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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile1 ガーディアンの女 ~Desperate or hopeless encounter~
14/129

14.「下衆」

 挿絵(By みてみん)


 伊倉ユーカの一件は、遺書など自殺をほのめかす物証が見つからなかった点、自殺後何者がが部屋を物色した形跡がある点から、グランツシティ警察、警察庁及び教育科学省は事件性があるとのシレーナ、貴也の報告を受理。本格的に事件捜査を開始した。

 これで、今まで傷害と強制わいせつの容疑がかけられていた“リッカー53”に殺人容疑が加わった。

 サモエドを取りに向かうため、2人は石畳を歩きながら駅へと向かう。それも途中からアスファルトに変わってしまったが。


 「これで本格的な捜査に入ることになるんだな」

 「そうでしょうけど、あなたが捜査に加われるか、微妙なところね」

 「どうしてさ」


 貴也の前を歩くシレーナは答える。

 2人は鉄道高架下の駐車場に到着していた。


 「ウチの学園のガーディアンは、アナタと伊倉ユーカの2人。で、ガーディアンは捜査をする際、基本的に2人一組のバディを組むことが定められているわ。それに……」

 「それに、何だよ」

 シレーナは振り返り、彼の胸に指を突き立てて、こう言い放った。


 「あなた、冷静な判断できる? 愛する人が殺された、これが今確信になったあなたの心が、私情を挟まずに真実を見極めることができる?」


 「……」

 その鋭い言葉は、狼狽する彼の心に更に突き刺さった。

 「それでも捜査を、なんて言うのなら、今すぐ帰りなさい。足手まといだから」

 「……」

 「どうなの? ここで今、答えを聞かせて頂戴」


 威圧的に聞かれちゃあ、出る声も出ない。

 しかし、それよりも彼女の言っている事も最もだった。

 自分が愛した女性が殺された。人の死には慣れていたつもりだった。でも、今は……


 そんな考えが、口笛と共に消し去られる。


 声のする方を見ると、駐車場入り口から男が2人。シレーナ達と同年齢と見られる彼らは、染めた髪とピアスから、不良オーラがにじみ出ていた。

 「どうしたんだ、お前ら。別れ話か何かかい?」

 紫のロン毛に、唇ピアスの男が話しかける。

 シレーナはいつも通り淡白に

 「こっちの問題よ。なんでもないわ」

 「そっけないね。親切に聞いてあげたんじゃないか。人の親切はちゃーんと聞かなきゃ」

 「関係ないわ」

 大股で、嫌な笑みを浮かべながら近づく2人に、シレーナは嫌な予感を覚えた。

 「へー。ところで、学校はどうしたんだ?」

 「これから行くところよ」

 「どこか具合悪いのか」

 「ええ。お気遣いどうも」

 シレーナは貴也を陰に、ポケットからサモエドの鍵を出すと、耳打ちしながら彼に手渡す。

 「早くサモエドを出して!」

 「え?」

 「急いで!」

 彼は踵を返して背後のサモエドへと走る。だが…… 


 「シレーナ」

 横目で、彼の言いたいことを理解した。


 やはり


 同じような格好の男が2人。サモエドの横に駐車していたT型フォードの陰から現れたのだ。笑みを浮かべながら。

 更に駐車場の陰から3人。これで計7人。

 確実に獲物を得た獣の目。


 (ヤバいわね。これは……)


 フォードの陰から出てきた男が聞く。

 「おい、どうしたんだよ?」

 「俺の親切な心を、このカノジョが踏みにじりやがったんだ!」

 ロン毛は、わざとらしく大声で叫んだ。

 「そりゃあ、イケないなあ。慰謝料払ってもらわないとよぉ!」

 大声と笑い声、口笛で威嚇しながら、2人を取り囲んだ男たち。

 その時、貴也が叫んだ。

 「何なんだ君たちは! そもそもお前たちが・・・はぐあっ!」

 フォードから出てきた男の1人が、貴也の肩を掴み、こちらに振り向かせると、鳩尾に鉄拳をかました。

 目を見開き、苦痛に顔をゆがませながら、崩れ落ちる。

 「テメエ、邪魔なんだよ! 口開くな!クソが!」

 「うぐっ!」

 男の怒号と共に、更に蹴りが一発、彼の腹に入る。

 ロン毛が顎をクイッと動かした。

 「そいつ、鍵持ってるだろ。取り上げろ」

 「クへへへ。ヤリ場所探す手間が、省けたぜ!」

 弱っている貴也の手を半ば強引に開き、男はサモエドの鍵を取り上げた。


 (あのロン毛が、このグループのリーダー……)


 平然を装っていたが、突然の襲撃に、貴也のダウン。戦況は不利だった。

 「これで、誰にも邪魔されなくなったな」

 にやけながら尚も近づくロン毛に、シレーナは微笑して話した。

 「元々、それが目的だったんでしょ?チンピラさん」

 笑みを浮かべたシレーナに、ロン毛は笑った。

 「チンピラはどっちかな。あれは、どう見たって不純異性交遊だぜ」

 「えらいわね。そんな難しい言葉、知ってるなんて」

 「黙れや。クソアマ」

 「更に際立つわ。そんな汚い口から、よくぞ難読熟語が出てきた、ってね」

 段々、ロン毛の顔が引きつってきた。漫画的表現なら、顔面ピキピキと言ったところか。

 「この野郎、言わせておけば!」

 「止まりなさい!」


 刹那! ブレザーの内ポケットから、赤い生徒手帳を取り出した。


 「私はガーディアンよ! 手出ししたら、ただじゃ済まないわ!」

 横に開き、周囲に手帳を見せつけながら、抑止力を用いた。

 警察関係者と判れば、退却する。

 恐らく、読者の諸君はそう思っただろう。

 だが、現実は違う。


 「だから?」

 「……」

 「だから、なんだよ。そんなもの、怖くもないぜ」

 ロン毛は、いい加減にしろと言わんばかりに、シレーナの鼻先まで近づき、口を開く。


 「知ってるんだぜ。ガーディアンとポリ公の大きな違い。それは公務執行妨害が適応されないことだ。学校内で教師以上の権力を持たないようにするために、あえて外されているんだよなぁ。だから、手帳をかざしても、ポリ相手みたいに、ヤバいとは思わない。俺たちからすれば、ああ、それだけですか、って話よ」

 「へえ。その様子じゃあ、警察のお世話になったことがあるって感じね」

 「知りたいなら、教えてあげるぜ。今からたっぷりと」

 口の臭いと共に、右手が頬へ首筋へと差し出される。下品な笑いを添えて。


 「じゃあ、私も教えてあげる。この国の刑法における傷害罪には、甲乙丙の3種類があるの。その中で一番重いのは丙種。これはガーディアンが相手に身分を呈示し、制止を促したにも関わらず、相手がガーディアンに暴行を加えた場合のみ発動される。

 そう。一応あるのよ。私たちガーディアンにも公務執行妨害がね」


 「なら、やってみろよ」


 ロン毛の言葉と共に、彼女の背後にいた背の高い男が動いた。

 脇に両腕を回し、羽交い絞めにすると、彼女の体をゆっくりと持ち上げた。

 革靴がアスファルトから離れていく。


 「シレーナ!」

 「黙れ!」

 貴也が声を上げるも、傍の男が彼の腹を蹴りあげる。

 ぐぐもった声と共にうずくまり動かなくなった。


 「こいつ、気ぃ失っちまったぜ」

 「だっせー男!」

 一方、持ち上げられたシレーナは手足をばたつかせ、抵抗を見せる。それが男たちを一層盛り上げた。

 ロン毛が指示を出す。

 「お前ら、先に食っちまえ」

 「いいんすか?」と他の男

 「俺は後で、じっくりと味わうからいいんだ。女ってのはな、やられた後が一番うまいんだ」

 「うっわー。相変わらずリーダーは変態っすねー」

 「じっくり味わえ、お前ら。なんたって、俺の心の傷の慰謝料なんだからな」

 ロン毛が後ろに下がると、男たちが奇声と口笛を上げながら群がってくる。

 「先ずは眼鏡取っちまおうぜ」

 「同感。おい、降ろせ」

 羽交い絞めにしていた男が、シレーナを降ろし始めた。既に、彼女の抵抗は消えていた。


 誰もが、絶望に打ちひしがれている。思い通りの人形を手に入れた。そう思っていた。


 ひとたび、地上に下ろされると、男の1人がシレーナからオーバルフレームの眼鏡をふんだくると、背後へと投げ飛ばす。

 青い裸眼が、男たちの前に晒された。


 「いいじゃねーか」

 「よく言われるだろ。メガネしていない方が可愛いって」

 「大丈夫さ。俺たちが可愛い女にしてやるよ」


 更に男たちは、その手をシレーナのスカートに伸ばす。

 「こいつも、邪魔だな」

 ベルトが外され、チャックが降ろされると、紺色のスカートがはらりと落ち、綺麗な脚と、薄桃色の下着が下衆な獣の前につるし上げられる。

 再び彼女の体が持ち上げられたのだから、その通りだ。

 視線がそこへ集中する様は、まるで、おあずけをされた犬のよう。

 先ずは俺だといわんばかりに、耳にピアスをした小太り男がシレーナの前に。

 欲望に忠実な彼は、その右手を伸ばし、、下着の上をまさぐり始める。


 「へ、へへへ。君は前か後ろか。どっちがお好みかなぁ?」


 唇を舐めずり、下半身を見続ける男。このまま次は口が出んとする、そんな状況。


 「あの……その前に、言いたいことがあるんですけど……いい、でしょうか?」

 弱弱しく、敬語で質問するシレーナに、男は彼女を見上げた。


 「な、なんだい?」

 ニコッと笑ったシレーナ。

 次の瞬間、男は何が起きたか理解できなかった。否、理解する時間すら与えられない。

 気づけば顎に衝撃が走り、後方へ吹き飛ばされていた。



 「気持ち悪い手で触るな。童貞」



 先ほどとは正反対。

 その声に温もりはなく。笑顔は消え、能面のような表情に。

 シレーナは男の顎に、強烈な膝蹴りを決めていたのだ。

 「な、なんだ。この女は!」

 突然の出来事に、周囲はざわめく。

 体格差のあるはずの出来事。華奢な少女の蹴りが、彼を吹き飛ばした!?

 「お前も、いい加減離せよ」

 今度は右手の袖を軽く動かす。


 パァン!


 「ああああああああああっ!」

 背の高い男が右耳を抑えながら、倒れこんだ。

 コンクリートに響く、乾いた音。

 「耳がぁ! 俺の耳がぁっ!」

 倒れた人影を背後に、紺のブレザーをなびかせる少女。その右袖から伸びていたのは。

 「デ、デリンジャー!」

 スリーブガン。これを耳元で発射され、男の鼓膜が破裂したのだ!


 デリンジャー・スタンダードM622LR。

 右手にすっぽりと収まっているそれを見て、ロン毛は狼狽した。

 そう、あり得ないのだ。ガーディアンが実銃を携帯することなど…。


 「お、お前、何者だァ!」

 追い込まれた特撮の悪キャラみたいな言葉を、足を震わせたロン毛が放った。


 「さっきも説明したじゃないか。ガーディアン。お前らの言う“ポリ公”のお仲間だよ」


 そこにさっきまでのシレーナの影はなかった。放つ言葉全てが粗暴。


 「う、ウソつけ! ガーディアンがデリンジャーなんか持つかよ!」

 口元が一瞬緩んだ。

 「もう一発試すか?」


 微笑したシレーナ。相手の答えを待たず、彼に向け発砲。

 弾は、ロン毛のこめかみを掠めた。

 「ひい! ……ほ、本物!?」

 「やっぱり、馬鹿だろ。そうか。馬鹿じゃないと、こんなことしないもんな」


 微笑。いや、狂気を帯びた嘲笑と言った方がいいだろう。

 男6人が束になっても、その足が後退を始めていた。

 「な、なめやがって! もう、その銃には弾は残っていないはずだ!

  やれぇーっ! この女を血だるまにするんだー!」

 ロン毛の叫びに、男たちはシレーナを取り囲んだ。

 「そうかい……じゃあ!」


 刹那、右手に固定したスリープガンを外し、サモエドの方へと投げた。

 びくついた男の上を飛び越え、デリンジャーは車の下へ。倒れた貴也の体がクッションとなって、デリケートな拳銃を受けとめる。

 コンクリートとアスファルト、鉄柵に囲まれた世界。紺のブレザーと赤いネクタイ、下着という、更衣室ぐらいでしか到底しないであろう格好で、彼女は殺気立つ男たちの前に立った。


 「私が何者か、知りたがっていたわね?」

 言葉に答えず、男たちは身構える。

 セルリアン・ブルーの瞳が、全てを見回し把握した時、全ては彼女の口から吐き出された。


 「知りたいなら、教えてあげるぜ。今からたっぷりとね」


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