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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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65 「招かれざるベンツ」


 その頃、グランツシティをぐるりと回る新都市高速グランツ線では、アイアンナースがアラヤド区に向かって走っていたが、その後方でも、警察関係車両が1台、青いシングルランプを点灯させて、緑色の旧式のセダンが走っていた。

 市警捜査官、ゴードン・イナミ警視の乗る三菱 デボネアである。


 彼もまた、ガーディアンと共に救急車をめがけて、2車線の典型的な都市型高速道路を疾走している訳なのだが――。

 不意に、無線が入る。

 

 ――ミスター・イナミ! 応答を!

 「イナミだ」


 相手は部下のダレル刑事。

 

 ――組対から緊急連絡です。龍梅貿易公司が動きました!

 「というと、獄龍会が何らかの指示を出したということか?」

 ――はい。突然、会社の地下駐車場から車両数台が飛び出したとのことです。

   監視していた捜査官が覆面車をぶつけて、進行を阻止しましたが、2台が制止を振り切って逃走。新都市高速グランツ線、朱天ジャンクション周辺で消息を絶ちました。

 

 最悪の事態が、イナミの脳内をよぎった。

 ジョナサンとエマが持っている銃は、元はチャイニーズマフィアである獄龍会が仕入れた商品。

 2人が逮捕され、銃の出所が公になれば、獄龍会にも捜査の手が及ぶ。

 そうでなくても獄龍会には、傘下の暴走族“蛇華”の頭目が手を染めた、軍用拳銃密売未遂事件によって目を付けられた上に、蛇華の構成員もほとんどが逮捕され、最早、強靭な勢力は風前の灯。

 なんとしても、警察が2人を逮捕する前に、その口を封じたいと言うのが、組織の考えなのだろう。


 「連中は、犯人を殺す気か」

 ――組対は、そう睨んでいますね。最も、彼らはボスと行きつけのレストランにしゃれこもうとしただけと言ってますがね。

 「オマワリが目の前にいる状況だ。救急車を事故らせ、その混乱に乗じて2人を消す算段なんだろう。逃げた車の車種と色は?」

 ――セダンタイプのメルセデスで、色はシルバー。ナンバーは不明ですが、2台とも前面部に破損があるとのことです。

 「わかった。

  とにかく、今の情報をM班の子らにも共有させてくれ。俺は何とか、問題の救急車を見つけて追いかける!」

 ――了解。


 通信を終えたイナミは、夜の闇が降りきったハイスピード・ミルキーウェイに、横目を送り始めた。

 いくら古今東西の車が入りまじる国内、と言えども、シルバーのメルセデスなどごまんと走ってる。

 どの車が、マフィア入りか。

 まさしく、誰がいったかロシアンルーレット。


 「スマイル…奴はまだか!」


 ◆


 一方、同じミルキーウェイの反対側では、最新鋭の救急車と旧式のパッカードの追いかけっこが展開されていた。

 時速100キロ近いスピードで北上しながら、尚も一般車を追い抜いて行く。

 片側2車線。典型的な都市部の高速道路。

 赤色灯を光らせた救急車両を、サイレンを鳴らした警察車両が追いまわすのは、まさしく奇奇怪怪な風景だ。

 

 「救急車はグルナ区に入りました!」

 貴也が無線で叫ぶ横、エルは呟く。

 「もうすぐ、ノース・ランプだ。グランツ線とコメット線の分岐点…どっちに行くかで、対応が変わるぞ」

 その時だった!


 ――じゃあ、ボクにまかせなさい!


 瞬間、インター合流から姿を現したのは白に青のラインが入ったハマーH2。

 アイアン・ナース!

 いかつい救急車もどき ―語弊はないはずだ―は、その巨体を同業者の元へと強引に持って行こうとするが、間一髪でかわされ、その後ろを追いかける形で、チェイスに加わった。

 

 「ハフシのやつ、キレてるな」

 とエルは言いながら、イエローフラッグのアクセルを少し緩め、見せ場を相手に譲った。

 「仕方ないですよ。地井を殺されそうになったんですから」

 と言う貴也に

 「それもそうだろうが、根幹は違うな」

 「根幹ですか?」

 「犯人は無関係な大勢を殺してる上に、今度は救急車を奪って逃げてる。M班のメンバーの中でも、人の命ってやつに重きを置いてるハフシにとって、自分の尊ぶものを簡単に踏みにじっていく2人に我慢ができないんだろう」

 「まるで、シレーナと正反対ですね」

 「いや、あの子もあの子で、命とか心ってやつを尊んではいるんだ。簡単に探ることができないだけでね。シレーナは他人の価値観とか、座右の銘なんかに感化されるより、自分の経験則で導いた心得というか宗教というか…そう言ったもんで動いてるからね」


 貴也には思い当たることはあった。

 以前、列車内通り魔リッカー53を処刑するときに、彼女は「被害者が受ける痛みに比べれば、死ぬ時の苦痛は優しい」と言っていたし、何より命を軽視して仕事したいのなら、警察官にならず、カラーギャングとかマフィアの端くれになればいい。彼女の実力なら、“テッペン”を取ることは難しい事じゃない。

 そう考えれば、シレーナは単純な“人殺し”ではないのかもしれないが…現実、貴也はシレーナが人を殺す場面を一回しか見たことがない。

 

 簡単に答えを出せない。けれど、何故かシレーナの事が分かってしまう。分かってる気がするのだ――。


 ◆


 道路は緩やかな勾配を経て、地下に潜った。

 かつて市内を流れていた河川を埋め立て、そこに地下空間を連結させたエリアだ。

 住宅街が続くグルナ区と北区南部に配慮した造り。

 仄かに黄色いナトリウムランプが光る空間で、互いの白い体が緊張を纏いながら走り抜ける。


 ハマーの車内から、ハフシとサンドラが目を光らせて車内を覗くが、全ての窓にカーテンが閉められ、容易には分からない。


 「チクショウ。中が見えない」

 「でも、運転してるのはジョナサンで間違いないッス。さっき合流で見ましたから」

 「問題なのはねサンドラ、連中の武器さ。彼女は拳銃だけじゃない、人間さえ武器に使うんだ」


 サンドラは横目でハフシを見た。

 2台は地上、高架道路へと戻り、ノース・ランプに差し掛かる。頭上を行先を示す標識が潜り抜けた。

 救急車は右。ループを走り続けることを選んだ!


 アイアンアースも、同じく右へ。

 しかし、ハフシはブレーキを踏むことなく、右カーブを曲がっていく。

 大きな遠心力に、2人の華奢な体が持って行かれ、前方の救急車に追いつかんとする勢い。


 「先輩、スピードを! でないと、彼らが――!」

 「もう遅い!」 

 「えっ!?」

 突然にハフシが怒鳴った。

 「まだ…まだ人を殺していなかったら、ボクは彼女を…彼女だけでも赦せただろう。皆が言う“同情”とか“道徳”ってやつで。

  確かに、エマの半生はひどすぎた。

  でも、それは人を殺していい理由にはならないし、まして、好きな人のためにと言うのなら論外だ。

  シレーナがそうであるように、ボクの中の一線を越えた時点で、ボクはもう、彼女を赦すことはできなくなった。

  だから…だから…シレーナが手をかける前にっ!」


 刹那!


 「うわっ!」

 「なんなんッスか?」

 

 車内に響く衝撃音。

 銃弾が当たったと言うのは、経験から理解できた。

 でも誰が?

 ハフシはルームミラーをいじり、背後を確認する。


 黄色いパッカードの背後に、ギラリと光る複数のライト。

 シルバーのメルセデスベンツ C250。ナンバーはカバーがかけられて、故意に隠されている。

 ハフシは無線を引っ張った。


 「エルっ!」

 ――ああ。イナミが言ってた、獄龍会の車で間違いなさそうだ。3台はいるぞ…2台じゃなかったのか。

 「報復か」

 ――マフィアが、たった2人のガキにメンツを潰されたんだ。黙っちゃいないだろうよ。

 「でも、彼は知ってるのかな? ボク達の車が完全防弾装備ってことに」

 ――それは、向こうも同じだ。ベンツのSクラスは、各国のマフィア共通の“移動要塞― 駆逐艦”だ。連中も、拳銃で応戦できるような車じゃない可能性は高いぜ。

 「じゃあ、どうすればいい?」

 

 その間にも


 ――うわああっ!

 「エル!」

 ――おもいっきし掘って(・・・)きやがった! 警察だろうと、獲物を狩るためなら容赦ないってか!

 「気をつけて!」


 だが、彼女が再度ミラーを見た時

 「えっ!?」

 ベンツが1台、アイアンナースの背後に迫っていた。

 「サンドラ、撃てるか?」

 「やってみるッス!」

 助手席側の窓を開け、赤毛の少女はレッグホルスターから愛銃を引き抜く。


 S&W M642。

 撃鉄をフレームで隠したこの小型リボルバーは、制服に引っかかりにくく、扱いが容易と言う理由で、多くの学生捜査官が愛用している定番の拳銃だ。

 特にロングスカートの制服を採用する聖トラファルガー医大付属では、女子の学生捜査官のほとんどが、この銃を装備している。


 高速で走る車から、身体や頭を乗り出すことはできない。

 黒く光るそれを、ハフシは窓から突きだし、横向きにすると目視とサイドミラーで照準を合わせ発射!

 銃弾は、ベンツのタイヤに命中したが――

 「パンクしないッス!」

 「クソッ! 防弾タイヤか…撃ち続けろ!」

 「でも、弾が!」

 「ダッシュボードに 38口径のスピードローターが入ってる!」

 「分かりました!」


 サンドラは尚も撃ちつづけるが、弾丸はベンツの上を跳ね返りびくともしない。

 5発撃った。

 車は北区を抜け、コデッサ区に入る。

 股の間に空薬莢を排出し、引きだしたダッシュボードから手さぐりでスピードローターを引き出すと、それをシリンダーに装填。

 再度、銃撃を開始する。

 だが、それより早く、且つ圧倒的火力でベンツに乗る連中が撃ってくる。

 サンドラは手を引っ込めるしかない。


 「この音、MAC-10か…軍用車と同等の強度とは言え、マシンガンは癪だ」

 ハフシが珍しく弱音を吐いた。

 

 ――おいおい、天下のM班が何をやってるんだい?

 

 不意に無線から流れてくる声。

 それと共に響く衝撃音。

 見ると、背後で1台、ベンツがクラッシュ。

 現れたのは、シングルランプを光らせる2台のBMW X6。給油口には、数字が書かれている。

 アクタ本校ガーディアンが使用するパトカーだ。


 声の主は学生捜査官、ライリー・ザック・ミラー。


 ――エミリアからの伝言だ。盗み聞きの恨みは返す。これでプラマイゼロだ。

 「そいつは、本人に言ったらどうなんだい?」とハフシ

 ――吹くじゃないか。こういう筋肉質には頭脳で挑まないとな…トラファルガーは、そのまま奴を追え。俺たちで外野を黙らせる。

 「頼むぜ」


 ハフシはパッシングを送ると加速。

 追いかけようとするベンツを、ライリーが運転する1号車が横から体当たりをかますのだった。


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