51 「アジト突入!」
PM1:25
朱天区 魯迅5丁目
旧美亞自動車整備工場
トタン屋根の小さな町工場や倉庫が立ち並ぶ一角に、一際大きな廃墟があった。
5年前に廃業した、かつて朱天区最大の自動車整備工場とよばれたそこは、時代と人々の忘れ物。
沈没船を想像させる骨格と外壁の錆び具合、窓の少ない工場のような建物の足元には、これまた古びたガソリンスタンドと廃車。それらを守るように立ち入り禁止の黄色い鉄柵が、ぐるりと周囲を取り囲む。
だが、中にいる連中―とはいうものの、封鎖された建物に人がいるのは、色々な意味でおかしいが―は知らない。
更に周囲を、警察が取り囲んでいることを。
物量戦とでも言わん限りの黒セダン、ワンメイク。そこに背広の上からチョッキを着た男と、全身を黒ずくめのアサルトスーツで纏った屈強なナイトウォーカー。
国際指名手配犯デニス・ヨファンと、市警が手配した重要参考人マー・カーロン。そしてマーの所属する暴走族 蛇華を逮捕、制圧するために緊急招集された突入チームである。
中心にいるのは、オパルス中央警察の国際犯罪捜査室のメンバー。それをサポートするのは、市警本庁捜査四課。そして同じく市警所属の対特殊作戦部隊、通称“コルヴォ”。
建物の影からハンドガンやサブマシンガンを手に様子を伺い、離れたビルからは狙撃手がスコープで内部を覗く。
そんな現場に、ワインレッドのケンメリとアイアンナースが到着し、中からいつもの3人が降りてくる。
「ご苦労様です」
一足先に着いていたラオが、シレーナに近づく。
「状況は説明しました。アナスタシアさんも、中央警察に状況を伝えてくれたそうで」
「了解。状況は?」
H&K USPを右手に、シレーナは聞いた。
「コルヴォ3が、建物内部を目視及びドローンを使用して偵察したところによると、建物は2階建てで、入り口と中央部が吹き抜け。そこに、およそ20名がいるとのことです」
「マーも、そこに?」
「いえ、サーモシステムによる計測ですので、そこまでは…ですが、20名という数は、マーと、彼が従えている構成員の総数と一致します」
「成程ね。で、デニスの方は、どうなってるの?」
「水瓶市場西700メートルの市道上で、国捜が標的をロスト。30分前に警ら中の朱天分署の警官が、魯迅5丁目内で、標的と同型の車が走行しているのを確認しています。
既に、この付近にいると見て、間違いないですね」
了解。
それを代弁するように、シレーナは銃の弾倉を取り出し、玉の数を目算。再装填。
2人の前に、背の高い背広男が現れる。
「国際犯罪捜査室室長のフォックス・グレコだ。
警察庁から直々の御達しはあったが、あくまでも今回の作戦の主任務は、指名手配犯デニス・ヨファンの逮捕拘束だ。既にワシントンからFBI捜査官2名がこちらに向かっているため、ミスは許されない。
よって、君達ガーディアンはオブザーバーとして、事態が収束するまで傍観していてほしい。
相手は銃火器で武装している可能性が高く、また、建物内では、どのような事態が起きるか分からない。ここは、場慣れしている我々と、特殊部隊の出番だ。子供の出る幕ではない」
と意気揚々に言うフォックス。
シレーナは頷き
「わかりました。拳銃の方は警察に任せます。
ですが、あなた方がアジトを捜索中、我々はマーの身柄を一時的に預かり、ジョナサンとの関係を調べさせていただきます。
それが市警と我々M班の最重要ミッションですから。
彼が所持している拳銃と弾数、それにジョナサンに関する情報を聞きだせれば…いいえ、聞き出します。どんな手を使っても」
「そんなことができるものか。相手は手配犯と取引している可能性があるんだろうが」
上から目線の彼に、群青の瞳の少女は言う。
「我々は少年犯罪捜査のプロです。彼らが並べる御託のレパートリーも、行動パターンも熟知しています。どんな厄介な連中も、カモを撃つように、容易く落とせる自信くらいありますよ」
対峙する2人の横で、貴也はラオに耳打ち。
「FBIが動いているって…事態が急すぎませんか?」
「どうやら詳細は伏せているようだが、既に米国内で、韓国軍の廃棄拳銃による事件が起きていたらしい。まあ、あのフォックス曰く、未遂で終わったようだけど。
この事実が公になれば、収拾のつかない国際問題に発展することは目に見えている。韓国だけでなく、同盟関係にある米国政府や軍も、世界中から責任を追及されるだろう。その上、この時期は米韓が合同軍事演習を行っているから、情報が流れれば一番痛手を負う時期だ。
そうなる前に事態を水面下で鎮静化させたい、っていうのが米国の思惑だろうよ。
んで、幸か不幸か、此の国も米国と同盟関係とはいかないが、政治的な繋がりがある訳だ」
「公民の授業より複雑な、国際関係の化かし合いってことか…」
その時、シレーナにアナスタシアから電話。
――状況は?
「大まかなところは、聞きました」
――FBIの特別捜査官に連絡を取った。旧知の仲で今こっちに向かってるがね。
彼女によると、水面下でCIAが動き出しているそうだ。利権的な面からしても“野良犬”の獲物を“ハゲタカ”に全部持って行かれるのが癪なんだろう。
「成程。失敗は許されないという事ですか。では、グレイプニルは――」
――任務は逮捕、射殺は許されない。だが、一筋縄ではいかない連中だ。否が応でもエキサイトしてもらうことになるだろうから、突入の際は、“パラーチ”を解いてくれ。
万が一があればシレーナ。先陣をM班にチェンジする。そう言った場面では、君達が手練れだ。
「了解。連中の獲物は、分かってるんですか?」
――所持している銃器は、カラーギャングたちのそれと、変わりないさ。
厄介なのは、マーが売りさばこうとしている拳銃が出てきたときだ。タブレットを。
そう言われ、ケンメリに積んでいるタブレット端末を取り上げると、数枚の写真が出てくる。
黒光りする見慣れたそれが、キャンベルのスープ缶のように規則正しく並べられていた。
――FBIとBATF― アルコール・タバコ・火器及び爆発物取締局 ―が押収した、デニスの卸売商品だ。
大宇K5。軍および旧海洋警察庁で採用されている、官憲用拳銃だ。
ナンバーから、2年前に廃棄処分となった拳銃と判明している。
「処分された数は?」
――50丁。そのうちの12丁が、FBIによって押収されている。
それ以外は、まだデニスが所持していると考えていいだろう。これがグランツシティに出回れば、取り返しのつかない事態に発展するだろう。
その時だった!
特殊部隊の無線が叫んだ!
――コルヴォ5から親鳥。対象が正面、GSに停車。
全員が同じ方向を向いた。
整備工場正面に位置する、付属のガソリンスタンド。
その前に、丸いヘッドライトとかくばったフォルムがノスタルジーを誘う、黒い旧式のシボレー カマロが停車し沈黙していた。
「ナンバーも同じだな。間違いない。デニスの車だ」
双眼鏡を覗きながら、フォックスは確信するが、車はエンジンをかけたまま、そこに留まり続ける。
「こちらに気づいたか?」
しばらくすると、工場内から数人の若い男たちが出てきたかと思うと、バリケードにしている車を押し出し隙間を作った。
自走不可能な程、錆びたセダンがゆっくりとタイヤを転がす。
そこからカマロが進入すると、車外に背の高い男が出てくる。
「間違いない。デニス・ヨファンだ!」
フォックスが声を殺しながら叫んだ。
更に工場から、彼より若いあどけない顔の少年。
革ジャンを来てツッパッってるのが、痛々しく見えてしまう。
「彼だ。マー・カーロン」
ラオが冷静にシレーナへ。
頷き。無言。
そして、2人がカマロに乗って倉庫に消え、若者が車を元に戻そうとした時だった。
「突入する」
フォックスの言葉に、シレーナ達は驚いた。
「待ってください! まだ取引を確認していません。無謀です!」
「この機は逃せない。
相手は国際指名手犯だ。逮捕する口実ならいくらでもあるからな」
「しかし…っ!」
ハフシの必死の訴えも、聞こえないかのよう。
「突入準備」
特殊部隊隊長に指示を出し、それを合図に黒づくめの連中が、建物を取り囲む。
その様子を冷静にシレーナは見ていた。
「シレーナ先輩!」
「何を言っても無駄ね。どうせ、FBIへ媚を売りたいんでしょうよ。国際犯罪捜査機関としてね。
…私たちも行くわよ。準備して」
「了解!」
瞬時にM班の面々にも緊張が走る。
無論、貴也もだ。
まかりなりにも、研修で訓練も受けたし、ガーディアン承認試験でも、突入による捜査は必須項目。
しかし、いざとなると足がすくむ。喉が渇く。見えない汗が滴る。
相手は20人。殺傷能力が高い武器を持ってる。
片やガーディアンは防弾チョッキに、特殊技術による人を殺せない銃。
もしもがあれば――。
手にしたグロック17を見下ろす彼に、シレーナが耳元でささやいた。
「足手まといにならないで、なんて酷なことは言わないわ」
「え?」
「確かにガーディアンに、突入による捜査のスキルは必須だけど、これって平均的にみると、一番ガーディアンにとって不必要なスキルでもあるの。
だって、そんな場面、めったにないから。
ましてや、タカヤは新人。これが初めての経験だからね」
「あ、ああ…」
「だからタカヤには、私たちの後方支援に回ってほしいの。先の市場での戦闘で、君の銃撃戦に関するスキルが、なかなかあることは、よく分かったから」
その言葉が褒め言葉なのは分かるが、今は慰めにもならない。
状況が違い過ぎるからだ。
否、1つだけ共通する事象があった。
「大丈夫、銃弾がタカヤに向かってくることはないわ」
「どうして、そう言えるんだ?」
「……ワタシが、絶対に撃たせないから」
そう。傍にいすぎて忘却しそうになった事柄。
シレーナがいる。眼鏡を外した、あの眼のシレーナ。
そう、今この瞬間も……。
刹那! ボロ車のバリケードを戻そうとした若者を、コルヴォが急襲。
残光が脳裏に焼き付くほど強力なフラッシュライトを至近距離から照射し、延髄に衝撃を与え、悲鳴も出す暇すら与えさせずに気絶。
その場に倒れた若者たちを拘束すると、今度は建物正面と後方から部隊が一斉に突入。
ボロボロのトタンを、バッテリングラムという筒状の破壊道具でぶち破り、そこから整列した特殊部隊員が脱兎のごとく進入し、フォーメーションを展開していく。
追走する国捜とシレーナ達。
だが…!
「敵襲!」
“もしも”は唐突に。
前方の隊員が叫んだ直後、悲鳴がこだまし、地面に隊員たちが倒れていく。
建物正面から中に入ると、乱雑に廃車やドラム缶が置かれ、そこには盗品か、不釣り合いなソファや薄型テレビ、スマートボール台が置かれている。
そこにくぐもった声をあげ、うずくまる精鋭たち。
バイクにまたがり、銃を構える蛇華のメンバーが、建物の奥から浮かれ声を上げていた。
「まずい! 徹甲弾だ!」
ラオが咄嗟に叫ぶと、警官たちは散りじりに物陰へと隠れ、応戦する。
特殊隊員らは撃たれた仲間を引っ張り外へ。
お構いなしと言わんばかりに撃ちこまれる銃弾に、彼らは恐怖を思い知る。
国捜の捜査官の1人、彼の傍にあったプラズマテレビが、一瞬で跡形もなく吹き飛んだ。
これが人間と考えると…気持ち悪さに反吐が出そう。
しかも厄介なことに、今回は射殺不可のミッション。
それは手配犯の拘束以外にも、相手が“あらゆる面で保護下に置かれる必要”がある未成年者という、法律上の理由からだった。
警察官が手にしているのは、通常の任務で使う拳銃。撃てば最悪、死人が出る。
不祥事続きの警察が、責任を追及されることは目に見えていた。
否、厄介なのは警察だけでなく、蛇華のメンバーもだ。
ギャングのような連中が、通常ならば入手不可能な徹甲弾を用いている。これは人体を貫通させる“人道的”な弾丸で、防弾チョッキもこの弾の前では、太刀打ちできない。
それに加えて、彼らが所持しているのは、此の国のカラーギャングの間で広く流通しているイントラテックTED―DC9。
元は軍用サブマシンガンとして開発され、単発式民間拳銃として発売された銃なのだが、簡単にフルオートへ違法改造できてしまう欠点を持っていた。
そう。防弾チョッキを貫通する程の銃弾を、奴らは乱射しているのだ。
トリガーを引き続けるだけの、簡単なお仕事。
反撃しようものなら、真っ赤なソースを纏ったミートローフが出来上がる。
だが、警察にはできなくても、彼ら…否、彼女がいる。
「フォックス!」
入り口正面に横転する廃バス。
その陰に隠れるシレーナが、向こうで銃を持ったまま固まるフォックスに叫んだ。
「ここからは、ワタシ達がやる。いいな!」
「何を言って――」
「その間に、撤退して応援と救急車呼んで来い! この状況じゃあ、アンタらも蜂の巣だ!」
「勝手なこと言うな! お前たちも死ぬぞ!」
この瞬間にも、銃弾はバスに向けて撃ちこまれる。
幸いなのは、蛇華メンバーに腹を向けてひっくり返っているため、銃弾はまだ、彼女たちには到達していなかったのだ。
それでも、貫通は時間の問題。
フォックスの言葉に――。
「あっははははははははははははははっ!」
シレーナが面白おかしく笑い声をあげた。
銃声すら、かき消すほど。
その姿に、貴也は怖さを覚えるも…
(笑った。シレーナが……初めて笑った)
その方が衝撃的だった。
彼女に、笑うと言うコマンドがあったことに。
「出来るんだよ。ワタシならばね…タカヤ!」
横にいた彼は、シレーナの問いかけに。
「はいっ!」
「突っ込む準備をしなっ!」
「え?」
疑問を投げかけるより早く、シレーナは銃を左手に持ち替えると、バスの影から一瞬だけ、バイクにまたがるギャングたちを見て、ゆっくりと目を閉じた。
バスの屋根に背をつけて、まるで眠るように。
そして――!
銃声!
バスの影から手を伸ばし、少女は銃の引き金を引いた。
一発。1人倒れる。
二発。また1人。
三発、四発、五発――。
「冗談…だろっ…」
貴也が絶句するのも無理はない。
全て正確に、そして確実に急所を当ててきている。
絶対に倒れても反撃できないように。
「な、なんだ?」
「一体、どこから撃って…」
隙!
狼狽するメンバーたちの視界に、舞い上がる人影。
亜麻色の髪を振り上げたそいつは、横転したバスを飛び越え、群青の瞳でこちらを笑う。
横向きに構えた拳銃から。
バン、バン、バン。
バイクと一緒に倒れていく。
舞い降りた少女に向けて、まだ残っていたメンバーが徹甲弾を乱射。
クッキング――!!
「う、ウソだろっ!」
撃つ手が震えていく。トリガーから指が離れる。
無理はない。
照準は―と言うより、何十発と撃ちまくれば絶対に何発かは当たるはず。
当たらない。一発も。
迫る弾丸を、全て交わしていたのだ。
まるで、向かい風を肩で切るが如く爽やかに。
もう、ギャグを通り越してアベコベ。
相手はただの女の子じゃない!
そう思ったのは蛇華の連中だけではない。それを見ていた貴也も……。
気が付けば、バイクにまたがっていた連中の半分が土煙の中に倒れている。
だが、ここからも地獄。
戦意を喪失したメンバーが銃を捨てて、反対方向へ逃げるも、物陰を利用して先回りしていたラオが、ジークンドーを繰り出していく。
瞬く間に、全員が足元でおねんね。
更に強行突破をしようものなら、貴也とハフシの銃が火を噴く。
特にハフシの銃は、トリガーの前に折り畳み式のグリップを備えたベレッタ M93R。
三点バースト― 銃弾を三発ずつ連射できるシステム―を備えた、オートマチック拳銃である。
無論、他の拳銃同様に単発での発射も可能だし、今回はソレで相手を打倒していく。
バイクに弾丸が命中し、次々と横転。その隙に彼らを逮捕していく。
だが――!
「なんだ?」
貴也が咄嗟に口に出した。
工場の奥から響いてくる唸り声。
その正体は、デニスの運転する黒のカマロ!
スピードを上げて、倒れたバイクやドラム缶、ソファをなぎ倒しながら、こちらへと迫ってくる。
その車内。間一髪で避けたラオは、デニスとマーの蒼白した顔を目視した!
「シレーナ、奴だ!」
「ハフシ!」
「オッケー!」
シレーナの叫びに、眼帯の乙女はナースメイドのロングドレスをなびかせて、カマロの前に立つ。
グリップを立たせ、フルオートボタンをノック。左手の親指をトリガーカバーに引っ掛けて固定。
翡翠のような緑色の右目が、アイアンサイト越しに睨みつける。
「さあ…手術を始めよう…!」
自分に語りかけるように呟くと―― 三点バースト!
同時に放たれた三発の銃弾が、フロントガラスを曇らせる。
パニックによってコントロールを失ったカマロは、そのままハンドルを左右に切りながら、スピードを緩めない!
「逃げろっ!」
「うわああっ!」
貴也が避けた直後、カマロは彼らが盾にしていた廃バスに激突。その反動で後ろに吹き飛び、倒れていた仲間のオフロードに乗り上げて止まった。
だが、助手席に乗っていた男はあきらめなかった。
「こんのやろおおおっ!」
マー。雄たけびをあげて銃を取るも――。
「動くな」
冷たい声の後に、彼の手から銃が吹き飛ぶ。
痛さに手を押さえながら、マーはUSPを左手に近づくシレーナを睨んだ。
「お前たちは…ガーディアンか?」
「それ以外、何に見えるんだ? え?」
シレーナの銃口が、マーの頭に突きつけられたとき。
それは、真の意味で制圧完了。
本庁の無謀な指示から3分。
華麗と言えば聞こえがいいが、とにかく2人の手配犯は、この瞬間に御縄についたのだった。




