1 「プロローグ」
富める者はますます富み、貧しき者は持っている物でさえ取り去られるのである
――新約聖書マタイ伝 13章12節――
警官が市民を殺し、教師が生徒を犯し、子どもが友達に麻薬を売る……。
異常犯罪、少年犯罪、凶悪犯罪……かつてそう呼ばれた事件を誰しもが日常の一コマのなかに押し込め、その言葉自体が死語となってしまった時代。否、誰しもがそうやって考え、意識的に“普通”であると割り切っていなければ生きていけない世の中になってしまったのだろう。だが問題は、この話が今からそう遠くない将来の一コマであることだ。
琴殊17年、某国―――教育科学省は各種犯罪・暴力から学校と生徒を守ることを目的とした、教育機関独自の警察組織「ガーディアン」を結成。高度戦略訓練課程をクリアし、限定的な武装と逮捕権の行使を許された少年少女たち、通称“学生捜査官”が捜査を担当することとなった。
「ガーディアン」が担当した当初の領域は、学校内で起きるいじめ・暴力事案への介入という、生徒会や風紀委員のそれと類似した限定的なものであったが、相次ぐ不祥事に対する警察への不信感、続発する校内事案の複雑化、少年犯罪組織の過激化と派閥闘争、保護者対応に重点を置いた学校の事務化・サービス業化などを背景に、ガーディアンの権限や捜査領域は次第に拡大。
遂には既存の国家及び都市警察組織と協力、あるいは同等の犯罪捜査を行うようになった。今では警察よりガーディアンが頼られる、そんな時代になりつつある。
そんな「ガーディアン」に関して、巷ではこんな“都市伝説”が飛び交っていた。
「ガーディアン」として活動する多くの学生捜査官。その中で“殺人許可証”を所持している生徒が、たった一人だけ存在する。
考えればおかしなものだ。
確かにこの国では幾多の国同様、警察官の拳銃携帯、及び危険と判断された犯人の射殺は許可されている。無論いくつかの制約はあるし、2か月に1件程度とそう多くはないが、射殺によって解決している事件があるのも事実。
第一、ガーディアンの使用する拳銃には物的損壊は生じさせても人は殺せない、某企業が開発した最新技術が導入されている上、実弾を使用した学生捜査官には、最高無期懲役の厳重な刑罰が法律によって設けられている。
しかし、今まで勉強に部活に恋愛にと、一般学生諸君が“普通”であれば体験する青春を謳歌し、学校で人を愛し助ける友愛と自愛を耳にタコができるまで教師から説かれた者が、簡単に人を殺すことができるものか。
仮にできたとしても、想像を絶する精神的な負荷、殺人に対する懺悔から心も体もおかしくなってくる。かつてベトナム、イラクに派遣された米国兵士がそうなったように。
内戦状態の国ならともかく、まだ“表面上”では平和な国内で、10代の少年少女が何の躊躇もなく人を殺せるのか?
哀れな子どもがマフィアや異常者に誘拐、調教され無理にそれを強いられているならともかく、警察や教育機関、総じて言えば「国家」がそのような子どもを自ら生み出すなんて暴挙を行うのだろうか?
にわかには信じがたいバカげた都市伝説。だが近年、このような言葉が裏社会の中を歩き回り、犯罪者たちの間で囁かれているという。
「“スマイル”…この言葉に怯えたら最後、そいつは二度と太陽を拝むことはできないだろう」




