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ゆるり秋宵  作者: たむら
season2
32/47

結城ボーイの苦悩(☆)

「如月・弥生」内の「イージーでルーズでジェントル」及び「夏時間、君と」内の「スムースでジャジーでメロウ」の二人の話です。

結城(ゆうき)君て、ワタシのことすき?」

 文化祭明けの休みの月曜、午前に部活した後、またしても誰もいない永嶋(ながしま)さんちにお呼ばれして――あの時と同じで、到着してからそれを聞いて、帰ろうとしたら強く引き止められた――時のこと。

 直球で突然そう聞かれて、飲んでたコーヒーむせるかと思った。

 何とか堪えて、意地で平気な顔して見せて、「……それ、俺答えないといけない?」と返す。

 今まで俺が何回君を好きって云ったよ。そりゃ、『好きです! つきあってください!』なんて正々堂々とは告白してないけどさ、なんかの折に『そういうとこ好きだよ』って散々云ってるのに、ちらとも意識されなさすぎだろ。

 鈍感。人の心の動きには敏感なくせに。

 そんな永嶋さんが憎らしくて、肯定の代わりに意地の悪い応え方をしてしまった。でもそんなのも彼女はンーなんて少しだけ(本当に、ほんの少し!)考える素振りを見せて、にこっと笑うんだ。

「やだったら別にいいヨー」

「……じゃ、何で聞いたの」

 不毛。不毛だ。分かってる。彼女は俺なんかちっとも好きじゃない。

 友人として好かれてる自信はある。でも『それ以上』には、彼女は誰も踏み込ませてない。どこまでも白い、未踏の雪原。もしくは、誰にも知られていない秘密の花園。

 ふにゃふにゃと柔らかいようでいて、その実誰よりもしなやかで強い。上手に人を甘えさせるくせ、俺に甘えてなんかくれない。

 それをどうこう言う権利なんか、こっちにはないけどね。

「あのね、」

 おや? と思う。

 聞いている誰もが幸せになるような声だけど、今までとは少しなにか違うような。

「ワタシ、答えがわかったかもしんない」

「えっと、なんの?」

「ほら、夏のちょびっと前にさあ、謎解きされたんだよ結城君に」

「……ああ」

 俺が彼女に気持ちをぶつけてしまった時の、台詞だ。

『自分が望んでるほどには望まれてないってのは、分かってても辛いね』――一言一句、忘れやしない。あの時の自分のざらっとした声のトーンさえはっきりと覚えてる。

 今思えば、なんて幼稚な事を投げかけてしまったんだろうと頭を抱えたくなる。自分はこれだけ思ってるのに、少しも返してくれないなんてひどいとなじるのは、子供の論理でこちらの身勝手だ。幼稚すぎる自分に、冷めた自分の声が刺さる。――そんなだから、好きになってもらえないんだよ。


 早く忘れて欲しかった。でも、少しは心に留めても欲しかった。

 それを、彼女は懸命に解いていたのか。長いこと時間をかけて。ヒントをねだることなく、たった一人で。

 ほろ、と頑なだったあの時の気持ちの角が、崩れた。


 ありがとう。そういうのはおかしいだろうか。

 これ以上を望むのは、分不相応だ。分かってくれようという、その気持ちだけで十分。


 そう思ってないと、簡単に欲張りになれそうだった。


「あのね、」

 珍しい。怖いものなしの彼女が、なんども言いよどむなんて。ん? と問いかける目線だけ投げ掛けて、コーヒーを飲んでいると。

「ワタシ、結城君が好きみたいなんだけど」

 今度こそ、盛大にむせた。


 落ち着け。友人として、かもしれない。お兄ちゃんみたいに、かもしれないし、犬みたいに、って可能性だってある。ぬか喜びは厳禁だ。

「……永嶋さん、自分が何云ってるか分かってる?」

「わかってるヨー! 英語だとI love youっていうアレ」

「念の為云っとくけど、俺はぬいぐるみじゃないよ」

「わかってる」

「まるまるした雀でもない」

「知ってるってば! もー!」

 何で信じてくれないのとほっぺたを風船ほど膨らませる彼女だけど、それは仕方のないことじゃないか?


 カッコ悪いとこ、見せた。思いっきり。

 身内で済ますべきことに巻き込んで、晒して、癒されて。

「――同情、してくれちゃった?」

 とびっきり嫌な聞き方になった。でも、あれでほだされてくれたのならちっとも嬉しくなんかない。

 俺を見てよ。俺の後ろなんかどうだっていいよ。俺が永嶋さんを想うのと同じ分だけ思って欲しいなんて云わないから、せめてその感情が同情や憐憫であって欲しくはない。


 わざと怒らせようとした俺の言葉に、それでも永嶋さんは釣られてはくれなかった。

「まったく、結城君のこわがりさん」

 そう云って、俺の好きな笑顔で、また人の髪を勝手に触って。女の子として誰よりも好きで、人として大層魅力的な彼女にそうされるのを拒否できるわけがない、と、この状況に甘んじている自分に言い訳しながら、彼女の手に弄ばれる感触をただ享受していた。

「好きだよー」

 唄うような調子で重ねられた言葉には、どう頑張っても同情も憐憫も見つけられなかった。

「頑張り屋さんで、やさしい結城君が好き。お勉強教え上手な結城君が好き。結城君の髪の毛の感触が好き」

「……最後のはちょっと、いっしょくたにされるの納得いかないんだけど」

「信じてくれた?」

「これで信じないとか、逆にないよ」

 ものすごくがんばって平気なふりをして返したのに、永嶋さんはものすごくホッとした顔で「よかったー!」って笑った。

「ワタシ、言葉で何か伝えるのはとっても苦手なんだよ」

「……知ってる」

 なのに、こうやって言葉を尽くしてくれたことも。

「言葉が追い付かないときは、困らせちゃうかもしんない」

「……それも知ってる」

 夏にされたハグ。弱ってて、相当心が鈍っている時だったけど、それでもいい匂いに包まれた事はやけに鮮やかに覚えてる。

「俺以外のヤローの髪を触ったらだめだよ」

「前にもそんなの聞いた気がするね。でじゃぶ?」

「――云ったような気がしますよ」

「あの時も云ったヨー。こんなことしたくなるの、(けい)君だけなんだから」

「――!」

 まったく、もう! 一体何回俺を驚かしたら君は満足する? 一緒にいると心臓がいくつあっても持たないよ。

 でもそれは、ちっとも嫌じゃなかったりもするんだ。不思議だけど。

「ねえだからさ、ハグして、い?」

 その寸足らずの問いが、かわいくってかわいくって仕方ない。

「俺だけだから、いいよ」

 そう答え終る前に、ぎゅうと飛びかかられた。

 その勢いで、彼女のはいてたスリッパはひっくり返って、ソファの上のクッションは散らばって、テーブルに置いてたペットボトルは倒れて床に落ちて、おまけにテレビのリモコンまで巻き添え食って落ちて、でも永嶋さんときたら「ちゃんとフタしといてよかった」なんてとんちんかんなポジティブであっさり流しちゃうんだ。

 まったく。

 困った人だ。びっくり箱みたいにいつも人のこと驚かせて。

 かわいい人だ。綺麗な人だ。笑顔も、こころも。

 君がはみ出すクレヨンだとしたら、俺はいつでも大きな模造紙をスタンバイさせて、行く先行く先を待ち伏せてやるんだ。だから好きなだけご自由にどうぞ。きっと君は笑って、唄うみたいにこういうんだよ。

『ありがとー!』

 君のその言葉を聞いたら、俺はもう、それだけで。

「んふー。慧君の匂い」

「――あんま嗅がないで。部活後だし臭いかも」

「ちっともー。いい匂いだよ」

「――!」

「え、なになに、もうハグおしまい?」

「永嶋さんはほんと、俺を試すよね……」

「慧君、泣いてるの?」


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n4804ce/36/


17/10/05 一部訂正しました。

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