ひよこの彼(☆)
大学生×大学生
「ゆるり秋宵」内の「おにいちゃん査問会」に関連しています。
ひよこみたいな人だな、と思った。
頭はいつでも寝癖だらけで、自由奔放に跳ねてる髪をぴょこぴょこ揺らしながら、そしていつだって大きく上下に揺れながら、弾むボールのように歩いてる。
あんなにいつもにこにこしてる人、見た事ないや。
おんなじゼミだから、コの字に並んだテーブルの斜め向かいに陣取れば、彼の動向は容易に伺えた。
教授の話をふむふむ頷きながら熱心に聞いているかと思えば、窓の向こうに何かを見つけて、それをじーっと注視して追いかけるのを隠しもしないものだから、「……堂本君、今の話聞いてたかな?」と軽く怒られる事もしばしば。
残念ながら、個人的な絡みはほぼない。同じゼミって言っても三〇人いるし、下手したら覚えてもらえてないんじゃないかな。
一緒に何かやれば(学祭やら体育祭やら)仲良くなれるだろうけど、そういうのに立候補して皆を引っ張っていくタイプではなさそう。
――って憶測でしか語れない程度しか、私も堂本君の事を知らない。
ゼミと、他に被ってる講義と、学食。
それしか知らない。
でも声がおっきいから、聞こう聞こうとしなくても話は割と聞こえてきちゃう。今現在まで彼女ナシ、合コンには積極的に行く……。なるほどね。
ゼミ親睦会、という名の飲み会でも楽しく盛り上げ役をしてくれてたから、たぶん向いているんだろうなそういうの。アクションや声がいちいち大きくて寝癖だらけだけど、いつもニコニコしてるし、実はモテてたりして。
そう思って、気落ちしている自分に驚く。なんで。
――親睦会での事を、ふと思い出した。
『飲んでる?』
乾杯が済んで、料理もお酒もほどほどに進んで、よく煮たお芋がほろりと崩れるように、お行儀よく固まっていた席もいつしか自由に解けてた。私は、隣に座っていた友達がちょうどトイレと一服に立ってて、前にいた男の子は仲良しの人のいる方に移動しちゃってて、少しだけ暇をもてあましてた。そこへ、雀がひらりとフェンスに着地するより軽やかに、ジョッキ片手の堂本君が向かいの席に座ったんだった。
『あ、うん』
『それ何?』
『ピーチウーロン』
『甘そー』
飲んでみる? って言えるほど仲良くないし、酔ってもいなかった。堂本君も『甘そー』と笑ったけど一口ちょうだい、とは言わずに自分のビールを飲んだ。その絶妙の距離感がいいなあ、なんて思った。
彼は、いかに自分の妹さんがかわいいかを持ってたジョッキ一杯分アツく語ると、『トイレ~』なんて言って立ち上がってぴょこぴょこお手洗いの方へ歩き出した。そしてそこを出てくると、私の前の席には戻らず、今度はほかの人のところへ突撃してた。
そのタイミングで隣に友人が戻ってきたのでぼっちにはならなかったけど、自分の前に置かれたままの汗をかいた空のジョッキが、やけに目についた。
たったそれだけの事が、こんなにあざやかに残っちゃうとは。
こっちが気になる分だけ、向こうもこっちを気にすればいいのに。そうでなきゃ、恋なんて始まらない。――そう、
私は、彼と恋してみたい。
もちろん、手持ちのデータが少ないなりに、心配な点もある。どうやら妹さんを好き過ぎる事や、仲の良い寺島君と合コンしまくってる事。こちらが『話し掛けるきっかけもないし……』とこれ以上手をこまねいているだけなら、ある日ゼミ室や学食で『彼女が出来た――!!』って喜びでつやっつやな大声でお友達に報告してた、って日も遠くはないだろう。
まあ、合コンしている割に、成果がはかばかしくないらしい事が唯一の安心材料かな。
『俺だってテラシみてーに向こうからアプローチされてみてーよー!』って、合コンの翌日はよく学食でそう騒いで、寺島君に『堂本うるさい』って一蹴されてる。
そのやりとりを聞くたび、密かに胸をなでおろしている。ああ、まだ誰かのものになってないって。
アプローチ、ねえ。
ひよこの刷り込み、初めて見たものを親だと思い込むように、初めてアプローチされたらそれが自分の好きな人だと思い込む、みたいなのないかな。
そしたら、そんなに接点のない私でも、チャンスあったりしないかな。――ないか。
冷静な自分がいつだってそう分析してくれちゃうから、一歩を踏み出すタイミングはなかなか来なかった。
そしたら、チャンスは向こうから勝手に転がり込んできてくれた。
学食で、堂本君と寺島君っていう見慣れた組み合わせが近くの席に座った。ラッキー、って思ったけど、どうも様子がいつもと違う。笑ってるけどブリザードな雰囲気が隠しきれてない寺島君と、悪事がばれた小学生みたいにきゅーっと小さくなってる堂本君。
わざわざ聞き耳を立ててなくても充分聞こえてきてしまったその内容は、『堂本君はさまざまな嘘で、寺島君と、堂本君の妹さんとの間を妨害しまくってました』という、なんとも呆れた内容。しかも、逆切れして泣き出しちゃうし……。
なんなのこの人。幼稚で、身勝手で、自由で、……。
それでもやっぱり自分の気持ちはチャラにはならなかった。忘れられないオルゴールの一節みたいにぱっと思い出すのは、ビール一杯分のおしゃべりと、飲まれなかったピーチウーロン。今度は、一杯分じゃなくおしゃべりしたいし、一口ちょうだいって言ってもらえるようになりたい。
それってつまり、まだまだ全然好きって事だ。
そして今のこの、堂本君の悪事御開帳は、私以外の女子をことごとく遠ざける(ドン引きした、とも言う)のに大いに役立ってくれた。つまり、チャンスだ。待ちに待ってたタイミングだ。
そう察したら、ためらわずに近づけた。
ずうずうしくも、迷惑をかけまくっていた当事者である寺島君に「ティッシュちょうだい」と差し出してきた手に、かわりに私がご所望のものを乗せた。
涙や洟を拭いて見上げてくる目は、赤くなっててかわいい。堂島君は、私の顔をじーっと見つめながら、とまどったり喜んだり落ち込んだり赤くなったりを数秒の間に目まぐるしくチェンジさせていた。なんて分かりやすい。
よし、これは脈アリかも。
そう判断して、「妹さんでも寺島君でもなく、私と遊ぶんじゃ物足りないかな」って言ってみた。そしたら、食い気味で「イイエ!!!」って答えてくれた。
勢いよく立ちあがったものだから、今日も寝癖たっぷりの髪の毛が時間差でぴょこぴょこ揺れる。その柔らかそうな髪を撫でてみたいけど、さすがに今、ここでする勇気はなかったから、連絡先を交換して先に学食を出た。
ひよこの彼は、ひよこの彼氏になってくれるかな。
私の後を、あの愉快な歩き方で付いてくるかしら。
嘘はだめ、誇張もいらない、妹さんへの愛と妨害もほどほどに。教えなくちゃいけない事はたくさんありそうで、でも楽しそうでもある。
まずは、私の事を好きになりなさい。




