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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
111/129

57 「私のために…」


 PM3:55

 ゼアミ区 ゼアミ分署



 ゼアミ署に置かれた「兄妹殺人事件合同捜査本部」は、すぐさま「連続児童暴行殺人及びトンプソン一家殺傷事件特別捜査本部」と名前を変え、本庁を始め各分署の捜査官と、重大事件を担当できる程度の力を持つガーディアンが結集。

 本庁広域捜査課、アクタ学園ガーディアンも、この事件に加わる運びとなった。

 会議を極力省き、逃亡したジョナサン・バーンの追跡を開始した。


 北区、ゼアミ区を中心に、市警のパトカーが走り回り、制服警官や刑事が靴を擦り減らし、街角に目を凝らす。


 彼らが焦燥するのは、やはりトンプソン家の惨状を残す現場写真と、シレーナの報告だろう。

 

 ジョナサンは、この先見境なく人を殺す。


 自分の母親さえ、無慈悲に殺した奴だ。この先、どれだけ冷酷な手段に出るか。

 捜査員の思考は統一された回路のように、1つの未来と結論を導いていた。

 というより、推論の域を出ない結論。不確定要素にしがみついているだけだった。


 ◆


 M班の面々は、使われていない会議室に集まり、緊急の情報交換を開始した。

 最初にメルビンが話し始める。


 「既に先程の会議で出た通り、科捜研からの報告で、DNA鑑定によって、今朝の焼死体がジョナサン・バーンでないこと、そして学校において回収された彼の指紋、毛髪等が、過去の連続児童暴行事件の現状に残されていた証拠品と合致したことが分かりました。

  焼死体の身元ですが、こちらはトンプソン邸に落とされていた学生証から身元が判明しました。

  ハリー・ジェイス。市立南高等学園1年3組。

  南校のガーディアンに問い合わせたところ、昨夜から帰宅しておらず音信不通とのことでした」


 眼鏡をかけたシレーナが頷くと、呟いた。


 「7人…この事件で転がった死体は、これで7人」

 「一体、何人殺せば気が済むんだ!」


 憤るラオを横に、彼女は冷静だ。


 「他に、何か報告は?」

 

 すると、ラオが言う。

 

 「さっき、アナスタシアから連絡があった。

  件の嬰児のDNAと、エマの父親、ハンスのDNAが合致したそうだ」

 「あったのね。DNAサンプルが」

  ああ。以前刑務所で事故が起きた時、彼の血液を採取したんだと。

  …カハラ医院の院長も吐いた。」


 「つまり、あの嬰児の父親は、娘の父親でもあった…か。次から次へと、胸糞悪い事実だけ出てくる」

 貴也が言うと、シレーナは単に切り捨てる。

 「それが、私たちの仕事、この世界の根幹よ」

 「…仕事…根幹か…」


 「ああ、それから――」


 ラオが付け足したのは


 「龍梅(ロウメイ)貿易公司周辺で、怪しい動きが出ているらしく、現在、ミスター・イナミが組対と連絡を取り合っている」

 「龍梅貿易公司は確か、獄龍会のフロント企業だったな。本土から黒檀や紹興酒を輸入していると謳ってるが、裏では薬物や銃器を売買しているって話だ」とエル。

 「兎にも角にも、結果として一少年に天下の裏組織が弄ばれ、捜査の手が及んだ。

  獄龍会も血眼になって、ジョナサンを探している可能性が高い。ヒットマンでも差し向けられたら、厄介なことになるぜ」


 だが、現時点で獄龍会がヒットマンを差し向ける可能性は少ないと、シレーナは睨んでいた。

 むしろ、逮捕された暴走族グループ、蛇華の元ヘッドが口を割った時の対策―具体的には、まあ、証拠隠滅だろう。もろもろの―に奔走しているだろう。

 その上、シティには警察官が溢れかえっている現状だ。逃走経路の確保さえ、難しいだろう。

 M班としては、獄龍会を眼中に入れない事で一致した。


 「ハフシ、エマの自宅はどうなってる?」

 次にシレーナはハフシに聞く。

 ジョナサンが頼れる相手は、もうエマしかいない。


 「サンドラとサナエ、それにトラファルガーの捜査官数名が交代で見張ってますけど、動きはありません。もう、あの家には…」

 「でしょうね。

  彼らは狡猾よ。兄妹の殺害現場の隠ぺい工作、それに先刻の身代わり…狂気的で頭のまわる奴。

  まるで…昔の“私”みたいじゃない」

 「シレーナ!」

 

 ハフシが小さく怒鳴るや、首を横に振る。


 「そんなこと、言っちゃダメです。あなたはもう、昔のアナタとは違うんですから」

 「久し振りね。あなたに呼び捨てにされるのは。でも…今の私が昔と違っても、レンズの向こう側にいるワタシは、どうなのかしらね。

  どうやっても、血を好み、悲鳴に絶頂する本質は、こびりついたら変えられないものよ」

 「あなた…!!」


 部屋の外がにわかに騒々しい。


 「なんだ?」

 

 ◆


 「無茶です! シティ北部全域に警報を出すなんて!」

 「収束のつかないパニックになりますよ!」

  

 一方、捜査本部に参加する刑事が、口々にゼアミ分署署長へ詰め寄る。

 無理はない。

 手配したとはいえ、ポルシェは北区で消息を絶ち、彼がどこに逃げたのか検討もついていない状況だ。この場合、逃走したであろうルート周辺に軽快を促すのはセオリー通り。

 しかし、それは未だかつて、少年犯罪では経験したことのない広域での布告になる。


 「彼は少なくとも2丁の拳銃を持っている。その上、彼には共犯者がいると言う話だ。

  この先、追い詰められた少年が、どういった行動に出るか分からん。

  既に北署、アンジェ署、コデッサ署には連絡を入れてある。本庁からのゴーサインで一気に警報を出せる」

 「既に周辺区内では、検問が実施されています。これ以上は――」

 

 「優秀な部下じゃあありませんか」


 背後で、シレーナが声かけると、署長は一笑。

 

 「子供が口を出んじゃない。

  このヤマはもう、ガーディアンでは解決できん。我々市警の出番だ。

  学生捜査官が犯人を取り逃がしているのが、何よりの証拠じゃないか」

 「交通量が多い道を暴走する相手を、どう止めろと?

  体当たりも考えましたが、相当数の車両を巻き込むと考え、バイパス出口まで手を出さなかった。ただそれだけです。

  それに、どこでしたっけ。1か月前に、カーチェイスで関係のないマイクロバスを巻き込む事故を起こした分署は?」

 

 返す言葉もない。


 「くだらない言い合いは、終わったかしら?」


 シレーナが振り返ると、そこには見慣れた人物がいた。

 赤いスーツが、金髪によく生える。

 

 「アナスタシア!」

 その名前に、署長も凍る。

 「そ、そんな…警察庁長官が、どうして…」

 「国際指名手配犯をFBIに渡す前に、こちらの捜査本部に寄ったんですよ」

 「ですが、長官が赴くような事案ではございませんし、状況も――」

 「状況は一から十まで、全て聞いてますし、こちらのガーディアンから逐一、犯人の報告も貰ってます。

  今回の犯人は狡猾で猟奇的。北区管轄にとどまっているかすら曖昧でしょう。

  警報自体、無意味かもしれません。むしろ、警報を出すならシティ全域にした方が、効果的ですが…まあ、警察実働の実質的な戒厳令となるでしょうね。そうなれば、警察庁はおろか、政府すら動かざるをえなくなる。

  たった1人の少年に、です。

  果たして市警本部長が、それを承認するかどうか」


 「では…どうすれば…」

 その求めに、アナスタシアは一笑。

 「君は子供かね。ガーディアンの方が、よほど頭が回る。

  何をすべきで、何を壊すか。それをするのが上に立つ者の役目だ。茶を飲ませるために、お前を署長にした覚えはないぞ!」

 「はっ、はいっ!」


 アナスタシアの言葉に、署長は唇を震わせて敬礼するのがやっとだった。

 次いで、シレーナを手招き。


 「シレーナ、ちょっと来い」


 ◆


 分署屋上。

 空があかね色になり始め、所々天へ伸びる銭湯の煙突から、黙々と煙が吐き出されていた。


 「助かりました」


 そう、声をかけたシレーナ。

 刹那、アナスタシアは彼女を睨みつけた。


 「それは、どういう意味で言ってる?」

 「意味?」

 「ああ、そうだ」

 「わかりませんね。ミス・アナスタシア」


 彼女は、懐からチェを取り出しくわえながら、彼女から目を逸らす。


 「鏡を見てみろ…いや、こんな言葉自体、お前には無駄か。

  今のお前は、ガーディアン、“シレーナ・コルデー”でも、“スマイル”の眼でもない」


 太陽が完全に姿を消した夕刻の空のように、暗く濁った群青の瞳。

 眼鏡越しにでも、それは分かった。

 アナスタシア。彼女が現役警官時代に最後に見た犯罪者の眼がそこにあったから。


  

 「猟奇大量殺人機(オーバーキラー)、“被験体番号零一七(レイナ)”の眼だ」 

 

 

 眼前の少女はただ、ゆがんだ笑顔を作り出すだけだった。



 「嫌な予感がしていたんだ…いいや、お前と関わるって決めた時から、こんな事態が起きる予感はしていたんだ」 

 「それは見当違いですよ、アナスタシア。奴は“私”。“私”は2人もいりませんから」

 「冷静に戻ってくれ、シレーナ。お前を“処分”するのは…心が折れる」

 「あなたこそ、冷静に戻ってくださいな」


 シレーナの方を向く、アナスタシア。

 群青の少女に笑顔は消え、眼鏡も外していた。

 夕焼けに、瞳の傷がきらめく。



 「私は自らが狂う事も、逸脱することも、癒されることも許されずに生きてきた。

  痛覚が消えた瞬間(トキ)から、思考も感情も倫理もない、ただの殻となった。

  今でも“私”は自分をニンゲンと認識できていない。

  そのために“ワタシ”が生まれた。“私”を…“私”という概念を保つために」


 「シレーナ。お前っ!」

 



 「だからワタシが、奴を殺す。私を奴から守るために!」


 


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