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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
104/129

50 「最低」

 

 AM11;20

 北区 市立北中等学園



 古びたコンクリート造りの校舎が建つここは、エマ・ルイーザの中学時代の母校。

 既に高等学園は、聖トラファルガーのガーディアンによって捜査が行われていたが、彼女は入学式にも姿を見せず、不登校状態が続いていたのだと言う。

 恐らく、出産が近づいており、まともに学校に行ける身体ではなかったのだろう。


 そのため、中等学園に捜査の目が向けられた。

 彼女の担任なら、何かを知っている…否、知っていないとおかしい。


 シレーナのケンメリが滑り込むと、そこにはアイアンナースと、もたれかかるハフシの姿。

 合流すると、そのまま3人は職員室へ。

 連続児童暴行事件の共犯者として調べたいが、ここは、嬰児遺棄の案件を最優先。

 シレーナはハフシに、そう伝えた。

 IDを見せると、用意していましたと言わんばかりに会議室へ通される。


 笑顔を見せて出迎えたのは、エマの担任。ビル・コナー。

 

 「教科省と警察からの連絡を受けて驚きましたよ。何かの間違いじゃありませんかね?」

 「それを調べるのが、私たちの仕事です」

 「でも、君達は生徒で――」

 「ご安心を。私は医師免許を持ってます。プライバシーの配慮や医学事項も兼任できますから」


 そう、ハフシは言い放つ。

 再度貴也に衝撃。


 まさか、ハフシが医師免許を持っていたなんて……。


 彼にハフシは先ず、セオリー通りの事を聞いた。

 

 「学校内での彼女の様子はどうでした?」

 「“普通”ですよ。特に問題を起こす子ではありませんでしたし、クラスの中でも、そう目立つ存在ではありませんでしたね」

 「友人関係は?」

 「特に親しい友達はいませんでしたよ」

 「学校には、ちゃんと来ていましたか?」

 「はい。しっかりと。ただ、高校受験が終わって、卒業前は休みがちでしたね」

 「卒業前…というのは、いつごろの話ですか?」

 「数日ほどですよ。まあ、4~5日程度ですかね」


 ハフシが切り込んだ。

 そう、これが事実なら、この担任には責任が問われるからだ。


 「おかしくありませんか?」

 「なにがです?」


 担任は相変わらず笑顔。


 「女性が受精してから出産するまで平均266日です。その間、女性には身体や精神状態などに、様々な特異が見られます…と、言っても、これらはあなた方が保健体育の授業で教えている内容でしたね。

  話を戻しましょう。出産日時が4月16日ですから、単純計算でも受精したのは昨年、2016年7月28日前後。あなたも学校も、彼女の異変に気が付かなかったんですか?」

 「そんな…私は3年間ずっと彼女の担任でしたが、異変なんて…第一、そんなの知識が無かったら分からないでしょう」


 彼は反論するが、ハフシは冷静に。


 「妊娠した女性に見られる最も大きな身体的差異。それは胎児の成長に伴う腹部の膨張です。突然にお腹が膨れてきたのなら、異変に気付くはずです」

 「それだけでは、何とも…」

 「肥満や栄養失調など、何らかな疾患も考えられますよね? そういった危険も考えられるハズですし、あなたの言うとおり、彼女がずっと学校に来ていたのなら、何らかのサインを見落とす方がおかしいと思うんですが。

  どうでしょう?」


 そう言われ、ビルは黙り込む。

 笑顔はない。


 すると、シレーナは不意に立ち上がって外へと。

 貴也は、それを見送るだけ。


 ハフシは息を吐くと

 「では、話を変えましょうか。あなたから見て、エマと言う少女は、どう見えましたか?」

 「さっきも言ったように“普通”の女の子ですよ」

 「3年間も一緒にいたのに、そんな答えですか? もっと具体的な感じを聞きたいんです」


 すると、ビルは目を泳がせた。

 何も言葉を発さない。


 「どうかしたんですか?」


 貴也が聞いても、無言。

 否、目を斜めに終始向けているという事は、何かを思い出そうとしている証拠。

 しかし、つい最近卒業した教え子だ。何を思い出そうと言うのか。


 言葉が流れず、時間だけが無駄に走り去る。

 その時だった。


 「答えられないのも、無理ないわね」


 扉を開けて、現れたのはシレーナ。

 手にはファイルが一冊。


 「処分予定資料の中に、エマに関するファイルが残ってました。

  それを見る限り、彼女は不登校気味で、少ない時は月に一週間程度しか学校に通っていない。にも拘わらず、担任であるアナタが家庭訪問をした形跡も、相談等の場を設けた形跡もない。それどころか、成績は三年間ずうっと優良。出席していない学期末テストさえ、高得点を弾きだしたことになっている。

  これは一体、どういうことか、説明していただけますか?」


 ボン、と音を立ててファイルを机に放ったシレーナを、ビルは直視できない。

 今度は視線を下へと逸らす。

 最早、どっちが生徒なのだか分からないくらいに。

 

 「学年主任に話を聞くと、エマの資料は卒業後も、何故かアナタが後生大事に持っていたと言っていました。恐らく、私たちが来ると聞いて、急いで処分したんでしょう」

 「でも、分からない…どうして、卒業した生徒の資料を?」と貴也

 「恐らく、理由は2つ。

  1つは、エマに関する事実が公表されるのを防ぐため。エマに何かあった時、学校側が何も対応していなかったことが公になれば、彼は教員の職を追放されるどころか、場合によっては刑事責任も問われかねない。そう考えたんでしょうね。

  現に彼は、不登校になった彼女に一度も面会に行ってないし、妊娠したであろう時期にも、何もアクションを起こしていない」

 「もう1つは?」


 貴也が聞くと、シレーナは向かいにいるビルを蔑んだ目で見下ろした。

 その眼鏡を外して。


 「アンタ…彼女を何回犯した?」


 その言葉に、貴也とハフシは同時に眼前の教員を凝視した。


 「まさか…!」

 「聞くところによれば、エマは子供の頃から“娼婦の子”って差別されていたそうじゃないか。ならば、そこに群がる大人だって、いてもおかしくない」

 「じゃあ、担任が自分の教え子を穢したとでも言うのか!」とハフシ

 「そうなら、出席率と不釣り合いな成績の理由が頷ける。

  それに、さっきから感じてはいたんだ。この男は、少女を教え子と見ていなかったとね。

  でなきゃ、“普通”なんて言葉、出て来やしないんだからさ」


 ようやく、ビルが口を開いた。

 

 「推測だろ? そんなの」

 「失礼を承知で、アンタの机の中、見させてもらったよ。

  一番下の引き出し。黒い小箱の中からコンドームと、小袋に分けられたピルが出てきた。

  生徒から取り上げたものとは考えにくい…ならば、持ち主はアンタしかいないよな?」


 再度黙りこくったビルを、シレーナはずうっと睨みつけた。

 その視線に耐えられなくなったのか、彼は頭を抱え、髪をくしゃくしゃにしながら言い放った。


 「あの女が…あの女がいけないんだ!

  入学して暫くして、彼女は学校を休み始めた。だから、来れない理由を聞いたんだ! 俺だってちゃんと仕事はしたんだ!

  でも突然、彼女は服を脱いで私に迫った。見逃してほしい、と。

  小学校でも同じようにした。先生が勝手に抱いて、そしたらテストが百点になった。そうとも彼女は言った。

  私は混乱した。こんな生徒がいたのか、と。

  学校に報告しないといけない、と。

  でも、できなかった。  

  次第に私は溺れた。沈んでいった。

  あの白い肌と仄かな汗、未成熟な感触に……。

  それ以来、エマは教え子ではなくなった。彼女を抱き、その見返りに成績を補てんした」

 「後ろめたさは無かったのか?」

 シレーナが言うと、ビルは激高した。

 「抗えなかったんだ! 全てを受け入れた体が! オトコの性が!」


 刹那、ハフシが立ち上がり怒鳴る!


 「いい加減にしろよ!」

 「……」

 「オトコである前に、アンタは先生だろ? ボク達の模範となる立派な人間のはずだろ? 全てに抗えないのなら、どうして闘わなかったんだ?」

 「……」

 「それができなかったのなら、醜い言い訳は止めろ…聞いてるこっちがイライラするんだよっ!」

 

 怒号に、ビルは黙り込む。

 それにトドメをさしたのが、貴也だった。


 「同じオトコとして言いたい。アンタは最低だよ。それ以外にかける言葉が無いくらいに…」

 

 床に崩れ落ちるビルを見て、シレーナはそっと眼鏡をかけるのだった。


 ◆


 一方で、ラオからの情報を基に、ガーディアン経由で、オパルスの中央警察―日本の警視庁に相当するが、市警ではなく国警の立場を取る―にある、国際犯罪捜査室へと調査依頼が舞い込まれた。

 マーと共に、拳銃を売ろうとしている相手を特定するために。


 だが意外にも、マーと絡んでいるとおぼしき人物は、即座に特定された。

 彼らもまた、その人物をマークしていたからだ。

 

 デニス・ヨファン。31歳。

 拳銃密売容疑で韓国警察とFBIから指名手配がかけられていた。


 彼が主に扱うのは、北朝鮮や中国、ロシア東部で製造された粗悪品のトカレフだが、一方で、除隊した元兵士のコネを使い、韓国軍が廃棄した銃火器を入手し、それを東南アジアや米国に密輸している疑いも持たれていたのだ。


 1年半前、拠点としていたソウルのアジトを捨てており、その2か月後に、日本の福岡からマレーシア・クアラルンプールに向かう飛行機に乗り込んだのが、捜査機関が掴んだ最後の姿だった。


 ◆

 

 「クアラルンプールからだと、オパルス首都国際空港に定期便が飛んでいるし、船なら空港より身元チェックが緩い。

  1年半前、クアラルンプールを経由地にして、此の国に入ったとしたら、国内に潜伏していても、おかしくはないな」


 学校を出て情報を聞いたシレーナは、表情は変えず冷静。

 それと対極的に、貴也はあたふた。


 「まさか、市場で俺に向けられた銃って…」

 「可能性はあるわ。その銃の売買のために、マーは兄弟が殺された現場近くに現れた。

  聞くところじゃあ、彼は金に困ってたそうじゃない? それとは対照的にジョナサンは、腐るほどの金を持て余していた。彼が何らかの方法でマーに接触して銃を買ったとしてもおかしくないし、その方が辻褄が合う」


 するとハフシが言う。 


 「でも、おかしいよ。どうして2人は拳銃なんて欲しがるんだ? もう犯行を重ねてるんだし、相手は自分たちより力の弱い子供だ」

 「ええ。問題はそこよ。彼らが拳銃を欲しがる動機も、メリットも見当たらない」


 にも関わらず、彼らが拳銃を欲した理由。

 不意に、シレーナが呟いた。

 

 「拳銃を使う相手が、特定された誰かだとしたら? それも、力も地位も強い、2人に関係がある大人」

 「でも、2人の父親は既に、交通事故で死んでるんだぞ? 今更、誰をターゲットにするんだ?」


 そう。貴也の言うように、もう2人には攻撃対象たる大人はいない。故に、次々と子供たちを手にかけたのだから。

 その時、イナミから電話が入る。

 

 「シレーナ!」

 ――国際犯罪捜査室から一報が入った。別件で現場に向かっていた捜査官が、デニスを発見した!

 「場所は?」

 ――現在、アラヤド区の家庭裁判所前を、車で南下中。

   ナンバー、OPR27-B23672。車種は黒のカマロ。

 「了解」


 3人には勘付くものがあった。


 「南ってことは、目的地は朱天区にある蛇華のアジト?」

 「でしょうね。2人が接触するところを押さえれば、拳銃密売の現場を押さえられるし、何よりマーに尋問できる」


 シレーナは即座に、ケンメリの無線を引っ張った。


 「ラオ! 装備M4で起動し、朱天区へ急行! 市警と合流して、マー・カーロンの身柄を確保する!」

 ――了解!


 「私たちも準備しに行くわよ」

 「OK。後で落ち合おう」


 ハフシはウィンクを飛ばすと、アイアンナースに乗り込み、走り去った。

 シレーナと貴也も、ケンメリに。


 「何をする気なんだ?」

 貴也が聞くと、シレーナは微笑、否、嘲笑。


 「決まってるじゃない。ちょっとした家庭訪問よ」


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