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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
27/47

となりにワープ(☆)

高校生×高校生

「夏時間、君と」内の「オマエって云わないで」「オマエって呼びたい」及び「ゆるり秋宵」内の「オマエって呼んで」に関連していますが、未読でもお楽しみいただけると思います。


「好きです、先輩!」

 放課後だったりお昼休みだったり、裏庭だったり体育館の裏だったり。

 何でこう、告白シーンにかち合ってしまうかな。

 同じバスケ部の部長同士だった(もり)が、誰かに告白されると云うところに。


 中学でも高校でも部長だのクラス長だのやらされる程度にはクソ真面目な性格が災いして、たまに自分でも苦しくなる。

 そんな時は、『自販機行って来るねー』と同じグループの子に声を掛けて昇降口の外にある自販機でジュースを買って、すぐには戻らずにのんびり出来るスポットでしばし気分をリセットして、飲み切ってから教室に戻ってた。

 一匹狼を気取れるほどには強くないから、こうしてたまにプチなソロ活動をするわけだ。


 初めてそのシーンに遭遇したのも、そんな一人歩きの時だった。

「森君、私と付き合ってくれないかな」

 外見だけでなく声も中身もかわいいと評判のその子の言葉を聞いて内心慌てつつも、足音を立てずに即座にピボットで回れ右出来た自分を褒めてあげたい。

 なるべく静かに、迅速に。思わず泥棒歩きをしていた私の後ろで、「ごめん、今バスケのことで精いっぱいだから」と森がお断りしているのが聞こえてしまった。

 ――ちょっと、この学校で一番カワイイって男子たちが盛り上がってたその子を断るとか、アンタ何様!?

 思わずくるりと振り返って説教したくなったのを堪えて歩く。するとその子も食い下がっていた。

「誰か、付き合ってる子がいるの? ……(はやし)さん、とか」

 げ。自分の名前が俎上に載せられて大いに焦った。こっちにそんなボール回さないで! と再度慌てる。

「いや、誰とも付き合ってない」と森がしっかり否定したのを背中で聞いてホッとして、体育館沿いに角を曲がると一目散に渡り廊下を駆け抜けた。

 だからその後のことは知らない。いつも。


 そんなとこにバッティングすることが、何回あっただろう。文化祭の前とか修学旅行前とかのいわゆる告白シーズンは、さすがに警戒して人けのないところを回避してたものの、それ以外の時期はフラフラ近づいては時折鉢合わせてた。告白に遭遇してこっそり逃げる位ならはじめから行かなきゃいいんだろうけど、なんせ学校内に静かで落ち着ける場所なんてそうそうないので、大目に見て欲しい。


 私がかち合っちゃう時以外にも告白されているらしい森は、すんごくイケメンな訳ではない。

 ただ、平均点以上らしいツラとまぁバスケやってれば平均を上回る身長と不動のレギュラーで学業もそれなりと、持ち札がそこそこ優良なのに加えて、本人が明るくてとっつきやすいから男女問わずモテるのだろう。私とは違って。

 私は、自分でもいやになる程決まりだのルールだのに縛られてる。臨機応変って言葉をもっと身に付けたいと思ってはいても、実行するのは難しい。

 そんなだから、よくトラブルの中心にもなる。部活でも、細かな取り決めを守らない人達にしつこく守るように云っては『そんないい子ちゃんぶっちゃってさ』と面と向かっても陰でもよく云われてた。本当のことだから反論する気にもならなかったけど。


 高一の頃にも、部活終わりにそんな話になってしまったことがあった。

 ボール磨きや雑巾がけをさぼる人がいた。一年のミスは連帯責任だから勝手なことはしない方がいいんじゃないかって、中学の頃より幾分かは柔らかく云えたと思うけど、あからさまにめんどくさい人だって云う顔をされてしまった。なおかつ「いいじゃん適当にやろうよ、小学生じゃないんだからさあ、林さん真面目過ぎるよ」と云われ、それに周りの子も同調してしまう始末。ああ、またこのパターンかと思うとどこかがずくりと重く痛んだ気がした。先輩たちから注意は、と思っても、少し離れたところにいてこのやり取りが聞こえてはいるだろうけど、とりあえずはすぐに介入しないで私たちがどうするかを様子見しているようだった。それこそ、『小学生じゃないんだから自分たちで何とかしろ』と云いたげに。

 用具を大事にすること。雑用を疎かにしないこと。一見バスケに関係なさそうでいて、その実すごく大切なことなんだけど、一年のうちは日々しなくちゃいけないから大変で、さぼりたい人の気持ちも分かる。

 どうやって云ったら伝わるだろうと途方に暮れていた時、急にバン! って誰かが体育館の壁をぶっ叩いた音がした。皆して驚いてそっちを振り返ると、いつも馬鹿笑いしている森が試合中みたくおっかない顔して壁に手をついている。そして静かに一言、「真面目の、何が悪いんだ」と口にした。――思わぬところから、加勢が来た。

「別に、悪いとは云ってないじゃん」

 さすがに『気の強いのばっか』と云われてしまう女バスだけあって、いつもより迫力のある森に凄まれてもその子も怯むことなく対峙してた。でも、森の厳しい言葉はそれで終わらなかった。

「誰だってな、こんなのわざわざ好き好んで云う訳ないだろ。誰かが云わなくちゃいけないから、林が云ってんだろ? しかもそれを云わせたのはお前らだろうが。なに茶化してんだよ、そもそも云いたいことあるならキッチリやることやってから云えよ!」

 それを聞いた瞬間、あっと云う間に涙が眼のふちまでせりあがって、止める間もなくぼろっと零れてしまった。

 肋木(ろくぼく)に引っかけていたスポーツタオルを慌てて引き寄せて、そこに顔を伏せる。だけど目に溜まる熱さはちっとも解消されなくて、堪えても堪えてもどんどん溢れて、とうとう子供みたいにしゃくり上げてしまった。

 嬉しかった。

 自分がしてることをちゃんと見てくれてる人がいて、嬉しかった。かばってくれて嬉しかった。

 みんなに慕われてて、私もこいついい奴だよねって思ってる森に云ってもらって、嬉しかった。だからって泣くことないじゃんと思うけど、もう止まらない。

 今まで何を云っても平然としていた私が急によわっちく泣いてしまったことは周りの人にとって驚きだったようで、私を揶揄した女バスの子も、泣かせた張本人である森も、ひどく慌ててしまった。

「林さん、その、……ごめん、」

 さっきまで分かり合えっこないと思ってたその子からの言葉にううん、私もこんなことで泣いてごめんと云いたいけど、ちっとも言葉になりはしない。なので、顔をタオルに埋めたままぶんぶんと横に振った。

「は、林、」

 いつもの余裕はどうしたってくらいうろたえてるのは森で、人の名前を呼んだっきり黙り込んでしまった。そして。


 ……どうしよう。

 時間を掛けて、ようやく涙が沈静化したのはいいけれど、顔を上げるタイミングが分からない。

 とうに泣き止んでいたのに困り果ててしまった私と立ち尽くしていた森に、男バスの当時の部長が「森、林を自販機まで連れてってなんか奢ってやれ」と声を掛けてくれた。

「ええ!? 俺ですか!?」

「泣かせたのはお前だろ、泣き止んだらそのまま駅まで同伴で下校な」

 それだけ云って、男バスの先輩たちも、女バスの先輩たちもいなくなっちゃって、一年の子たちも「じゃあ、森、後よろしくね」「あたしたち、鍵閉めしとくから」と二階の窓とカーテンを閉めに云ってしまった。

「……とりあえず、着替えしたら」と云われて、素直にそうした。目はまだ赤いけれど、いつまでもタオルで顔を隠してもいられない。見られたくないなと俯いて更衣室から出たら、私より早く着替えの済んだ森が立ってて、こちらに気付くと「行くぞ」ってさっさと踵を返した。

 誰かとすれ違う時には、泣き顔に気付かれないようにさりげなく盾になってくれた。

「これだよな」って森が自販機で指差したのは、いつも私が飲んでいる桃のジュースだった。


 森は、人懐こくて他にもたくさん友達いるから、きっとこういう時の対処には慣れてるんだ。こんなことであっさり好きになるとか、私単純過ぎ。そう思ってみても、何一つ好きにブレーキを掛ける理由にはならなかった。

 だからと云ってそれからの毎日が恋に彩られることもなく、優先順位はバスケ>勉強>森>バイトというかんじ。――でも、思いが沈静化することもまた、なかった。

 ただ、息抜き先で森への告白シーンにかち合って、気付かれる前にと逃げ出すたびに、少しずつ臆病になっていたと思う。


 表面上は変わらず、バスケに明け暮れて、正論を吐いて、ちょっと煙たがられて、季節を一つひとつ踏み越えた。

 あれ以来私が大泣きしたことはないし(先輩方の引退の時にはいつもその都度うるっと来たけど)、少なくとも部内であからさまにつまはじきされることも、もうない。

 森がそれなりにモテるのも相変わらず。なのに、誰とも付き合わずに誰とでも仲良くするのも。

 森が誰かと付き合ってたら、こんな気持ちでいつまでもいなかったかなと思う。人のものなら、その背中を目で追ったりしない。幸か不幸か、森もずっと一人だ。もしかしたら校外に彼女がいるのかもしれないけど。

 友達でいたいし、告白してヘンによそよそしくされるより、友達でいることに満足してた。好き→告白と云う、must be もしくはhave to 的観念に囚われている人も多かったけど、忙しくしている中でそこまで強く思いつめることもなく、また『俺もだよ』って自分に甘い答えが返ってくることを期待することもなく。

 緩くて長い坂道を、ずっと自転車で下っているような、感覚。

 毎日、体育館のネット越しや、外コートの隣の面に好きな人がいるという現状はとても心地よくて、臆病なくせに諦める・他の人を好きになる、等々の他のルートを選ぶ気にはなれずにいた。


 二人して部長になった時、『よろしくな!』と惜しげなく差し出された大きな手。恐る恐る握ったら、ぎゅっと握り返されたあの時の熱と感触を、その後私は何度も思い出してた。それだけで、頑張れた。


 友達でいることを選んだのは自分。だから、後輩の子たちが無邪気に森と戯れているのを見て嫉妬したり、傷付いたりするのはお門違いだ。クソ真面目な自分じゃ、その子たちになにか用事を言いつけて追い払ったり、正当な理由もないのにわざと意地悪でトレーニングの量を増やしたりだなんてこともない。ただ、いいなあって思うだけ。

 後輩の河野(こうの)みたいに、森の腹筋を触ってみたかった。ハンバーガーを奢るって云われて、『やったー! 大好き!』なんて素直に云ってみたかった。

 それ位なら、友達ならしてもよかったかもなのに、いつも興味のないふりして。

 私が出来たのは部長会議で予算を削られないように男女共同で闘うことだとか、部内をまとめること、以上だ。

 我ながら呆れてしまうけど、それが性分なんだから仕方がない。

 それに、そんな日々も、インハイの予選敗退で終わった。


 文系同士なのに森とはクラスも離れてて、部活を引退すれば部長同士としての繋がりもとうとうなくなって。

 二年と少し、ほぼ毎日一緒に過ごしていたのが急に途絶えて、想像以上の喪失感を覚えた。……そっか。

 私なりにこの二年間は楽しかったんだな。こうして、会えなくならないと気付かないなんて。


 引退後は、そのまま受験勉強に突入してた。森がどの塾に通ってるかなんて、知らない。きっと向こうも。

 森の家の電話も携帯も知ってるけど、用もないのに掛けられるほどまっすぐでも素直でもない。引退した日の夜にお疲れメールを送りあった後は、向こうからも何もなかった。


 塾の教室に入る時や、混雑した駅の中で、無意識のうちに森の姿を探してしまう。いないって分かっていても、誰かの話し声が似ているとドキッとする。

 日本史の講習の中で六波羅探題が出て来た時、森が『六波羅探題って最初そう云う名前の短大かと思った』って云ってたのを思い出して、一人でくすりと笑いそうになった。

 休憩時間に自販機で大好きな桃のジュースを買う時に、今頃向こうもいつも買ってた炭酸を飲んでるかな、なんて思う。

 ――なんか、自分で思ってたより、ずっと好きみたいだ。今更自覚するの、遅いよ。


 学校の廊下で時々森の姿を見かけることもあったけど、もうこっちから話しかけるネタなんてなくて、近づくことなく見送ってしまった。

 遠いな。

『同じ部活』『部長同士』って云う強力な武器を失くしたクソ真面目な私が森の隣にワープ出来そうなレアな魔法なんて、私のどこを探したって見つからない。


 家に帰るよりは放課後残って勉強した方がはかどるので、自由参加の補講の後はいつもそうしてた。煮詰まって効率が落ちて来たな、って云うタイミングで休憩を入れようと、貴重品だけ持って図書室を出て、昇降口の前の自販機まで歩く。

 いつもの桃のジュースを買って、いつもの様に散策する。渡り廊下に飛んできた落ち葉をわざと踏み締めて、その音と感触を楽しみながら体育館の裏へ行く。

 倉庫の脇で体育座りして飲んでいたら、人が二人、話しながら近づいてくるのが分かった。まずいな、このパターンは。

 ああ、でも今立ち上がったら枯葉で足音が立ってしまうからばれちゃう。多分、こんな奥の奥にまでは来ない、と思って、倉庫の影でじっと息を凝らして、時が過ぎるのを待つ。

「森先輩のことが好きです」

 ……は。また森か。震えるかわいい声を聞いて、この後にきっと森から宣告される無情な言葉を想像して、勝手に彼女の気持ちになって胸を痛めた。

「ごめん」

 やっぱり、いつも通りのお答えと、彼女から繰り出されるいつもの質問。

「誰か、好きな人がいるんですか?」

 いいや、いないよ。

 いつもこの辺りでこっそり離脱していたのでその答えを聞いたことはない。勝手な推測で私の脳内森は否定のお返事をしていたのだけれど。

「うん」

 ――え、いるの。

 聞くんじゃなかった。聞きたくなかった。一年の時みたいに、涙がぐっとせり上がって来たけれど、口を押えて堪えた。

 早く、ここからいなくなって。もう何も話さないで。

 そんなテレパシーは届くことなく、「……さんですか?」と遠慮がちに小さく問う後輩の女の子に、「うん」と正直に答える森の声。

 ぽたりと涙が一滴、口を塞いでいる手の甲に落ちて伝った。

 私が何をしたって云うんだろう。叶わないってわかってたけど、片思いの結末がこんなに残酷だなんて。


 それから二人が二言三言言葉を交わした後に気配がなくなると、私はようやくちぢこめていた手足を伸ばして、そしてそのまま枯葉の上に仰向けに寝転がった。

 バカみたい。

 もっと早くに知りたかったな、好きな人がいたんなら。

 でももう今更だな。あんなの聞いちゃったら、告白する気は元からなかったけど、綺麗に風化することも出来ない。


 秋の夕暮は他の季節よりも足が早い。動けないでいるうちに、どんどん暗くなっていくのが分かった。

 だから、私の上に影が差したのも、ただ日が落ちたのだと、そう思った。


「なんで泣いてんの」

 その、いる筈のない人の声にびくりとして、慌てて腹筋だけで上半身を起こす。

「どして……」

「それは俺が聞いてるんだけど」

 森の顔が笑っていない。そりゃそうだよね、告白をこっそり聞いてましたってバレバレだ、ここにいたら。それが不可抗力だとしても。

「ごめん……」

 今すぐ消えてしまいたいと思いながら立ち上がって、その場から逃げようとした。なのに、森は私の前に立ち塞がる。試合中のスクリーンみたいに。

「何で謝るの」

「告白されてるの、別に聞くつもりじゃなかったけど、結果立ち聞きしたようなものだから」

 ――誰にも話さないから。そう云って安心させようとしたのに。

「今日は最後まで、聞いてた? いつもみたく逃げるんじゃなく」

 ああ、ばれてたんだ、ずっと。なら森の中では私はゴシップ好きの性格悪い奴だろうなあ。思いが返されなくても、せめて軽蔑はしないで欲しかった。

「きいてた、よ。……好きな子が、いるんでしょう?」

「それが誰だかは?」

 その問いに、小さく首を横に振った。

「知らないし、聞きたくない」

 お願いだから、そこまで私を嫌な奴だと思わないで。

「俺が好きなのは、」

「聞きたくない!」

 そう云って今度こそ走り出すつもりだった私を、森はホールディングで動けなくした。

「いいから、ちゃんと聞け」

 払う余裕もなくて枯葉だらけの私を、ためらうことなくがちがちに拘束して、耳元に囁く。そうまでして、その人を守りたいの? なんだか自分がひどく惨めだ。身に纏う枯葉がまるでじっとりと濡れた落ち葉のように重たく感じて、逃げる気も失せて、ただ宣告を待つ。


 抵抗をやめた私に何を思ったのか、森が息を吸っては躊躇って、そしてようやく。

「俺が好きなのは、お前だ」

 驚いて振り仰いだ瞬間、また新しい涙が落ちた。ひとつ、ふたつ、……たくさん。


 私を落ち着かせるつもりか、がちがちだった拘束を緩くして、森は静かに話し始める。

「不器用なくせに肩肘張って頑張ってるお前を、ずっと好きだった。お前がたまにこことか校舎の裏とか人けのないとこでリセットしてるの知ってて、呼び出される場所がそういうとこでもいつもそのままにしてた。たまにほんとにかちあっても、『俺が好きなのは林』って云うのを本人が聞く前に逃げられてたけどな」

「……悪趣味。相手にも、失礼だ」

 やっぱり、私はこんな時でも融通が利かない。密かに落ち込んでいたら、「俺、林のそういうとこ尊敬してる」という森の言葉に心が掬われた。

「へ、変なのっ!」

「ああ、マニアなんだろうな」

「人を珍獣みたく云うのやめてよ!」

「で、お前は?」

 気持ちをもらったのにまだ返していないと気付き、どこか不安そうな顔した森から一歩離れて、深呼吸をする。


 今、ちゃんと伝えたい。二年分の思いを込めて、まっすぐ見つめて。

 そして、放つ。シュートする時のように、届け、と願う。

「森が、好き」

 ようやく云えたけど、声はヘロヘロだし顔は泣き笑いできっとぐしゃぐしゃだ。忘れてたけど枯葉だらけだし。

 でも森は、笑わなかった。ちょっと泣きそうな顔して「うん、俺も」と云ってくれた。


 気が付けば図書室の閉まる時刻が近くなっていて、二人して慌てて私の荷物を取りに行く。それだけのために五階まで森を上がらせるのは悪いと思ったから「自販機のとこで待ってて」と云っても「やだね」と突っぱねられて、手をぎゅうぎゅうに絞られた――もとい、繋がれた。

「受験生だからそんなに一緒にいられる時間ないし、だったらいられる時間くらい目いっぱい一緒にいたい。そんなの、駄目か?」

 駄目な訳ないのに。さらりとそう返せないでいると、「俺、重かったら云って。我慢するから」と嬉しい言葉を重ねて、森は私をもっと幸せにさせた。

「――勉強に、支障がないならいいよ」ってかわいげなく云ってみても「やった」と喜ばれる始末。

 廊下を歩く時も階段を上る時も図書室に入った時も手は繋いだままで、おかげで皆に二度見された。明日学校に来たら友人、特に女バス仲間になんて云われることやら。

 明日起きるであろう騒ぎを心配している私をよそに、能天気な隣の男は「ねえ、林は俺のこと好きなのいつから?」なんて、階段を下りながら聞いてくる。

 そんなの、こんなとこで答えるとじゃないと返せば一度は引いたものの、ローファーに履き替えて再び手を繋いで歩き出したところでまた同じ質問を繰り出された。

「森しつこい」

「だって知りたいよ」

 それだけ云うと、切なそうに笑う。

 いつも、仲のいい男子とつるんで馬鹿笑いばっかりしてるのに。そんな弱気な顔も、意外と『重たい』のも、らしくなくて戸惑う。でも好きだよ。――だからと云って、あんまり何でもかんでも聞きだされてしまうのは恥ずかしいから困るんだけど。

 でも、私だけこんなに幸せで、森に寂しい顔をさせているのは違うでしょと、クソ真面目な私が私を叱るから仕方ないと、腹を括る。

 歩きながらチラチラとこちらを伺う目。もうちょっと待ってよ。私は森みたいに素直じゃないんだから、時間がかかるんだってば。大好きな桃のジュースのように、薄ピンクに染め上げられた心を見せてあげられればいいのに、なんて思う。


 横断歩道が青になるのを並んで待つ。失ったと思っていた『隣に立つ理由』は、『部長同士』から『彼氏彼女』に姿を変えてちゃんと手の中にあった。それがどんなに嬉しいか、森にも分かってもらえるだろうか。

 もう、ワープなんて望まなくたって、こうして私は森の隣(ここ)にいられる。


 縦に積まれた待ち時間を示すラインが上から一つずつ減っていって、信号が青になる。再び歩き出した時、「一年の、泣いた時から」と好きになった日をとうとう白状すると、森はとびきりの笑顔で「お揃いだな」と喜んでくれた。


 







「ゆるり秋宵」内44話につづきあり

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