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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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55 「意識下の覚醒」


 血まみれの男が2人。

 さっき家を揺らした衝撃で、2人とも床に倒れてしまったが――。


 「さて、後は1人…」


 そう言って、彼は手にしていたトカレフを仕舞って、ズボンに挟んでいた別のトカレフ T33を取り出し、セーフティー解除。

 腰を抜かし、扉にしがみつく女性へと、振り返りながら銃口を向ける。


 「こうやって顔を向けるの、久しぶりだね。母さん」

 「……」

 「でも、お客様がきたから、姿を隠さなきゃいけないよね。いつものように」

 「……」


 どの恐怖からか、こんな同時多発的事象に囲まれた中では、選定が難しいが――そう、彼は自らの母親に、無機質な“狂気”を向けているのだから。


 「いつもそうだった。あの男の時も、この男の時も。

  痛い事をされてた時…母さん、いつも無言で、どこかから冷たい目で覗いてた。何も言わずに」

 「……」

 「でも、母さんがコイツらと違っていたのは、痛い事をしてこなかったこと。

  …それだけだった。良くも悪くも」

 「……」

 「もう、限界だよ…母さんだけは殺さないって、決めてたけど、昨日の態度で変わった」


 恐怖で顔を引きつらせる、母親に、彼は冷淡に言い放つ。


 「この銃は干将莫邪。春秋の旅路に、私は彼女を誘おう」


 引き金に指がかかる。


 「さよなら、母さん」


 閃光と破裂音を前に、命は儚く軽く消えゆく。

 寸前に放たれた言葉すら、届くことなく。


 「…ごめんね」


 ◆


 一方、3人は玄関からの突入を始めていた。

 ところが、一体何を使用しているのかm、ドアが頑丈で開かない。

 体当たり、足蹴り、いろいろ試しても、びくともしない


 「撃っちゃおうか」とメルビンが言うと

 「ショットガンが無い。ドアってのは下手に乱射すると、かえって開きにくくなるわ」

 とエミリアが答える。


 しかし、このまま手をこまねいて、見ている訳にもいかない。

 どうすれば…


 エルが遠くで叫んだ。

 

 「手伝ってくれ!」


 2人が見ると、エルが走り寄った先に頑丈な梯子が落ちている。

 ゾディアックの天井に載せてあった、アレである。


 メルビンが走り寄り、その細い腕で精いっぱい、エルと共に梯子の先を持ち上げている間、エミリアは自身の銃から、マガジンを取り出して、再度弾数を数えていた。


 ベレッタM92F。米軍にも正式採用されたハンドガンのガーディアンモデル。


 彼女は銃を構え、大きく深呼吸し、屋敷を睨むのだった。


 ◆

 

 全ての状況を終えたジョナサンは、まるで余韻に浸るかのような感覚だった。

 エマと逢瀬を重ねた夜の、あのエピローグに似た心地よさ。

 宙を浮くような、気持ちいいものに包まれた――。


 (タジタさんの家はどこかねぇ)


 「えっ?」


 突然、どこからともなく声がする。

 老人の声が。


 (ああ…今日はいい天気だ)


 聞いたことのある声。

 そして、ハモるように初見の囁き。


 シヌゾ。


 「だ…誰だ!」


 クラエ…。


 「どこにいるんだ!」


 (タジタさん…アンタ…タジタさんをしらんかね…)


 シニタクナイナラ クラエ。コロセ。


 「どこなんだ! どこにいるんだ!」


 次第にジョナサンの視界に、光がちらつく。

 カメラのフラッシュのように、まばゆく点滅する光。


 一瞬だけゆらぐモノクローム。


 そして、彼は気づいた。

 オナカガスイテイルコトニ。


 「ハラガヘッタナ」


 糸が切れたと言うには豪快過ぎる…否、最も抽象的な表現があるではないか。

 それは正に、本能の向かうまま。


 ジョナサンは、自分が手にかけた男が召し上がっていた寿司に飛びつき、むしゃぶりついた。

 シャリは跡形もなく握りつぶされ、そこにネタが塊になってへばりつく。

 生魚の脂とぬめりある感触が、舌の中で踊る。

 桶を1つ空にし、次の桶へ。


 ジュルリと“噛む”のではなく“吸う”ように、寿司を潰しては舐め、潰しては舐め。

 しかし…彼は唇を米粒で汚しながら否定した。



 「違う…こんなんじゃない」



 本能が次に何かを捉えた。

 廊下に転ぶ、大きな紙袋。

 母エリザベスが、バーグと自分にと買ってきたものだろう。

 トマトケチャップの多さが売りの、バーガーチェーンのものだった。


 テリトリーでも作ったのか、最早動きは動物のソレ。

 紙袋を手で引っ張り、部屋の中に持ってくると、中からハンバーガーを掴み上げ、かぶりつく。

 呼吸をしながら咀嚼する、あのクチャクチャとした“不快音”が辺りに響く。


 ポテトをマッシュし、コーラをぶちまけ、バーガーを強引に口へと押し込む。


 

 だが、彼は赤く染まった手をみて否定した。



 「違う…」



 そう、血走った目で何度も。


 

 「違う…違う…」



 いや。否定しているのは彼じゃない。



 「違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う! 違う!違う! 違う! 違う!」



 否定しているのは彼の記憶、本能、視界! 彼を構成する“意識下の自分”だったのだ!



 「俺が食ったのは、こんなんじゃない! こんなんじゃいけない!

  もっと臭くて、湿って、あったかくないと…ダメなんだああああああああぁぁぁぁっ!」


 

 ◆


 バアンと轟音を立てて、遂に最後の障壁は破られた!

 最初に突入したエミリアを筆頭に、梯子を捨てたエルとメルビンも、後に続く。


 現場はすぐにわかった。


 玄関を抜けてすぐの客間。そこに、血まみれの女性が仰向けで倒れていた。

 直ぐにエミリアが突入し、部屋の安全を確認すると、同じように血まみれで倒れる2人の男の脈を見た。


 先ず1人、レオンは頭部に一発の被弾。既に死んでいた。

 しかし、ロイス。こちらには微かだが脈はある。

 エミリアは、すぐにソファのクッションを用いて頭と足を高くし、傍のカーテンを引きちぎって止血すると、二つ折りの携帯電話を取り出した。

 ガーディアン用のホットラインで、応援と救急車の手配を手際よく済ませる。


 「エル、そっちは?」

 

 彼女が聞くと、扉の向こうで首を振った。


 「心臓に一発食らってる」

 「ロイス夫人かしら?」

 「そうみたいだな…今、メルビンに上の階を見に行かせたよ」

 「まさか…実の母親まで…」


 惨状に動揺と怒りを隠せない。

 エミリアは眉間のしわを寄せ、周囲を見回した。

 

 ふと、何かに気づいて、しゃがみ込む。


 血に混じって、真っ赤な何かが落ちていた。

 拾い上げると、それはケチャップのかかった米と牛肉。

 これが部屋の数か所に、それも」幾重にも点在している。


 確かにテーブルには空になった寿司桶、廊下にはファストフード店の紙袋と中身が散乱している。


 「彼…殺人を犯した後に食事を?」


 にわかに信じがたい。

 丁度、メルビンが階段を駆け下りてきて、叫ぶ。


 「上でも1人殺されてます。バーグ・トンプソンです!」

 「拳銃か」

 「はい。背後から頭部を一発で」


 エルは唸った。


 「これで奴が手にかけたのは7人。それも、3人は至近距離から一発で殺されている」

 「殺人って言うよりも、これって――」


 「処刑」


 その時!


 車のエンジン音が、外から響いてくる。


 「ガレージだ!」

 「野郎…外かっ!」


 しかし、追いかけるにも車は無い。

 否、エミリアの乗ってきた車はあるが、エルには、その行為が無駄なことはすぐにわかった。


 「私の車で――」

 「待て、エミリア!

  この独特な6気筒エンジンの音は、ポルシェ ケイマンSのものに違いない。あのビンテージじゃあ、追いつけやしない!」

 「チッ!」

 

 だが、彼女はあきらめない。

 視界に、レオンの死体。その傍らにベンツのエンブレムが光るスマートキーが落ちていた。


 「いや、追いつける!」

 

 彼女は咄嗟に、キーをふんだくった!


 「エミリア!」

 「あの女に伝えろ! 私が追いかけてやってるってね!」


 ◆


 玄関から飛び出したエミリア。

 その眼前を歌のような、真っ赤なポルシェ ケイマンSが飛び出し、門を突破する。

 ベレッタM92Fを構えるも、飛んでくる石をしゃがんで避けるのに精一杯。


 「逃がさないわ!」


 彼女の前に堂々と停車していた黒のメルセデスベンツ AMG GT。

 主なき馬に乗り込んだ少女は、その鍵で息を吹き込む。

 ギアをパーキングに、アクセル全開。

 そのまま瞬時にバック・スピンターン!


 ポルシェ以上に、中庭の小石を乱し、土煙が舞う。


 その余韻ともいえるロンドを舞い、エキゾーストな悲鳴を上げ、黒い名馬は、真っ赤な標的を追いかけ始めるのだった。



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