あまいお菓子をあげるから(☆)
「夏時間、君と」内の「優しくするなら」及び「ゆるり秋宵」内の「優しくするから」の二人の話です。
ちさっちゃんを好きになってから、スーパーやコンビニのお菓子にちょっと詳しくなった。定番のお菓子は、受験シーズンやバレンタインや、今時期ならハロウィーンパッケージに衣替えしてずらりと勢ぞろいするし、季節限定のフレーバーやコラボ商品も短いスパンでくるくる変わりながら売り場に並び続ける。
今日は何買おっかな。ちさっちゃん、けっこうチャレンジャーだからキワいお菓子にも手え出してくれるんだよね。それで、『……甘いけど、にがー!』って、困った顔したり、レモンフレーバーの炭酸で口直ししたり、どストライクのお菓子を食べればふわ~んて顔を緩ませて『これすっごいおいしい!』って云ってくれたり、めっちゃくちゃかわいいったらありゃしない。
ちゃんと付き合っているんだから、片思い時代のように好きなお菓子で釣ろうとしなくたっていい。分かってるけど――どんな顔も見たいから、ついつい買っちゃうんだよね。
もう気持ちを隠したりしないで、思いきり優しくしたってかまわない。ママさん公認なのもありがたい。男だからいろいろ我慢する場面はこの先しばらくあるだろうってことはそりゃあもう容易に想像がつきまくりだけど、ちさっちゃんを傷つけたり怖がらせたりするのは論外だから、一定以上のスキンシップはお預けです。
恋は何とかうまく漕ぎ出せたんだし、まだ自分は『優しい大学生のお兄さん』ポジションでいよう。今それ以上を望んだらバチがあたる。
そう思うこちらのやせ我慢をよそに、時折またちさっちゃんは場外に飛ばす勢いの特大ホームランをあざやかに放ってくれたりするからたまんない。
「うちにだってお菓子あるんだから、たまには手ぶらで遊びに来てください」
いつもささやかながら手土産を渡していたら、そんなお小言をいただいてしまった。でも『あ、じゃあ今度からそうするね』なんて云う気はないんだなあ。
「だってほら、『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ』っていう日だしね、今日。あげないと俺、ちさっちゃんにいたずらされちゃうでしょ?」
おどけて身体を腕で庇いながらそう云うと、「私がお菓子をあげなくったって、いたずらなんかしてくれないくせに」と呟いて横を向く。その首筋にかじりついてしまいたい、好きなだけ貪って存分に味わいたい、なんて、普段抑えつけまくってるこちらのやせ我慢を知りもしないで。
今日持って行ったチョコには香りづけ程度のブランデーが入ってた。到底酔える量なんかではない、ほんの少しのそれのせいにして、隣に座るちさっちゃんの肩に頭を凭れて「いたずらなんかしたいに決まってるでしょうがー」と告白した。
息を飲む気配。ほらね、だから黙ってた。自分の仕掛けたトラップが、こんなに効果的だなんて知らなかったろ。せいぜい俺に苦笑されるくらいだろうって思ってたんじゃない? 残念ながらそこまで人間できてないよ。成人はしてるけどまだ大学生だもん。
でも、ちさっちゃんからみたらすっげー大人に見えてるんでしょ。だったら、カッコつけるしかないじゃん。
カッコつけまくって、めちゃくちゃ紳士なふりして。今、ほんの少しの綻びから見えた自分の欲が、どうか彼女を怖がらせませんようにと祈る。
彼女といつか、もう少し踏み込んだ関係になりたいのはほんとだから、そこに嘘をつく気はない。ずーっと紳士のふりを完璧に続けて、満を持していきなりオオカミモードじゃ、それこそ彼女を怯えさせてしまう。
手のひらに落とすキャンディいっこ分、よりも欲は小さく、かつできるだけ爽やかに聞こえるように(難しいけど)、「大好きな女の子を欲しくない男なんていないよ」と耳元で告げた。
でもちさっちゃんは逃げなかったから、一回り小さい手にゆーっくり自分の手を近づけてって、見せつけるようにしてふんわり閉じ込めた。そして、キャンディもうひとつ分の本音を投下。
「今じゃなくてまだまだ先のはなしだけど、でもってその時に怖くなかったらだけど、……ちさっちゃんを全部、俺にちょうだいね」
明け透けなおねだりをすれば、「じゃあわたし、それまで自分からいたずらしちゃわないように、ずーっと寺島さんからお菓子もらってあげます」と笑う。
細められた目には、いつも二度とないかたちが浮かんでは消えて、また新しいかたちが浮かんでいる。その万華鏡のきらきらを、これからも見せてね。たくさん見せてね。
デートは日没まで。スキンシップはママさんもしくは堂本(兄)のいる堂本家のリビングで。今日はたまたま二人同時に出掛けちゃってるけど、あくまでも節度のある態度で。節度のある態度で。節度……。
そう己を戒める俺を尻目に、ちさっちゃんは「お菓子もらったけど、やっぱりいたずらしちゃう」と、俺の耳を甘噛みした。
「ただいま! お兄ちゃんとお母さんのお帰りですよー! テラシと智沙、二人とも、まーさーか、神聖なるこのリビングで、いちゃいちゃちゅっちゅなんてしてないだろうねえ?!」
そう云いながらどたばたと騒々しくリビングに入ってきた堂本が見たのは、やつの想像してたようなラブラブいちゃいちゃモードなちさっちゃんと俺ではなく。
「……テラシさーん、おーい、生きてますかー……?」
またもや喰らった特大場外ホームランの誘惑になんとか耐え忍んだ、修行僧のような俺と、「なんか寺島さん急に正座して黙想しちゃって……」ととまどうちさっちゃん、だった。
03/01/10 誤字修正しました。
 




