14.「下衆」
伊倉ユーカの一件は、遺書など自殺をほのめかす物証が見つからなかった点、自殺後何者がが部屋を物色した形跡がある点から、グランツシティ警察、警察庁及び教育科学省は事件性があるとのシレーナ、貴也の報告を受理。本格的に事件捜査を開始した。
これで、今まで傷害と強制わいせつの容疑がかけられていた“リッカー53”に殺人容疑が加わった。
サモエドを取りに向かうため、2人は石畳を歩きながら駅へと向かう。それも途中からアスファルトに変わってしまったが。
「これで本格的な捜査に入ることになるんだな」
「そうでしょうけど、あなたが捜査に加われるか、微妙なところね」
「どうしてさ」
貴也の前を歩くシレーナは答える。
2人は鉄道高架下の駐車場に到着していた。
「ウチの学園のガーディアンは、アナタと伊倉ユーカの2人。で、ガーディアンは捜査をする際、基本的に2人一組のバディを組むことが定められているわ。それに……」
「それに、何だよ」
シレーナは振り返り、彼の胸に指を突き立てて、こう言い放った。
「あなた、冷静な判断できる? 愛する人が殺された、これが今確信になったあなたの心が、私情を挟まずに真実を見極めることができる?」
「……」
その鋭い言葉は、狼狽する彼の心に更に突き刺さった。
「それでも捜査を、なんて言うのなら、今すぐ帰りなさい。足手まといだから」
「……」
「どうなの? ここで今、答えを聞かせて頂戴」
威圧的に聞かれちゃあ、出る声も出ない。
しかし、それよりも彼女の言っている事も最もだった。
自分が愛した女性が殺された。人の死には慣れていたつもりだった。でも、今は……
そんな考えが、口笛と共に消し去られる。
声のする方を見ると、駐車場入り口から男が2人。シレーナ達と同年齢と見られる彼らは、染めた髪とピアスから、不良オーラがにじみ出ていた。
「どうしたんだ、お前ら。別れ話か何かかい?」
紫のロン毛に、唇ピアスの男が話しかける。
シレーナはいつも通り淡白に
「こっちの問題よ。なんでもないわ」
「そっけないね。親切に聞いてあげたんじゃないか。人の親切はちゃーんと聞かなきゃ」
「関係ないわ」
大股で、嫌な笑みを浮かべながら近づく2人に、シレーナは嫌な予感を覚えた。
「へー。ところで、学校はどうしたんだ?」
「これから行くところよ」
「どこか具合悪いのか」
「ええ。お気遣いどうも」
シレーナは貴也を陰に、ポケットからサモエドの鍵を出すと、耳打ちしながら彼に手渡す。
「早くサモエドを出して!」
「え?」
「急いで!」
彼は踵を返して背後のサモエドへと走る。だが……
「シレーナ」
横目で、彼の言いたいことを理解した。
やはり
同じような格好の男が2人。サモエドの横に駐車していたT型フォードの陰から現れたのだ。笑みを浮かべながら。
更に駐車場の陰から3人。これで計7人。
確実に獲物を得た獣の目。
(ヤバいわね。これは……)
フォードの陰から出てきた男が聞く。
「おい、どうしたんだよ?」
「俺の親切な心を、このカノジョが踏みにじりやがったんだ!」
ロン毛は、わざとらしく大声で叫んだ。
「そりゃあ、イケないなあ。慰謝料払ってもらわないとよぉ!」
大声と笑い声、口笛で威嚇しながら、2人を取り囲んだ男たち。
その時、貴也が叫んだ。
「何なんだ君たちは! そもそもお前たちが・・・はぐあっ!」
フォードから出てきた男の1人が、貴也の肩を掴み、こちらに振り向かせると、鳩尾に鉄拳をかました。
目を見開き、苦痛に顔をゆがませながら、崩れ落ちる。
「テメエ、邪魔なんだよ! 口開くな!クソが!」
「うぐっ!」
男の怒号と共に、更に蹴りが一発、彼の腹に入る。
ロン毛が顎をクイッと動かした。
「そいつ、鍵持ってるだろ。取り上げろ」
「クへへへ。ヤリ場所探す手間が、省けたぜ!」
弱っている貴也の手を半ば強引に開き、男はサモエドの鍵を取り上げた。
(あのロン毛が、このグループのリーダー……)
平然を装っていたが、突然の襲撃に、貴也のダウン。戦況は不利だった。
「これで、誰にも邪魔されなくなったな」
にやけながら尚も近づくロン毛に、シレーナは微笑して話した。
「元々、それが目的だったんでしょ?チンピラさん」
笑みを浮かべたシレーナに、ロン毛は笑った。
「チンピラはどっちかな。あれは、どう見たって不純異性交遊だぜ」
「えらいわね。そんな難しい言葉、知ってるなんて」
「黙れや。クソアマ」
「更に際立つわ。そんな汚い口から、よくぞ難読熟語が出てきた、ってね」
段々、ロン毛の顔が引きつってきた。漫画的表現なら、顔面ピキピキと言ったところか。
「この野郎、言わせておけば!」
「止まりなさい!」
刹那! ブレザーの内ポケットから、赤い生徒手帳を取り出した。
「私はガーディアンよ! 手出ししたら、ただじゃ済まないわ!」
横に開き、周囲に手帳を見せつけながら、抑止力を用いた。
警察関係者と判れば、退却する。
恐らく、読者の諸君はそう思っただろう。
だが、現実は違う。
「だから?」
「……」
「だから、なんだよ。そんなもの、怖くもないぜ」
ロン毛は、いい加減にしろと言わんばかりに、シレーナの鼻先まで近づき、口を開く。
「知ってるんだぜ。ガーディアンとポリ公の大きな違い。それは公務執行妨害が適応されないことだ。学校内で教師以上の権力を持たないようにするために、あえて外されているんだよなぁ。だから、手帳をかざしても、ポリ相手みたいに、ヤバいとは思わない。俺たちからすれば、ああ、それだけですか、って話よ」
「へえ。その様子じゃあ、警察のお世話になったことがあるって感じね」
「知りたいなら、教えてあげるぜ。今からたっぷりと」
口の臭いと共に、右手が頬へ首筋へと差し出される。下品な笑いを添えて。
「じゃあ、私も教えてあげる。この国の刑法における傷害罪には、甲乙丙の3種類があるの。その中で一番重いのは丙種。これはガーディアンが相手に身分を呈示し、制止を促したにも関わらず、相手がガーディアンに暴行を加えた場合のみ発動される。
そう。一応あるのよ。私たちガーディアンにも公務執行妨害がね」
「なら、やってみろよ」
ロン毛の言葉と共に、彼女の背後にいた背の高い男が動いた。
脇に両腕を回し、羽交い絞めにすると、彼女の体をゆっくりと持ち上げた。
革靴がアスファルトから離れていく。
「シレーナ!」
「黙れ!」
貴也が声を上げるも、傍の男が彼の腹を蹴りあげる。
ぐぐもった声と共にうずくまり動かなくなった。
「こいつ、気ぃ失っちまったぜ」
「だっせー男!」
一方、持ち上げられたシレーナは手足をばたつかせ、抵抗を見せる。それが男たちを一層盛り上げた。
ロン毛が指示を出す。
「お前ら、先に食っちまえ」
「いいんすか?」と他の男
「俺は後で、じっくりと味わうからいいんだ。女ってのはな、やられた後が一番うまいんだ」
「うっわー。相変わらずリーダーは変態っすねー」
「じっくり味わえ、お前ら。なんたって、俺の心の傷の慰謝料なんだからな」
ロン毛が後ろに下がると、男たちが奇声と口笛を上げながら群がってくる。
「先ずは眼鏡取っちまおうぜ」
「同感。おい、降ろせ」
羽交い絞めにしていた男が、シレーナを降ろし始めた。既に、彼女の抵抗は消えていた。
誰もが、絶望に打ちひしがれている。思い通りの人形を手に入れた。そう思っていた。
ひとたび、地上に下ろされると、男の1人がシレーナからオーバルフレームの眼鏡をふんだくると、背後へと投げ飛ばす。
青い裸眼が、男たちの前に晒された。
「いいじゃねーか」
「よく言われるだろ。メガネしていない方が可愛いって」
「大丈夫さ。俺たちが可愛い女にしてやるよ」
更に男たちは、その手をシレーナのスカートに伸ばす。
「こいつも、邪魔だな」
ベルトが外され、チャックが降ろされると、紺色のスカートがはらりと落ち、綺麗な脚と、薄桃色の下着が下衆な獣の前につるし上げられる。
再び彼女の体が持ち上げられたのだから、その通りだ。
視線がそこへ集中する様は、まるで、おあずけをされた犬のよう。
先ずは俺だといわんばかりに、耳にピアスをした小太り男がシレーナの前に。
欲望に忠実な彼は、その右手を伸ばし、、下着の上をまさぐり始める。
「へ、へへへ。君は前か後ろか。どっちがお好みかなぁ?」
唇を舐めずり、下半身を見続ける男。このまま次は口が出んとする、そんな状況。
「あの……その前に、言いたいことがあるんですけど……いい、でしょうか?」
弱弱しく、敬語で質問するシレーナに、男は彼女を見上げた。
「な、なんだい?」
ニコッと笑ったシレーナ。
次の瞬間、男は何が起きたか理解できなかった。否、理解する時間すら与えられない。
気づけば顎に衝撃が走り、後方へ吹き飛ばされていた。
「気持ち悪い手で触るな。童貞」
先ほどとは正反対。
その声に温もりはなく。笑顔は消え、能面のような表情に。
シレーナは男の顎に、強烈な膝蹴りを決めていたのだ。
「な、なんだ。この女は!」
突然の出来事に、周囲はざわめく。
体格差のあるはずの出来事。華奢な少女の蹴りが、彼を吹き飛ばした!?
「お前も、いい加減離せよ」
今度は右手の袖を軽く動かす。
パァン!
「ああああああああああっ!」
背の高い男が右耳を抑えながら、倒れこんだ。
コンクリートに響く、乾いた音。
「耳がぁ! 俺の耳がぁっ!」
倒れた人影を背後に、紺のブレザーをなびかせる少女。その右袖から伸びていたのは。
「デ、デリンジャー!」
スリーブガン。これを耳元で発射され、男の鼓膜が破裂したのだ!
デリンジャー・スタンダードM622LR。
右手にすっぽりと収まっているそれを見て、ロン毛は狼狽した。
そう、あり得ないのだ。ガーディアンが実銃を携帯することなど…。
「お、お前、何者だァ!」
追い込まれた特撮の悪キャラみたいな言葉を、足を震わせたロン毛が放った。
「さっきも説明したじゃないか。ガーディアン。お前らの言う“ポリ公”のお仲間だよ」
そこにさっきまでのシレーナの影はなかった。放つ言葉全てが粗暴。
「う、ウソつけ! ガーディアンがデリンジャーなんか持つかよ!」
口元が一瞬緩んだ。
「もう一発試すか?」
微笑したシレーナ。相手の答えを待たず、彼に向け発砲。
弾は、ロン毛のこめかみを掠めた。
「ひい! ……ほ、本物!?」
「やっぱり、馬鹿だろ。そうか。馬鹿じゃないと、こんなことしないもんな」
微笑。いや、狂気を帯びた嘲笑と言った方がいいだろう。
男6人が束になっても、その足が後退を始めていた。
「な、なめやがって! もう、その銃には弾は残っていないはずだ!
やれぇーっ! この女を血だるまにするんだー!」
ロン毛の叫びに、男たちはシレーナを取り囲んだ。
「そうかい……じゃあ!」
刹那、右手に固定したスリープガンを外し、サモエドの方へと投げた。
びくついた男の上を飛び越え、デリンジャーは車の下へ。倒れた貴也の体がクッションとなって、デリケートな拳銃を受けとめる。
コンクリートとアスファルト、鉄柵に囲まれた世界。紺のブレザーと赤いネクタイ、下着という、更衣室ぐらいでしか到底しないであろう格好で、彼女は殺気立つ男たちの前に立った。
「私が何者か、知りたがっていたわね?」
言葉に答えず、男たちは身構える。
セルリアン・ブルーの瞳が、全てを見回し把握した時、全ては彼女の口から吐き出された。
「知りたいなら、教えてあげるぜ。今からたっぷりとね」




