46 「ラオの聞き込み講座」
AM9:18
コデッサ区
市道15号
週末の朝を西へ切り裂くサイレンと駆動音。
その正体は黒のSUV。
台湾初の国産車、ラクスジェン U7ターボ。
ハンドルを持つラオは、華麗に一般車を避けながら、前方を疾走する1台の車を追いかけていた。
ちょこざいに動き回る真っ赤な小型車。真っ黒のルーフ。
それは世界的人気車、BMW ミニ…ではない。否、どこからどう見てもミニだが、そう呼ぶには違和感がありすぎる。
ヘッドライトは丸型ではないし、足回りにも鈍さが見える。その上、ミニより車体が平べったいのに、やや小さい印象だ。
実はこれ、中華人民共和国の自動車メーカー、リーファンモーターが製作販売している小型ハッチバック リーファン320。外観、安全性能などで世界中の自動車業界を“騒然”とさせた1台だ。
「前のリーファン、止まりなさい」
メルビンがスピーカーで呼びかけても、反応はなし。
だが、それ以上に彼は、頬杖をついて、独り言をつぶやく。
「ミニに比べて速度も遅いし、トルクも聞く限り細いなぁ。まあ、苦学生なら手に入れやすい車なんだろう」
そんなリーファンの後を、ラクスジェンは追いかけていく。
1台、また1台と抜き去りながら。
「そろそろ追いかけてから5分かぁ…事故でも起こされたら、俺が大目玉になりそうだし…止めるか」
ラオはギアを低速へ切り替え加速。
左を走る観光バスを挟んで追い越し、一気にリーファンの前に出た!
一番左、歩道側の車線を走っていたリーファンに、車線をまたいで幅寄せ。
ラオは一気に止める気はない。
分岐した2車線の側道に車を誘導。そこは立派な道路はあるものの、未整備の土地が広がるエリア。障害になる車がいない場所だ。
だが、すぐ先には花菱鉄道北百合線の駅がある。そこに突っ込まれでもすれば、それこそ本末転倒。
一気呵成!
ラクスジェンが車体を横滑りさせながらブレーキをかける!
ガードレールに仕切られた道をいっぱいに、黒い車体が悲鳴を上げる。
逃げ道のないリーファン。
そのままハンドルを右に。
ガードレールに衝突。
そこまでスピードは出ていないのだが、バンパーとヘッドライトが吹っ飛び、ボンネットが変形。まるでトラックにでも追突したような姿を晒して、ようやく停車した。
「おいおい、こんな壊れ方するか? フツー」
呆れながらラクスジェンを降りたラオは、リーファンから降りてきた刈り上げ頭の少年に近づく。
少年は心底ご立腹のようで
「こんの野郎、俺の愛車を~」
「残念だったな。今度はヒュンダイでも買うんだね。
っつか、元々、逃げたお前が悪いんだろうが」
「ビックリしたんだよ! お前が窓を叩いて、話しかけてきたからさ」
「叩いてないだろ。こう、コンコンってデリケートにな」
とめどない水掛け論。
「それはいい。お前に聞きたいことがある」
「何だよ」
「蛇華に関してだ」
少年は顔色を変えて早口。
「お、おれが何を知ってるって言うんだ」
「何もかも…だろ? かつて蛇華の構成員だったトン・リーヤン。お前が組織の逆鱗に触れて、グランツ港のテトラポットになるところを防いだのは、どこのどいつだったかね?」
「吹くじゃないか。それに俺は、もう組織から足を洗ったんだ」
「そうかな? 逃げたのは…そのため」
ラオは白煙を上げるリーファンを見下ろした。
「大方、この車にヤバいモンでも積んでたんだろ」
トンは黙り込む。
「アシッドか? ハーブか? どのみち、そんなものを気軽に移動販売してたなんて知られたら、そこをシマにしてる連中から何されるか分からないからな。元構成員なら尚更」
「し、知るかよ」
分かりやすい反応。
ラオから視線をそらした彼に、近づいて言う。
「交換条件といこうか、こっちが必要な情報を見せてくれたら、君の罪は不問としよう。だが、黙秘を貫けば、ここに警察とガーディアンを呼ぶ」
「…」
「どうだね?」
ラオはゆっくりと、トンと車の間に立つ。
変な考えを起こさないように。
2台の車が道を塞いでいるが、元々何もない土地に作られた、税金の無駄遣い。置いていてもバチは当たらないだろう。
そのうえ、ラオは空手やジークンドーを心得ている。一歩でも動けば…言わなくても分かるよね?
状況を把握し、彼は観念したのか
「分かった。話すよ」
「オーケイ」
「本当に無罪放免にするんだろうな?」
トンは念を押す。
「それは情報次第だな。だが、ガーディアンの俺でも“仁義”の文字くらい心得てるさ」
「何が知りたい」
「上級幹部、マー・カーロンについてだ」
すると、トンは鼻で笑いながら話す。
「ああ、アイツね」
「彼で合ってるか?」
ラオはスマートフォンを取り出し、エルがコンビニの防犯カメラで見つけた、疑惑の男の姿を見せる。
「間違いない。マーだ。3回くらいしか合ってないけどね。
ところで、今更奴を調べてどうする? アイツはもう、落ち目だよ」
「どういうことだ?」
「半年前に獄龍会の二等幹部の座をかけて、組員と賭け麻雀をしたんだ。奇妙に思うけどよ、獄龍会の幹部昇格は麻雀で決めるんだ。運と度胸と頭脳。これを計るためにね」
「でも、蛇華は所詮、組の傘下どころか下っ端の使われ役だろ? そんな奴がいきなり上に行きたいなんて…」
「ああ。馬鹿もいいところさ。そのうえ、アイツは北京出身者。香港系で固まってる今の幹部連中からしたら、同族意識に火が付いちまう。結局、奴は惨敗…まあ、無理はない。奴の取り柄は度胸と、組に収める上納金の多さだけだったんだからな。
で、本題はここからなんだけど、マーは惨敗した代償として、今まで納めてきた上納金の合計の、半分の金を組に支払うことになっちまったんだ。
それが出来なけりゃ、俺と同じようにコンクリに固められて、グランツ港に沈められる。
その期限がもうすぐなのさ。
今まで奪ってきた高級時計やら、自分のバイクやら、あらゆるもんを売っちまったそうだ」
ラオは直感した。
シレーナが捕まえたバイク。あれは犯行後にマーがコウ・ロンソンに売ったものだったのだ。
「成程な。バイクを持ってない暴走族なんて、お笑い話にもならないからな」
「そういうことさ」
「あのバイクにはアシッドが積んであったそうだが」
トンは言う。
「多分、マーがバイクとセットで売ったもんだと思うぜ。
こいつは噂で聞いたんで確証はないが、カネに困り始めた頃、マーはゲーセンだかで知り合った韓国系アメリカ人の男とつるんで、いろんなブツを売りさばいて、それをシノギにしてるらしい」
「ブツって、クスリか?」
すると、トンは首を振った。
「それもあるが、大本命はベツモンさ」
「ん?」
「チャカだよ」
「拳銃!」
「なんでも、韓国軍の廃棄品を、釜山から青島、上海経由で此の国に持ち込んでるらしい。まあ、そんなトンデモ話、ありえないけどね」
ハハッと一蹴したトンだが、ラオは胸騒ぎを覚えた。
ゼアミ区の現場近くで目撃されたマーの姿。
もし彼が、容疑者であるジョナサンに拳銃を売っていたとしたら。
聞くところによると、ジョナサンの親は、彼と距離を置く代わりに、贅沢できる程の大金をばら撒いていたそうだ。
それを資金に、拳銃を購入していたとしたら……。
朱天区での交戦も、辻褄が合ってくる。
彼らが拳銃を持っていた理由も頷ける。
「どこに行けば、奴に会える?」
「おいおい。アンタもコッチ側に鞍替えか?」
「コイツは冗談で言ってるんじゃないんだ!」
ラオの語気が自然と強くなる。
「今日は日曜だろ?」
「ああ」
「だったら今頃、隠れ家で酒でも煽ってるんじゃないか?」
「奴は未成年だろ?」
「お利口がワルになるかよ」
確かに一理ある。
「で、その場所は?」
「朱天区にある自動車整備工場の廃墟だ。ガソリンスタンドも備えてある立派な“城”だよ」
「わかった…最後に教えてくれ。お前、この車に、何積んでた?」
すると、マーは再び黙った。
「ん? 喋らなかったら逮捕だぞ?」
「分かった、分かったから!」
ラオは車の後部座席から何かを取り出した。
それがコンビニの袋に入った成人向け雑誌とわかった瞬間、ラオから全身の力が抜けた。
「小学生か、お前は」
「だ、だってよぉ…トシ、ごまかして買ったんだぜ? んなもん…言えるかよ」
本当、なんで暴走族に入ったのかと思うほど、気弱でシャイな奴。
「なんか、うん…もう、帰るわ」
「え? 俺はどうすればいいんだよ」
「レッカー車、自分で呼んで。暇つぶしくらい、充分楽しめるでしょ?」
そう言い残すと、ラクスジェンに乗り込んで来た道を後に。
「こんのぉ~っ、薄情モノめぇ~っ!」
ヘッドライトの残骸を投げつけて叫ぶトンを、置き去りにして。
黒い車体は、彼の視界からどんどんと遠ざかっていくのだった。




