69 「子宮」
ハフシのアイアン・ナース、エルのパッカードが到着した時、狭い路上をレッドキャップの車体が塞ぎ、仁王立ちする彼女の視界の先には、横転した救急車がいた。
フロントは左半分がメチャクチャに破壊され、ヘッドライトは死んでいたものの、LEDの赤色灯だけは輝き続けていた。
「シレーナ!」
貴也は車から飛び降りると、叫びながら彼女の元へかけようとしたが――
「来るな!」
「!!」
彼女が見に纏っているものには覚えがある。
以前、トークンモールで見た“それ”と同じ。
「まだ終わってない」
「終わってないって…あれだけ大破してりゃ――」
「死んでない。分かるんだ。ワタシと同じ匂いが、壊れた箱から臭ってくる」
「まさか…」
刹那!
轟く衝撃音と熱波!
横転した救急車が爆発し、夜空を煌々と照らす!
全員の目は、そこに釘付け。
「!!」
シレーナの身体が、何かを感じ取った。
左斜め。違法駐車の2トントラックの影!
足が動いた!
その左手は、スクロールしながら照準を定めた!
共鳴する銃声! 交差する銃弾!
全てが終わった時、舞台に現れたのはガソリンタンクを撃ち抜かれたワゴン車と、腹部を撃ち抜かれた少女。
群青の瞳は、トラックの影から出てきた彼女を、無表情で出迎えた。
「どう…して…」
「これが、ワタシの仕事だから…」
「仕事…まさか…アンタが……スマイル…」
そう言葉を残すと、エマは倒れ小刻みに震える。
寒さに怯える子供のように。
「怯えなくていい…少し早く、アンタの“夕暮れ”が来ただけ…」
「そ…んな…」
「いつもなら、一発で仕留めるんだがな。元凶たる子宮を撃ち抜いといた。
アンタの事情に、同情はないと言えば、それは完全に嘘になるし、どちらかと言えば嫉妬に似た感情なんだろう。
“ワタシ”も、アンタと同じように弄ばれた。だから、ワタシには子宮がない。
アンタの姿が悲しく、うらやましかった」
「お…とうと…く……」
エマの幼い体が、静かに動きを止めた。
目からこぼれる涙が、熱されたアスファルトに零れ落ちる頃、シレーナは亡骸に語りかける。
「綺麗な体で旅立ちなさい。そして…もう、目覚めないように…」
ゆっくりとエマから離れる頃、死んだ本人の銃弾によって垂れ流されたガソリンに、救急車の炎が引火。
路肩に駐車された車が次々と火だるまになっていく。
街路樹にも燃え広がり、街区にまで延焼するのは時間の問題。
遠くから、消防車のサイレンが。
全てが終わった。
シレーナはゆっくりと、貴也の方へと歩みを向ける。
幸か不幸か、彼女の処刑を見ていたのは、貴也だけ。
「行ってくる」
そう、吐き捨てて。
「どこに行くんだ!」
「決まってるだろ? 本命を撃ち抜くのさ。ワタシ達の本来の標的はジョナサンだ」
貴也の肩を透かし、亜麻色の髪がすうっと行き違う。
歩み出したシレーナに、彼は振り返りながら叫んで呼び止める。
「シレーナ! さっきのは…」
「タカヤ。先に言っておく。多分、今までワタシに関する昔話をいくつか聞いてると思うが…」
「ああ」
「全て、本当の話だ。過不足も妄想もない真実だ」
「……」
「同情すると言うなら、それは胸に仕舞ってすぐに引き裂け。幻滅すると言うなら、黙ってここから立ち去りなさい。
話は以上だ」
「シレーナ!」
彼は再度、彼女を呼び止めた。
眉をしかめ、真剣な表情で。
「命を…粗末にするなよ」
「……」
「俺は、君がこっち側に立っているって、信じてるから!」
その言葉を背中で受け取ったのか否かは分からない。
無言で、M班の車が集結するヘッドライトの林へと消えていった。
背後で燃え広がる炎。
言葉の意味を理解する時間はなく、エルの怒号で貴也は現実へと引き戻されるのだった。




