表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
125/129

71 「ナイトメア― シレーナの正体―」


 PM10:17

 16号埠頭


 

 「どうなってるんだ、これは!」


 愛車、グリーンのウィーズマンを降りたアナスタシアは、炎の柱に向かって走り出した。

 運河に架かる橋は封鎖され、道路に整列した消防車から、ホースが伸びている。

 エマの流れ弾と、それに伴う火災は激しさを増し、既に1区画分の建造物を灰と化していた。


 「タカヤ! ハフシ!」

 彼女は現場に見慣れた2人を見つけ、話しかける。

 「他の連中は?」

 ハフシが答える。

 「消火作業と情報の収集に奔走しています。このままでは、報道管制が自然消滅するのも時間の問題でしょう。

  先ほど、中央区のガーディアン合同庁舎より連絡があり、グランツ・ウィーク所有の報道ヘリが離陸体勢に入ったとのことです」

 「チッ。何かにつけて“報道の自由”なんざ抜かす輩が…で、シレーナは?」


 次に貴也が

 「ジョナサンを追いかけて――」

 「というと、奴はまだ、この埠頭に?」

 「ええ。横転した救急車に乗ったままとは考えにくいですね。現にエマも出てきていますし」

 「彼女の方は?」

 彼は口をつぐんだが、すぐに

 「シレーナが。遺体は炎の中です…」

 

 そう言って、貴也とアナスタシアは燃え盛る炎の方を見た。

 道路脇の街路樹や車は、輪郭となり紅蓮の中に黒く浮かび上がっている。


 「アナスタシアさん」

 

 貴也は彼女の名を呼んだ。

 本人は彼の方を向いたが、呼んだ方はまだ、炎に目を奪われている。

 眉間にしわを寄せて。


 「どうしたんだ?」

 「さっき…」

 

 これを言うべきか。

 貴也は迷った。詮索は嫌悪をもたらすだけだという事は、重々承知。

 それでも――


 「さっき、死ぬ間際のエマに向けて、シレーナは言ってたんです。“自分には、子宮がない。お前に嫉妬してる”って」

 「タカヤ!」とハフシが制止のために名を叫ぶ。


 「本当の話なんですか?」

 

 アナスタシアもまた、口をつぐんだ。

 でも――


 「事実だ」

 「事実…それは、病気で? それとも事故?」

 「後者さ。正確には事件と言った方が正しいかな。あの子はかつて受けた暴行が原因で、身体の至る個所に激しい損傷を受けたんだ。子宮もその1つだった。

  緊急手術で子宮を取り除いた今、シレーナに母性なんてものはない。愛情だとか、敬愛なんてものは彼女には無縁の存在。

  そう結論が出ていたが、まさか、エマに嫉妬していたとは…」

 「それって、前に言ってた連続殺人や、あの眼とも関係が?」

 「ああ。それが――」


 その時、アナスタシアの電話が鳴った。

 相手の名前を、彼女は受話口に叫んだ。


 「シレーナか!」


 開口一声、シレーナの声。気丈を装っていたが、微かに震える言の葉に、アナスタシアは不気味な何かを実感した。


 「奴が…」

 「どうした、シレーナ」

 「奴の眼に…パラーチがっ!」


 アナスタシアの顔が一瞬で青ざめた。


 「どういうことだ! きちんと説明しろ!」

 「ジョナサンの眼に、ワタシのものと同じ裂け目ができたんだ! それまでと打って変わって敏捷になりながら、奴は闇の中に消えちまった!」 

 「どこにいるのか分からないのか?」

 「今探してるっ!」


 焦燥感にまみれた声は、怒号に変わり、貴也やハフシの耳にまで聞こえる程。


 「シレーナ! お前は、今、どこだ!」

 

 荒い息がするだけで、反応がない。

 

 「こりゃあ、まずいな…」

 呟いたアナスタシアは、ハフシを見た。

 「ハフシ。市警に連絡して、埠頭上空にヘリを飛ばしてくれ。轟音とサーチライトで、地上にいる怪物をあぶりだすんだ!」

 「了解!」


 その状況に、理解が出来ていないのが貴也だった。


 「どういう事ですか! 分かるように説明してください!」

 

 最早、アナスタシアにも躊躇という選択肢を持つ余裕すらなかった。

 彼女は即座に答えた。

 

 「あの眼だよ。君がシレーナに見た、あの傷ついた光彩のことさ」

 「単なる傷じゃないんですね?」



 「―――― パラーチ。


  あの“眼”の存在をしる連中は、そう呼んでる代物さ。

  ある種の特殊能力みたいなものだ。


  “殺人に特化した瞳”…彼女の眼には、相手の人数や急所、武器、行動半径と、そいつがこの後動くルート…そして、自分や相手の銃が描く弾丸の軌道、威力……そんなものが全て視覚的に映し出されているんだ。


  それも、相手や弾丸が同じコースを通る、約5秒前にな。


  こう言えば、分かるか。


  自分の周囲にいる生命体を、確実に抹殺できる“5秒後の世界の姿”が濁流の如く、シレーナの眼や脳に流れ込んでいる、と」



 「そんなバカな!

  じゃあ、シレーナの傷ついた眼は、未来を予測しているってことですか!?」


 「信じられないだろうが、そういうことだ。

  裸眼の彼女の見る世界は、既に定められた“死の運命”であり、人は彼女が視る“世界”から逃れられない。

  更にシレーナは別個に、人を殺すための技術を十二分に習得し保有している上、長年の大量殺人による反動で、人殺しをやめられない」


 「……」


 貴也は言葉を失った。



 「人を殺す技術と、人殺しに特化した最強の瞳。

  2つの強大な力を支える殺人願望。


  それが都市伝説となった処刑者シレーナ・コルデー……コードネーム“スマイル”を構成する真の姿であり、我々警察と教科省が動かす、殺人許可システムの根幹だ」



 「そんな…あの子が……殺人マシーンだなんて…」


 「君が彼女の手から生還したのが、どれだけの幸運か、理解できただろう。サホガワタカヤ」


 「これは…夢なのか?」


 アナスタシアは首を振った。



 「いいや。これは現実だよ。もし夢ならば、それは…醒めることのない悪夢(ナイトメア)


 「……」


 「ようこそ。こちら側の世界へ」

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ