52 「狂気の尋問」
現場の安全が確認され、到着した応援の所轄警官によって蛇華の構成員が、連行されていった。
撃たれた特殊部隊員も、すぐさま病院へ運ばれたが、銃弾は急所を外れており、重傷者を出してしまったものの、奇跡的に死者は出なかったのは、正に不幸中の幸い。
そしてデニス・ヨファンも、大破したカマロから引っ張り出された後、国際犯罪捜査室の捜査員によって連行されていった。
すぐに車が調べられ、そのトランクから出てきたのは、40丁のオートマチック拳銃。
大宇K5。横流しされた韓国軍の廃棄品であることは、間違いなかった。
更に、助手席の足元からは、ケースに入った徹甲弾が。
蛇華が乱射した銃弾は、デニスの売りさばいた商品― なのかどうかは現時点では判断しかねるし、これはガーディアンの管轄ではない為、真相は割愛―なのだろう。恐らく。
一方、ガーディアンが捉えた獲物はというと――
◆
「何人死んだ?」
「縁起でもない事を…」
建物二階。
シレーナの問いかけに、ハフシは思わずため息を漏らした。
「3人ほど、弾丸が貫通して重傷ですが、死者は出ていませんよ。特殊部隊の装備も、なかなか捨てたもんじゃないですね」
「あっそう」
素っ気なく返すと、彼女はそのまま振り返り、眼前にいる男を見た。
ラオと貴也によって拘束されている彼こそ、M班が追っていたマー・カーロン。
パイプ椅子に座らされ、後ろに回した腕には手錠がかけられている。
「さて、こっちもそろそろ」
シレーナは相変わらず、裸眼のまま彼を睨みつける。
「マー・カーロン。正直ワタシは、お前らが何をしようと興味はないし、更生させようとする捻じ曲がった正義感もない」
それを聞くと、マーは椅子にふんぞり返る。
「面白い事を言うじゃねーか。
というと何か? コイツはサツの暇つぶしってか?」
マーの軽口に反応せず、シレーナはブレザーからジョナサンの写真を取り出した。
「目的は1つ。単純明快」
そう言って、マーの眼前に写真を差し出す。
「コイツを知ってるか?」
「ああ。知ってるさ」
瞬間、全員の目が光る。
「答えてやってもいいが、条件がある」
「何だ?」
マーはシレーナをなめるように見回し、下衆な笑みを浮かべて言った。
「ストリップしな。先ずは上からだ」
その瞬間、貴也は怒鳴った。
「お前っ、ふざけるんじゃないぞ!」
だが
「いいわ」
「シレーナ!」
冷淡に言うと、シレーナはその場で、何の躊躇もなくブレザーを脱ぎ、赤いネクタイを解く。
「やめろ。そんなこと――」
「大丈夫。慣れてるから」
「慣れてるって…」
そして白いワイシャツに手をかけた時
「おおっと。シャツは脱ぐな。はだけさせるんだ」
「……」
「シャツから覗くブラと肌が、俺は一番萌えるんだ」
と、自分の性癖を開けだす彼の前で、シレーナはシャツのボタンをすべて外すも、それを脱がず、彼の前に仁王立ち。
ワイシャツの間から、白い肌と荒染めのように、薄紅の下着が覗く。
相変わらずの冷淡な声で、再度。
「さあ、脱いだぞ。話してもらおうか」
「もうちょっと色気が欲しかったが…まあ、いいか」
マーが開口一声。その人物の名を――!
「そいつ、アレだろ? 五丁目の牛乳屋のトンさんだろ?」
デタラメな名前を言い、大笑いを醸す。
全てはシレーナの体が見たいがための出まかせ。
それに、貴也は無論、ラオもハフシも怒り心頭。
M班代表として、貴也がマーの襟首を掴み上げる。
「いい加減にしろよ!」
「うわあ~。怖いお~」
笑いながら変顔で、明らかにおちょくった態度のマー。
もう、次にはロケットパンチでもお見舞いして――
「そうね。トンさんによく似てるな」
呆気にとられた。
シレーナが、彼の冗談に乗っかったのだ。微笑みながら。
「シレーナ!」
すると彼女は、傍の冷蔵庫に近づいて中を見た。
電気が通っていないその中には、春の陽気でぬるくなったジーマの瓶が詰め込まれている。
言うまでもなくマーは未成年。アルコールを飲める齢でもなく。
「ふうん。ジーマねぇ…」
その透明な瓶を取り上げると、はがれた屋根から差し込む午後の日差しにかざした。
クリスタルな影が、ワイシャツに投影され、どこか芸術的な雰囲気を殺伐とした現場に造りだすのだが。
「タカヤ、ラオ」
そう言って、2人にジーマを放り投げる。
3本ずつ、合わせて6本。
「傍のテーブル持ってきてさ、それを彼の横に置いてあげて」
「え?」
「いいから」
疑問に思う貴也をよそに、2人はジーマを、言われた通り両脇にテーブルを置き、そこにジーマを並べた。
丁度、彼の肩のあたりに瓶が置かれている状態だ。
そして、シレーナは言った。
「どう? 飲みながら話さない? 喉乾いたでしょ?」
「いいねぇ! なら口移しで飲ませろ。そうすれば、もっといいこと教えてやる」
「ええ。お望みのままに」
この期に及んで欲望を優先させるマーに、貴也たちは怒りを通り越し幻滅を覚える。
それでもシレーナは、動じず、前を隠さずに近づく。
取り調べと言うより、場末の地下劇所のようなショー。
「フフッ。じゃあ、今から空けてあげる」
微笑んだ少女、歩み寄った刹那!
「ひいいいいっ!」
マーの悲鳴をかき消す銃声。
突然、シレーナが銃をぶっ放した!
それは自分の銃ではなく、先ほどアジト捜索で押収したTED―DC9。
使用されなかったものらしく、徹甲弾は装填されてなかった。
だが、リキュールの小瓶を割るには充分。
マーの耳元で、ジーマの瓶が破砕されていく。
銃弾は一発も当たることなく。
恐怖におののいたマーは、椅子から転げ落ち、這うように逃げようとするが、そこには先ほどストリップをさせた少女。
表情は能面の如く無。さっきまでの反応が嘘のように。
そして、マーの体を上から踏みつけて見下ろす。銃口を突きつけて。
「甘く見るなよ」
そして、足で身体を揺り起こし、仰向けにすると、その場に膝をつき、顔を近づけた。
動揺する彼に、発する言葉もない。
「膨らんでたナニは治まったか?」
「ひっ!」
「1つだけハッキリさせとこうか。マー・カーロン。
ワタシは、ここにいる連中とは違う。
未成年だからといって容赦はしない。
人権も少年法もワタシの前では戯言だ」
「な、なんて…」
「さっきのは前座だ。次馬鹿やったら、すぐに殺すからな」
改めて、写真を突きつけた。
「コイツを知ってるな?」
「あ、ああ」
「名前は?」
「ジョナサンって名乗ってた。本名かどうかはしらねえ…もういいだろ?」
だが、シレーナは続ける。
「売ったのか?」
「ああ。打ったよ。テメエのおかげで頭をなぁ!」
再び下衆笑み。
するとシレーナは、マーの髪を掴みながら立ち上がり、痛がる彼を引きずって、近くのドラム缶に押し付ける。
「いってーだろーがよおっ!」
「言ったよな。次は殺すって」
押さえておけばいいものを、マーはハイテンションになり挑発を始めた。
「おお、殺してみろよ…殺してみろよぉ! 人も殺せないクソガーディアンがなぁ!」
再度銃声。
彼の足元に銃弾を撃ち込む。
つま先に着弾した様子を見て、怒号は止んだ。
しかし今度は、足をばたつかせて暴れ始めた。
「や、やめてくれぇ! お、俺が悪かったあっ!」
「なら答えろ。売ったのか? 銃を」
「助けて…助けて…」
今度はドラム缶の中に向けて、乱射。
押し当てられた左耳に、破裂音がこだまし、鼓膜が張り裂ける。
「ああああああああああっ! 耳が! 耳が消える―!」
「言え」
「いやだ! いやだあああああっ!」
再度銃弾を撃ち込む。
何度も、何度も、何度も。
既にマーの聴力はないに等しかった。
銃を撃ちきったシレーナは、銃を放り捨て、その革靴でドラム缶を蹴り上げた。
威力は銃より小さいが、マーの精神を揺さぶるには充分すぎる。
「言え…言えっ!」
「畜生めえっ! バーローっ! こん畜生っ!」
発狂の叫び。
すかさず、貴也が止めようとシレーナの肩を掴むが
「邪魔だぁっ!」
空いた左手で裏拳。その勢いは、彼を後ろに弾き飛ばすほど。
今まで感じたことのない痛み、狂気に、思わず後ずさり。
無理はない。
笑ってるのだ。
感情表現の薄い、あのシレーナが。
とっても楽しそうに。
つり上がった口角では隠しきれない程に露わとなる歯、鋭い眼光。
そこにいたのは、知っている少女ではない。
怪物…バケモノ…否、そんな形容詞以上に野蛮で、危険で、享楽的な艶姿。
群青の瞳は、今の貴也には血にも似た紅蓮に映る。
「おまえ…本当に、シレーナなのか?
クラスメイトの…ガーディアンの…あのシレーナなのか?」
だが、今の彼女に、この言葉が届いている訳もなく。
遂に彼女は、マーを引っ張ると、吹き抜けに上半身を突き出させ、階下を見下ろさせた。
手を放せば、即座に地面に叩き付けられる。
既に精神が限界に近いマーは、抵抗する声も上げられない。
「クッフフフフフフ」
さっきとは違う、屈折した笑い声。
瞬間、ハフシが気付いた!
「まずい! このままじゃ暴走する!」
ナースメイド服の右ポケットに、手を伸ばした…その時
「う、売ったよ…ジョナサンってやつに…デニスの銃を…」
「いつだ? 4月16日か」
「いや…違う」
「違うもんか! なら、どうして殺人現場の傍にいた?」
「違うんだ…」
「何がっ!」
「確かに、その日俺は銃を売った…でも……最初に奴に銃を売ったのは去年だ」
その瞬間に、シレーナから、あの笑顔が消えた。
最初?
シレーナは、マーを引っ張り、傍のソファに押し倒すと、自前のUSPを向けて尋問を再開した。
スプリングの抜けた、ある意味寝心地の悪いソファ。
割れた瓶から、リンゴの甘い匂いが立ち込める。
「銃を2度売ったってことか?」
「あ、ああ」
「いつだ?」
「最初は去年の12月入ったごろだ。金に困ってカツアゲしたのがアイツだったよ。
奴は俺が、デニスとつるんでることを知って、大金をやる代わりに銃をくれって言ってきやがった」
「それで、売ったのか?」
「断れば警察にチクるとも脅してきやがったが、それ以上に、俺は金が欲しかった」
「“オトシマエ”だな?」
「ああ。グランツ港に沈むのは御免だからな」
ラオの言葉に頷く。
「いくらで売った?」
「は、80万だ」
と、言われても――
「それって、安いのか?」と貴也はラオに聞いた。
すると、意外にも答えたのはハフシ。
「確か、此の国の裏社会での拳銃の相場は、現在一丁30万前後。
無論、これはトカレフやマカロフといった、入手が容易で安価な拳銃での話で、今回のような軍用拳銃なら、もう少し値を上げていたはずだ。
だが…いくらなんでも、80万なんて金額、学生が簡単に払える額じゃない!」
それでも払った…ということか。
ハフシは吐き捨てるように言う。
「あのバカ親父。壁を築くために、どれだけのカネを彼に払ったって言うんだっ!」
「俺をからかってるって最初は思ったさ。だが、約束の時間、約束の場所に奴は来た。手に80万を入れた封筒を握りしめて。まるでお使いにでも来ている感覚さ。
額が足りない。俺がそう言うと奴は、懐から更に厚い財布を取り出して言ったんだ。
じゃあ、いくらならいいのか。って…凍った目で俺を見ながら…」
「……」
「俺は怖くなって、80万と引き換えに拳銃を渡した。もう二度と姿を見せるな、そう言って」
「渡したのは、いつだ?」
シレーナの言葉に、彼は言った。
「確か12月20日だったはずだ」
その言葉が正しいなら、拳銃を入手したのは自動車事故の4日前。
恐らくジョナサンは、実の父親の殺害を計画し、殺害方法を銃殺と決定。その最終段階として銃を入手したものの、ターゲットが不慮の事故で他界。幸か不幸か目的は達成されたが、それは自分の手による完全な死に様ではなかった。
ジョナサンが涙ながらに吐露した“父親が死んだ。これからどうすればいいのか分からない。計画が台無しになった”という言葉は、こういう意味があったのではないか。
だとすると、用無しとなった拳銃は、どこへ消えたのか。
「そんで正月明けに、忘れたころにってやつかな、ジョナサンからまた、拳銃が欲しいって電話がかかってきたんだ。
もう、アイツとは関わりたくはなかったが、カネが思うように集まらなくて、アイツの話にすがりついた。今度は値を上げて100万。それでも彼はゲンナマで支払った。それが4月16日の、あの場所での出来事だよ。
まさか、あの近くで人殺しがあっただなんて知りもしなかったよ」
「嘘だ。防犯カメラのあった場所は、事件現場の目と鼻の先だ」とシレーナが詰問。
「嘘じゃねえよ! 取引場所は最初、ゼアミ駅東側の地下駐車場だったんだ。それがジョナサンの電話で、あの近くのモータープールに変わったんだよ!
言ってみるとジョナサンがジャージ姿で立ってて、銃と引き換えに札束を受け取って帰ったんだ」
確かに、あの倉庫の2ブロック先にはモータープールがある。人があまり立ち入る場所ではないし、そこからなら倉庫は死角、と言うより見えない。
兄妹の返り血を浴びたジョナサンが、ジャージに着替えたとすれば、彼の姿も納得がいく。
それに、マーが嘘をついてジョナサンをかばうメリットなど、どこにもない。
「となると、彼に売った拳銃は2丁ってことか!」
ラオが聞くと、マーは頷いた。
「ただK5じゃないぜ。そう簡単に渡せる代物じゃねえからな。売ったのは獄龍会が使ってたトカレフ T33だ」
「弾数は?」
「マガジンに8発入ってる。こないだは弾丸も注文されて、20発やった」
「もう一度聞くが、渡したのはK5じゃないんだな?」
すると、マーは逆切れ。
「しつこいな! そう言ってんだろ!
警察に目を付けられるからって、チンピラどころかマフィアの連中も買おうとしねーんだ! あったまに来るぜ。それでも裏の人間かよ!
ジョナサンにやろうとしたが、警察に駆け込まれると厄介だってデニスの野郎が言うもんだから、仕方なくトカレフを渡したんだっ!」
しかし、口述では信用できない。
すぐに貴也が走って、銃の数を確認した。
警察が押収したK5は全部で38丁、FBIが押収したものと合わせれば50丁。
全部揃う。
ひとまずは安心した。
まだ市中に軍用拳銃は出回っていなかったのだ。
しかし、ハフシの話に戻るが、どちらにしても裏市場より高い銃の価額。それを了承したということは、ジョナサンはそれだけの額の金を所持していたことになる。
一息ついたところで、質問者が再度シレーナにバトンタッチ。
「最初の拳銃は、どうしたんだ?」
「ジョナサンが言うには、必要が無くなって捨てたそうだ。でも、また銃が必要になったから――」
「必要になった?」
「らしい。それに別れ際には変なこと言ってたしな」
「何て言った?」
「小難しい事を言っていたけど……確か…こうだったかな?」
マーの記憶によると
「この銃はカンショウバクヤ。シュンジュウの旅路に、私は彼女と誘おう」
「カンショウバクヤ?」
貴也やハフシが首を傾げる中、その言葉に頷き反応したのはラオだった。
「干将莫邪。楚の名刀がこしらえた、雌雄一対、つまり2つで1つの姿をした名刀だよ」
「拳銃は2丁、銃を干将莫邪と言ったのも辻褄は合う…でも、どうして、それを刀剣と重ねたんだ?」
ハフシが聞くと、ラオは唸り
「もしかして、シュンジュウって、そういう意味なのか?」
と独り言。
「どういうこと?」
「中国の歴史書の1つに呉越春秋って書があるんだ。呉と越という2つの国の興亡が書かれているんだけど、そこにも干将莫邪の話が出てくるんだ。
元々、干将莫邪は1人の刀鍛冶の名前なんだが、この呉越春秋では干将と莫邪っていう夫婦として出てくるんだ。確か干将が最初に刀を作り、莫邪がもう一対を作るために身を投げ――」
「そういうことかっ!!」
唐突。
シレーナが青ざめた表情で叫ぶと、銃を構えたまま、左手で二つ折りのケータイを取り出しダイヤル。
「どういうことなんだよ、シレーナ」
状況が呑み込めない彼らを置き去りに、シレーナは叫んだ。
「エル! 直ぐに突入しろ! ジョナサンは自分の母親を殺す気だっ!」
群青の瞳は、大きく揺れ動いていた。動揺する心と連動するように。
しかし、大事なことを失念している。
ジョナサンは焼死している…はずだという事を……。




