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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
122/129

68 「2人の別れ」

 ◆


 PM9:59

 16号埠頭


挿絵(By みてみん)

 

 

 光り輝く吊り橋「ヴォワ・ラクテ」を臨む港湾地区。

 その足元は、光はない。

 あるのは窓のない建物に、山もりの土砂、眠った大型特殊車両。

  

 グランツ港16号埠頭。この商業埠頭エリアは、中央卸売市場がある14号埠頭に近い立地の関係上、食品関係の卸問屋や倉庫が林立する場所である。

 偶然か悪戯か。ここに逃亡中のジョナサンとエマが迷い込んだ。

 高速を出てから、市警によって厳重に造られた進路を、従順に守りながら救急車は、埠頭と市街を隔てる運河に架かる橋を越える。


 「フェリーポートまでもうすぐだね。弟君」

 架台なき後部席で、安堵の笑顔を振りまくエマを、ジョナサンは

 「ああ、そうだね。エマ姉」

 ルームミラー越しに、確認する。 

 楽観した言葉をかけたが、彼はそう感じてはいない。


 何かがおかしい。


 猜疑心はあるが、それが具体的に何かを得られないまま、救急車は暗い夜道を走り続けていた。

 

 何かがおかしい。


 何かがおかしい。


 否。


 何か来る!



 「!!」


 突然、前方にまばゆい光。

 両脇に駐停車されたトラックの影から、そいつは現れた。

 ワインレッドのケンメリスカイライン。

 急速にスピードを上げた轍は、救急車と正面衝突するコースを取った。


 「この感触…ああ…あいつか…」

 光源を直視するジョナサン。

 にやりと唇を綻ばせた。

 「弟君!」

 「間違いないぜ。アイツは、あの時の女だ!」

 

 そう。水瓶市場で姉に刃を向けた、あの女…。


 ジョナサンもアクセルを踏み込み、相手も加速。

 同じタイミングで、前照灯を上に。

 止まる気配など、微塵もない。

 

 「上等だぜ。イカせてやるよ!」


 右足に架かる力が、より一層強まり、吐き出される欲望をエンジンが奏でる。

 既に目は爛々と輝き、口からは涎がしみだしている。

 互いの視界が重なるように、車両は正面衝突不可避の状況。


 チキンレース。


 どっちかが怖気づけば敗北。つまり――大惨事。


 エンジンの唸りが強くなる。

 ライトの照り返しがきつくなる。

 鼓動が激しくなる。

 思考が――。


 迫る、迫る、迫る――。

 

 気づけば視界がホワイトアウト。

 

 「うわっ!」


 正気に戻った彼は、クイッとハンドルを左に切り、突っ込んでくるケンメリを間一髪で交わした。

 相手もまた然り。左にハンドルを切って回避行動。

 そのままサイドミラーの中へと、小さくテールライトを灯しながら消えていく。


 「なんてやつだ…ゼロ距離まで迫っても回避するどころか、速度すら落とさないなんて…」


 だが、この時、ジョナサンは自分がチキンレースの敗者であることに、まだ気づいていない。

 コンマ数秒前ではあるが…。

 

 「弟君!」


 エマが叫んだ時には、既に同時。

 鈍い衝撃が、2人の体を包んだ。

 身体が宙に浮いた、というのが彼らが覚えていた最後の感覚。


 気が付いた時には、車内の明かりが消え、載せていた救命機材は散乱。窓ガラスは粉砕し、変な匂いの液体がアスファルトを伝っていた。

 何故、アスファルトの液体まで表現…というより、連記出来たのか。

 ジョナサンの― つまり運転席右側が壁に替わっていたからだ。


 鈍感でも理解できる。

 横転したのだ。


 実は左にハンドルを切ったジョナサンは、救急車が路肩に寄ってしまったことに気付けなかった。

 そこには、路上に駐車というより放置された、トレーラーの荷台。

 左側面をトレーラーの角にぶつけた救急車は、その反動で弾き飛ばされ、反対側の路肩に停まる乗用車に激突。それでもパワーは収まらず、道路上を回転し沈黙した。


 シートベルトを外し、ジョナサンが後部席を見た。

 鈍い共鳴を続ける脳内と格闘しながら。

 エマも生きてた。頭から血を流していたが。


 「エマ姉!」

 「弟…くん…」

 「よかった。生きてるよ」

 

 声をうわずらせて、喜び、嬉しさを彼女に伝える…が。


 「!!」


 ジョナサンはひび割れたフロントガラスから、悪魔の四つ目を見た。

 奴は、目の前にいる!


 「逃げて!」


 エマの言葉に、ジョナサンは首を横に振った。


 「だめだよ! 決めたじゃないか! 2人で一緒に逃げようって。誰にも邪魔されない場所に行くんだって!」

 「2人じゃあ、無理よ。あの女は…いままで出会った、誰とも違う。彼女は狂気しか纏っていないわ!」

 「だったら、逃げればいい。向かっていくことなんてないじゃないか!

  フェリーポートまで、もう少し。船に乗ってしまえば――!」


 すると、エマはジョナサンをぎゅっと抱きしめた。

 温かい感触が心の中まで染み渡る。


 「エマ姉…」

 「大丈夫。私はお腹にいた子供を殺しただけ。逮捕されても罪は軽いわ。でも…でも、弟君は違う。つかまったら、確実に死刑だもん」

 「……」

 「だから、待ってて。私が弟君に追いつくまで」

 「…エマ姉」


 一瞬の抱擁。それが2人には永久に感じた。

 しばらく会えない悲しさを、押し殺して。


 「さあ! 早く!」


 エマに引き離されたジョナサンは、子離れするライオンのように、未練がましく振り返りながら後部ドアを破って外へと出た。

 夜の街灯のない道路を、ただひたすら走って。


 その姿を消えるまで見送るエマの眼には涙。

 トカレフを握りながら、否、抱きしめながら彼女は呟いた。

 それは同時に、自分に、そして去っていった愛する人に向けての言葉だったのかもしれない。


 「さようなら。私の愛した人……たった1人の弟」


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