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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
102/129

48 「少女の吐露と救済と絶望」


 10時26分

 ケルビン区 百華



 M班のみんなが警戒態勢を取ってる中、紫のロングヘアーをなびかせ、彼女は通常業務。

 まあ、元々はガーディアンの捜査官ではないのだから。

 

 地井春名。彼女の乗るサモエドは、百華地区の幹線道路を走っていた。

 片側二車線。国立大学の植物研究所近く。

 

 信号に引っかかった彼女は、後部座席に体を預け、青空と太陽の温かさに浸っていた。

 もうすぐお昼。

 事務所…スイートクロウに着いたら、紅茶とサンドイッチを頼みましょうか。

 茶葉はそう…テトレーのダージリン…マスカットフレーバーをストレートで…。


 などと浸る地井の視界に、見覚えのある人物が映り込み。優雅な脳内ビジョンは消え去った。


 「マリアちゃん?」


 眼前の横断歩道を渡る少女。

 そう、彼女がアラヤドで声をかけた女の子、そしてファッションホテルの防犯カメラで“再会”した相手。


 カサブタのマリアこと、エマ・ルイーザ、その人だった。

 道路を渡ると右手を挙げて、丁度通りかかったタクシーに乗り込み、走り去る。


 既に地井は、彼女の本名も疑惑も知っていた。

 青。

 自然と地井の車は、タクシーの後を追いかける。


 

 一般車を挟んだ典型的且つ安定した尾行で、タクシー側はサモエドの存在に気づいていない。

 2台は区境を越えながら南下。

 ダーダネスト・バローダ区へと入り、エマは住宅街の一角でタクシーを下車。細い路地へと消える。


 「どうして、こんなところで? あの子の家は北区のハズ…」


 地井は、道路脇にサモエドを停め、エマの後を追いかける。

 次第に道は狭まり、入り組んでいく。

 石造りの階段を登ったと思いきや下り坂。辻を右に曲がり、更に左、そして右。


 現れたのは小さな2階建て一軒家。

 エマの住むアパートとは打って変わって、欧州造りの煉瓦と木でつくられた、古くも綺麗なもの。

 

 地井は、傍の建物の影から、様子をうかがう。

 その一方、彼女の思考は苛まれていた。

 今の状況をシレーナ達に報告すべきか、それとも、このままカウンセラーとして自分が彼女に接触すべきか。


 確かに、自分が接触する方が話が早いかもしれない。

 M班関係者で、エマに接触し会話したのは地井だけなのだから。その分、打ち解ける時間は早いだろうし、その上、よければ一連の事件の核心を聞きだせる。

 シレーナを登場させることなく、事件を“容疑者出頭”という形で終わらせられる。


 だが、懸念は残る。

 彼女の容疑は、あくまで「嬰児遺棄」であり、「連続児童暴行殺人」は、その恋人と見られるジョナサンが行ったと、市警とガーディアンは見ている。

 となると、この家にジョナサンがいる可能性がある。

 私一人が飛び込んで、どうか対処できるかと言われれば、それは否に近い。

 最悪、地井も犠牲者欄に飛び込み参加という事態に陥りかねない。


 「うっ…!!」


 しかし、人間…というものは、咄嗟の状況と本能に従って動く生き物である。

 家の鍵を開けたエマが、お腹を抱えて、その場に崩れたのを見るや、地井は物陰から飛び出し、一目散。

 気が付けばエマを解放していた。


 「大丈夫?」

 「アンタ…っ!」

 「この近くに住んでるの。偶然あなたを見かけてね」


 嘘をついた。これも咄嗟。

 

 エマの足元に落ちた鍵を取り上げると、ドアを開け、エマを支えながら家の中へ。

 その時、彼女は言う。

 

 「お前…左腕が」

 

 リビングの椅子にエマを座らせて、左腕を抱える。


 「ええ…」

 「親の関係か?」

 「どうして、そう思うの?」

 「そうね…なんだか、私とおんなじ雰囲気を感じるの。私も両親と上手くいってなくてね。

  アンタが、いいえ、アンタの親がアンタを避けている。その腕が理由で」


 引きつった笑いを浮かべるエマに、地井は下を向いた。

 

 そう…彼女の指摘は正しかった。

 この腕になってから…つまり、今の(・・)地井春名になってから、両親は距離を置いた。

 退院した後、笑顔で出た家には誰もおらず。“箱”を残して日本に帰った。


 信じていた…大切な人がいると。

 でもいなかった。

 

 “2人”にとって地井は、“ジョン”を理解してしまった“異常者”。


 それが今でも、彼女の心を縛り上げている。

 脱しようとしても、出来ない、この呪縛。


 「そんなんじゃないよ。これは事故で、こうなっちゃたの」

 地井はフフッと笑って、その意見を一蹴し、続ける。

 「それより、両親と何かあったの? 私でよかったら、話聞くよ?」

 

 するとエマは黙ってしまった。

 地井が聞く。


 「もしかして、お腹が痛いのと関係あるの?」

 地井がしゃがみ込むようにして聞くと、彼女は


 微笑。


 「アナタには分からないでしょうね。実の父親にレイプされる苦しみなんて」

 「えっ!?」

 

 その回答は予想していなかった。

 シレーナの情報から、地井は勝手に―矛盾と疑問を内包しながら―思い込んでいたからだ。


 捨てた子供は、ジョナサンとの間に出来た“過ち”だと。


 「私の母親、娼婦なの。その子も…って感じでね。友達はいなかったし、オトナからは後ろ指を指されてね。いい子供時代じゃなかった。

  その代わりに詰め寄ってきたのは、オトコ。

  学校の先生に服やパンツを脱がされたり、痛いことをされたこともあったわ。

  でも、ソレの意味が分かった時、もう、どうでもよくなっちゃったの」

 「どうでも…よく…」

 「うん。

  だって、もう私の身体は汚れてるんだよ。今更、慰められても、それは迷惑でしかないもん。

  だから…だから私も母親のように生きなきゃいけないって思った。担任に体を売って、テストで点を稼いで、汚いオッサンに体を売って、小遣い稼いで…どうにでもなちゃえって感じ?」


 地井は、それを表情を変えずに話すエマに、驚きと続きを制止したい気持ちに駆られる。

 これ以上聞きたくない、と。


 大人たちが、単に“母親の職業”という色眼鏡で捉え、“彼女”と“同じことをしてくれる”と…否、“同じことをしてもかまわないし、してもいい権利がある”として、無垢な少女を“聖職者”が、“膨らんだ下半身”という本能に全てを任せて汚した現実を……。


 「でも、ソレは我慢できた。1日中そいつと顔を合わせる訳ではないし、結局は触るだけか、匂いを嗅ぐだけかしかだもん。オッサンとだって、コンドームつけなきゃヤんないって言ったし。

  だけど…親父は違った。獣のように私を求めてきた。

  何回も、何回も。 

  それで…悪魔が生まれた…」


 ◆


 その頃…。


 北区の道路を、ルノーの白いバンが西へと走行していた。

 電気工事会社の車に擬態化した、ソレを運転するエルのケータイに、電話がかかる。

 相手は捜査本部の置かれている、ゼアミ分署の大江警部だった。


 ――本庁の協力もあって、何とか見つけ出しましたよ。事件当時、10代と思しき少女をかくまった産婦人科を。

 「それで、どうでした?」

 ――調べてみたら、ロイス・トンプソンの旧友だったよ。

   彼の養子がやってきて、金を握らせると連れの少女を指差して“子供を堕胎してきたばかりの彼女を助けろ”と行ってきたそうだ。養子だと言う少年の話によると、最初はどうともせずにいたんだが、突然腹痛や発熱を訴えだした、というんだ。

   面倒に巻き込まれるのは御免だと、彼女の身体を診て処置をし、ガーディアンが来ても黙秘したと言うんだ。


 「その産婦人科は、どのあたりに?」

 ――クロガネ6丁目にあるカハラ医院だ。今、部下をやって調べさせている。


 地図で確認すると、丁度、事件現場とエミリアたちが、2人と接触したコンビニの中間点に医院はあった。

 すぐに逃げなかった理由は、それだったのだ。

 養子と言うのは、十中八九ジョナサン。


 ただ、ここで1つの問題が浮上する。


 (もし、警察がエマの成り行きをシレーナに任せないとなったら、早く逮捕しないと、彼女の身体が危険なのではないか?

  …恐らく、ハフシ達も、そのことは念頭に置いてるとは思うが)


 ――しかも、医師によると、これが初めての出産じゃないそうだ。

 「なんだって!」


 ◆


 「最初の出産は2年前」

 エマが話す。

 「寝てる最中に、酔った親父が私を犯した。お股が凄く痛くて、その日は寝れなかった。

  それからしばらくして、感じたことのないだるさや吐き気に見舞われて…」


 妊娠が発覚した。


 「両親に言っても、相手にしてくれなかった。

  どんどんお腹が膨らんでいくのに、何も言わずに毎日が過ぎていって。

  だから、人伝に聞いた闇医者に頼ったの。

  身体で稼いだ金で、自分の身体を救うなんて、皮肉な話よね」

 悲しく微笑する。

 「でも、医者は足元を見て、胎児の処理代を別個で求めてきたの。でも、そんなお金、もうなかった」

 

 「どうしたの?」と地井が聞くと

 「捨てた」


 ドライな答え。

 

 「捨てた、って…」

 「東区の親水公園。上手くやったから、私の捨てた赤ん坊だって、警察も気づいてない」

 「……」

 「でも…それでも、親父は私を求め続けた。気持ちいいからって理由で、ゴムも付けづに…。

  それでまた、子供を産んだの」


 それが、嬰児遺棄事件に隠された現実。


 「ごめんね。こんなこと話しちゃって。聞いても気持ち悪いだけだよね」


 エマが、再度微笑した時だった。

 そっと、地井はエマを抱きしめた。

 まるで“母親のように”


 「そんなことない。そんなこと…」


 口にはしないけど、痛いほどわかる。

 だって、私も同じだったから…。

 あの男が視ていたものを視たために、あの男を理解してしまったがために…。


 私は、あの日から“異常者”の烙印を押されて生きてきた。

 だから…エマの生きてきた辛さが痛いほどわかる。


 「エマちゃん…頑張ったね…辛かったよね?」

 「そんなことない。偽善はやめて…」

 「ううん。聞こえるよ。心が軋んでいる、とっても悲しい音」

 「…本当に?」

 「ええ。本当に…」


 それを聞いた途端、エマは自ずと、地井を抱きしめる。

 自然に。そう、ただ自然に。


 「どうしてだろう…初めて会ったのに、こんなに落ち着くなんて。

  おかしいのかな?」

 「おかしくなんてないよ。

  前に言った、人の温もり…そう、温もりなのよ」


 エマの腕に力が入る。

 名残惜しむように。


 「これが温もり…もっと早くに…出会いたかった」


 それは彼女の心からの吐露。

 地井は決心する。


 「エマ。私はカウンセラーなの。フリーランスのね。アラヤドで、私はあなたに、親しげな同い年の女の子と一緒に、カウンセラーとしても、あなたに話しかけたの」

 「カウン…セラー…?」

 「そう。人のココロの痛みを治すカウンセラー。ココロのお医者さん。

  お医者さんとして…ううん、同じ女の子として、あなたを助けたい」

 「助ける?」

 

 聞き返す彼女に、地井は言う。


 「もちろん、あなたのプライバシーは守るわ。だから――」

 「だめっ! そんなことしたら弟くんがっ!」

 「弟くん?」


 血相を変えて、地井を突き放したエマ。

 状況が呑み込めない地井は、聞き返すしかなかった。

 だが――。


 「やめてっ!」


 エマの叫びと共に浸透する鈍い痛み。

 

 「ううっ…」


 再度!


 地井の視界が一瞬でブラックアウトし、そして――……。




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