながら。


 「…おいしい」

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