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ゆるり秋宵  作者: たむら
season1
25/47

見つめてたい(☆)

「如月・弥生」内の「チョコレートはあげない」の二人、嵯峨・滝田ペアの側の

「デートの日」です。

 云いたいけど、云いにくいことが、ある。

 麻実(まみ)の顔に、でかでかとそう書いてある。


 志望校はA判定が一応出てるし、自慢の彼女とも順調。『受験生のくせにリア充め!』と石をぶつけられそうな自分。

 でも今、心配なことが一つある。『心に雨雲がどよーんと居座ってます』って丸分かりの態度の麻実のこと。本人そんなの意地でも認めないけど、時々ため息だってついてる。多分、俺にばれてないと思ってるんだろうけどね。


 向こうから云ってくれるの待ってた。でも、一〇月になっても一一月になっても、一向に麻実からそれについて語られることはなく、むしろ日を追うごとに一層明るく振る舞われた。――そうきたか。さすが自分でかっこつけって云ってるだけある。

 そんな訳で、ダブルデートって名目で麻実を誘い出した今日、いよいよこっちから悩んでるらしいことについて聞き出すと決めた。こんな状態のまま受験になんか望みたくないから。俺も、多分彼女も。


 名目の筈が、電車の中で四人で落ちあった時にはもう普通にデート気分だった。

「おはよう!」って、俺を見上げて声を掛けてくる麻実。制服だとどこかボーイッシュなのに、私服だとパンツスタイルでも女の子―って感じなのが不思議だ。

 いつものくせで、すぐに彼女の耳元に目をやるけれど、私服の時にいつもかかさずそこにあるものが今日はなかった。すると、「今日は絶叫マッスィーン乗りまくるからね、ぶっ飛んじゃったらやだからイヤリングはおうちでお留守番させてきたよ」って、麻実が笑う。

 ああもうほんとかわいい。

 誕生日にプレゼントしたイヤリング。『これ』とそっけなく渡した(残念ながら、こんな場面でスマートに振る舞うスキルはない)小箱を大事そうに両手で受け取って、その場で箱をぱかってして『かわいい』って笑って、駅の鏡を見ながらすぐに付けて見せて、お礼を云ってくれた。その後のデートでいつも付けてきてくれる。デート中に時折、落ちてないかと両耳をすっと触る仕草は、すごく色っぽい。

 今日みたく、他に人がいると『嵯峨(さが)君』なのに、二人きりの時は『けんたろ君』って呼ぶ。その呼び方に未だに慣れていなくて、こっちがさらっと(そう聞こえるだけでこっちもそんなに余裕とかないんだけど)『麻実』と呼ぶと若干悔しげな顔をする、負けず嫌いな彼女。

 かわいいよ。手放したくなんかない。

 目の前で笑ってるだけで、俺の頭の中はこんなにも麻実だらけになってる。

 ニヤニヤ笑いの子安(こやす)と、にこにこ顔の白川(しらかわ)さんがいなかったら、電車の中でも我慢出来ずに、顔がゆるんゆるんになってたかもしれない。


 遊園地に入園するや否や、ダブルという話だったデートはそこで一旦ばらけて、後で落ちあうことになった。

 麻実に付き合って(まあ、自分もそれ系嫌いじゃないけど)、『絶叫マッスィーン』に乗りまくる。降りてくるたびに、買いもしない写真がディスプレイに映し出されるのを二人で眺めて、「麻実、すげー顔してる」「けんたろ君だって!」ってぎゃーぎゃー云い合った。その最中に無意識で、すっと両耳に触れる麻実。触れてから今日はしてないことに気付いて、一人で照れてた。


 俺が昼にバカみたいに食べたら自分が太るみたいに大騒ぎして。

 食休みもそこそこに「さ、次はゴーカートで勝負しよ!」って、手を引いて。

 その全部がかっこつけや意地っ張りじゃなく、今日のデートを麻実も楽しんでるって分かってても、明るく振る舞われるたびにどんどん、なんて云うか……一段階ごとに明度を失っていくような気持ちになる。


 足枷になりたい訳じゃない。勝手に負い目を感じて欲しくもない。

 見くびるなよ。麻実のカレシはそこまでちっさい男じゃねーぞ。――肝っ玉は、ちっさいけど。


「よっしゃ、勝ったあ!」

 二人で貸切状態のサーキットで挑まれた勝負はあっさり負けてしまった。別に手加減とかしている訳じゃなく、彼女は何をしても俺よりたいがい強い。ゲーセンでクレーンゲームしても、太鼓の達人をしても。なので、『ああまた負けたな』と淡々と思いつつ、「参りました」と頭を下げる。そんな俺にドヤ顔する麻実も、すっごいかわいい。


「じゃ次、またマッスィーンに戻りますか」とこちらの意向を聞かずにコースターへと行こうとする麻実の手を包んで留めた。

「ちょっと休憩」

「ええ? まだノルマの一〇回、達成してないのにー」

「今アレ乗ったらさっき食ったハンバーガーのセットとアメリカンドックと焼きそばパンが出るよ」

「うわ、じゃあやめとこう、観覧車行く?」

「行く」

 手を、人前で絡めるのはちょっと苦手だと麻実は云う。でもここ、人いないからいいよなと了承もなしに勝手にそうした。麻実が俺をばっと振り仰いだけど知らんふりして。

 手を解かれないのをいいことに、しばらくそのままで黙って歩く。

 麻実が、絡めた手を微かにきゅっとしたなと思ったら、「大観覧車、見えてるのになかなか近づかないね」と小さく云う。

 ずっと嘘半分のテンションだったのに、今日初めての素直な麻実が嬉しくて、「でもそしたらずっとこうやって歩けていいと思う」なんて口走ってしまった。そしたら彼女はこちらの想像以上に照れまくった。

「――けんたろ君て」

「ん?」

「たまにすっごい、タラシっぽいこと云うよね……」

「もっと云う?」

「いいよこっちがもたないよ!」

 そんな風に云いあってる間に、大観覧車のふもとへ到着した。


 乗り込んだゴンドラの中に設置されたスピーカーから流れるアナウンスをふんふんと聞いて、「あ、ほんとだ富士山見えた」「スカイツリーも!」って再びはしゃぎだした彼女に、「麻実」と静かに声を掛ける。ん? って笑いながらこっちを見る彼女。それ見て、また俺の心の明度は一段階暗くなる。

 もういいから。俺の前でまで無理すんなよ。そう云ってもきっと、『無理してないよ』って笑って、踊る足取りで歩いちゃうんだこの人は。

 だから云えない。ダメ元で、正攻法で聞いてみる。

「何かあった? 最近ちょっとヘンだよ」

 真面目に切り出しても、予想通り「ちょっと! 部活引退して丸くなったって云いたいんでしょー、失礼だな!」って返してきた。

 ――そんなに俺、頼りない? 素直じゃない切り返しだろうなって分かってはいたけど、思わず落胆のため息が漏れる。

「やだ、けんたろ君ため息なんか付いちゃって、どしたのよ」

 それでもあくまでポーズを崩さない彼女に、「それはこっちの台詞!」と思わず強めに言葉を放ってしまった。いかつい俺が感情的になるとすぐおっかなくなっちゃうから、いつも気を付けてるんだけど。

 さすがに麻実も何かを察したらしい。すっと、笑みが消えた。

 ごめん、と脅かしてしまったことだけ謝って、もうこっちから確信に踏み込むことにした。

「悩みは、遠い大学を受けること、とか?」

「! 何で知ってんの!」

 思いつきと消去法で導き出した解答だったけど、どうやらビンゴだったらしい。


 せっかく観覧車に乗っているのに、二人とも景色を楽しむどころではない。俺は麻実を見て、麻実は俺のジーンズの膝のあたりをぼんやりと見て。互いに黙ったままの間に、ゴンドラはゆっくり上昇し続ける。

 時間にしたら大した長さではなかったと思うけど、いつもの二人には存在しない沈黙に耐えかねたのか、麻実がとうとう「地元から通えるとこも受験するけど、結構遠くの大学に行くことも視野に入れてる」と認めた。

「それの、何を悩むことがあんの?」

 俺以上に優先される誰かほかの男でもいるならいやだけど、そうじゃないし。

「せっかく受験が終わったとしても、もし遠い方の大学にしか受からなかったら、確実にけんたろ君と離れる時間が長くなる」

 麻実が、かっこつけの仮面を脱いで、弱弱しく云う。

「でもそれは、麻実にとっての一番重要なことじゃないだろ?」

 そうなるって分かってて、それでも受けると決めたに違いない。自分は何とか自宅から通える範囲の大学だけで受験することにしたけれど、入りたい学部が全国に点在してたら、両親と相談しながらそれでもきっと受けてた。

 結局、俺も彼女も『相手と一緒にいたいから』なんて理由で大学を選ぶことは出来ないんだ。いくら好きでも。

 きっと麻実も頭では分かってる。心が付いてかないから一人で悩んでる。

「分かってる! でもさみしくなるしさみしくさせる!」

 麻実がそう云った後、空気を読まないぽーん、というやけに間延びしたのんきな音と、『間もなく、ゴンドラが最上部に到達します』という案内が流れた。

「だからって、そんな理由で進路変える女なら好きになってないし俺」

「変えないよ、でもっ!」

「いいからほら、頂上」

 まだ動きたがる唇にキスした。

 少し離して、間近で目を開けると麻実の頬が涙で濡れている。

「そんなんなるくせに、なんで早く云わないかな」

「だって云ったとしてそれで『じゃあ元気で』ってさよならされるのも、『行くなよ』って云われるのも両方ヤだったんだもんっ、それに」

「それに?」

「自分がいなくなる側なのに『さみしい』とか云えないよ……!」

 ようやく、本当の気持ちが聞けた。

「云えばいいんだよ、なんでも。隠される方がつらいって。結局嫌でも春になれば分かることなのに」

「だって、けんたろ君は、さみしくないの?」

「さみしくなるにきまってんじゃん」

「じゃあなんでそんなに平然としてんの?」

「男だからかっこつけの麻実よりもっとかっこつけたいだけ」

 冷たくなってしまった彼女の頬を、自分のパーカーの袖口で拭く。

「どこでも好きなとこ行きなよ。俺、免許取って車でどこにでも会いに行くから」

「――うん」

 赤い目をしたまま麻実がほんの少しだけ笑う。その肩が、震えだす。

 俯いてしまった頭をきゅっとこちらに引き寄せた。麻実が、俺のパーカーの胸元に縋る。

「自分のことばっかりでごめん」

「自分のことを一番大事に出来ない子じゃ困る」

「でもけんたろ君はいつでも私を優先してくれるじゃん」

「俺も、俺が一番大事だからだよ。麻実が笑ってんの見んの、好きなんだ」

 彼女が俯いててくれてよかった。声は頑張れたけど目はちょっと潤んじゃってたから。

「お互い、頑張ろ。頑張ってそのご褒美に、大学入る前に二人だけでどっか泊まりたい」

 ごまかしついでに本音を吐露したら。

「でもその前に二人ともどっか受かっておこう」

「泣いてるくせにやけに現実的だな」

「うわ、ほんとだ」

 二人して、ようやく笑った。


 本音が聞けて、心の明度が少し戻る。彼女も「なんかスッキリした」って云ってくれた。

 観覧車から降りる頃には、「よし、じゃあ、またあれ乗ろう」って元気を取り戻して、再びコースターへと向かう麻実に引きずられる、ノーと云えない俺。やっぱりテンションは少し高めだけどそれは遊びに来てるからで、ムリした痛々しいものじゃなくなったことにホッとする。

 おそらくノルマの一〇回は軽くクリアして、湿っぽい空気も『マッスィーン』でぶっとばして、なんとか待ち合わせの時間には麻実の目も赤くなくなった。


「じゃあ、また明日ね」

「ん、暗いから気を付けて帰りなよ」

 まず最初に白川さんが電車を下りて、次の駅で麻実と子安が下りる。ここからは二駅ばかりの一人旅だ。

 発車の音楽が鳴って、『ダア、シアリアス』としか聞こえない車内アナウンスが流れた、その後。

 一旦ホームに降りた子安が再びひょいっと電車に乗り込んできた。閉まるドアの間から、びっくりしてる麻実に、「こいつちょっと借りるね」なんて云って、人の頬を奇麗な指でつんってして笑って。


 がたん、ごとん、と動き出した車内で「なんだよ、急に」と、しれっとしたままバーにつかまる子安に聞けば、「んー? まあお前も泣きたいかと思ってさ」と云われてぎょっとする。エスパーかコイツ、とその王子様みたいな顔をまじまじと眺めていたら、「俺じゃないよ」と種を明かされた。

「白川、ああ見えて鋭いからね? 『なんか滝田さん泣いちゃってたかも』って。泣かしたのお前だろ?」

「――けんかした訳じゃないからな」

「んなことになってたらもっと空気がギスギスしてるって。どうした? いやなら、話さなくてもいいけどさ」

 そんな風に、手を差し伸べてもらって、振り払う程のかっこつけはもう出来なかった。

 電車は川にかかる鉄橋を渡り始める。いっそう大きくなった走行音にまぎれるように、「大学、遠くに行くかもしれないって」と力なく呟く。でも子安の耳はきちんとそれを拾えたらしく、鉄橋を渡り終えたタイミングで「そうか」とそれだけ、返ってきた。

「ちゃんと背中を押せたと、思う」

「ん、頑張ったな」

「おう」

 笑ったつもりだけど、笑えてないかも今。

 そんな俺の頭でポン、ポンと優しく手を弾ませて、「お前はほんとにいい男だね」と子安はしみじみ云う。そのしみじみ具合が何ともこそばゆくて、「じゃあ、明日学食で奢ってくれる?」なんて混ぜっ返してしまう。

「いいよ、肉めし定食奢ってやるよ、あとサンドイッチ亭のカツサンドも、なみき屋の豆大福も買ってやる」

「おお、豪勢だな」

「それくらいしかしてやれないからな」と笑う子安に、俺が女の子だったら惚れる。と思った。


 結局俺の最寄駅で二人して降りて、カラオケ行って熱唱した。一時間だけ楽しんだ後、今度こそ電車に乗るために改札に消えた子安を見送ってから、俺もようやく家に帰る。

 あのままひとりで電車に乗ってたら、今頃ちょっと泣いてたかもしれない。でも、子安の大雑把な慰めがあったから、『カラオケって、歌ってないと下手になるんだな』とか、『しかしあのヤローは相変わらずうまかったな』とか、『明日の肉めし(とカツサンドと豆大福)楽しみだな』とか、どうでもいいことで心が埋まる。


 バスもあるけど時刻表があてにならないくらいに遅れるので、待ってるのもおっくうで歩いて帰ることにした。

 走りたいな。最近、走ってないからな。部活がほぼ毎日あった頃には何度も逃げ出したくなるほどきつかったのに、今はそんな風に恋しく思う。

 たまには息抜きに走るとしよう。で、春になったら新しいランシューを買おう。


 春になったら、と思うだけで、せっかちな俺はもう胸が痛い。せっかく子安がバカなことで心をいっぱいにしてくれたのに、すぐに隙間が空いて、さみしさが忍び込みそうになる。いかつい顔してるくせにセンチメンタルとか似合わないんだよ。

 春になるまで、二人が離れるかどうかは分からない。今俺がどれだけさみしがったって、迎え撃つ未来は変わらない。だからと云って見ないふりも出来ない。


 ほんとのほんとは離れたくなんか、ない。でもそれを麻実に云ったら今日のやり取りは台無しになってしまう。あれだって、ほんとの気持ちなんだ。

 離れる彼女に縋るんじゃなく、ちゃんと『行って来い!』って笑って見送りたい。縋るのは、俺とさよならしたいと云われた時だけだ。


 いつか今日を振り返る時に、後悔しないように。出来ることも時間も限られているから、今は、とりあえず受験。それから免許。――それから。

 離れるその日まで、彼女を見ていたい。



 そんな風に、二人して一大決心してたくせに結局麻実は最寄りの第一志望の大学に受かり、俺も希望してた大学に無事に受かって、二人して「あの盛り上がりは何だったんだろうな」と『ご褒美お泊り』で訪れた先で笑うのは、春になってから。


続きはこちら→ https://ncode.syosetu.com/n0063cq/44/

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