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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
113/129

59 「救出!」

 

 挿絵(By みてみん)

 

 PM4:24

 ダーダネスト・バローダ区


 レッドキャップが住宅街の一角に辿りついた時、見慣れた軽自動車を、3台のセダン、そして青いランプを光らせた市警のパトカーが取り囲んでいた。

 その軽自動車、スズキ ハスラー“サモエド”の持ち主こそ、M班準メンバーであり高校生心理学探偵の地井春名。

 彼女は昼前から、連絡が付いていない。

 事務所代わりにしているメイドカフェ スイートクロウにも今朝から顔を出していない。


 まさかとは思っていたが…シレーナは最悪な事態をも覚悟して、運転席を出た。


 「状況は?」

 傍にいたハフシに歩み寄る。

 「車はエンジンは止まってますが、キーは車内に置いたままになってました。恐らく、この車で誰かを追っていたと…」

 「この辺りに、ジョナサンかエマの隠れ家があるってことか」

 「市警も、そう睨んで、ここを中心に半径2キロ圏内に規制線を張り、捜査員数名とが聞き込みを行っています。サンドラたち、トラファルガーの皆も応援に駆け付けてくれています。

  ……無事でいてくれますよね? 先輩」


 断言を求める問いに、シレーナは口を閉ざし、乗り捨てられた車を見る。

 車の右側が、空き地に乗り上げて止まっている様は、どう見ても普通の駐車ではない。


 (チイはどこに…)


 その時、1人の捜査官が有力な情報を送ってきた。

 ここから3ブロック先のアパートの住人の証言だった。

 コンビニのアルバイト店員という若い男は、去年12月から、この辺りでは見かけない顔のカップルを目撃していたというのだ。

 夫婦にしては若すぎて、恋人にしては距離が極端に短すぎる2人。見るからに子供…兄妹のように見えたという。

 そして、そのカップルは勤務先のコンビニから少し離れた建物に、いつも姿を消すのだという。

 念のため、ジョナサンとエマの顔写真を見せると――どんぴしゃり。


 「その建物は?」

 現場を指揮していた、捜査本部の大江警部が電話越しに聞くと、相手は早口に言った。

 ――5丁目にある住宅です。

 「分かった。

  お前たちは、到着次第、2人が中にいるのか確認して待機だ。

  俺たちが着くまで、絶対に動くんじゃないぞ? いいな?」

 ――了解!


 すぐさま、警部の指示で、背広の刑事と警察官数名が、3台のセダンに分乗し、その場を後にする。

 シレーナも、ハフシを横に乗せ、レッドキャップでセダンの後を追うのだった。


 ◆


 挿絵(By みてみん)


 8分後――

 5丁目 


 


 地区の中心地から、南西に外れた場所。

 門や塀の付いた一軒家やアパートが連なる街角に、歩道付きの道路には住人の自家用車が駐車されているのを見ると、この5丁目が、狭い路地が印象的なこの地区の中でも、比較的広々とした場所であることが伺える。


 シレーナらが駆けつけた先。レンガ造りの外観を模した小さな2階建ての一軒家が、そこにあった。

 離れた場所に車を置き、建物を遠景から眺めながら、彼らは集結。

 先ほど連絡を入れた、ゼアミ署刑事課の清水捜査官が話す。


 「不動産業者に確認取れました。302号室にエマとジョナサンが住んでいるとのことです」

 「住み始めたのは?」と大江警部

 「入居したのは昨年の11月25日で、新婚の夫婦だと業者には言っていました」

 「なにか、おかしいとか思わなかったのか?」

 「はい。聞くと確かに、新婚さんにしては若くてぎこちなく、運び込まれた家具も安物ばっかだったと。

  ですが、この家は不動産屋の中でも一番安い賃貸で、転勤族のサラリーマンや学生なんかが借りることも少なくなかったそうで、その時は特に気にはしなかったそうです。

  現に2人は入居時、桜綿杜(サクラメント)から赴任してきた、と話していたらしいので…」


 2人の共通のターゲットが事故死する、丁度一か月前だ。

 シレーナとハフシは思った。


 (この家は愛の巣に擬態したアジトだったのか…)


 ここで、誰の目にもはばかられない。まして、2人に興味を持つ者など誰もいない。

 父親殺害計画を企てていても、誰も気づきはしなかっただろう。

 だが、決死の計画も―こんな言葉は使いたくないが―運命のいたずらで、全てがおしゃか。

 

 「ですが、既にこの家には2人はいないようです」

 「どういう意味だ?」

 「近所の住人の話なんですが、1時間前にジョナサンがエマを引きつれて、ここを出ていったそうなんです。見たこともない真っ赤なスポーツカーで」


 全員は、ここに2人がいた事を確信した。

 ジョナサンが奪ったのも、赤いポルシェ。


 「それから――」

 清水刑事は付け加えた。

 「エマの後を追って、見慣れない少女が1人、家の中に」

 「その少女の姿は!」

 とハフシが迫る。

 「ああ、制服を纏った長い紫色の髪をした少女、東洋系だったとも言ってたよ」


 確信した!


 「チイ!」

 「まさか、あの家に?」

 「間違いありません! ウチの捜査関係者です」

 「なんて事だ…あの中で少女が1人監禁されているとは」


 大江が唸る中、シレーナが口を開いた。


 「オオエ警部、突入しましょう」

 唐突だった。

 その場にいた捜査官、誰しもが難色を示す。

 「だが、殺人鬼のアジトだ。何が起こるか分からない。それに、部下を危険にさらすようなことは、出来ない」

 「しかし、危険なのは人質も同じです」

 「ガーディアンなら、殉職は覚悟の上だろ?」

 「彼女は協力者で、ガーディアンの正式資格は有してません。

  つまりは、一般人と同じ扱いですよ。

  もし、彼女が死ねば警察の失態と取られかねませんが、どうしますか?」


 警察の失態。それは本職の誰しもが恐れるワード。

 大江警部は「分かった」と一言残し、自らのケータイを手に取るのだった。


 ◆


 上の判断は予想通りだった。

 すぐさま、シレーナ、ハフシを先頭に、捜査員がドアを打ち破り住宅内になだれ込んだ。

 H&K USPに装着されたライトが、シレーナの足元を照らす。


 「ハフシ、二階を」

 「分かりました!」


 右手にベレッタ、左手にペンライトを持つハフシが、捜査員2名を引きつれ階段を駆け上がる。

 その背後で、大江が大声で叫ぶ。


 「見つかったか?」

 

 「キッチンにもいません!」

 「リビング、見当たりません!」


 そんな中、シレーナはバスルームへと足を運んだ。

 微かに、水の音がしたからだ。

 浴槽とトイレがセットになった典型的なユニットバス。


 見ると、足元は完全に水浸し。

 浴槽の外側にはみ出したカーテンの隙間から、タプタプと水が注がれているではないか。

 まさか…

 最悪な光景が一瞬、シレーナの脳内をよぎった。

 目をつぶり深呼吸、思いっ切りカーテンを開くと――!!


 浴槽に沈んでいたのは紫紺の少女…ではなく、溢れんばかりの用紙と電子機器だった。

 文字や図式が書いてあったであろう紙は、完全にふやけてしまい、スマートフォンやパソコンは、モニターやHDDに穴を開け更に水没させていた。

 

 (沈んでるスマートフォンは2台。ジョナサンとエマのものに間違いはないな。GPSによる追跡も、これで出来なくなったわね…ん?)


 その中で、何かに気づいたシレーナは、透明なクリアファイルを一枚、水の中から引き揚げると、それをスマートフォンで撮影。


 「シレーナさん」

 先ほどの清水刑事と大江警部が後ろから声をかける。

 「これは?」

 「あの2人が証拠隠滅を図った痕跡ですよ」

 「児童連続暴行事件の、ですか?」

 「いいえ。両親殺しです。

  この紙面、ロイス邸の間取りと防犯システムが記されています。恐らく彼は、最初から母親と義父を殺すつもりだったんでしょう」

 「全ては計画的だったのか」

 と呟く大江に、シレーナは

 「計画的だったのは親殺しで、児童を殺傷したのは、その代償行為でしょう。

  狙われた児童の家庭は、2人のそれとは対照的に明るく、一切の不和がありませんでしたから。

  それに、ここに浮かんでいる書類のほとんどが、ジョナサンが山中に捨てられた事件の関係資料であることを察すれば…」


 唐突に、シレーナは黙った。


 「どうした?」

 大江が聞くと、シレーナはクリアファイルから、ずぶぬれの紙の塊を引きずり出して、2人に無言で差し出した。

 背を向けたまま話す。


 「そこに書かれている車の断面図は、エマの母親が主有していたのと同型の、フォルクスワーゲン ゴルフのモノです。座席の下に赤い矢印と文字が見えますよね?」

 「ああ」

 辛うじて判読できる文字を読んでみると

 「B…O…M…まさか、爆弾!」

 「浴槽の中に、化学肥料の注文票らしきものが浮かんでいます。計画が最終段階を迎えたところで頓挫してしまった可能性があることを考慮すれば」

 「おいおい、奴らは銃だけでなく爆弾も持っているとでも言うのか!」

 「もしくは、この家に仕掛けられている可能性です。小型自動車一台を軽く吹き飛ばせる爆弾が仕掛けられているとすれば、こんな小さな家は一瞬で吹き飛びますよ」


 その時!


 「シレーナ先輩!」


 ハフシの声だ!

 すぐさま踵を返し、3人は階段を駆け上がった。

 他の捜査員も後を追う。


 2階にある小さな部屋。鍵がかけられていたみたいで、ドアは打ち破られて変形。

 そこに置かれた一脚の椅子に、地井は縛り付けられていた。

 額から血が流れ制服を汚し、口にはタオルで猿轡をされぐったりしている。


 「ハフシ!」

 シレーナが部屋に飛び込み、彼女の状態を確認する。

 その横で膝をついているハフシが、荒い息を押さえて状況を説明した。


 「大丈夫。気絶しているだけみたいだ」 

 「頭の方は?」

 「鈍器で数回殴られたみたいだから、安心はできないよ。すぐ病院に運ばないと」


 ハフシはすぐにサンドラに連絡、アイアンナースを持ってくるように無線で叫んだ。

 それを聞いて大江は部下に、無線で状況を本部に知らせるよう指示を出す。

 他の捜査員も、ハフシの指示で縛られていたロープを解き、慎重に彼女を横たわらせる…が!


 「何の音?」

 不意に彼女の耳に届いた、規則正しい音。

 時計…否、それ以外に、こんな音を出すものはない。

 聞こえてくるのは、部屋の中にあったクローゼット。

 開けると――!


 「!!」

 

 服の入っていないカラッポの空間。

 中には、隙間を占領する2つのステンレスの缶。フタとの隙間から配線が伸び、それが上に置かれた、百円均一の安い壁掛け時計に繋がっているではないか。

 その上、時計の針は間もなく零時を指そうとしている。


 「ハフシ、爆弾だ!」

 「えっ!?」

 

 どっと、捜査員が押し寄せる。

 

 「解除は?」

 「無理ね。フタを開ければショックで爆発するかもしれないし、それに解除する時間がない」

 「まさか、父親を殺すための?」

 「そうよ。さっき図面を見つけた。チイもろども、この建物を吹き飛ばすつもりだったんだ!」


 すぐさま、大江が叫んだ!


 「全員、外へ出ろ!」

 

 屈強な男たちが小さな出入口を通り、階段を脱兎のごとく駆け下りる。

 その後ろを、ゆっくりと大江警部とハフシが、重傷の地井をかついで降りていく。


 「先輩、早く!」

 部屋にとどまったままのシレーナに、ハフシが叫んだ!

 「チイを先に降ろせ!」

 「でも……っ!」

 「いいから、早く行けっ!」


 その言葉に従い、彼女は慎重に地井を家の外に。

 1人残ったシレーナは、爆弾の残り時間を見た。


 残り20秒!


 彼女は窓を空けてバルコニーに出た。

 下を覗くと、近所の住人の自家用車だろうか。SUVが1台、建物の下に停まっている。

 その間には、先ほど打ち破った小さな門と塀、そして歩道。


 「余裕ね」


 フッと微笑したシレーナは、一切の抵抗もなく、勢いをつけ、片手でバルコニーを飛び越えた。

 まるで、自分は鳥だとでも言わんばかりに。

 直後――!


 白い閃光―煙と共に、赤い炎が一気に噴き出した!

 屋根を覆わんばかりの火の玉は、窓ガラスを全て破砕し、轟音を連れて天へと舞い上がる!


 その様子に、動くこともできず呆気にとられていた捜査官。

 直後、別の衝撃音で意識が戻ってくる。


 シレーナだ。

 彼女はSUVの屋根に落下し、難を逃れた。

 その頭上を、硝子の雨が降り注ぐも、あまりの衝撃にシレーナの上にではなく、道路の向こう側へと落ちていくのだった。

 変形した車の屋根から起き上がったシレーナは、ゆっくりと、その惨状を確認した。

 紅蓮の炎が轟々と吹き出し、住宅の2階を焼き尽くしている。


 発見が遅れていたら。

 突入の判断が遅れていたら。


 いつもなら“IF”を考えない彼女でも、無意識にそんなことを考えていた。

 「大丈夫ですか?」

 駆け寄ってきたハフシが手を差し伸べ、シレーナはゆっくりとボンネットから地上へと降り立った。

 「少し手を打ったかもしれないけどね。多分、大丈夫」

 「もうすぐ、サンドラが来ます。それまで安静にしていてください」

 

 と、言うまでもなく、すぐにアイアンナースのいかつい車体が、住宅街の向こうから近づいてきた。

 遠くからは消防車のサイレンも聞こえてくる。

 停車した車からサンドラと朝倉沙奈江の2人が降り、サンドラの指示で、応急道具を担いだ沙奈江が、地井の元へと向かった。

 しかし、ハフシに歩み寄るサンドラの表情は硬い。


 「どうした、サンドラ」

 ハフシが聞くと

 「エル先輩からの連絡が来て、さっき、手配中のポルシェを見つけた、と」

 「いたのか?」

 「いいえ。乗り捨てられていて、車内も自走できない程に破壊されていたそうッス。手がかりを探すのも不可能とのことで」

 「チクショウっ!」

 吐き捨てるようにハフシは叫んだ。

 大事な仲間を殺されかけた手前。それしかできないのが、悔しかった。

 

 「完全に後手に回ったな……っ!」


 燃え盛る火の粉を浴びながら、シレーナもまた、下唇を噛むことしかできなかった。

 痛みは無い。ただ血の味が舌を伝うだけ――。



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