54 「悪魔の館」
「パパ。ゲームってのは、そんなに長い時間楽しめるモノなの?」
ドアにもたれかかって、正気のない瞳と共に笑みを浮かべる少年。
どう見ても、どう聞いても、そこにいるのは死んだはずのジョナサン・バーン。
「お、お前…死んだんじゃなかったのか?」
「やだな、パパ。残ってたのは、あれだけ焼かれた体だけでしょ?
どうして、それだけで俺が死んだなんて確証が持てるんだい?」
「…」
「もしかして、昨日のアレを本気で受け入れたと思ったの?
そこの火かき棒で殴りながら、自殺しろって言った事をさぁ」
蒼白のロイスに向け、そう言うと、隣にいたレオンが声を強める。
「どういう事なんだね、ロイス!」
詰め寄る友人の目を見ることなく、ロイスはただただ黙るだけ。
これでは…と思ったのだろう、今度はジョナサンに“救いの手”を振った。
「お父さんに何をされたんだい? この私に、打ち明けてくれないかね?」
一笑。
「フンっ。どこの誰か分からない奴に、悲劇の主人公を演じる程、俺は馬鹿じゃない」
「……」
レオンを遮るように、ロイスは言う。
「黙っててくれ、レオン。これは、コイツと俺の問題だ」
「流石パパ」
「黙れ! 一家の名を汚したお前なんか、息子でも何でもない」
「残念だよ。初めてアンタを父親って呼んであげたのにさ」
「今更、死人が何を言うか」
すると、ジョナサンはポケットから一枚のカードを取り出して、テーブルの上に放った。
ロイスが取り上げると、それは見ず知らずの少年の学生証だった。
「アンタらが飯食ってる時に、ゲーセンで知り合った少年だよ。家族がケンカばかりして不安定らしくて、家に帰りたくなかったそうだよ。
だからさ、俺、助けてあげたのさ」
「助けた?」
「そう。これから不幸な人生しか送れない彼の未来を、回避させてあげたんだ…優しいでしょ? パパ」
「まさか…あの焼死体は…」
「そう、彼だよ。今頃、幸福な世界にいるはずだよ」
ロイスは冷静を装いながら、混乱する脳に命令を出し続ける。
彼から目を逸らせ! ここから逃げろ!
そう…。
でも、出来ない。
目を逸らすことができない。
ジョナサンの声にも目にも、自慢や妄想と言った歪曲から来る恍惚と言うものが無い。
かといって、そこに自己観念から来る主観以外の何かがあるかと言われれば、何もない。
彼は異常だ…否、異常ゆえに本気だ!
そして、気付く。
「お前…そのために、子供たちを?」
待っていた。
そう言わんばかりに、声を殺した笑いが、部屋に響いた。
「ありがとう。パパ」
まさかの謝意に、2人は凍りつく。
「理解してくれたのは、パパだけだよ…そう、あの子たちを。 僕は、あの子たちを救ってあげたんだ」
◆
「そんな…だって、あの遺体はロイスが、ジョナサンのだって確認したハズじゃない!」
ゾディアックの中でも混乱は起きていた。
声を荒げるエミリアに、エルは言った。
「ロイスが、デタラメに確認したとしたら? そして、身元確認でそういったことが起こると見越して、ジョナサンが、背格好や体格を似せた、別人を用意したとしたら?」
「となると、彼はまだ、このグランツシティのどこかにいるってこと?」
「そう考えるのが、当然ってやつだわな」
「じゃあ…」
「これで死体が4つ。奴は、殺すことを覚えちまったさ」
◆
「どうして、そんなことを…私へのあてつけか?」
恐る恐るロイスが聞くと
「いいえ」
「では、君のお母さんか」
「いいえ」
「なら――!!」
「同じ過ちを、防ぐためだよ」
「どういう意味だ?」
ジョナサンは、説明を始めた。
「うちの家族も、いたって“普通”だった。“普通”だったのに、ある日突然崩れた。
俺の恋人も…いいや、家族になるはずだった人も同じように。
それで気づいたんだ。
どんなに“普通”で“ありふれた”家族も、何かがキッカケで、最後は崩れるんだって。
だったら、全てが崩れる前に、こっちから崩してあげよう。そう思ったんだ。
最後に気付く痛みが強烈なら、前もってやってくる痛みの方が、幾らか軽いだろ?」
「それで…子供たちを…」
「この手で殴り倒したガキは、どいつもこいつも幸せそうだった。家族に曇りも欠点も見当たらなさそうだった。
幸せであるほど、不幸になった時の痛みは大きいのに、それを考えずに生きている。
それって、亀裂が入ったら一発で崩れる不良物件と同じじゃん?
だからさ、それをアイツらに教えてあげたのに、なあんにも理解しようとしないんだ。
やっぱり、平和ボケは一番駄目だよ」
「そんな理由で殺したのか?」
「殺すつもりはなかったんだっ!!」
激昂した彼の声が室内に響き渡る。
「俺は悪くないんだ。どいつもこいつも、何を教えても“ごめんなさい”しか言わないからさ、頭にきちゃって…気づいたら死んじゃった」
「女の子もか」
「ああ。アレは殺すとこ見られたから、恋人が殺してくれた」
表情を変えずに、淡々と話すジョナサンを見ていた彼は、うなだれ声を掠める。
「なんということを…」
それが、ジョナサンには歓喜に見えたらしく
「パパ…嬉しいんだね?」
「この……クズ野郎がっ! お前なんか、人間のクズだ! そんな奴は、この屋敷にはいらない! でてけ!」
刹那――!
◆
「シレーナ?」
鳴ったケータイに出て、相手は叫んだ。
――エル! 直ぐに突入しろ! ジョナサンは自分の母親を殺す気だっ!
「えっ!?」
直後、遠くから轟く乾いた音。
エルには、それがパーティクラッカーでないことはすぐに理解できた。
「銃声だ!」
咄嗟にエミリアが車を降り、門に向かう。
頑丈過ぎる鉄の門は、完全遠隔操作のため、手動ではびくともせず。
インターホンを押すが、音どころか、なんにも反応しない。
遅れてきたメルビンが叫ぶ。
「どうしたんだ!」
「びくともしないのよ。この門!」
すると、メルビンは傍の監視カメラを見て、あることに気づく。
レンズが動いていない。その上、人が通るための小さな扉もロックされている。
「内部から出入り口がロックされてるんだ!」
「嘘でしょ?」
「多分、ジョナサンだ。屋敷から、誰も外に出さないために!」
◆
ロイスは、さっきまで開いた口をつぐんだ。
その代わりに、床に倒れたレオンには新たな口が後頭部に開き、そこから血が染み出していく。
「すげえや。パパのお友達は、銃の的にもなれるんだね!」
その言葉は、かつて自分に投げつけられたものと同じ――。
ジョナサンは悦に浸りながら、眠そうな目と、まだ銃身が熱いトカレフを、ロイスに向けた。
「これで、どこを狙えば人は死ぬのか、わかったよ」
「ま、待ってくれ…」
「大丈夫。皆、向こうで待ってる」
そう言うと、左手でずっと持っていた、黒いゲームコントローラーをロイスの膝元に、放り投げた。
血の色が、それと混ざり合ってしまった塊が、何を意味するか。
ロイスには、すぐにわかった。
「じゃあね」
「お…お前っ!」
再度銃声。
再度、再度、再度!
◆
響いてくる銃声は聞こえるのに、何もできない焦燥感。
無駄とわかってても、門戸を揺さぶり、蹴り上げる2人。
「どうすればいい?」
その答えは、背後にあった!
「どけっ!」
向こうで叫ぶ声と共に、激しいスキール音。
気づいた2人を掠め、バンが鉄の門に向けて一心不乱――!
断末魔にも似た衝撃音と共に、白い車体が重厚な壁を打ち壊す!
エンジンルームを潰し、窓ガラスも外れたバンは、惰性でガレージ前を過ぎ、植え込みに乗り上げ、そのまま邸宅の一室に突っ込んだ。
建物に穴を開けた車は、車輪を空転させたまま沈黙。
「エル!」
車が門に突っ込む前に、路上に飛び降りたラオは、ゆっくりと立ち上がり、自分が起こした大突撃のありさまを、口笛で自画自賛。
エミリアとメルビンの心配もよそに、無傷で。
「あーあ、新車だったんだけどなぁ。またシレーナから大目玉だ」
「命には代えられないわ。死ぬのは御免よ」
「それは言えてますね」
エルは2人を見ることなく、外れかけた右側の門へと歩み寄り、それを一蹴。地面に完全に横倒しにして、言い放つ。
「その言葉は、全てが終わってから言おうぜ」
「そうね。違いないわ」
3人は、その手に各々の銃を握りながら、悪魔の館を見上げるのであった。




