49 「犯行動機?」
「他に何か、ジョナサンに関して気になったことはありませんか?」
再び場所を戻し、サンタ・アンジェ区にいるシレーナと貴也。
彼の質問にアンディは答える。
「そういえば…」
「ん?」
「一度だけ、彼が泣いているところを見たことがありますね」
「いつです?」
彼は天を仰ぎ、思い出しながら言う。
「確か去年の終業式だから…そう…12月26日だ!
朝っぱらに、トイレの個室で泣いていたんだ」
「泣いていた理由ってのは?」
「聞いてみると、どうもおかしかったんですよ。
“父親が死んだ。これからどうすればいいのか分からない”って。アイツの父親が死んだなんて聞いたことありませんし、それに僕が聞き返したら、こう言ったんです。
“計画が台無しになった”…と」
◆
シレーナと貴也は、アンディに礼を言って別れる。
その後も、アンディに紹介してもらったクラスメイト達に話を聞いて回るが、めぼしい情報の収穫はなかった。
口をそろえて、彼は存在が薄く、行動や言動が奇異だったから距離を置いていた、と言うのだから。
だが、2人の頭に引っかかるものがあった。
アンディが話していた、ジョナサンの言葉。
“父親が死んだ。これからどうすればいいのか分からない。計画が台無しになった”
彼の言う父親が、ロイス・トンプソンではなく、この2日前、オパルスの高速道路で事故死した、ジョージ・ルイーザことハンス・クロフォードを指していることは間違いなかった。
「しかし、ジョナサンは実の父親に対し、何を計画していたんでしょうか?」
歴史地区の住宅街。
細い路地の中を歩きながら、貴也はシレーナに聞く。
「まあ、楽しい事でないことは確かね。ジョナサンは彼に、幼少期から虐待されていたから」
その瞬間、2人の思考は同一の考察を導いた。
「まさか…父親を殺そうとしていた?」
「あり得るわね。ジョナサンは長い間、父親から虐待されていた。殺意を持ってもおかしくないけど…」
「けど、なんだい?」
「もし、そうなら犯行方法は限定されるわね」
「つまり?」
「ジョナサンにとって、父親は肉体的にも精神的にも、力は上。
だってそうでしょ?
彼は長い間、父親から虐待を受けていたんだから。
ならば、父親を殺そうとするならば、刃物や鈍器を使用した直接的攻撃を避けるはずよ」
「間接的な殺し方か…」
「一番に思いつくのは、例の自動車事故だけど――」
「あの事故は、彼によって仕組まれたものではなかった…」
貴也は混乱から頭を掻きむしる。
「あーっ、チクショウ! 一体、どうなってるんだ!」
その時
シレーナは冷静に呟く
「もしかして、ソレが犯行動機」
「え?」
「転嫁、と言う方が正しいかもしれないけど」
「どういう事だ?」
「ジョナサンの様子が一変した時期と、彼と血のつながった、恋人でもあり姉のエマの様子が一変した時期は同一。
この2人の血と、死んだ父親、ジョージ・ルイーザことハンス・クロフォードの血は同一。
だけど、2人の間には、出会う前に何の接点もない。
つまり、2人は互いに偶然にも出会って、そして互いが血のつながった人間であることを知った。
無論、その血が、忌々しい男の血であることも…」
「そうか…互いが出会ったことによって、父親への憎悪が増幅された!」
「2人が導いた結末が、諸悪の根源の抹消。弟が姉のために、姉が弟のために計画を練った」
「しかし、彼は不慮の事故で死んだ」
「そう。でも、2人の感情と憎悪は昇華を続けた…いいえ、不意に途絶えた標的の代替を、どこにぶつければいいのか分からなくなった。の方が正しいかしら?」
「それで関係のない子供を、次々と襲ったって言うのか?」
声を荒げた貴也は、首を横に振った。
到底理解できない、と。
「自分たちより非力で、不特定多数。
ある種、通り魔や乱射魔の心理に近いわね。
まあ、ただの推理でしかないけど、状況証拠って破片をちりばめれば、十中八九」
そうシレーナは言いながら、路肩に停めたケンメリに近づく。
「後は、皆の集めた情報と、チイのプロファイリングに照らし合わせるわ。
この状況だと、彼女の的確なデータ照合が頼りね」
「的確って…地井は、この事件から外れてるんだろ? だったら――」
シレーナは貴也の方を向き、目を見て話す。
「これは彼女自身、あまり自分の口から言いたくないそうだから、代わりに私が言うわ。
タカヤ。チイはね、昔、ある事件に巻き込まれ、その犯人しか“視えないはずのモノ”を見てしまった。それ故に、手に入れてしまったの。
どんな人間の心理でも、的確に診断し、理解できる能力。そして、その歪みを癒す能力――。
チイの組み上げたプロファイリングの正確度は98%。
どんな異常心理を持っていようと、彼女から逃げることはできない」
「じゃあ、前回の事件で、シレーナが地井のプロファイリングを信じたのって――」
「それが“正解”だから。君も見たでしょ? その力を」
確かにそうだ。
リッカー53の姿を、最初に的確に捉えたのは、紛れもない、地井のプロファイリング。
だが、そんな突拍子もないことを引き起こした事件とは何なのだろうか。
それを聞く前に、シレーナはスマートフォンを耳に当てた。
だが、何も話さないまま、1分程で終了。
「どうかしたのか?」
「チイが電話に出なかったの。多分、仕事か何かだと思うわ」
すると、貴也が言う。
「もしかして、エマと接触してたりして」
無論、シレーナは一蹴。
「そんなハズないわ。彼女には何も知らせてないんだから」
「いや。それでも拭えない要素がある。
シレーナ、地井は彼女の顔も見ているし、話もしている。
その上、エマは所在不明ときた。
彼女が偶然にエマを発見したら?
カウンセラーとして、エマに接触したとしたら?」
「……」
「ゼロとは言い切れないし、ただの心配性かもしれない。
でも、可能性があるなら、それは避けるべきじゃないか?」
その言葉に、シレーナは考え込むと、画面をタップし、再度ダイヤル。
今度は地井ではない。
彼女の“事務所”の主、エラリーに。
「ミス・エラリー? はい、シレーナです。チイなんですけど、今日はそっち来てます?」
――チイ? いいえ、来てないわよ。ずうっとティーカップを用意して待っているんですけどね。
その言葉に、妙な胸騒ぎを覚えざるを得なかった。
貴也の言葉が…本当に?
ただ、地井は探偵である前に根っからのカウンセラー。サイコ・ディテクティブにしたって、後からの既成事実に近い。
シレーナの傍にいるための用意。その表現しか当てはまらない。
と、スマホを手にしていた彼女の横を、白く塗装したハドソン セブンパッセンジャーが通過した。
車体側面には大きく「SRI―GRT」の文字。
「ん? 怪奇大作戦か?」
「なにそれ?」
「……いや、なんでもないっす」
貴也渾身―と数秒前まで自負していた―ボケが不発に終わったところで、件の車はアンジェ中等学院の校門をくぐった。
エンジンをかけて、ケンメリは、その後から校内に進入。
車の正体は、市警科学捜査研究所。通称“科捜研”。
彼らの機材を載せた、専用車であった。
すぐに、主任の和久田に話を聞く。
「君達が持ち込んだシャツから、ゼアミ区で兄弟が殺された現場で採取したものと、同一の皮膚片が発見されたんだ」
「ということは、DNA鑑定を?」
「市警の捜査本部が令状を取って、こっちに向かっている。それを受理次第、重要参考人、ジョナサン・バーンの持ち物からDNAと指紋を採取する算段になっている。この事件の確実な証拠が見つかるって訳だ。
で、学生捜査官の進展はどうだね?」
シレーナが答える。
「容疑者2名の足取りはつかめていませんが、彼らの犯行動機が見えてきました。これから、もう1人の出身校へ行って、話を聞きます」
すると、和久田は眉にしわを寄せて、吐き出すように言った。
「女の子…か」
「はい」
「今、若いのが嬰児のDNAと、警察庁から届いたDNAデータを照合している。一致したとなれば…なんともやりきれないよ」
「確かに、そうですね…ですが、これが私たちの“現実”なんです」
すると、校門をシルバーのセダン、アウディ A4がくぐり抜けて停車した。
市警の覆面車だ。
中から出てきた背広の男が、和久田に四つ折りの紙片を見せた。
「裁判所から令状がおりました。始めてください」
「分かった」
彼は頷き、機材を持った部下に指示を飛ばす。
そして令状を持った背広男は、助手席から降りてきたもう1人と、職員室へと駆けていく。
今頃、校長も担任も…否、全ての教職員が顔面蒼白で震えているだろう。
まあ、そんなことは置いておいて、とでも言わんばかりに
「行くわよ。ハフシに連絡して」
シレーナと貴也を乗せたワインレッドのケンメリは、学校を出て東へと走る。
もう1人の容疑者、エマの学校へと。




