おにいちゃん査問会(☆)
「夏時間、君と」内の「優しくするなら」及び「ゆるり秋宵」内の「優しくするから」に関連しています。
思いが通じ合った翌日の昼、友人であり、好きな女の子の兄であり、ひとの恋路をむちゃくちゃに進路妨害してくれていた堂本を『話がある』と学食に呼び出した。場所を奴の部屋やどこかのファミレスではなく、混みあう昼時の学食にしたのにはもちろん意味がある。
いつもなら約束プラス一五分はオーバーしてやってくるのに、待ち合わせの時間ちょうどになると堂本は妙に神妙な面持ちで学食に現れた。そしていつもなら『どれにしようかなー、カレーもいいけど揚げ物も捨てがたいしなー』と、メニューボードやら食べている人の様子やらを注視して、そんなにも、と感心するほど悩みまくるのに、今日は素早く注文を済ますと昼飯の載ったトレイをそっとテーブルに置き、俺の座る向かい側の席へ静かに静かに腰かけた。俺の顔をチラチラ見て、それから湯気がほこほこと生まれ続けている目の前の『本日のランチ(回鍋肉定食)』を見て、お箸に手を伸ばしかけて、また俺の顔を見て。
「まあ、先に食べようよ」とこちらから水を向ければすぐにがっついた。腹減ってたんだな。ぎゅこーぎゅこーお腹鳴ってたもんな。
瞬く間に山盛りのご飯を減らしていく堂本の旺盛な食欲につられて、俺も定食に手を付けた。
「ごちそうさまでしたっ」
パアン! と音を立てて手を合わせた顔は、当初の目的をすっかり忘れてしまっているようだ。苦笑すると、すぐに思い出した様子でみるみるしおれたのが面白い。
「じゃあ、そろそろ本題に入ろうかな」
「あの、テラシさん、悪気はなかったんですほんと……」
「悪気しかなかったと思うけどね」
にっこりと笑ったのに、なぜか堂本は「ヒッ」と高い声を上げた。失礼な奴だ。俺は、コーヒーにスティックシュガーを入れてかき混ぜた後、砂糖の入っていた空き袋をこれでもかとギリギリ絞り上げてソーサーに投げる。それを見た堂本がまた「ヒッ」と高い声を上げた。これっぽっちで涙目になるくらいなら妨害行為なんかするんじゃないよまったく。
「たくさん、嘘をついたよな? 俺がちさっちゃんのこと好きって知った上で『メシ食いに行こう』って誘っておいて、『じゃーん! 実は合コンでーす』って勝手に女の子セッティングしてたこと何回あったっけ」
「……」
ちなみに、女子が席にいるのを発見した場合、『ごめんね、女の子が来てるって知らなくって。俺、好きな子いるから悪いけど今日ただの飲み会モードでいい?』とNOT合コン宣言をしていたので、学内の女子の間で俺の評判は微妙らしい。が、別に気にしたことはない。好きな子がいるのに変に期待させてしまうのも失礼だと思うし。
自意識過剰と云われようが、たまには息抜きくらいいいじゃないと誘われようが、そこは譲れなかった。
テーブルの向こう側からは、一向に返事が返ってこない。なので、こちらから畳みかけることにした。
「ちさっちゃんの学校、聞いたら別に男女交際禁止じゃないじゃん。てか、そもそも共学じゃん」
「……」
「まあ俺のことはいいよ。でも、ちさっちゃんは何回悲しんで何回泣いたんだろうね。俺はそれが一番許せないな」
「お、お前がモテるのはほんとじゃん!」
「モテてないって。それに何でもべらべらしゃべって大事な妹を傷つけるのはどうかと思うよね、しかも話してたことだいたい嘘だしね。参加もしてないのに『合コンで一番人気』?」
笑顔のまま斬り返すと、堂本はテーブルに頭をごつんとぶつけて「ほんともうすいません、二度としませんからどうかゆるしてください……!」と震える声で謝罪の言葉を述べた。何で最初っから素直にそう云えないかな。
前後左右の席から、興味津々の様子で注視されているのが分かる。その中にはほら、お前のこと好きになりかけてた子もいる。ちさっちゃん以外に俺が誰にも靡かないと知った上でちょっかいかけてきそうな、少々やっかいな子も。ちょうどいいからまとめて聞いてもらう。
「頼むから、俺とちさっちゃんを金輪際引き離そうとか思うなよ、シスコン」
「は、はい」
「次やったらこんなもんじゃ済まされないから」
「はいぃぃ……」
「頼んでもないのに合コンとか女の子紹介するとかほんとやめて。マジ迷惑極まりない」
「あ、あの、テラシさん人格変わってね?」
「ああ、怒りが限界突破しちゃってるからかな。アハハ」
「ヒッ!」
堂本いい奴なんだけどね。明るくて場の盛り上げ上手で。積極的じゃない系の女子のこともフォローするからそっちこそひそかにモテてるっていうのに、当の本人は妹しか目に入ってないからちっとも気付かないというありさま。このシスコン暴露でドン引きされてないといいけどな。
やり取りを遠巻きに見ていたひとり(堂本を気になってるっぽい、奴と同じゼミの子だ)が、「寺島君」と、なぜか堂本ではなく俺に声を掛けて来た。
「あの、今話してたのってほんとなの?」
タイムリーなその質問に、にっこりと笑顔で答える。
「ほんとだよ。俺、堂本の妹さんと付き合い始めたんだ。でも堂本がひっっっどいシスコンだから、ちょっとお灸据えてたとこ」
チョットナンデスカ……とテーブルに突っ伏した向かい側から小声で抗議が聞こえたような、聞こえないような。
「それにしても、猫を猫かわいがりする女の子は微笑ましいのに、妹を猫かわいがりする男がキモいのはどうしてなんだろうねえ。構い方の問題?」
さあ、とその子がやや引き気味の返事をすると、堂本はがばっと顔を上げた。
「違くって、俺は確かにシスコンかもだけど、だってお前と智沙がうまくいったらもうテラシ俺と遊んでくんなくなるからやだったんだもん!」
そう云うと、また突っ伏してとうとう「うわーん!」と泣きだした。
「……」
「……」
俺は、堂本に気があったかもしれない子と当惑の目線を交わし合った。
(気があったかも、な子):ナニコレ?
(俺):逆切れした二一才小学生男子?
という呆れと――でも、その子も俺も、やっぱり嫌いになれないみたいなんだよなあ。二人して声を殺して笑っちゃってるもん。腹イテーよ。
ひとしきり泣き終えると、堂本は下を向いたまま洟を啜って、何もなかったかのような調子で「テラシ、ティッシュちょうだい」と、こちらに掌をにゅっと突き出してきた。……一体どういう神経してるんだお前は本当に。
「持ってない」
「嘘だ! ぬかりないお前がティッシュ持たないで出歩く訳ないもん!」
ばれたか。
ほらほら早くと急かすように広げたままの堂本の手。仕方ないなとリュックの中を探るより早く、俺の横から差し出されたポケットティッシュがその手の平に乗せられた。すると堂本は少しだけ顔を上げて(多分、洟がタレないように)、「ほらやっぱ持ってんじゃーん……」と云いかけて、ティッシュを持つ指先に施されたネイルを見つけて、渡したのが俺じゃないとようやく分かったらしい。
「……あ、ありがと……」とぼそぼそ口にすると二、三枚を引き出し、急いで洟と涙を拭いて今度こそきちんと顔を上げた。そして。
あれ、この子。
たしか、おなじゼミの……。
あっ、笑ってる。かわいいなあー……!
――てか、俺のこと笑ってんだよな。
やべ、カッコ悪。てか俺、超絶カッコ悪――――!!
シスコンばれて、テラシさん相手にかまちょになってたのもばれて、泣いてるの見られて、洟ふくティッシュまでもらって……。
ああ……俺、なんかまた涙出そう。
そんな風に、目まぐるしく変わってく堂本の顔。口に出さなくてもだだもれだ。
パーッと晴れたかと思ったらどんどん暗くなる表情の、その目まぐるしい変化に思わずフォロー入れたくなる。そういう奴だよ、お前は。
心底腹が立ったのは本当なんだけど、縁切ろうとまでは思えないんだよなあ。
俺がしみじみ感慨にふけっていると、堂本を引き続き気になっているらしい(!)その子が「堂本君、」って声を掛ける。ぱっと顔を上げる堂本の目は、もう恋をした男のそれだ。良くも悪くも単純。だから、「妹さんでも寺島君でもなく、私と遊ぶんじゃ物足りないかな」っていう苦笑交じりの問いにも、駆け引きや取り繕うことなんか一切せず、堂本は「イイエ!!!」と食い気味で答えた。学食の椅子を倒さんばかりの勢いで立ち上がって。おいおい、お前すっかり注目の的だよ……。
彼女はというと、全く動じた様子を見せずに「よかった」と小さく笑う。
いい子な上に腹が座ってるなあ。その調子で、奴を掌の上で思う存分くるくるしてやってほしい。そのさまを近くで見るのも、まあ悪くはない。この二人を特等席で見物する権利くらい、今の俺にはじゅうぶんあるだろ。これでチャラにしてやる気はないけど。
カチンコチンな上に頭から蒸気を勢いよく出すほどテンパっている堂本と連絡先を交わし合ってから、彼女がひと足先に学食を出ていく。それを、見えなくなるまでじ――っと忠犬のように見送る堂本を横目で見つつ、「ダブルデート」と俺はそっけなく云う。
「へ?」
「ちさっちゃんがいいって云ってくれたらだけど、そのうちダブルデートでもする?」
そう提案すると、堂本はヘラクレスオオカブトを見つけた男の子のように目をキラキラさせて、「うんっ!」と飛び切り弾んだ返事を寄越した。
「ゆるり秋宵」内45話につづきあり
23/05/24 一部修正しました。
 




