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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
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53 「Odiex ~戻りし悪魔と裁きの讃歌~」


 同時刻

 グルナ区 ライゾー



 午後の柔らかく嫌悪な斜陽が、豪勢なトンプソン邸にも差し込んでいた。

 時折流れる、厚い千切れ雲がそれを遮り、一条の光を生み出す。

 聖歌が自然と天啓の如く降り注ぐ光景…。

 でも、誰も彼も、歌に誘われ降り立った悪魔の姿を見る者はいなかった。


 両耳のイヤホンから“ラ・クール”を流し、彼は扉の前に立つ。

 いつもは内側から鍵がかけられているが、合鍵がささっている状態では、そんな情報は不要に等しい。

 彼がドアノブをそっと開けると、防音イヤホン越しからでも分かる程の轟音が、静寂な三階の廊下をつんざいた。


 古本、朽ちた机、バネの壊れかけたベッド。

 それだけが同じ家で全財産の彼は、扉の向こうの世界を比較した。

 

 並んだゲームソフト、スタンド付き学習机、収納棚入りベッド。

 彼にとって、そこは異国…否、帝国。

 何もかもが揃った、物欲だらけの資本主義帝国。


 領土に尻をつき、国の主は背を向けていた。

 眼前には、彼の部屋にはないワイドテレビ。

 画面いっぱいに中世の戦場が映し出され、聖剣デュランダルを振り回す無双の兵がいた。


 手を動かす度に、悲鳴や技の効果音に混じり、チコチコとプラスチックな音が入ってくる。

 完全防音の壁や窓でなければ、近所迷惑必至。

 それを知ってか、主は同じ言葉をモニターに向けて繰り返す。


 「死ねっ、死ねっ、死ねっ、死ねっ!」


 ゆっくり扉を閉めながら彼は確信した。

 物欲に溢れてる。

 欲望に素直だ。

 そして…彼は命の大切さを知らない。


 このまま生きていては、不幸になるだけだ。と…


 傍のベッドから高級羽毛の枕を手にすると、懐から黒く光るトカレフ T33を取り出した。


 そのままゆっくり、一歩二歩…三歩…四歩五歩…六歩…。


 それでも相手は、コントローラーを動かす指から、敵兵を束に倒す勇者から目を離さない。

 気付いていない。

 帝国の主は、咄嗟に叫ぶ。


 「くそっ、みんな死ねっ!」

 

 「お前が死ね」


 テレビの音にかき消された銃声と共に、天使の羽根が窓から差し込む日差しの中を舞い上がる。

 プラスチックな音が、敵を倒す兵士の動きが止まった。

 その背中に、返り血を浴びて。


 足元の黒い匣体を頭で割るように倒れた国の主は、そこから赤い液体を絞り出して、二度と動かない。

 彼にはそれが、仮想空間で殺した敵兵への、何よりこの世に生を授かった自身への懺悔に見えた。


 快感。快感で仕方ない。

 自分はまた、正しい事をしてあげたのだと。

 

 天使の残骸を、その場に捨て、代わりに主の手から、黒いリモコンをふんだくると、そのまま部屋を出ていく。

 主の名を言い残して。


 「じゃあな。バーク・トンプソン」

 

 打ち捨てられた少年の死体に羽根が幾重にも重なり朱に染まり。

 彼を見下ろすテレビには空しい単語が点滅するのみだった。




 Continue?


 

 ◆


 一方…

 トンプソン邸から少し離れた場所に、白いルノーのバンが停まっていた。

 車体には“山崎電気サービス”と書かれ、屋根には梯子が乗っけてあるが、それは偽装。

 中では、高感度カメラと望遠一眼レフによる、邸宅の監視が行われていた。


 そう、これはM班が使う特殊工作車、通称“ゾディアック”の一台。

 中ではエルとメルビンが、正面玄関を目視で、加えて一般の防犯カメラをハッキングする形で、水も漏らさぬ監視をしていた。

 

 「メルビン、何か動きはあったか?」

 「いいや。30分前にベンツのスポーツカーが1台、入っていったきりだ」

 バンの助手席にもたれかかるエルは、その後ろ、膨大なコンピュータを相手に、キーボードを一心に叩くメルビンへ聞く。

 かれこれ2時間以上もこうしている。

 それだけ時間が過ぎれば、話すネタもなくなるもので、車内は無言だ。


 「今頃、シレーナさん達、エキサイトしている頃ですかね?」

 「ああ…暴走してなきゃいいが」

 遠い目でラオは空を仰ぐも、メルビンは引っかかる様子。

 「暴走? 彼女が?」

 「確か、蛇華のアジトって工場跡だったよな」

 「そうだった…はずだけど。それがどうしたんだい?」

 

 ラオは言った。

 

 「嫌でも本能が思い出すだろうぜ。恐らく、あの時の記憶、場所、瞬間…」

 「それって、パラーチのことか? そのことに関してはあんまりというか、全然聞いたことが無いんだ」

 「その方が幸せだよ。俺の場合は、俺の“過去”のせいで、否が応でも知らなきゃいけなかったからな。

  誰も撃墜できない、理解もできない、ましてや人を殺すことでしか存在を証明できない、あの死神の瞳の秘密を――」


 きな臭い雰囲気が漂いそうなゾディアックの背後に、車が一台ゆっくりと近づく。

 「M班の車じゃないですね」

 「ん?」

 車体後方に付けたカメラに映し出されたのは、丸ライトとトラックのように出っ張ったボンネット、ずんぐりとしたフォルムが目立つ、薄い水色の小型ビンテージカー。

 1957年製、モーリスマイナー 1000。

 中から降りてきたのは、赤みのかかった茶髪のミディアムヘアーと、豊満な胸を揺らす、あの方。


 「エミリア・ルイス・ビール。どうしてここに?」

 ロックした後部ドアを開けながら、エルは言う。

 するとエミリアは挨拶と


 「死んだ人間の監視はどう?」

 「君も暇な人だねぇ」

  

 皮肉返し。


 「諭しに来てあげた優しい伝道師とでも言いなさいな」

 「そこまで信心深かったけか? お前って」

 「真犯人は焼身自殺、関係者たる実の姉は行方不明。これ以上、何を求めるって言うの?」 


 両手を大きく広げて話すエミリアに背を向けて、助手席に座りなおしたエルは言い返す。


 「君の言うように、真犯人が焼身自殺したとして、その理由は?」

 「理由? そんなもの――」

 「無いと言うのか? 確かに理由なき殺人、理由なき自殺…理由のないパッションと、そこから導き出されたクライムの数は、俺が関わった限り枚挙にいとまがない程だ。否定はしない。

  だがな、そうは言うものの根本のところを突き詰めれば、人間は動機づけしないと行動できない生物だ。となれば理由が無くても、その人物が命を弄んだワケも、命を絶ったワケも、必ず存在するはずなんだよ。

  根底の理由が無ければ、俺たちは、彼ら犯罪者の行動に納得しない」

 「あのチイとかってペテン師も、そんなこと言ってたっけ。

  でも、そんなもの、すぐに思いつくわよ。例えば、自分の犯した罪の重さを悔いて――」


 「ナンセンス」

 即否定。

 「なっ!」

 「罪を悔いて自殺したなら、何故3人目を殺してから死んだんだ?

  もし罪の重さを悔いたなら、最初の殺人で犯行は止まっているハズだ。

  何より、彼と行動を共にしていたはずの姉が、一緒に命火を絶っていないのは、どう説明するんだ?

  一緒にファッションホテルへ行ったり、自宅へ誘うほどの親しい関係だ。ジョナサンが燃え盛る中、彼女だけ逃げたなんて考えにくい」


 「じゃ、じゃあ父親に指示されたとか」

 「指示?」

 「そう。知らないと思うので教えて差し上げますけど、トンプソン家はITやゲーム専門の会社を立ち上げたことが表立ってる関係で、新進気鋭の成功者と見なされがちな一家だけど、実は代々、様々な事業で財を成してきた成功者一族なのよ。

  現にロイスの祖父は、友人と通信会社を立ち上げて、莫大な財産を形成。後にアメリカ資本の会社に買収されたけど、その時の財産を元手に、今のマーズ株式会社を立ち上げたの。

  もし、ロイスが一連の犯罪が、ジョナサンの仕業だと知ったら、ロイスは彼を一族の面汚しと考えるに違いない。それが血のつながってない養子なら猶更。

  だからロイスが自殺をほのめかしたか、彼が手をかけたか。まあ、どっちかは分からないけど――」

 「長い高説有難いけど、それならそれで、ロイスを逮捕しなきゃいけないからね。

  前者なら自殺教唆か傷害、後者なら殺人罪。

  ほら。どのみち見張らなきゃあいけないのさ」


 エミリアには返す言葉もない。

 黙り込む。

 

 「どうした? 反論なら、ご覧の宛先に、どしどしご応募お待ちしてますけど?」

 「……分かったわよ!」

 半ば逆ギレ。

 「で、死人の住まいに、動きはあったのかしら?」

 「30分前に車が1台、屋敷に入って以降沈黙。映像を見る限りジョナサンとは無関係みたいだ。

  それ以外は平和そのものだよ。メディアの姿もいないしな」


 エルはメルビンに、その車の映像をエミリアに見せるよう言い、即座に彼は多角度の写真を、モニターに映しだす。

 黒のメルセデスベンツ AMG GTが、開かれた門に入る丁度の姿だ。

 ナンバーを読み上げ、エミリアは声を大きく


 「これ、レオンの車じゃない!」

 「レオン?」 

 「レオン・マグニコフ。大手通信会社パストーラ・インターフェーズのOBで、現役の時は取締役だったハズよ。ジョナサンとはゴルフをするほど親しい中で、今構想中のIT企業専門の経団連の旗振り役も、この2人」

 「子供が死んだ日もビジネスかよ」

 「か、ロイスの見舞か…ともかく、30分も家の中ってことは、仲良くやってるんでしょうね」


 しかし、それ以外に目立った動きは無い。

 門の前を住人やタクシーが行き交うが…

 エミリアがやってきてすぐに、門の横に1台のバイクが横付けされた。

 屋根と荷台の付いた、デリバリー用のバイクだ。

 メルビンが、カメラを遠隔操作しバイクと乗っている人物を撮影する。


 「どうやら、ジョナサンではなさそうだね。太ってるし、年齢も彼より上みたいだ」

 「にしても、こんなときに出前って…どこの店?」

 エミリアに聞かれると、メルビンは少々動揺して

 「ど、どうやら…クロシオって名前の、ス、スシ屋さんみたい…だわ」

 「スシねぇ」


 ◆


 トンプソン邸客間には、既に握り寿司の入った桶が2つ、並べられている。

 黒塗りの中で、上品な光沢と色彩が、高級感と食欲をそそる。

 それを前に、ロイスが開口一声


 「最近、日本食に目が無いと聞きましてね、この店の一番極上を頼みましたよ」

 「こりゃあ、ご丁寧にどうも…では…」

 レオンは割り箸を手に、先ずはイクラから手を付ける。


 余談であるが、この店の極上寿司の名前は、松竹梅ではなく何故か「オオガキ」…垂井の次じゃないかというツッコミが来るとは思うが、これが普通。

 寿司もネタも日本のそれと同等であっても、海外の寿司屋がトンデモネームをつけることは、よくある話なのである。

 

 「いい味だ。君も隅には置けない実業家だね」

 「ありがとうございます」

 「それで、彼の葬儀はいつするんだね?」

 レオンが聞くとロイスは即答。

 「しませんよ」

 「…どういうことだね?」

 「いえ。こういう死に方ですし、彼も置き去り事件の被害者ですからね。“マスコミ”が食いつく前に静かに荼毘に付したんですよ」

 

 憔悴した顔を見せたロイスに、レオンは箸をおき「申し訳なかった」と述べる。


 「養子とはいえ、我が子を失った痛みは大きい。お悔みを述べるよ。

  ところで奥さんは、どうしてるんだね?」

 「妻なら、今部屋で休んでます。今日1日はそっとして――」


 ドスン!


 突然、天井から何かを叩き付ける音が響く。

 それに2人同時に反応し、階上を仰ぐ。

 

 「なんだ?」

 レオンが不思議そうにする中、ロイスは呆れた笑みを浮かべて立ち上がり

 「あんの、バカ」

 ドアを開けて叫んだ。

 「バーク、ゲームは1日1時間だからな! 程々にしろよ!」


 扉を閉めて戻ると、彼は言った。

 「すみません。ウチの子がうるさくて」

 「いえいえ。大事な息子さんなんですから…」


 そう諭すレオン。

 彼は知る由もない。ジョナサンが命を絶つ前、同じ部屋で何があったかなど。


 不意に先ほど閉めたはずのドアが開いた。


 今度は2人そろって、そちらを見る……と!



 「お、お前はっ!」


 ◆


 静かな密室空間に、バイブ音がこだました。

 メルビンのスマートフォンが、その震源。


 「あ、科捜研のリラさんからだ」

 「あなた、科捜研に知り合いいたの?」


 エミリアが驚く傍で、ラオが言う。

 

 「そりゃあ、彼の専門は尾行とコンピュータだからね」

 「まあ…必然的かぁ」


 数度の相槌の後、彼は言う。


 「シレーナさんに繋がらないそうなんで…」

 「ということは、結果が出たのか?」

 「はい。タカヤさんが回収したワイシャツに付いていた皮膚片と、ジョナサンのDNAが一致しました」

 「連続児童暴行犯は、やはりジョナサンの犯行だったか…」


 唸るラオに、エミリアは言う。


 「となると、事件は容疑者死亡で書類送検――」


 「本当ですか!」


 突然のメルビンの叫び声に2人は振り返る。

 そこには青ざめた顔の彼。

 

 「どうした、メルビン?」

 「か、科捜研から新たな情報が…」


 唇を震わせながら、彼は言葉を絞り出した。



 「焼死体のDNAと、ジョナサンのDNAは不一致……ジョナサンは…ジョナサンは、まだ生きてます!」


 

 「なん…ですってっ!」


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