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セルリアン・スマイル ~その痛み、忘却~  作者: JUNA
Smile2 狂へる遊戯 ~Strawberry Fields Forever~
101/129

47 「2人の最深」


 AM9:43

 サンタ・アンジェ区

 市立アンジェ中等学園



 大聖堂を中心とする歴史地区に近い場所に位置する学校。

 1970年代、ある教会の修道院跡地に建てられた経緯を持ち、そのためかグラウンドも十分な広さを有し、レンガの壁の向こうにコンクリート建築がそびえたっていた。


 2人は事務員に連絡し、ジョナサンの担任を呼んでもらった。


 既に、彼の死は学校にも届いているらしく、教職員は対応に追われていた。

 なので8時半頃に着いたにも関わらず、今まで待ちぼうけを食らっていたのだ。巌流島の如く。


 そのためか…否、そんなことで言う筈がないか。

 担任から出てくる言葉は、「明るくて活発な少年」やら「別段変わったところはない」やら「まさか、あの子が」やら、出るわ出るわ、マニュアル的回答のオンパレード。

 自分はアイツにはなんの関心も興味もありませんでした。

 そう宣伝しているようなものであることに、言ってる本人は気づかず…。


 それは貴也にも分かった。

 だから、シレーナの言葉に、彼は反論も質問もしない。


 「ジョナサンと親しかった友人は、いないんですか?」

 「確か、1人いましたよ。小学校時代からの友達が。それが何か?」

 「至急、その友人を呼んでください。あなたじゃ、話にならないから」


 ため息をオマケに、シレーナは吐き捨てるのだった。


 ◆


 担任から連絡先を聞いたシレーナは、即座に電話。直接会って話を聞くことにした。


 その友人は歴史地区内の一角に住んでいた。

 アンディ・ニシザキ。小学3年から同級生だったそうだ。

 住宅街の真ん中に小さく茂るオアシスと、荘厳な欧風建築。石畳を響かせ3人は歩く。 



 挿絵(By みてみん)


 「彼が自殺したなんて…驚きましたよ」


 アンディはそう言ってから、自分が知る限りの回顧録を切り出す。


 「最初はエポラールからの転校生ってことで、皆の羨望の的でした…たった1時間の間はね」

 「1時間?」


 貴也が驚く。


 「無理もありませんよ。だって、後ろから肩を叩いた男子の腕に、突然に噛みついたんですから」

 「えっ?」

 「僕も正直驚きましたよ。教室がパニックになってね。先生3人ばかりで引きはがして、噛まれた子はもう泣き狂ってましたから…あの日の事は、何があっても忘れられません。

  それから…というより、段々と学校中の皆が、彼と距離を置いて行きましたね。」

 「危険人物として…ですか」

 「それもありますけど、日々の行動も一因でもありましたね。

  給食は、まるで犬食い。他の子のパンや牛乳をねだることもありましたし、音楽の時間なんか、誰かが鍵盤ハーモニカを吹いただけで叫び暴れて、忘れ物なんて、ない方がおかしいくらい多く…」


 貴也は聞いていて、確かに他の子が距離を置いても仕方ないと思ってしまった。

 だが、シレーナは違う。

 彼女はそれを聞いて、1つの結論を導いた。


 (やはり、そうだったのね。

 食べ物への異常な執着、激しいかんしゃくと攻撃性、忘れ物の多さ…全て虐待を受けた子供に見られる兆候!

 ジョナサンは父親が逮捕された後も、今まで受けた行為のトラウマが続いていたんだわ!)


 「帰り道が一緒だったんで、たまに話すようにはなったんですが、結構乱暴な言葉づかいで、驚きましたよ」


 アンディはハハハと小さく笑いながら、頭を掻く。


 「まあ、そう言う性格の奴なんだろうなって感じで、特に気には留めてなかったんですけどね。

  そんな感じで、小学校時代は、彼には友人どころか、話しかける奴なんて1人もいませんでしたよ」

 「学校はどうでしたか?」とシレーナ。

 「見て見ぬふり、ですかね…今更ながらに思うと。注意はしてるんですけど、それで終わり。後はどうとでもなれと…。

  結局のところ、先生方も恐怖と言うか、面倒だなって思うところがあったんだと思います。他の生徒以上に手がかかる子だって思って」

 「他に、ジョナサンと何か話したことは?」

 「全然。家族の話どころか世間話すら、あんまりしてきませんでしたから。こっちから話を振って、それに答える形で…でも…」


 アンディは唐突に、言葉を止める。


 「何か?」

 「1年半ぐらい前ですかね。徐々になんですけど、彼の態度が変わっていったんです」

 「変わっていった?」

 「はい。乱暴な言葉づかいも収まりましたし、給食も卑しく食べるようなこともなくなりました。

  …そういえば、忘れ物も少なくなったなぁ」


 アンディは思い出すように、空を見上げた。

 だが、ここで疑問が生まれる。

 

 突然の変化。ここに一体何があるのか。

 虐待の後遺症によって生じたであろう、これら一連の行為。それが、1年半前から減少していった。

 考えられるのは第三者の介入と、それによる“セラピー”とでも呼ぶべき、ココロの療養。


 だが、その重要事項を、しかるべき全ての大人が放棄していたのは事実。

 一体誰が…。

 否、その答えは、眼帯の少女が示してくれたではないか。


 (エマの非行歴が途絶えたのも1年半前。同時に彼女の服装が変わったのも、自宅に男性が出入りするようになったのも1年半前…。

  そして、2人は嬰児遺棄事件と兄妹殺人事件の同日。同じ車を乗り回していた。


  もし、ジョナサンの心の傷を癒したのがエマなら。

  もし、エマの非行を止めて、服を与えたのがジョナサンなら。

  もし、2人の間に“真の意味”で“愛”があれば。


  そう…辻褄は合う。


  でも、分からない。


  なぜ、2人は事件を起こしたのか。

  なぜ、嬰児を殺し捨てたのか。

  なぜ――)


 その思考を切り裂くように、シレーナのスマートフォンが振動した。

 モニターを見て、その主の名を呟く。


 「アナスタシア?」


 ◆


挿絵(By みてみん)



 ――シレーナ


 首都オパルスは警察庁。

 電話の向こうで声がするや否や、相手は興奮したように話す。

 その赤いスーツの女性は。

 

 「大変なことが分かったぞ!」

 ――アナスタシア。落ち着いて説明を。

 「ハフシからの連絡で、改めて2人の家族関係を調べてみたんだが、そうしたら瓢箪から駒ってやつでな、ジョナサンを虐待していた父親と、エマの父親は同一人物だったことが分かったんだ」

 ――えっ!


 聞かされた相手も驚きを隠せない。

 それはつまり


 ――つまり、2人は異母兄弟ってことですか?

 「そうなるわね」

 ――だとしたら変ですよ。どうして今まで、その関係が分からなかったんでしょうか。こっちは住民票までひっくり返したのに。

 「ああ、だから失念していたのさ」


 アナスタシアはチェを箱から一本取り出して、唇に挟む。


 「彼にマエがあったことをな」

 ――犯罪関係者救済制度か。

 「御名答」


 マッチを擦り、煙をくもらせる。


 「被害者、加害者関係なく、その双方の関係者を人権面で救済する、国家公安調査委員会と犯罪被害者、加害者家族を支援するNPO法人が合同で立案、施行した…いや、表向きはそうして生まれた制度。

  その主幹となるのが――」


 ――氏名変更。本来であれば家庭裁判所による厳格な審査と認可…つまり、“やむを得ない理由”と“正当な理由”がなければ変更できない代物を、警察機構と最高裁裁判長の代理審査によって通過させるシステム。


 「そう…その恩恵を一番に知ってるのは、アナタ。いいえ、この制度自体、アナタのため(・・・・・・)に作られたものだものね」


 吐き出す彼女の眼は、煙霞の中に同化しそうなほどによどむ。

 

 ――そうだな。


 向こうの声はドライ。

 

 ――で、その当人はいつ名前を?

 「出所後すぐだ。弁護士の口利きのようでな、改名する前の名前はハンス・クロフォード。改名後に、エマの母親と結婚している。エマが10歳の頃だ」

 ――という事は、互いに父親が一緒どころか、兄弟がいたなんて…。

 「知る由もないだろう。それが、何のめぐり合わせか、2人は出会ってしまったということになる」


 すると、シレーナは言う。


 ――アナスタシア。3人の血液型は?

 「ジョナサンがO型、エマがAB、ハンスがAだが」


 暫し黙ると一声。


 ――ハンスのDNAデータ、警察庁にないかしら?

 「捜査時に取ったはずだが…それが、どうした?」

 ――そのDNAと、ハフシが捜査中の嬰児のDNAを照合する。

  嬰児の血液型はAで、彼女のごく近い周囲にいる男性。条件は揃ってるわ。

 「おいおい! まかりにも血がつながった親子だぞ?」


 彼女が何を言いたいのかは分かったが、それは常識的な頭脳と理性をもってすれば、理解不能な結末。


 それを、シレーナは両断した!

 あの声で……。


 ――それは違うね。ハフシの情報が正しければ、彼がエマと最初に会ったのは10歳の時だし、その上、男が愛情を一身に注いでいたのは母親だけだ。となれば副産物と言っても過言ではないエマは、父親にとって一体何か。

   そこにいるのは“娘”なんかじゃない。柔らかい肌と唇、成熟すらしていない処女(ヴァージン)をもった、ただの“女”さ。

 「…クソッ! 吐き気がする」


 煙草を握りつぶしながら、歯を噛みしめる。

 

 ――そんな現実と向き合うのが、ワタシ達の仕事だ。違うか?

 「シレーナ…お前…」


 喉元まで出かかった堅いものを、その心に押し戻し、同感を口にする。


 「そうね…私たちに感情は要らない。欲しいのは真実と結果」

 ――至急。データを頼む。

 「早速取り掛かるよ」


 電話を切ると、彼女はゆっくりと息を吐いた。

 向き合っていた相手への重さを脱ぎ払うように。


 「私も欠点の多い女だ。口の悪さも、イエスマンなところも…」


 そう言って、再びタバコを一本、箱から取り出して火をつける。

 ゆっくりと、口からフワリ、煙を吐き出す。


 「…シレーナ。人間が思いつく限りの残酷を背負ってまで、君は何故追い続けられるんだ。何故殺そうとするんだ。

  同じ匂いのする怪物を」


 窓から見えるオパルスの空は、雲がかかり始めていた。


 「セルリアン・スマイル……先は遠い、か」



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