66 「男達のドライブ」
「おい。“俺たち”って、俺込みかよ」
アイアンナースのテールランプと赤色灯が遠ざかったのを確認すると、今度はエルが、イエローフラッグから嫌味。
――黙れ。こないだの事故で、お前たちを潰せると思ったのが、このざまだ。
警官の姿をしてるなら、警官らしく“正義”ってやつで、借金を返すんだな。
やれやれ。
そう言わんと、エルは首を横に振った。
前を並走する1号車とベンツを見ながら
「で、どうすればいい?」
――この先に、路側帯がある。大型自動車の駐車用だから、スペースは大きいし長さもある。
「そこに、コイツラをねじ込むわけか」
――いや。成功すれば御の字だが、リスクが大きすぎる。
ベンツ2台を前後で挟み込みながら進路を塞ぎ、降りてきたところを銃で仕留める。
成程、と納得する貴也だったが、エルは
「おいおい。それこそ、リスクがありすぎるだろ。
それに、相手はマシンガンをぶっ放してるんだぜ。俺たちの装備は、せいぜいハンドガン。このイエローフラッグにはライフルが積んであるが、そんなもん、接近戦じゃあ役に立たない。
どうするね? 俺たち全員、殉職コースまっしぐらじゃん?」
――仕方ない。市警もハイウェイの封鎖で混乱しているから、応援は望み薄だからね。
「仕方ないって…それが市内で最高の頭脳が集まるユニットの言う言葉かよ! もっと、こう…あるだろ!」
その時
――誰が望み薄だって?
唐突に割り込む無線。
その声にエル、貴也だけでなくライリーも後ろに目を向けた。
バックミラー、アクタ本校2号車の後ろから、丸型のヘッドライトが近づいてくる。
それは「クリスティーン」の再来か。
まるで戦艦のような重厚と轟々さ。
――あの車は…まさか、ミスター・デボネア!
「ゴードン・イナミか」
「あの人が!?」
ゴードン・イナミの操る初代三菱 デボネアが追走。
その背後からは、ラオの愛車、ラクスジェン U7ターボ“玄武”が。
――俺たちが応援になる。不服か?
「まさか。それに、相手は2台。物量で押しつぶしには、持って来いですし、何より“玄武”がいる」
確かに、こちらは5台で相手は2台。取り囲めば勝算はある。
その上、ラオのラクスジェンには、サブマシンガンやショットガンなど、通常なら教育科学省に使用許可を求めて初めて使用できる、特殊なガーディアン用銃火器が常時搭載されている。
これなら相手を制圧することも可能だ。
ライリーは指示を出した。
――ようし。路側帯まで時間がない。1号車とパッカード、デボネアで前を取り、2号車とラクスジェンで後ろを取る。
「あいよ。1つ聞いていいか?」
――なんだ?
「俺のパッカードが傷ついたら、その慰謝料は誰が出してくれるんだ?」
――それくらい自分で払え。ビンテージをパトカーにしてるお前が悪い。
「随分な言い方だな。理事長に掛け合って、寄付金とか回せないのかい?」
「完全にたかりじゃないっすか! それ!」
貴也の言うとおり
――無駄口叩く暇があったら、ちゃんと運転しろ。道交法違反でしょっ引くぞ。
「オーライ…お言葉通りに」
無線を置き、エルはギアを切り替える。
ライリーの運転する1号車がベンツの前を取り、そこに並走する形でビンテージカーが並ぶ。その後ろにデボネアがピタリ。
背後も同様。2号車とラクスジェンが2車線を塞ぐ。
頭上を路側帯を知らせる。
周囲に一般車はいない――!
――今だっ!
ライリーが叫ぶ!
互いがブレーキを踏みこみ、車体を大きく揺らして高速道路を塞ぐ。
後方も同様に。
頑丈なベンツ2台は、路側帯で大きく囲まれた牢屋に捕らえられた。咄嗟のことに、後続のベンツは中央分離帯に激突し停止した。
「止まり…ましたね」
「ああ」
これですべて終わり。
だが!
「うわあっ!」
乗っていた男たちが、車を盾にして、こちらへ向けて銃を乱射してくる。
防弾装甲と言えど、途切れない衝撃に貴也は頭を抱え身を伏せる。
「心配性なのはいい事だがな、タカヤ。心配し過ぎると寿命縮むぜ?」
「もう縮んでますよ! どうなってるんですか、警察に向けて銃を乱射するだなんて…もう、正気の沙汰とは思えない」
「だろうな。
最早、ヤケにも似た感じなんだろうぜ。どう転んでも、自分たちはパクられる。その前に、組織に対して“仁義”ってやつを見せてるんだろうな。帰っても、そこに何もない主と城、男を自負する自分たちに対する、それをな」
「はあ…よく、分からないですけど」
――その方がいい。全てを理解してしまった人間は、暗闇に落ちるしかないんだからな。
銃撃戦の中で、ラオが無線で続ける。
――エル、君はハフシ達を追え。そろそろ、スマイルがセメテリーポイントを選定する頃だろ。地井がいない今、彼女が暴走した時に止められるのは、ハフシか君しかいない。
「そうだが、お前はいいのか。
足は洗ってるが、それでも元台南派の関係者だろ。香港と一戦交えたら、厄介なことになるんじゃないのか?」
「心配ない」
エルの横で声がするや否や、ベンツの向こうで男が一人うずくまって倒れた。
貴也と共に、声の方を向くと、男が一人片手で銃を構える。
イナミの持つD&D ブレン・テンがナトリウムランプの下で煌めく。
「君達は、君達の仕事をしろ。“荒野のガンマン”は俺たちで演じる…彼女を頼んだぞ」
「分かりました!」
急発進で、その先へと走り去るイエローフラッグ。
道路は相変わらず1号車とデボネアが塞ぎ、ライリーが1号車の影で反撃のチャンスをうかがっていた。
◆
「さて、次はどうするね? ライリー君」
テールランプを見送り、愛銃、SIG ザウエルP226のセーフティーを解除したライリーへと、イナミは首を向ける。
「撃つしかないですよ。それ以外に方法はありません」
「いい言葉だ。時に頭脳ってやつは、物事を鈍らせるお荷物になるからな……銃は問題ないか?」
「メンテはぬかりなく」
「そうかい…ラオ!」
耳のイヤホンマイクへ声をかける。
「そっちの状況はどうだ?」
――2号車の乗員1人が被弾しましたが、大した怪我じゃありません。これから攻撃に移りますよ。
「ってことは、ディフェンスは2人だな?」
――はい。
「そっちのベンツには何人いる?」
――4人。
「獲物は?」
――自動拳銃。それとUZIですかね。サブマシンガン。5丁といったところですか。
「で、君の獲物は?」
――CZ スコーピオンEV03。さっき、後部座席ひっくり返して、出してきました。
「おやおや。ガーディアンモデルの新型じゃないか…いい、的になりそうだねぇ」
そう言った彼の口元は歪み、目は夜霧のように暗く、その奥にあるものすら捉えられない。
愛車、デボネアを盾に、そして撃たれる恐怖すら麻痺したように、彼は仁王立ち。
空いていた左手を、背後に回して全ては整う。
両手にブレン・テンを握りながら、奴は楽しそうにスタートの号令をかける!
「アクタのお偉いさんからの伝言だ。撃って、撃って、うちまくれえぇぇっ!」
高速道路に最早出口はない――。




