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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
4/47

ゆっくりダイヤモンド(前)(☆)

大学生×大学生

「クリスマスファイター!」内の「カウントダウン・ベイビー」及び「如月・弥生」内の「ノーカウントベイビー/掌」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。

 もしその人となりをバンドメンバーに例えるなら、本多(ほんだ)君はキーボード担当だ。メインじゃない、でもリズム隊でもない、ステージの端っこで楽しげに弾いている感じ。実際には、癒し系ベーシストなんだけども。

 彼の髪の毛は八〇年代の男性アイドルみたいに、鳥の巣頭なパーマだ。ふわふわなそれを見ていると、小鳥になってこの中に住んじゃいたい気分になる。

 ここにいて、少し高い声の鼻歌を聞くのはいい気持ちだろうな。

 ゆらゆら揺れる景色は、いい眺めだろうな。

 そう思っていることは、秘密。


 大学の三号棟の隅っこの階段は、すぐ近くにエレベーターがあるのでわりといつも無人。それをいいことに、水曜の二コマ目のあと、私はここでよく麻友(まゆ)ちゃんと若菜(わかな)ちゃんに恋愛相談をしている。

 階段に座り込んで、ため息一つ。今日も悩みは尽きない。

「さっきの講義中、本多君と目があったのにおはようって云えなかった……」

 がく、っと膝に頭を打ち付けんばかりの勢いで項垂れると、麻友ちゃんに頭をペちんと叩かれた。

「講義中、遅刻して入室してきた奴に『本多君、おはようっ』なんて声掛ける空気の読めないバカ女じゃないでしょ、理子(りこ)は」

「でも今日は二限目しか講義同じじゃなかったのに……」

「じゃあ今から学食行って声掛けてくれば?」と一見親身にアドバイスしてくれている風な若菜ちゃんは、らぶらぶ年上彼氏とただいま絶賛らぶらぶメール中なので、心はここにあらずだ。

「いっつも女の子いるんだもん……」

「でもそれってボーカルの追っかけの子でしょ? 本多君にはそんなのいないじゃん」

「いるかもじゃん!」

「あーもうどうでもいい、早くご飯食べいこう」と、麻友ちゃんがサクッと話を切り上げた。そうしてもらえないと、麻友ちゃんは煙草を吸いに行けないし、私はいつまでもここで座ったままだったろうから助かった。

「……うん」

 立ち上がって、はたはたとスカートのお尻を軽く叩く。

「本日のランチ何かなあ、豚の生姜焼きとかだといいな」

「さっきはナポリタン気分とか云ってなかったっけ若菜」

「洋介さんとメールしてたら気が変わった―。ナポリタン、夜お店で作ってくれるって」

「はいはい、らぶらぶでいい事だわね」

 二人の声が、階段に響く。

「理子?」

「あ、今行く」

 ぼけーっとしてたら足を止めていた。慌てて二人の元に駆け下りた。


 いつも、本多君はちょっとだけ遠い存在。ライブに行けば本多君はステージで私はフロアと別れているし、そもそも去年の学祭で本多君のいるバンドのステージを偶然観てバンドの音を好きになった、まだ年季の浅いファンだから。

 あれからライブがあるたび足を運ぶようになった。そのうちに顔見知りになって、打ち上げに呼ばれるようになったり、親しく話してもらったり。

 でもそれはあくまで私がたまたまメンバーと同じ大学に在籍しているバンドの『お客さん』だからだ。お友達じゃないから、本多君のことを斗真(とうま)、だなんて呼べない。


 けほ、と小さく咳をした。喉が痛い。季節変わりのこの時期、昼は夏で夜は秋くらい違う温度変化にすっかりやられてしまっていた。

 若菜ちゃんと麻友ちゃんに事情を話して、なるべくエアコンの効いていない席に一人移動する。真ん中らへんの席。

 授業開始五分前になると、講義室の入り口のドアが開いて見慣れた顔が入ってきた。――本多君だ。

 空いている席を探して彷徨わせていた目が、私の目と合う。にこっと笑うと足音を立てずに階段を一段飛ばしでぐんぐん上がってきた。

「おはよ」

「……おはよう」

「理子ちゃんの隣、あいてる?」

「うん、どうぞ」

「ありがとう」

 やばい、どきどきがすごい。

 喉が痛いのと緊張とで、頻繁にお水のボトルに手を伸ばしていたら、「どうしたの」って聞かれた。

「風邪引いたみたい」

「うわ、かわいそうに」

 それ、社交辞令でも嬉しいな。

 喉を気遣ってくれたのか、そのあとは会話らしい会話もないまま先生がやってきて、講義が始まった。でも、話してないからって私の目や耳や心や胸が暇な訳じゃない。

 だって、今日はこうしてすぐ隣にいる。さすがに肘が触れ合うほど近くじゃないけれど、それでも今までで一番そばにいる。バッグ、右じゃなく左に置けばもっと近くになれたかな。残念。

 マイク越しに聞こえる先生の声。いつもなら子守唄のようなそれで眠気を誘われるのに、今日は耳が本多君のシャーペンがさらさらとルーズリーフを走る音を逃したくなくてばっちり起きている。

 頬杖をつく左手。シャツの中からのぞいているのは、ライブで見た覚えのあるTシャツ。確か、ホラー映画に出てきた双子の少女がプリントされてるやつだ。

 カーキ色のチノパン。今日は少しラフだけど、本多君はいつもいいとこのお坊ちゃん風のかっちりした服装だ。いわゆる『プレッピー』てやつ。膝丈のパンツ姿なんて、見たことない。破れたジーンズも。そんなのライブでも着てないから、想像すらつかないな。

 先生のお話が雑談にそれると、本多君のシャーペンはノートに転がされて、指が机の上でタカタカ遊んでる。新曲でも作ってるのかな。

 そんな風に、九〇分間ずーっと本多君にばかり集中していて――もちろんそうしながら板書もしたし先生の講義もちゃんと受けていたつもり――、自分の喉の不調なんてすっかり忘れていた。


 講義が終わる。ノートや筆記用具を手早くまとめた本多君は、立ち上がると「そうだ、」と呟いてリュックから何かを出した。

「理子ちゃん、これどうぞ」

 差し出されたのは、はちみつとりんごののど飴だった。

「え、でも」

 持ってるってことは本多君も喉痛いんじゃ。そう思っていたら、「俺、これ好きでいつも持ってるの。別に風邪ひいてるわけじゃないから、もらってよ」

 はい、と受け取るのを促すように、まだ開けていないのど飴のカタマリを乗せた掌を一度ゆすって見せられて、おずおずと手を伸ばす。掌をおちょこにして一粒落とされるのを待っていたら、それはカタマリのまま私の手に乗せられた。瞬間、触れた指先に赤面してしまう。

 こんなことで顔赤くするとか、恋愛経験値が低いって云う証拠だ。しかもそれを気付かれ、「あれ、何か熱ない?」と、云うや否や、本多君は空いている方の手の甲で私の頬に触れた。

「へ、平熱高いからっ」

 急におっきな声を出したせいか咳が出てしまった。

「ごめん、なれなれしかったね」

 ううん、とぶんぶん首を横に振った。もっといいですよと云えるものなら云ってしまいたいくらいだ。

「それじゃ、お大事にね。来週の俺らのライブまでには風邪直してよ」と云い残して、本多君は行ってしまった。


 ぼーっとそれを見送っていたら、若菜ちゃんと麻友ちゃんに捕まって、いつもの階段まで連行された。

「何があったの」と、拒めない迫力で麻友ちゃんが迫ってきた。そんなに長身を思いきり屈めて迫られたら胸見えちゃうってば。

 掠れた声で、聞かれたことに一つ一つ答えていたら若菜ちゃんが「すごいじゃん理子ちゃん、名前で呼ばれてる」と胸の前で手を叩いて喜んでた。

「下の名前しか、知らないのかも」

「それでも。呼ばれないよりいいでしょ?」と見習いたいポジティブシンキング。

「それに、名前で呼ばれると嬉しいよね」

「……うん」

 すごく、嬉しかった。たとえ自分で云った通り、名字を知らなかったんだとしても。


 貰ったのど飴は誰にもあげずに一人で完食した。本多君に云われたことだし絶対治してやる! と、たくさん寝てじっとしていたおかげで、ライブには完全に復調して参戦出来た。

 埃っぽい、ちいさなライブハウス。ボーカルのファンの子たちは最前列で立っているけど、メンバーのお友達の人や、対バンのお客さんは席に座ってまったりしている。

 私と麻友ちゃんと若菜ちゃんは、麻友ちゃんの「どうせ理子はベースの前がいいんでしょ」の一言で、左の奥の席を陣取ることになってしまった。――そう、だけどっ。

 きっと一人で来てたら、本多君を真正面から見られる席になんていられなくて、後ろーの方でじっと立ってるだけだった。しかも意識し過ぎて、ギターの人の側に立ったりとかしてそう。なので、麻友ちゃんの、人の意見を聞かないでさっさと決めちゃうみたいに見えて実は『こうだといいなぁ』を叶えてくれちゃうとこ、ほんとありがたい。

「麻友ちゃん大好き」と伝えたら、麻友ちゃんには「はあ? 何いきなり」と咥え煙草で不審な顔をされて、若菜ちゃんには「あたしはー?」と聞かれた。

「もちろん若菜ちゃんもだよ」

「やったね、あたしたち皆両思いだ!」

 かんぱーいと盛り上がる若菜ちゃんも、大好き。

 でもやっぱり一番大好きなのは、と思ったところで本多君たちがぞろぞろとステージに登場した。

 準備が整ったあと、ボーカルが少し屈んでマイクスタンドを両手でかぶさるように持って「こんばんは」と一言囁いただけで、最前列の子たちはきゃーっと騒いだ。

 私の心も一人で騒いでる。本多君を見ているから。

 このバンドのボーカルは、打ち上げで酔うとおしゃべりさんになるみたいだけど、あんまりライブ中MCは入らない。今日も、一言挨拶したらすぐに曲が始まった。

 曲に合わせて飛び跳ねる女の子たち。この間お披露目したばかりの新曲なのに、もう一緒に口ずさむ子もいる。

 そんな、ボーカルとボーカルファンの子の蜜月のような近しい空気など無関係とばかりに、本多君の手がリズムを刻む。普段の温厚な人が嘘みたいに、低くて男っぽい音を生み出す。

 ピックは使わないせいか、指が弦と格闘しているように見える。暴れ馬をいなして乗りこなすようで――かっこいい。

 本田君の音が、耳だけでなく、胸にもおなかにも響いてぞくぞくする。無骨なその低音が気持ちいいなんて、こうしてライブに通うまで知らなかった。

 バンドの作り上げる音を聞いている筈が、気が付けば本多君の音だけを耳が追ってしまう。それでもちっとも退屈じゃなくて、なんだかトランス状態になっちゃいそうだ。

 頭の中が、痺れる。

 あぁもう、こんなにも好きだって伝えてしまいたい。本多君の音も、本多君も。


 彼らの持ち時間の二〇分が終わる頃、あまりにも集中して聞いていた私はぐったりとしてしまう程だった。

「そんなになっちゃうくらい好き?」

 出番を終えて客席にやって来た本多君に苦笑交じりでそう聞かれて、お行儀悪くテーブルにほっぺを付けたまま見上げて答えた。「……こんなになっちゃうくらい、好きだよ」

 バンドのことを聞かれてるって分かってて、こちらが返したのは本多君への気持ちもこめての言葉だった。

「そっか。……やべ、嬉しい」

 告白しても、そんな風に喜んでくれるんだろうか。

 そうじゃなかったらと思うと怖くて――結局云えず仕舞いだ。


 声を掛けてもらっていそいそと参じた打ち上げの飲み会で、メンバーは真ん中、その周りにボーカルのファンの子たちとメンバーの恋人とお友達がいて、私と引率で付いて来てくれた麻友ちゃんは端っこ席。若菜ちゃんはここへは来ずに、らぶらぶな年上彼氏が待っている彼のバーへと飛び立って行ってしまった。

 綺麗な手つきで煙草を嗜む麻友ちゃんの隣でちびちびとウーロン茶を飲みながら皆の酔っている様子をぽーっと見ていたら。

「理子ちゃん、そのウーロンハイ一口ちょうだい」

 誰も座っていない右隣に見慣れたカーキ色のパンツが胡坐を組んだと思ったら、私のジョッキが掴まれて『どうぞ』と云う前にもう一口が本多君に飲まれていた。ジョッキをテーブルに置くと、ん? と首をひねり、ふわっと笑った。

「ハイじゃなくウーロン茶か」

「ごめんね、病み上がりだから自粛してて」

「ううん、こっちこそ勝手に口付けちゃってごめんね。ご馳走さま」

 そう云って、人の顔をじっと見つめる。そして、ふっと笑った。

「よかった、風邪治ったみたいで。先週は声が痛々しい程だったからね」

「……本多君が、飴くれたから」

「ほんと? じゃあ俺、ご褒美貰えたりして」

 そんな風に云っておいて、またねと立ち上がりかけたその人のポロシャツの裾を、ちょんと引っ張った。

「いいよ、なんでもあげる」

 社交辞令でも嬉しくて、思わず引き止めてそう云うと、本多君は少しだけ困った顔をした。

「こら、理子ちゃん」

「なぁに?」

「そんな事云って、『君が欲しい』って云われたらどうするの」

「嬉しいと思うよ」

「君自身が望まないことをせがまれたら、理子ちゃんはそれでも『どうぞ』って云うの?」

 さっきまでの顔と違って、初めて見る、少し怒ったような顔。ああでも、普段にこにこしてる人がそんな顔してもやっぱりちっとも怖くないなあ。

「ふわふわの髪の毛のせいかなあ……」

「理子ちゃん」

 気が付けば、本多君が呆れた顔してた。

「ごめんなさい、話の腰折っちゃった」

「理子ちゃん力なさそうだから、揉んじゃったって感じだけどね」

「続き、どうぞ」

「もういいや、なんかすっごい脱力したから」

 何の話だっけ? 飲んでもいないのにど忘れてしまった。

 じゃあね、と他の席に移って行ってしまった本多君を目で追っていたら、やるじゃない、と麻友ちゃんが咥え煙草で笑った。

「何を」

「何をって……お子ちゃまのくせに、挑発しといて萎えさせるだなんてすごい技使っちゃって」

「使ってないよそんなの」

「養殖じゃない子はそう云うけどねえ」

「養殖じゃないって?」

「『自称』じゃない、ほんとの天然」

「天然じゃない―」

 むー。同い年なのに、麻友ちゃんは大人っぽくてずるい。よく本人にも云うその台詞をまた伝えたら「いいじゃない、その代わりあたしは理子の着るみたいな服は似合わないんだから」って肩を竦められた。

 私が着てる服は、すとんとした形の切り替えのないワンピース。胸もお尻もフラットだからこう云うのを着ても妊婦さんに間違えられなくていい、と思うことにしてる。でも、利点なんてそれ位。

 出るとこ出てなくて、でも痩せてるわけでもなくって、色気もないし、飛び切りの美人でもない。

 おしゃべりが得意でもないし、特技はぼーっとすることと寝ること。そんな女の子をいいと云ってくれる男の子なんて、この世界のどこかにいるのかな。

 恋をしても、憧れの域を出ずに片恋のまま終わるばかり。相手に向かって告白したら気絶してしまうかも。でも、恋をしたくない訳じゃない。恋愛小説も少女漫画も大好き。ほぼ他人に近い人と飲み会の席で回し飲みをしたり、すぐにくだけた口調になんてなれないから、合コンは不向き。そして夢見がち。

 ――私、こんなんじゃ、一生このままかもね。

 そう思ってたのに。

 誰かが置いたウーロンハイと、私の飲んでたウーロン茶がいつのまにごっちゃになってたなんて、喉が渇いて一気に半分くらい飲んだ私には分からなかった。


 ん? なんか味違う。そう気付きはした。そしてまた一口。

 あれ、なんかこれ、ウーロンハイみたいな味がする。そう気付いた時にはとっくに酔ってた。

 あっつい。顔が熱くてたまらない。

 顔を手でぱたぱた仰いでたら、麻友ちゃんが私の顔を覗き込んできた。

「理子、今日お酒飲まないって云ってなかったっけ」

「云った」

「でも、飲んでるでしょ」

「飲んでない」

 その様子に気付いたらしい本多君が戻ってきて、どうしたのって笑う。

「さっき俺、これもらったけどちゃんとお茶だったよ」と云いながらジョッキを持って匂いを嗅ぐと、さっきよりも首を傾げてん? て顔をした。

「おかしいな、さっきは茶だったけどこれ……、ごめんね理子ちゃん、一口もらうね」

 くいっと煽ってジョッキを置くと、本多君が苦笑いをしてた。

「ウーロンハイだね。誰かのと入れ替わっちゃったかな」

「ウーロンハイじゃない」

「あー、この子酔ってるわ、駄目だ」

 麻友ちゃんが顰め面した。美人さんが台無しになるからそれ駄目って云ったのに。

「どうして? どういうこと?」

 本多君が聞くと、麻友ちゃんは煙草の灰を灰皿に落としながら答えた。

「理子、酔うと語尾がしっかりするの。後、妙に頑固になる」

「……そうなんだ」

「理子、ほらちょっとお水飲んで」

「これでいい」

「だからそれはお酒なんだってば」

「お酒じゃない。ウーロン茶」

「だーかーらー」

「理子ちゃん、」

 私の頑固モードに麻友ちゃんが手を焼いていたら、間に本多君が入ってくれた。

「それ、俺に飲ませて」

「どうぞ」

「ありがとう」

 私が差し出したウーロン茶(ほんとはウーロンハイ)を本多君はにこやかに受け取り、ごくごくと一気に飲み干した。

「……私の、ウーロン茶」

「ごめんね、喉乾いてて。すぐ頼むからそれまでこっち飲んでて」

 はい、と差し出されたのはお水。こくりと飲んだら「よしよし」と何故か頭を撫ぜられた。きもちいい。

「私も撫でる」

「え」

「本多君の頭撫でる」

「……どうぞ」

 私が宣言すると、本多君は座ったまま少し前屈みになってくれた。夢にまで見たそこへ手を伸ばして、髪の毛の感触をじかに楽しんだ。

「ふわふわだけどかたい」

 ぽむぽむと、手を弾ませていたら楽しくなった。

「ふふ」

 そうしているうちに、手を弾ませているだけじゃなくもっとちゃんと触りたくなって、今度は髪を梳くように指を入れた。その感想は。

「男の子の髪の毛だ」

「……当たり前でしょ、男だもん」

「本多君の髪の毛」

「そうだよ」

「私が触ってる」

「そうだね」

「ずっとこうしてたい」

「……それは駄目」

「ずっとこうするの」

「理子ちゃん、」

 ふと気が付けば、困った顔をした本多君に手を取られていた。

「だーめ」

 小さい子に言い聞かすように云われて、ムッとして悲しくなった。

「じゃあこうする」

「え? ちょっと、理子ちゃん!」

 宣言するや否や、私は本多君の膝の上で犬の様に丸まって目をつぶった。


 ――ちょっと麻友さん、理子ちゃんどうして止めてくれないの。

 ――あの子がああなったらもう止められないから。でも、誰かにこんな風に絡んだこと、一度もなかったのに。

 ――俺だけって事?

 ――にやけるんじゃないわよ。


 頭の上で交わされる会話と声。いいなあ、本多君と麻友ちゃん仲好さそうでうらやましいなあ。

 猛烈に寂しくなって体をもっと縮こめていたら、ふわりと何かが掛けられて、その上をぽんぽんと赤ちゃんを寝かしつけるように優しい手が弾んだ。さっきの私みたいに。

 うん、これならいい。

 酔っているとはつゆ知らず、頑固者になっていた私は納得して、それからぐっすりと眠った。


14/10/30 タイトルに(☆)+前書き追加しました。

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